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24話 レオの来訪、マイヤの未来(3)

「それは大きな誤解だよ、我が友」


 レオは悲しげにそう言うと、両手を広げた。


「君は友人のことをもうちょっとよく知るべきじゃないかな?」

「大事なことだな。友人は大切だ」


 俺はうなずいた。


「ただ、今必要なのは友人じゃなく、我が国の第三皇子についての理解だろ? それについては結構自信あるぜ、俺」

「偏見が含まれてる気がするんだけどなあ。いや、僕はちゃんと民一人一人の幸せを願っているよ? ただ、状況によって優先順位が少々変動するだけ――」


 と、そこでレオは目を瞬かせ、次いでぽんと手を打った。


「ああ、なるほど。僕がマイヤを引き取らせることに積極的だから、何か企んで彼女を利用しようとしてるんじゃないかと疑っているわけだ。優しいところがあるじゃないか、リーン」

「…………単純に俺のためだ」


 その返答は、一呼吸分ほど遅れた。

 追及される前に続ける。


「俺が求めるのは平穏な余生。もう英雄は引退したんだから、今さら誰かの思惑に巻き込まれるのはごめんなんだよ」

「ふむ、思惑ねえ」


 何かを考えるようにあごをなでると、レオは再び口を開いた。


「――ちょっと話を変えるよ」

「あん?」

「『作りものの英雄』と君に声を掛けてきたのは、ブラウヒッチ家の兵士かい? 今、ペリファニアの街に駐留しているようだけど」

「ああ、そうだな。マイヤの同僚だったらしい」


 ブラウヒッチ家の領地にレオと救援に向かったのは、二、三年前のことだ。

 確かでかい赤竜に襲われて当主が戦死、軍が壊滅しかけていたところに駆けつけ、俺が始末をつけたのだった。


 余計な犠牲が増えるだけなので基本的に俺は一般兵と行動を共にすることはないのだが、あのときは確か辺境警備軍の本営に立ち寄ったはず。

 ファリンとかいう虎族ティグリスの娘はそのときに俺の顔を見かけ、記憶に留めていたのだろう。


「実は最近、西の国境付近でまたちらほらと竜の目撃報告が上がっているらしい。で、ブラウヒッチ伯――竜に殺された先代の息子だね――が、国境からこの街までの安全確保を買って出ててね」

「聞いた。代わりに金を徴収させろと主張してるらしいな」


 アデリナが言っていた件だ。


「この街、皇家の直轄だったよな? そいつの領地ならともかく、こんなとこで勝手に金集めてもいいのか?」

「んー、まさにそこが問題でさ」


 ふうとレオはため息をつく。


「直轄地の徴税権を持つのは、ただ皇帝陛下のみ。本来ならこんな真似は許されない。が、先方は『これは税にあらず。契約に基づいた警護の報酬である』と主張している」


 つまり民が荷運びや土木工事の対価として金をもらうのと同じ、ということか。


「こちらには人竜戦争で地方の領主たちに多大な負担を強いたという負い目がある。そして、今後も引き続き竜の脅威に備える必要がある以上、彼ら辺境戦力が資金不足に陥って弱体化しすぎるのも困るんだよねえ」

「黙認すんのか?」

「正直に言うと、程度によっては黙認してもよかった。けど、さすがに皇家の土地で専横を許すわけにはいかない。で、ブラウヒッチ伯をたしなめる役目が僕に回ってきたんだ」


 なるほど。

 だからこのペリファニアを訪れる必要が生じ、そのついでに俺の屋敷に立ち寄ったってわけだ。


「さて、そこで相談だ、リーン。竜のうろこをたやすく切り裂き、その首を軽々と落としてのける竜殺しの英雄よ」


 レオは明るい声で言い、一方、俺は眉をひそめた。

 嫌な予感しかしねえ。


「交渉に同席してくれないか? 竜退治の専門家で、おまけにかつてブラウヒッチ家を救った君が皇家側の戦力となれば、向こうも強く出られなくなる」

「断る」


 即答した。


「俺は今後、どの陣営のどんな派閥にも関わらねえ」

「どうして?」

「第一に、気分の問題。もう英雄扱いされるのはごめんだ。平穏に余生を送らせろ。第二に、能力の問題。俺には戦う力がほとんど残っていない」


 俺は右拳を軽く握り込んだ。

 かつては石をも砕くほどの握力を誇っていたが、今はその半分がせいぜいというところだろう。


 竜を一頭でも多く殺すため、数年にわたって限界以上に体を酷使した。

 その代償である。


「今の俺は歩くだけで息が上がるポンコツ、戦えばぶっ倒れる半死半生の病人みたいなもんだ。お前も知ってるはずだよな?」

「うん、知ってる。そうか、やはり引き受けてはくれないよねえ」


 納得したようにレオはうなずいたが、その爽やかな外見にそぐわない執念深さを知っている俺は内心で身構えた。 

 この男が簡単に諦めるはずがないのだ。


「じゃあ、いいや」


 が、レオはあっさりと引き下がり、俺は表情の選択に困ることになった。


「……いったい、今のやりとりで何がしたかったんだ、お前」

「僕の基本姿勢および信念の提示。つまり――個人の自由意思は最大限尊重されるべきと考えているってことを伝えたかった」

「自由意思?」


 困惑する俺に、レオはそう、と首を縦に振った。


「僕の主な仕事は誰かに何かをやらせることだ。一応、それなりに高い身分にいるもんでね」


 次期皇帝候補は言った。


「ただし、その際に強制はなるべく避けることにしている。たとえば今の頼み事にしても、僕は皇国臣民である君を否応なく徴用する権利を持っているけど、それを行使するつもりはない。――ああ、誤解しないでくれ、恩に着せたいわけじゃないんだ」

