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23話 レオの来訪、マイヤの未来(2)

「だって、竜と戦うにあたって、それが一番有効な手段だったからねえ」


 小さく肩をすくめ、レオは言う。


「獣人を犠牲にするのがか?」

「『英雄』に先立って彼らに第一陣を任せることが、だよ」


 レオは俺の表現をそう訂正した。


 言うまでもないことだが、竜の戦闘能力は獣人や人間をはるかに上回っている。

 真正面からやり合えば、人類を絶望のどん底へ叩き込んでなおお釣りがくるくらいの差があるだろう。


 人竜戦争当時、エルラ皇国軍指揮官の一人であったレオは、まず『竜と戦って勝利することは可能なのだ』と皇国の民に信じさせなければならなかった。


 そのために講じた手段の一つが、『竜殺しの英雄』の存在を喧伝すること。


 通常、竜をどうにかするには、軍を動員し数の力をもって臨むしかない。

 しかし、ごくごく少数ではあるが、竜を単独で制圧しうる技術や能力を持つ者が存在していたのだ。例えばこの俺のように。


 レオは八方手をつくしてそういう人間を探し出し、登用した。


 のみならず、その戦果や業績を芝居や読み物、吟遊詩人の語るいさおしの物語として、皇国全土へと積極的に広めさせたのである。

 それこそ子供が憧れるような、格好よく無敵の『英雄』像を作り上げて。


『つまりは情報によって戦意や士気を高めようという試みだね。竜を倒すのは確かに簡単じゃないけど、民にも兵にも「今この瞬間を耐えれば何とかなる。英雄様が何とかしてくださる」という希望は必要なんだ。ああ、君たちの活躍については多少の脚色はしたけど、別に捏造はしてないよ』


 ――と、そんな話を目の前の男から聞いた記憶がある。


 そのときと同じく穏やかな笑顔を浮かべ、レオは言った。


「獣人には、どうしても最前線に立ってもらわなければならなかった」

「どうしても、か」

「そう。竜殺しの英雄は、一対一ならかなりの確率で竜を倒すことができる。ただ問題は、その数があまりにも少ないことだったんだ」


 これは事実である。

 その称号を冠せられたのは、俺を含めておそらく十人にも満たないはずだ。


「竜はいつどこに襲来するかわからないし、襲われた場所に都合良く竜殺しの英雄が居てくれるわけもない。であれば、英雄が到着するまでどうやって持ちこたえるか、ということが焦点になるよね」


 その役割を担うのは、各地方に配備された辺境警備軍。


 エルラ皇国では、獣人の数は人間の十分の一に満たないと言われている。

 比率は多少変わるかもしれないが、軍においても獣人兵より人間の兵士の方がかなり多いのは間違いない。


 目的が、例えば城の包囲であったり広範囲の制圧である場合は、数が有効に働くのだが……人竜戦争における兵たちの任務は、竜を相手取った防衛戦である。


 圧倒的な個体を繰り返し繰り返し相手にした場合、強さに劣る人間の兵士では毎回戦死者を大量に出す羽目になると思われた。


「……だから、時間稼ぎの壁として獣人兵を前に出したわけか」

「そういうことだよ。人間の兵士だと、ひたすら消耗し続けるだけになりかねなかったからね。その点、獣人兵は強い」


 獣人の耐久力は人間より上。また小編成で臨むため、撤退も速やかに行える。

 何より、生き延びる確率が高いならば、戦力として再利用することが可能。


 レオは、人竜戦争の引き金になった大規模開拓計画が持ち上がった頃にはすでに竜との衝突を予測し、獣人兵を活用する構想を描いていたのだそうだ。


「とはいえ、単に『命懸けで時間を稼げ』と命令するだけでは効果が薄い。やりたがらないものも多いだろうしね。だから僕は、教練の過程で念入りに教育を行い、彼らの意識にある方向性を持たせるように、と通達を出していた」


 通達?と俺は眉を寄せる。


「通達というより、きわめて優先度の高い命令と言った方がいいかな。内容はこう。『強さは弱さに勝る。勇敢な死は臆病な生より素晴らしい。獣人兵には徹底的にそう教え込め』」

