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73話 よくないこと(3)

 大人の三人は村はずれの大きな穴のそばに集まり、遺体の検分中です。


 来なくていいと言われたマイヤは、少し離れてそれを眺めていました。

 おそらくは、無残な光景を見ないで済むよう気を遣っていただいたのでしょう。

 もちろんマイヤの能力が必要であれば、お手伝いするつもりではありますけど。


 やがて、リーン様がこちらに歩いてこられました。


「あ、あの、ど、どうでした? 亡くなっておられたのは――」

「ゲルトじゃなかった」


 マイヤはほっと胸を撫で下ろし、そしてすぐに申し訳ない気持ちになりました。

 ゲルト様ではないとしても、どなたかが命を落とされたのは間違いないのです。


「埋められていた犠牲者は四人。全員剣で斬られたような跡があった。おそらく、村長とその家族じゃねえかな。正確にはわからねえが、死んでから半月くらいは経ってると思う」

「その、誰が、どうして、そんなひどいことを……」

「まだ何とも言えねえな」


 リーン様は厳しい顔で、小さく首を振りました。


 全員、村の中央にある広場に集まり、わかったことを整理します。


「えっと、まず半月ほど前のある日、武器を持った山賊が村を襲ってきた。そして村長とその家族を見せしめに殺し、村人たちを服従させ連れ去った。さらについ先日、村を訪れたゲルトさんを待ち伏せし、こちらも連れ去った。――こんな感じですかねえ?」


 と、ロイさん。


「腑に落ちないことが多すぎるぞ。いったい何のために、殺さずわざわざ連れ去ったというのだ?」

「そ、それは僕に訊かれても困りますよ、隊長。えっと、奴隷商人に売り払おうとしたとか? ん、でもそうすると、なんで半月も経ってからゲルトさんが狙われたのか、よくわからないですね」

「むしろ、本命はゲルトをさらう方だったんじゃねえか? なんせ、この国有数の大商人だし」


 不機嫌そうに髪をかき回しながら、リーン様がおっしゃいました。


 商隊の護衛兵に囲まれていては手を出しにくい。

 そこで、村の中で待ち伏せして、護衛と離れたところをさらう。

 待ち伏せの邪魔であり、また誘拐の計画が漏れても困るので村人たちはあらかじめ連れ出しておく。


「ああ、なるほど」


 ロイさんは無邪気に感心し、ぽんと手を叩きました。


「身代金もたっぷり取れそうですしね。それが正解かも」

「ただ、偶然じゃねえとしたら、これをやった奴らは、ゲルトの予定をかなり正確に把握していたことになるんだよな」


 そうですね……

 旅の日程はもちろん、この村を訪れることも、あらかじめ知っていなければなりません。


「事前に文を送る程度のことはしていただろうから、村の人間から話が漏れた可能性はある。だが、多分、それだけじゃねえよな。予想以上に旅が順調だったのに、しっかりと日を合わせて対応され、護衛を伴わないことまで把握されていたのを考えると――」


 そこで言葉を切り、リーン様は意味ありげに口の片端を小さく吊り上げます。


「……何が言いたいのだ、貴様」

「おや、説明が必要なのか?」

「…………」


 ディトマールさんが目を細め、剣に手を掛けました。

 にわかに雰囲気が悪くなり、マイヤとロイさんはおろおろとお二人の顔に視線を往復させます。


「ち、ちょっと落ち着いてください、隊長。何怒ってんですか」

「わからんのか? こいつはな、我々護衛部隊の中に内通者がいる、と言っているのだ」

「え……ええ?」


 ロイさんは大声を上げて目を見張りました。


「ちょっと待ってくださいよ! もしそうだったら大問題じゃないですか!」

「別に証拠があるわけでもねえし、ただの推論だよ。ただ護衛計画まで知られてたとするなら、普通に考えて一番怪しいのはどの部署だって話」


 リーン様は動じた様子もなく肩をすくめます。


「しかし、本来は俺より先にあんたが気付くべきことだと思うがね。怒ってる場合か? 調査して、潔白を証明する方法を考えるべきなんじゃねえのか? 護衛隊長さんよ」

「…………」


 ディトマールさんは射殺すような視線でリーン様を睨んでいましたが、やがて舌打ちしつつも剣から手を放しました。

 はらはらしていたマイヤは、ほっと息を吐きました。

 ケンカはだめなのです。


「ま、山賊や傭兵崩れが考えなしに暴れているだけで、ゲルトともたまたま鉢合わせしただけってこともあり得るけどな。この地域、ならず者の取り締まりは機能してるのか?」

「あ、えっと……実質的には、力の及ばない空白地帯ですかね、現状」


 ロイさんが気まずそうに答え、リーン様が眉根を寄せました。


「その、人竜戦争でここの領主が戦死してて跡継ぎもおらず、なかなか中央の手も回らない状況でして。ゲルトさんたちの護衛隊の交代要員も、隣の領から出してもらうことになってるんですよ」