「お前の意図がどうであれ、恩に着たりはしないから心配すんな。で、強制しない理由は何なんだ?」

「誰であれどんな仕事であれ、自分からやる気になってくれた方が、十全にその実力を発揮できるからだよ」


 レオの言葉は俺にとって意外なものではなかった。


 獣人兵の件では、レオはわざわざ手間と時間を掛け彼ら自身が『命懸けで戦う』という選択をするよう誘導している。


 俺を『竜殺しの英雄』にしたときも、レオはその意図と役割を説明した上で俺の意思を確認した。

 まあ、俺の方はそんなものがなくとも二つ返事で引き受けていただろうが。

 当時の俺は竜を殺せるなら他のことはどうでもよかったからだ。


 ――とにかく。

 こいつの中に一定の指針があるのは間違いない。

 それが善良で良心的なものかどうかはさておくとして。


「僕の人間性を信じろとは言わないけど、信条に反することをわざわざ行うかどうかは判断材料として考慮してくれてもいいんじゃないかな?」

「…………」

「奴隷たちの身の振り方を考える必要があり、その過程でマイヤが君に仕えたいと主張した。自由意思を重んじる僕はそれを認めた。単純な話だよ」


 誠実そうな口調でレオは言った。


「このことを盾に取って、マイヤに嫌がるようなことを強制したりはしない。それは約束する」

「どうだかな」


 俺は鼻を鳴らした。


「獣人兵のときは、奴らが望んでお前の意図通りの行動をするよう、うまく嵌めたじゃねえか。そういうことをしないという保証はあるのか?」

「嵌めたと言われるのは不本意だし、保証と言われても困るんだけど」


 レオは苦笑する。


「不安なら、リーンも彼女に注意を払い、気を付けてやればいいんじゃないかな? そんなことをするつもりはないけど、もし僕が不当な干渉をしてると感じたなら、抗議なり拒絶なりを伝えてくれればいい。マイヤと同様、君の意思に反することも決してしないと誓おう。これでどうだい?」

「…………」

 

 心情的にはすっきりしないが、これ以上追及の手立てはなさそうだ。

 舌戦で優位に立てるとも思えないし、仮にそうなったところで完全な保証になどなりえない。

 釘を刺し、言質が取れたことで満足しておくべきだろう。


「引き取った以上、マイヤは俺の保護下に入る。干渉すんなよ?」

「もちろんだとも」


 レオは即座に請け合った。


「ひとまずは納得してもらえてよかったよ。――しかし、意外に熱くなったねえ、リーン。完全に往年の気力をなくしてしまったわけではないようだ」

「言っただろ。俺は平穏に暮らしてえんだよ。そのために必要なことなら労力を惜しまないってだけの話だ。文句あるか?」

「まったくないよ。ただ、長いすで寝そべって死んだように生きているより、その方がよっぽどらしい(、、、)と思っただけ」

「……俺の用は済んだ。さっさと帰れ」


 不機嫌さを隠さず俺は言った。

 レオは動じた様子もなく、笑顔のままうなずいた。


「君との会話は楽しいけど、僕もなかなか忙しい身だ。ブラウヒッチ伯との会談の準備もあるし、お言葉に甘えてそろそろお暇するよ」


 イスから立ち上がったレオは部屋の出口へと向かい、扉を開け――

 そして、振り返った。


「ああ、そうだ。一つ訊きたいんだけど」


 んだよ、と俺は眉をひそめて応じる。


「リーン、英雄である君はさ、もしかして獣人やその他あの戦で犠牲になったものたちに、負い目を感じているのかな?」

「……どういう意味だ?」

「えっと、つまりだね――負債を返済するような義務感でマイヤを引き取ることに決めたのかな、ってこと」


 レオの顔に浮かんでいるのは、いつもの穏やかな微笑だ。

 内心はうかがい知れない。


「ああ、非難しているわけじゃないよ。律儀なのは君の為人ひととなりであり、愛すべき点でもある。ただ、君のもやもやを解消するダシに使われたのだと感じたら、彼女は傷つくかも、と思ってね」

「俺は――!」


 イスから腰を浮かせて口を開きかけた、そのとき。


「だんな様ー! マイヤただいま戻りましたですー!」


 玄関口の方から明るく弾む声が聞こえてきた。


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