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68話 故郷への旅路(3)

 マイヤとエッダの他愛ないお喋りに耳を傾けながらのんびり歩くうち、俺たちは野営地から離れ、ちょっとした丘陵地帯に入り込んでいった。

 ここまで街道を外れるとさすがに整地は行き届いておらず、下草や岩で足元がかなり歩きにくくなっている。


「……ね、リーンさんたちの、散歩ってさ」


 少し不安そうにエッダは周囲を見回し、言った。


「いつもこういう険しい道を、わざわざ選んで歩くの?」

「いや、別にそういうわけじゃねえよ。ただ、たまにはちょっと変わった地形で日課をこなすのも悪くないかと思ってな」

「にっか?」

「修練だ。――ああ、その林の中でいいか。やるぞ、マイヤ」

「はい!」


 元気よく答え、マイヤは怪訝な顔をしているエッダに視線を移した。


「前にお話したと思うですけど、マイヤ、リーン様に護身術を教わっているのですよ。毎朝お稽古を付けてもらうのですけど、この旅のあいだもできるだけ続けてもらえるよう、お願いしたのです」


 良い心がけである。

 一日休むと、調子を取り戻すのに二日も三日もかかるからな。

 ついでに言うと、弟子に教えるというのは、ずっと鍛錬を怠けていた俺にとってもいい復習になる。


「へー、そうなんだ……」


 エッダは感心した様子で大きくうなずいた。


「マイヤすっごく強いもんねえ。やっぱり努力してるんだ。――ね、リーンさん、わたしもそのお稽古、見ててもいい? 邪魔しないからさ」

「かまわねえけど、林の入口あたりからは近寄るなよ? 危ねえから」


 はーいと元気よく答えるエッダを残し、俺とマイヤは丘の半ばにある小さな雑木林に足を踏み入れた。


「では、だんな様、今日もよろしくお願いします、です!」


 ああ、と、うなずき、俺はマイヤの正面に立つ。

 まず、マイヤの呼吸と姿勢を精査し、しっかりと勁が練り上げられているかどうかを確認。

 といっても、このところは大して指摘する部分もない。

 勁を発するまでの基本技術については、ほぼ問題ないと言っていいだろう。


 マイヤが素質を一気に開花させたのは、街を襲った赤竜に立ち向かったときだ。

 ろくな訓練も施されていないのに、勁を飛ばして竜の眼球を切り裂いた。

 そして先日、あのロラントとかいう男とやり合ってからは、目に見えて勁力が安定するようになっている。


 おとなしく控えめな言動からは想像しにくいのだが、マイヤはどうやら実戦を経験するたび一足飛びに成長する種類の人間であるらしい。


「よし、んじゃ次は組手。地形考えて立ち回れよ」

「は、はい!」


 いくらか緊張した声で返事し、マイヤは身構える。


「い、いきますですね!」


 次の瞬間、滑るように俺の懐に入り込んできた。


 当然ながら、平地と斜面では重心の取り方が変わってくる。

 加えて岩や木の根が張り出した地面は起伏が激しく、少しでも気を抜けば簡単に転倒してしまうだろう。


 戦闘というのは、いつどこで始まるかわからない。

 場所を選択する余裕のないことも多い。

 だからこそ、様々な環境に慣れておく必要がある――という意図をこめてこの場所を選んでみたわけだ。


(技術的にまだまだ未熟なのは、まあ当然か。しっかし……飲み込みは異常に早いんだよな、こいつ)


 俺はマイヤの攻撃をさばきながら、内心で呟いた。

 勁を駆使しながら地を走り宙に跳ね、すでに平らな地面のときと遜色ないほどの動きを見せている。


 つまりは、身体面での対応能力と修正能力が驚くほど高いのだ。

 獣人である以上、もともと普通の子供よりも基礎体力はあるのだろうが、それを差し引いても優秀だといっていい。


(とはいえ、まだまだ課題も多いわけだがな)


