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63話 お茶会なのです(1)

「はあ、緊張したぁ……」


 お屋敷の廊下を歩きながら、エッダさんは大きく息を吐きました。


「怒られなくてよかったよー。まさかリーンさんがそんな偉い人だなんて、思いもしなかったもの。竜殺しの英雄かあ。すごいよねー。おとぎ話じゃなくて、実在したのか!って感じ」


 そして、少し斜め後ろのマイヤに視線を向けます。


「でも、どうしてリーンさんもマイヤも内緒にしてたの? 最初に教えてくれたらよかったのに」

「え、えっと、リーン様は、ご自分が英雄だということを知られるのを、あまり好まれないもので……」

「え、なんで?」

「その名前が重しになりかねないからだろうさ」


 エッダさんの疑問に答えたのは、グンターさんでした。


「人間関係ってのは好むと好まざるとにかかわらず、肩書きや立場によって変化しちまうもんだ。正体が知れると、おそらく大抵の奴はリーンを『竜殺しの英雄』として見るようになる。それはあいつの一部分でしかないのにな」


 そういうもの? とエッダさんは釈然としない顔。


「肩書きがどうでもわたしはエッダだし、じいちゃんはじいちゃんだし、リーンさんはリーンさんじゃん。考え過ぎじゃないの?」

「だが、オレたちにしても旦那様からリーンのことを聞いたとき、『なら腰を低くして接さなきゃならんかな』みたいな雰囲気になったろ?」

「あー……そうね、なったかも」

「あいつはそういうのが煩わしかったんだろうさ。ま、難しい話じゃない。リーンが今まで通りでいいって言ってるんだから、そうすりゃいいんだ」


 マイヤたち三人は使用人棟に向かっています。

 リーン様、レオ様、そしてこのお屋敷の主であるゲルト様は、しばらく大切なお話があるそうですので、マイヤはそれが終わるまでお待ちしなければなりません。


「んじゃ、オレたちはちょっとやりかけの仕事片付けてくる。犬耳の嬢ちゃんは、この間の応接室でゆっくりしてな」

「後でお茶いれて持ってくからねー」


 使用人棟に付くと、お二人はそう言って立ち去ろうとしました。


「――あ、あの、すみません、少しだけお待ちください、です!」


 マイヤは、思い切って声をかけました。

 どうしても尋ねておきたいことがあったのです。

 あんまり楽しい話題ではないのですけど、勇気を奮い起こして続けます。


「その、マイヤが余計なことしたせいで、エッダさんが、殺されそうになったこと……怒っておられないのですか?」

「…………」

「…………」


 エッダさんとグンターさんは困惑したように顔を見合わせ、そしてエッダさんが口を開きました。


「いや、わたし、助けられた側だよ? なんで怒る必要が?」

「だ、だって、マイヤがにおいを辿れるなんて言い出さなかったら、エッダさんがロラントさんに襲われて怖い思いをすることもなかったのですし……」

「そりゃあ、怖いのは怖かったけどさ、それをいうなら人竜戦争で竜に襲われたときの方がよっぽど恐怖だったよ。というか、マイヤが助けてくれたからこの程度ですんでるんだし。――マイヤ、あなた強いのに、変なこと考えるんだねー」


 変、なのでしょうか。


「チーズ泥棒を突き止めろと頼んだのはこっちだし、そもそもうちのゴタゴタなんだから、お前さんに責任をとらせるような真似はしねえよ。んなこと気に病むな」


 そう言い、そしてグンターさんは、ふむ、と鼻を鳴らして腕組みをしました。


「しかし嬢ちゃん、相当にややこしい性格してんな。こりゃリーンの奴も気に掛けるわけだ」

「え? ややこしいというのは、どういう……い、いえ、それより、リーン様が何かマイヤについておっしゃってたですか!?」


 マイヤは思わず身を乗り出します。

 回答する代わりにグンターさんはまるで微笑ましいものを見るかのような表情を浮かべ、んじゃまた後でな、と言って踵を返しました。

 ……はぐらかすのは、ずるいと思います。


 ともあれ、結果的にはリーン様のおっしゃった通りだったですね。

 エッダさんもグンターさんも、マイヤに腹を立てたりはされていませんでした。

 安堵とも拍子抜けともつかない奇妙な感情を覚えます。


 ――ええ、マイヤは怖がりです。

 怒りとか憎しみとか、強い負の感情を向けられるのが、特に苦手。

 そうなるかも、と想像しただけで、怖くて体が強張ってしまいます。


 これはもう染み付いた性質で、簡単には直らないものなのでしょうけど……でも、マイヤに良くしてくださる方にもいちいち怯えたり、悩んだりするのはやっぱり失礼な話ですね。


