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60話 師と弟子と(2)

「ふーむ」


 めったに使用しない屋敷の応接室。

 勝手にソファへと腰を下ろしたレオは無遠慮に俺の顔を見つめ、唸った。


「顔色も悪くないし、体調はそこそこ安定しているように見えるね。禁酒の効果が出てるってところかな?」

「……なんで酒を断ってるってわかったんだ?」


 酒精アルコールを控えているのは確かだが、こいつに話した記憶は無い。

 マイヤにでも聞いたのだろうか。


「根拠に基づいた推論ってやつ。というか、単にあちこちに転がっていた酒瓶が見当たらなくなっていて、むせ返るようだった酒の臭いも消えているからだよ。マイヤの頑張りがうかがえるね」


 赤竜退治のあとぶっ倒れて禁酒を決意するまでは、俺が酒瓶を散らかしマイヤが片付け掃除するといういたちごっこが繰り返されていた。

 しかし、散らかし側の勢力が弱まったので、清掃側が勝利を収めたというわけである。


「だいたい、気付かないわけないだろうこんなの。君、これまで自分の家がどんな惨状だったのか、自覚してなかったのかい?」

「…………」


 俺は舌打ちした。反論できないのがいまいましい。


「ま、君は健康になり、家はきれいになる。良いことずくめだ。今後も禁酒を継続していくことをお勧めするね、僕は」

「さて、家はともかく、俺の健康にとっては意味があるんだかな」

「あ、あの、でも、やっぱりお酒を召し上がっていたころより、お加減が良いように見えるですよ?」


 ちょうど茶を運んできたマイヤが言った。

 レオは礼を述べて受け取り、俺に視線を戻す。


「と、君のメイドは証言しているけど?」

「生死が懸かってるんだから、できることは何でもやるべきだってのに異存はねえよ。禁酒は当分続けるさ。ただ、最大限に効果的だったところで、せいぜい進行を少し遅らせる程度のことしか期待できねえって話だ」


 もっとも、俺は悲観的になっているわけではない。

 

「どうせなら、もっと積極的な手を打ちたいんだよ。だからこそ、借り作るのを承知の上で、お前に頼みごとをしたんじゃねえか」

「いやだなあ、借りなんて気にすることないのに。僕と君の仲じゃないか」


 レオは朗らかに笑った。


「どんな――」


 仲だ、と反射的に言いかけて、俺は口をつぐんだ。

 こいつの軽口に付き合っていると、話がどんどん横道に逸れる。

 ってか、別に知りたくもないしな。


「……それより本題に入んぞ。情報を持ってきたんだろう?」

「そ、そうです! レオ様、だんな様の先生の行方がわかったのですか!?」


 期待と興奮を抑えられない様子で、マイヤが一歩前に出た。


 俺の体がズタボロになっているのは、限界をはるかに超えた勁の使用によるものだ。医者の手には負えないし、俺の知識の中にもこれを治す方法はない。

 ただ、俺は自分より勁に通じている人間を一人だけ知っている。

 それが、ミナヅキ――俺の師匠であり、レオに捜索を依頼した人物だ。


 師匠は数年間にわたって俺に勁の扱いを教え、『まあほぼ一人前と言っていいだろう』と微妙な卒業認定を残し、そしてふらりと姿を消した。

 俺が一八のときだったから……もう、七、八年ほど昔のことになるか。


「こ、これで、だんな様のお体が治るかも――!」

「気が早い。落ち着け」


 レオに詰め寄る勢いだったマイヤの尻尾を掴み、引き戻す。

 犬耳娘はひゃん!と鳴き、長イスの上、俺の隣に腰を落とした。


「し、しっぽは敏感なのですよう……」


 涙で潤んだ目を向けられる。


「ん? ああ悪い。触らない方がよかったか」

「い、いえ、そういうわけでは……むしろ、だんな様になら歓迎というか、でも、その、できれば、もう少し優しくしていただけると、もっと……」


 もじもじとした様子で、何かよくわからないことを呟いている。

 とにかく、頭は冷えたようだ。


 まあ、自分の体の状態は、自分が一番よくわかっている。

 正直に言えば、ここまでぶっ壊れた心肺機能が全快するなんてムシのいいことは期待していない。


 しかし――『では、どこまでならば期待できるのか』を正確に知ることは、必要不可欠だろう。

 俺はその範囲内での最善をつかみ取らなければならないからだ。


 マイヤの傍にいると決めた以上、一日でも長く生きる義務、そのために必死に足掻く義務が俺にはある。

 先刻言ったように、できることは何でもやるべきなのだ。


「あー、マイヤのご期待に沿えなくて悪いんだけど」


 レオは申し訳なさそうな表情で、頭を掻いた。


「件の彼女が見つかったとか、居場所がわかったというような、はっきりした話ではないんだ。なんせ、依頼を受けてからまだ二か月なんだから。いくら僕が情報通だといっても、もう少し時間は欲しいところだね」