「…………」

「で、その基準に沿って、勇敢で強いものと臆病で弱いものとの待遇に天と地ほどの格差をつけた。軍の獣人隊というのはどこも閉鎖的な環境で、しかも少数民族には拠って立つ誇りのようなものが常に必要とされている。だから、強さを絶対的な価値基準とする思想が浸透するのは早かったよ」


 俺は犬耳娘の気弱そうな顔と、自虐的な言動を思い出していた。

 あいつはそういう環境で育ってきたわけだ。

 さぞ生き辛かっただろう。


「要するに僕は、彼らが自分自身を『時間稼ぎの道具』ではなく、『英雄の勝利のため命を捧げる勇者』とみなすようにしたかった。――『物語』と『役柄』って話、前にもしたかな?」


 ああ、と俺がうなずくと、レオは静かな微笑のまま話を続けた。


「人竜戦争においては、竜を撃退して国と民を守るというのが『物語』だね。そこに命知らずで勇敢な先鋒という『役柄』を設定し、それはとても素晴らしい仕事なのだと徹底して刷り込む。そうすることで、獣人たちは単に命令されて死地に送り込まれる雑兵ではなく、自分を救国物語の主人公だと認識することができる」


 ただ命じるだけでは足りない。

 だから、命を懸けるに値する役を与え、舞台を演出する。

 それがレオの意図だったということだ。


「士気の高さというのは、つまるところ興奮や高揚感だ。適切にそれらを引き出すことで、獣人たちを強度の高い壁に仕立てることが可能になった」


 俺はまるで胃の腑に石を詰め込まれたような、得体の知れない不快感を覚えた。


「それって要は、いろいろ画策して貧乏くじを引かせただけじゃねえのか? からくりに気付く奴もいただろう」


 例えば俺を『作りものの英雄様』と呼んだ、あの虎族ティグリスの娘のように。


「もちろん、そういう見方もあるだろうね。ただ、彼らのほとんどは違う考えを持っていたと思うよ。君が到着するまでの時間を稼ぐため奮戦し、死んでいった獣人たちは『命をかけて希望を繋いだ勇者』か『貧乏くじを引かされた間抜け』か――どちらの評価をしてやるべきだと思う?」


 そこでレオは小さく苦笑した。


「と、これは少々意地悪な問いだったかな」

「意地悪というか、胸糞悪ぃな」


 俺は顔をしかめてみせる。


「それは悪かったね。ただ、いずれにせよ獣人兵個々人の感性にまで干渉することはできないよ。僕の仕事は、あくまで国家にとっての最善を追求することだし」


 エルラ皇国第三皇子のその口調は、自らを誇るでも卑下するでもなく、ただ淡々と事実のみを語るものだった。


「だからまあ、結局、最初に言った結論に至るわけだ。壁が時間を稼ぎ、竜殺しが竜を倒す。それが一番効果的だったから、そうなるようにした。僕にはそれ以上の手を思いつくことはできなかった。批判や非難は甘んじて受けるけどね」

「……別に非難したいわけじゃねえよ」


 合理的なやり方が一定の成果を挙げているのは事実だ。

 加えてレオは、何かを道具のように利用する際、自分自身を例外扱いしない。


 こいつの計算高さは皇国のために発揮されるもの。

 自分一人の保身をはかるような狡猾さと無縁なは認めざるをえない。


(人竜戦争でも最前線まで出張ってたしな。『ただ最後尾に隠れているだけの司令官は、いざというときに影響力を持ちえないから』とか言って)


 そんなことを思い出す。

 色々複雑ではあるが、まあ、戦友、身内、というような意識が俺の中に存在することも否定できないだろう。


 そもそも俺は竜殺しの機会を求め、進んで『英雄』の役を務めた人間である。

 獣人たちによって足止めされた竜を、望み通りに大量に殺し、ついでに名声と報酬も得た。


 言うなれば、俺もレオの共犯者なのだ。

 こいつやあの虎族ティグリスの少女をどうこう非難する資格など、あるはずもない。


 ――が。

 だからといって、レオを全面的に信用できるかどうかは、別問題である。


 俺は思考に整理をつけ、話題を切り替えた。


「昔のことはどうでもいい。俺が話したいのは、今と、これからのことだ」

「と、言うと?」

「獣人を生きた壁扱いしたお前が、なんで今さらマイヤの行き先の世話をしてるんだ? 一人一人の幸せ不幸せを気にかけるような、殊勝な性格じゃねえだろうが、お前は」


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