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22話 レオの来訪、マイヤの未来(1)

「相変わらず殺風景ではあるんだけど……うん、以前よりはずっときれいになっているね」


 レオは応接室を見回した。


「イスやテーブルにホコリが積もっていないし、床が砂でザラザラしていることもない。これだけで印象はかなり変わるものだ。掃除をしているのはマイヤなんだろう? いやいや、紹介した甲斐があったというものだよ」

「……ずっと音沙汰なかったと思えば、前触れもなくいきなり訪ねてきて、何を客みたいな顔で批評してんだ、お前は」


 俺は半眼になって言った。


 マイヤが俺のもとにやってきた日から、およそ二十日が経過している。

 レオに書簡を送ったものの返事はなく、届いていないのか、読まれていないのか、あるいは読んだ上で無視してるのか判断しかねていたところ、今日になって突然ふらりと現れたのだ。


「まあまあ、そう怒らないでほしいな。忙しかったんだよ。今日だって仕事の合間を縫ってようやく時間を作ったんだからさ」


 苦笑して肩をすくめるレオ。


「君も知っての通り、ほいほい気軽に動ける立場じゃないからねえ。煩わしいことだよ、ほんとに」


 この男の本名は、レオポルト・アロイス・ライナルト・ヴェル・エルラという。


 端的にその立場を解説すると、エルラ皇国第三皇子。

 現在は皇国内における軍務の統括が主な役目だったはずだ。

 育ちのいい優男という印象だが、こう見えて剣術の腕前はかなりのものである。


「それにほら、待った分、会ったときの喜びも大きくなるじゃないか。リーンも僕に会えて嬉しいだろう?」

「そうだな。ムカついたとき、空想の中じゃなく直接蹴っ飛ばせるからな」

「じかに触れあえるっていいことだよね、うん」


 俺の憎まれ口をさらりと流し、レオは続けた。


「ところで、マイヤはいないのかい? まさか追い出したりしてないだろうね?」

「街へ食料の買い物に行ってる」

「そうか、残念だな。働きぶりをこの目で見られると思ったんだけど」


 そこで俺の不審そうな視線に気付く。


「だって、責任があるじゃないか。紹介したのは僕なんだから」


 一見人の好さそうな笑顔からは、その心情を読み取ることができない。

 俺は小さく息を吐くと、わずかに体を前に倒してレオとの距離を詰めた。


「そもそも、それについての言い分を聞きたかったんだ。――お前、何のつもりであいつを俺のところによこした?」

「ん? もちろんリーンの世話をさせるためだけど」


 レオは何をわかりきったことを、という口調で答える。


「君、生活能力がはなはだ貧弱じゃないか。友人として放置しておけなくてね」

「だから家事担当のメイドを、ってのはまだわかるとして、それがなんで経験もろくにないチビ助なんだよ」

「だって彼女なら、君も色々勘ぐらなくて済むだろ?」

「…………」


 俺は眉をひそめて沈黙した。

 確かにその通りではあったからだ。


 今から一年ほど前のこと。

 やや不本意ながらも先の人竜戦争で名声を得た俺は、報奨として屋敷を賜り、ここペリファニアで暮らし始めた。


 俺としてはただ平穏に余生を送りたかっただけなのだが、皇国上層部の権力者にとって、『竜殺しの英雄』の存在は無視できないものであったらしい。


 俺を抱き込もうとするもの、利用しようと企むもの、目障りに思うものなど、様々な陣営の様々な思惑が入り乱れ、結果、募集してもいない使用人メイド志望者が押しかけてきたことがあったのだ。