 人竜戦争の影響で国内は混乱し、各地の街や村も大きく様変わりしている。

 国内に居るか居ないのか、それどころか生きているか死んでいるかもわからない人間一人の居所を突き止めるのは、確かに容易なことではないだろう。


「そう、なのですか……」


 マイヤはしゅんと肩を落とし、しかしすぐに、がばっと顔をあげた。


「で、でも、明日にでも『その日』が来てしまうかも、という怖さしかない状態に比べれば、希望が持てるだけでもありがたいことなのですよ! うん!」


 前向きで結構だ。


「どうあれ、進展があったのは確かなんだろ? 師匠の行方について、何か噂でもつかんだのか?」

「うん、その通り。ただ、あくまで噂であって、確証が取れていないのは最初に断っておくよ。まだ詳しい報告も受けていないしね」

「いい。聞かせろ」


 では、と陶器のカップを卓に置き、レオは背筋を伸ばした。


「――皇国の南西部での話だ。ごくまれにではあるが、ここでも人竜戦争後に竜が目撃されることがあってね。で、少し前のある日、地元の猟師が山に入ったとき、遭遇したんだそうだ」

「竜にか?」


 少しちがう、と言ってレオはわずかに口の端を持ち上げる。


「竜をたった一人の女が倒してしまう場面に、だよ」

「…………」


 たとえ小型のものであっても、竜を単独で殺せる人間はそう多くない。

 もちろん、俺にはできる。

 であれば、ミナヅキにもできるはずだ。


 ミナヅキの特徴として挙げられるのは、背格好や容貌よりまず先に『絶対的な強者である』ということである。


 能力をひけらかすような性格ではないものの、ひとたび戦えばその強さは目にした者に強烈な印象を残すだろう。

 そうなれば、おそらくは噂話として人々の間に広がるはず、と俺は考えていた。

 なかなかいいところを突いていたようだ。


「繰り返すけど、まだ噂の段階でしかないよ? 一人で竜を殺す女が実在していたとしても、それは君の師匠とは限らない。例えば皇国が誇る竜殺しの英雄の誰かかもしれないし、あるいは、まだ世に知られていない達人かもしれない」

「それを考えるのは、検証した後だろ。もう少し詳しく聞かせてくれ」


 隣のマイヤも、うんうんとうなずきながら身を乗り出す。

 しかし、そこでレオは肩をすくめた。


「残念ながら、僕もここまでしか知らないんだ」

「……意味ねえじゃねえか」


 思わず俺は顔をしかめた。

 強烈な肩透かしを食わされたような気分である。


「まだ詳しい報告は受けていないって言っただろう? 第一報を確認しただけ。だから今日このあと、噂を拾ってきた協力者のところを訪ねて、仔細を聞かせてもらう予定なんだ」


 なら聞いてから来るべきだろうに。

 そんな俺の内心を読み取ったのか、レオは小さく苦笑した。


「君を誘いに来たんだよ。もし興味が湧いたようなら、今から一緒にどうかと思ってね。このすぐ近くだから」

「近くって……そいつ、このペリファニアに住んでんのか?」

「正確には滞在中、かな。本邸は皇都にあるから、この街の住人ってわけじゃないね」


 本邸ね。金持ちの貴族か何かだろうか。

 その手の連中にはあまり近づきたくないんだが。


「僕が懇意にしてる商人なんだよ。大きな商会の長で、皇国全体に人を送り手広く商売をやっているから、情報が集まるんだ。だから、リーンの捜し人に関係ありそうな噂があれば教えてくれるよう、話をつけておいた」

「なるほど、商人か」


 情報が生死を分ける職業である。これは期待できるかもしれない。


「現在、彼にはこのペリファニアの市場いちば再建を任せている。だからこのところは主にここの別邸で寝起きしているはずだよ」

「…………」


 そこまで聞いて、ふと俺は眉根を寄せた。

 この近くに別邸を構え、市場の再建を担当する大商人?

 つい先日、そんな話を聞いたような気がするのだが。


「名前はゲルトという。彼の別邸まではこの屋敷から歩いて行ける距離だけど――で、どうする? 二人とも、一緒に話を聞きに来るかい?」


 俺とマイヤは、思わず顔を見合わせた。


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