「……人を怖がるのは、もうやめにするです」


 自分に宣言し、マイヤは応接室に足を向けました。

 場所は覚えていたので迷うことなく辿り着き、扉を開けます。


 すると――部屋の内側、すぐ目の前に人が立っていました。

 若い女性が眉間にしわをよせて、こちらを見下ろします。

 マイヤは二、三度目をまたたかせ、そして、大きく跳びすさりました。


「し、失礼しました!」


 バタンと扉を閉めます。


 ……あー、びっくりしたのです。

 てっきり誰もいないものと思い込んでいました。

 考えてみれば、このお屋敷にも大勢の人がいるのですし、ここは使用人共有の応接室なのですから、誰かが使っていても別に不思議は――


 そう考えたところで、マイヤは小さく首を傾げます。

 何となく違和感を覚えたのです。

 慌てて出てきてしまったのでよく見たわけではないのですが、今の方、何というか、このお部屋には似つかわしくない印象があった、ような……


 と、前触れもなく扉が開きました。

 マイヤは思わず、ひ、と声をもらし、飛び上がりそうになります。


 先ほどの女性が顔をのぞかせました。


「遠慮せず入れば? 『失礼いたしました!』って、人の顔見るなり逃げだそうとする方が、よっぽど失礼だと思うのよね、あたし」


 あー……言われてみれば、確かにその通りかもしれないです。

 マイヤは耳を垂れ、応接室に入りました。


「そこに座んなさいな」

「は、はい」


 言われた通り、彼女の向かいに腰を下ろします。

 広めのお部屋に、二人きり。

 なんとなく、身の置き所がない感じ。


「軽い足音だったから、エッダが来たのかと思ったわ。あの子だったら、お茶でもいれてもらおうと思ったんだけど」

「す、すみ、ません」

「なんであんたが謝んの? その必要ある?」


 女の人は不機嫌そうな表情で言い、マイヤはさらに身を縮めました。


 上目遣いで、改めて彼女を観察します。

 先ほど、この場所にそぐわないと感じたのは、どうやら身に着けているものが原因であるようです。

 髪型とか服とか飾り物とかが凝っていて高そうで、使用人っぽくないのですね。


 化粧っ気のない顔は、かなり若々しく見えます。

 多分、リーン様やアデリナさんよりさらに年が下なのではないでしょうか。

 えっと、初対面です、よね? 何か記憶にひっかかるのですが。


「あんたさ、今来てる『竜殺しの英雄』リーンハルト・イェリング様の、従者なのよね?」

「へ? え、ええ、はい、そうなのです」


 慌ててうなずきます。


「名前は?」

「マ、マイヤと申します」


 女の人は一つうなずくと、イスをガタンと鳴らして勢いよく立ち上がり、怖い顔でマイヤを見据えました。

 マイヤは先刻の決意も忘れ、さっそく怯えました。

 な、何かご機嫌をそこねるようなことをしてしまったでしょうか。


「では、マイヤ」


 喉がひり付くような緊張を覚えながら、マイヤは相手の言葉を待ちます。


「先日のロラントの件について、今からあたしは」

「は、はい」

「あなたに謝罪するわ。――ごめんなさい」


 女の人は深々と頭を垂れました。


「は――え、え?」

「あたしのせいで危険な目に巻き込んでしまって、本当に申し訳ないと思っています。こころからお詫びします」

「え、えええ?」


 思考が追いつかず、マイヤの頭の中は大混乱です。

 なんなのですか? どうしてマイヤは謝られてるのです?


 ――と、そのとき、ふわりと動いた空気がマイヤの鼻をくすぐりました。


(あ……)


 同時に気付きました。この方のにおい、覚えがあるということに。

 改めてお顔を見つめ、今度ははっきりしっかり思い出します。

 直接お話ししたわけではありませんが、確かに先日、お会いしている方です。


 あの日、彼女は濃いめのお化粧をして人相が変わっていましたし、においにも白粉おしろいべにのものが混ざっていましたから、すぐには気付かなかったのですね。


「マイヤ、おっまたせー! お茶とおいしいお菓子を――」


 元気な声とともに扉が開き、エッダさんが入ってきました。

 そして目の前の光景に、目を丸くして固まります。


「あ、あれ、いったい、どんな状況なの、これ? ってか……イレーネ様、どうしてここに?」


 そう、マイヤなんかに頭を下げているこの女性は、イレーネ様。

 このお屋敷の主、大商人ゲルト様の奥方様なのです。 

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