 あ、そういえば、ブラウヒッチ様の隊が来る、とマイヤもうかがったですね。


「カツィカの街も無法地帯化してるのか?」

「そこまでではないと聞いています。復興こそ進んでいませんが、それなりに住人はいますし、自警団が組織されて一応の秩序は保たれていると」

「市が機能するという目処が立てば、この地方に金や人員を回してもらえるようになるはずだ」


 ディトマールさんが続けます。


「皇国に利益をもたらすというのなら、積極的に再生させる理由ができる。そのためには、ゲルトの力が絶対に必要なのだ。つまるところ、どこの誰がどんな理由で、こんな馬鹿げた真似をしたのだとしても、我々はあの商人の身柄を取り返さなければならない」

「……なるほど」


 リーン様は肩をすくめ、マイヤ、と言ってこちらに視線を向けました。

 あとの二人も、それに倣います。


「あ、は、はい、では、マイヤにわかったことをお話しするですね!」


 マイヤは慌てて口を開きました。


「まず、村の道沿いにゲルト様のにおいを確認しましたです。おそらくですけど、こっちから――」


 まずマイヤたちのやってきた方を、そして次に村の反対側を指さしました。


「こっちへ連れて行かれたと思うのです。お家の中に連れ込まれた様子はなかったですから、その山賊さん?とゲルト様たちは村を一直線に突っ切って、すぐに外へ出て行ったのではないでしょうか」

「カツィカ方面へ向かったか? あるいは、この辺りの森や山にねぐらがあるのかもしれぬが……」


 むう、と唸るディトマールさん。


「で、護衛隊としてはどうするんだ、隊長さん? そろそろ引きあげて、イレーネ奥様に報告するか?」

「いや」


 少し考え、ディトマールさんは首を横に振りました。


「もう少しだけ調べたい。村の外の足跡やにおいを確かめ、どの方向に向かったのかをある程度絞り込む。その後、戻って奥方に報告、そして追跡隊を組織する」

「あと、皇都に伝令を送って救援を求める必要があるかもしれないですね」

「それも、今言おうと思っておったのだ」

「そ、それは失礼しました」


 ディトマールさんに睨まれ、ロイさんはあははと乾いた笑いを浮かべました。


「え、えっと、そういうわけだから、お二人とも、もう少しだけ協力してくれると嬉しいなあ」

「俺の方はオマケだし、大してできることもねえがな。マイヤ、どうだ?」

「あ、はい、ご協力は構わないのです、けど……」


 マイヤは空を見上げました。

 雲が厚くなってきたようです。

 実は先ほどから、鼻が湿ったにおいを捉えています。


「多分、もうすぐお天気が崩れると思うのですよ」


 言い終えると同時に、マイヤの鼻先にぽつんと水滴が落ちてきました。


     ◆◇◆◇◆


「……よく降るですね」

「そうだな」


 雨粒が激しく屋根を叩く音。

 弱まる気配はありません。


 雨がみるみるうちに激しくなったため、マイヤたちはディトマールさんの号令一下、近くの空き家に駆け込んで、雨宿りをすることになったのです。


 雨が降ると、においが辿りにくくなるのですよね……

 完全に消えるわけではないのですが、色々なにおいが水気に溶けて混ざり合って、ぐちゃぐちゃになってしまうのです。


 入口の方には、足跡が消えてしまう、とぼやきながら外を眺めるディトマールさんと、それを宥めるロイさんの姿。

 リーン様とマイヤは、少し奥まったところにある食堂の長イスを借りて、休んでいます。


「あの……リーン様は、本当に護衛隊の誰かが裏切っていると?」


 さきほどのやりとりを思い出し、声を落としてマイヤは尋ねました。

 護ってくれるはずの人が敵だというのは、とても怖いことだと思うのです。


「あいつらに言ったように、情報の漏れ方を考えるとその可能性があるってだけだよ。実際裏切り者が居るのか居ないのか、居るとすれば何人なのかはわからん。ま、わざわざ口に出したのは、挑発するためなんだがな」