「んにゃ!?」


 マイヤは奇声を発してすっころび、顔面から地面に突っ込んだ。

 動きを先読みして放った俺の足払いに引っかかったのだ。


「こういう傾斜のある場所で戦闘になった場合、基本的には上に位置取った方が有利になる。それは気付いたよな?」

「ふ、ふぁい……」


 マイヤは顔を上げ、鼻をさすりながらうなずいた。


 高所から攻撃したほうが体重を載せやすく、一撃一撃の威力が増す。

 一方低所で迎え撃つ羽目になると、かかとが下がるため踏ん張りが利かない。

 さらに言うと、上から仕掛ける側にとって頭や胸といった相手の急所は近くなり、逆に下から見れば相手の急所は遠くなる。


「ただ、それは当然敵にとっても常識なわけだ。だから有利な場所を確保したいというお前の思考も読みやすい。敵にも知能があるんだから、自分のやりたいように動くだけの奴を嵌めるのは簡単なんだよ。もっと相手をよく見ろ」

「わ、わかりました、です!」


 頬に泥をくっつけたまま、再び構えるマイヤ。


 今度は少し動きが慎重になった。

 踏み込みすぎず、離れすぎず、俺の動きを読み取ろうとする。


 もちろん、俺の方に様子見に付き合ってやる義理はない。

 下がると見せかけて一気に加速し距離を詰め、そして反応が遅れたマイヤの額に正拳をこつんと当てた。


「ほれ、死んだ」

「う……」

「今度は相手を見すぎるあまり、倒す意志がおろそかになってる。牽制みえみえの攻撃に怯んでくれる敵なんざ、戦場には居ねえぞ」


 自身の体を操ることに関しては優れた才能を発揮するマイヤだが、こういう駆け引きの部分が極めて稚拙なのだ。

 おそらくは性格の問題だろう。俺の言ったことを愚直に守ろうとする一方、裏をかいたり盲点を突こうと工夫することが、ほとんどない。


(普通なら、素直なのは長所なんだがな……)


 仮にそれが『言われたことしか(、、)できない』というレベルならば、矯正の必要が生じる。

 俺はしばらく考え、そして口を開いた。


「そうだな、次はちょっと趣向を変える」


 ゆっくりと腰の刀を抜く。

 東方産の玉鋼から鍛造した、細身、片刃の剣だ。

 ゆるく湾曲したその刃は硬く薄く、勁との親和性がきわめて高い。

 師ミナヅキより譲り受け、人竜戦争でも常に傍らにあった俺の得物である。


「…………」


 マイヤは表情を硬くし、唾を飲み込んだ。


「刀ありの俺とやるのは初めてだよな。当然だが、当たると真っ二つだから上手く避けろよ」


 言い終えると、返事を待たず俺は踏み込み、斬りつけた。

 むろん殺す気など無く、手加減は十分にしている。

 ただし、反撃の余裕は与えない。


「わ、わわ……」


 たちまちマイヤは一方的な後退へと追い込まれた。

 よくかわしてはいる。が、それだけでは斬られるのを待つのみだ。

 さあて、俺の助言無しで何か打開策を見つけられるか?


 そのまま幾度か応酬するうちマイヤの後退の速度は鈍り、やがて左右へと回り込む経路を探るようになった。

 俺の剣筋にもう慣れたということだ。

 やはり目の良さと適応の早さは傑出している。


(といっても、単に慣れただけじゃ合格点はやれねえが――な!)


 側面へ移動しようとするマイヤに、低い蹴り。

 マイヤは軽く跳ねてかわす。

 瞬間、俺は蹴り足をそのまま大きく前に運び、接地の勢いを腰、肩、腕へと螺旋状に伝えながら倍加させ、肩口から鋭く斬りつけた。


 目を見開いたものの、マイヤは逃げなかった。

 のみならず、素手で迎え撃つことを選択した。

 勁を込めた掌で側面――鎬の部分を払って刀の軌道をずらし、さらに下方向へ叩いて角度を変える。

 刃が地面を噛む寸前、上からその小さな足で峰を踏みつけ、二の太刀を封じた。


 両者の動きが止まる。

 しかし、有利と不利はくっきりと分かれていた。

 俺はまだマイヤの間合いの外にいる。

 マイヤが刀を抑えた左足を外し、さらに一歩踏み込まなければ、その拳も脚もこちらには届かない。

 一方、俺は刀が自由になった瞬間に引きからの刺突を繰り出せる。

 間違いなく俺の方が速い。


「さてマイヤ、ここからどうする?」


 相討ち狙いの賭けに出るか? それとも一度距離を取って仕切り直すか?

 ――どちらでもなかった。

ちょっと長くなったので分割。

明日(10/3)夜も更新します。

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