 見目麗しい彼女たちは、一人の例外もなく俺への貢物であったり、監視役であったり、ひどいときは暗殺者だったりした。

 俺はレオの協力を得つつそれぞれ『適正に対処』し、結果、メイドたちは一人残らず姿を消した。


 おかげで『人喰いの館』などというあらぬ噂を立てられたりもしたが……まあ、これは余談である。


「君、あのときは相当ウンザリしてたからね。僕の推薦で、かつあの年齢であれば、そういう余計なことを心配する必要もない」


 違うかい?とレオは微笑んだ。


 違わない。

 というか年齢以前に、マイヤのあの言動がすべて計算ずくで実はどこかの間者だったりしたなら、俺は怒りよりも先に大きな感動と賞賛の念を覚えるだろう。

 想像を絶するくらいのとんでもない役者ということになるのだから。


「マイヤ自身も、奴隷商人から救い出されたことで君に恩義を感じていたようだしね。これは適任だと思ったわけだ」


 そこでレオは表情を曇らせ、ため息をついた。


「実のところ、人竜戦争の影響で民の生活が不安定になっていてね、彼女のように行き場をなくしたものが大勢出ている」


 戦が終わり軍が縮小されたことで、マイヤは追い出された。

 おそらく同じような目にあったものは多いだろう。


 他にも、竜によって壊滅させられた村や町の住人は当然以前のように暮らすことはできないし、農地が戦場になった地域ではたとえ家が無事でも食べ物に困ることになる。


「人買いが横行するわけだな」

「ま、悪党どもは牢にぶち込んで、しかるべき裁きを受けさせればそれでいいんだけどね。問題は、そこで『商品』として扱われていたものたちの処遇なんだよ」


 そのあたりは俺にも理解できた。

 彼らは今後自らの力で生計を立てていかなければならないが、そもそもそれが不可能だからこそ奴隷同然の立場に身を落としていたわけだ。

 解放されただけでは何も解決していないのである。


「大規模な雇用促進計画もあるにはあるんだけどね。例えば農場の再生を援助したりとか、あと都市部でも鍛冶、縫製、鋳物などのギルドが機能不全に陥っていることが多いから、再編して生産量や徒弟の出入りを僕たちの方で一括管理するとか」


 とはいえ、その仕組みを整えるためにはまだまだ時間がかかるようだ。

 今のところは個別に行き先を割り振っていかなければならないのが実情らしい。


「で、俺のところか? 働くなら、こんな偏屈な世捨て人の屋敷よりまともなところがあると思うがな」

「彼女の幸福は彼女自身が判断すべきことじゃない? もちろん、リーンがマイヤを、あの小さくて可哀想な女の子の望みを、どうしてもどうしても、ど・う・し・て・も拒絶したいというなら、僕に口を出す権利はないけれどさ」


 一点の曇りもない晴れやかな笑顔を保ったまま、レオは言う。


「その場合はこちらで何とかするよ。ただ、次の行き場所で彼女が今より幸福になれるかというと、どうだろうね? 正直に言ってしまえば、我が国における獣人の立場はかなり苦しいものだよ」

「…………」


 やっぱり性格悪いな、こいつ。


「まあ、戦が終わった後も人の営みは続いていくわけでね。皇家の血を引く僕には、その面倒を見ていく義務がある。この重いお役目に、ささやかな協力をお願いできないかな? 相手の希望通り、かつ信頼の置ける働き口って貴重なんだよ」

「わかった」


 俺は大きく息を吐いて、両手を挙げた。


「マイヤはうちで面倒見る」

「うん、さすが竜殺しの英雄《千竜殺》」

「……その称号で呼ぶんじゃねえ」


 実のところ、マイヤの扱いについては最初から決めていた。

 人竜戦争によって困窮する羽目になったものは多いが、俺は少なくとも金銭については余裕ある立場だ。

 死ねばどうせ国庫に没収される財産だし、犬耳の奴隷を引き取るのに使ったところで何ほどのこともない。


 ただその場合、引っかかるのはレオの思惑である。


 有能なのは間違いない。

 ことさら悪意に満ちた人間でもないだろう。


 しかしこいつは紛れもなく国を治める一族の一人であり、常に為政者の論理に基づいて行動することを、俺は知っている。


 つまり個人的な感情、個人的な幸福というものの優先順位は限りなく低いはずで、俺のため、マイヤのために便宜をはかるというのは少々不自然な気がしたのだ。

 踊らされるのはごめんだし、引き取ると決めた以上、マイヤを巻き込むわけにもいかない。


「……このあいだ、街にいた獣人兵の娘に『作りものの英雄』と言われたよ」

「うん?」


 突然の話題転換に、レオは目を瞬かせた。


「そんなの、いちいち気にしなくていいんじゃないか? だって、君は間違いなく英雄と呼ばれるにふさわしい戦果を挙げているんだから。僕だって君が圧倒的な強さで竜を殺すのを、何度となく見ている」

「単に、事実の一面ではあると思っただけだ。別に気にしちゃいねえよ」


 もちろん、愉快だというわけでもないが。


「ただお前、さっき『我が国における獣人の立場はかなり苦しいものだ』と言ったよな」

「言ったね」

「――『竜殺しの英雄』を引き立てるため、獣人を消費される人柱の地位に置いたのは、お前自身じゃねえのか?」

「うん、その通りだけど」


 それが?という顔で、レオは首を傾げた。

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