「挑発?」

「口にする言葉、口調、視線の動き……もしディトマールかロイが不自然な反応を見せれば、この場で締め上げて一気に解決まで持って行ける、かもしれない」


 マイヤはごくりと唾を飲みました。


「で、あ、あの、お二人に、おかしな様子はあったのです?」

「なかった」


 ふんと鼻を鳴らして、リーン様はイスの背もたれに体をあずけます。


「あれが芝居なら、相当年季の入った狸だな」

「そうなのですか……」


 少し複雑な気分です。

 顔見知りの方を問い詰めずに済んでほっとするべきでしょうか、それとも解決が遠ざかったことにがっかりするべきでしょうか。


「ゲルト様、誘拐されたのだとしたら、すぐに命をどうこうされるわけではないと考えていいのでしょうか」

「まあ理屈で考えれば、そうだな。生かしておく必要があるから、連れて行ったんだろうし」


 でも、犯人が衝動や感情で動かないとはかぎりませんし、事情が変わってしまうかもしれませんし……だから、どうしても気が急きます。


 と、そんなマイヤの内心を見透かしたかのように、リーン様の手がぽんと頭にのせられました。


「できることがないのに焦っても仕方ない。休めるときは休んどけ。事態がこうなると、今後はのんびり旅気分とはいかないだろうしな」

「はい……」


 そうですね、少し気持ちを落ち着かせましょう。

 隣に感じるリーン様の体温とにおいは、緊張に凝り固まっていた心を解きほぐしてくれるようです。

 マイヤはしらずしらずのうちに頭をあずけ、目を閉じていました。


 ――そのまま、どのくらいの時間が経ったでしょうか。

 突然、体を揺さぶられ、マイヤは目を覚まします。


「だんな様?」


 口元からたれていたよだれをぬぐいながら、声を掛けます。

 見上げるリーン様のお顔は真剣でした。

 その視線は食堂の窓から外の方を向いています。


「人影が見えた」

「え? まさか、村の人が帰ってきた、とか?」

「だといいんだがな。――マイヤ、あの二人をここへ呼んでこい」

「は、はい」


 ディトマールさんとロイさんは、すぐに食堂にやってきました。


「人影だと?」

「ああ。俺が目にしたのは大小二つ。村はずれから、徒歩で中に入ってきた。遠目のうえにこの天候で、はっきり姿までは確認できなかったし、すぐに物陰に入って見失ったがな」

「獣を見間違えたとかではあるまいな?」


 ディトマールさんは疑わしそうに眉をひそめました。


「二本足で歩いてたぞ? まあ、でかい猿って可能性もあるかもしれねえが、俺はそっちに賭ける気にはならねえよ」

「村人、でしょうかねえ。逃げてきたとか」


 首を傾げ、マイヤと似たようなことを口にするロイさん。


「少なくとも片方は、俺やお前より頭二つほどでかかった。このクソ雨で本当に輪郭だけだったが――俺には武装した獣人兵に見えたな」


 獣人兵、と聞いた二人の兵士さんは、深刻な表情で顔を見合わせました。


「ど、ど、ど、どうします? て、手がかりを掴む好機ですし、捕らえて尋問でもします? 下手すると、僕も隊長もぶっ殺されちゃいそうですけど……」

「ふ、ふざけるな! 相手が獣人兵だろうと私は負けるつもりなどない!」


 そしてディトマールさんは苦渋の表情を作り、続けます。


「しかし、今、我々は民間人と行動を共にしているため、慎重さが求められる。この二人を危険にさらすわけにはいかんしな。うむ」

「あー、一応言っとくが、俺が目にした人影が二つってだけで、他に居ないとは限らねえからな」


 リーン様のその言葉がとどめになったようで、ディトマールさんたちはこちらからは手を出さず、やり過ごすという結論に達しました。


「しかし、やり過ごせますかね?」

「ロイ、貴様はなんでそう弱気で悲観的なのだ?」

「だ、だって獣人って、すごく感覚が鋭いんでしょ? たとえば、マイヤさんだったら、どうかな? この天気でここに隠れてる僕たちを見つけ出せる?」


 不安そうにロイさんが尋ねます。


「種族によって得意分野が違うですけど……えっと、マイヤでしたら、何も知らずただ通りかかっただけなら、気付かないかもしれないです。でも、誰かが村の中にいるとわかってて探すのなら、多分、見つけ出せるです。それで、あの――」


 希望を打ち砕くようで、申し訳なく思いながら続けます。


「マイヤ、今思い出したのですけど……マイヤたちの乗ってきたお馬さん、村の入口の、すぐ見える木陰に繋ぎっぱなしですよね?」


 ロイさんの口が、あ、という形に開き、ディトマールさんが天を仰ぎます。


「で、そ、その……重ねてさらに不吉なことを口にするのは、とっても気が引けるのですけど、もう一つお知らせしたいことが――」

「まだあるのか。何だ、言え!」


 投げやりにディトマールさん。


「はい、では……鎧が雨をはじく音と、水たまりを踏む足音が、今、このお家に近づいているです」

「…………」

「…………」


 一呼吸おいて、兵士のお二人は弾かれたように立ち上がりました。


「げ、玄関だ。まず扉を押さえる!」

「ふさいで開かなくしますか?」

「そう……い、いや、どのみち窓から入られるか。ならば、玄関はわざと開けておいて、入ってきたところを迎え撃つ!」


 そしてこちらを振り向きます。


「お前たちは奥で隠れていろ! 何があっても出てくるなよ!」


 だ、大丈夫なのでしょうか。

 かなり冷静さを失っているように見えるですけど……


「焦りすぎだな」


 ばたばたと駆けていく二人を見遣って、リーン様はため息をつきました。


「マイヤ、相手は何人だ?」

「え、えっと、近づいてくる足音は一つだけです」

「一人、か。とりあえず言われた通り引っ込んでおいて、まずいことになりそうだったら援護に入る」

「わ、わかりました、です」


 マイヤはさらに集中して、気配を拾おうとします。

 雨音に交じって、かすかに土を踏む音。荒い呼吸。


「……扉の外まで来ました」


 そのとき、マイヤの鼻がにおいを捉えました。

 厚い扉と降りしきる雨を突き抜けてくるほどの、濃い濃い血のにおい。

 手負いの獣を連想し、マイヤはきゅっと拳を握ります。


 ディトマールさんとロイさんが剣を抜きました。

 扉が開いた瞬間、襲いかかるつもりなのでしょう。


 外の気配は動きを止めたようです。

 中をうかがっているのでしょうか。

 そのまま張り詰めた時間が流れます。


「外のやつ、呼吸をはかってる」


 リーン様が囁くような声でおっしゃいました。


「どれだけ警戒していても、集中力を永遠に保ち続けるなんて無理な話だ。だからじっと待ち、わずかでもこちらの気が緩んだ瞬間を狙って食いつく。野生の獣みたいな敵だな」


 マイヤはディトマールさんとロイさんの背中に視線を移します。

 入ってきたところに仕掛けると決めた以上、自分たちからは動けません。

 しかし、いつ敵が侵入してくるかわからないため、常に気を張っている必要があります。

 疲れや迷いを一瞬でも覚えてしまえば――


「来る」


 リーン様が口にした直後。

 分厚い樫作りの扉が、大きな音とともに粉々になって吹き飛びました。

 外からすさまじい力で破壊されたのです。


 ディトマールさんたちが怯んだその一瞬、吹き込んでくる外の風を追い越す速さで、黒い影が襲いかかりました。

 一撃でディトマールさんをはじき飛ばし、ロイさんに迫ります。


 ――その瞬間、マイヤは大きく目を見張っていました。


「だ、だめです! 待ってッ! 待って下さいッ!」


 必死に叫びながら飛び出し、影に飛びつきます。

 影はたたらを踏み、力ずくでマイヤを振りほどこうとし、そして――戸惑ったように動きを止めました。

 そのにおい、その姿はマイヤのよく知る人のものだったのです。


「どっちもいったん引け。敵じゃねえよ。多分な」


 奥からゆっくりと姿を現わしながら、リーン様がおっしゃいます。


「……マイヤ? と、イェリング、様?」


 人影は呟きます。

 巨大な槍斧(ハルバード)を振り上げた姿勢のまま、虎族(ティグリス)の獣人兵――ファリンさんが目を丸くして立ち尽くしていました。

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