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20話 マイヤ、ご飯のお礼にお手伝いします(4)

 あのちょっとした騒ぎのあと、リーン様とマイヤはアデリナさんから食料を受け取り、帰路に着きました。


「……んで、あいつら何だったんだ? お前の知り合いか?」


 リーン様が尋ねました。


「はい! ファリンさんたちは虎族ティグリスの四人兄妹で、ブラウヒッチ家にお仕えしているとき軍で一緒だったのです!」


 マイヤは足を進めながらハキハキとお答えします。

 ちなみに荷物は背負い袋に詰めてマイヤが運んでいます。

 この程度の重さは苦になりませんですね。


「年が近いので、よくお話ししていたのですよ」

「ふーん。そのわりには、あまりお前と仲良さそうには見えなかったがな。特に男三人」


 う、と言葉に詰まります。


「そ、それは、その……」


 笑顔を浮かべようとしたのですけど、少しばかり硬い表情になってしまったかもしれません。


「えっと、あの、別に悪い人たちじゃないのですよ? まあ、多少乱暴なところがあるのは確かです、けど……」


 特にアデリナさんへの振る舞いについては、マイヤもダメだと思うですけど。


「何か、無理して明るく振舞ってねえか? かえって気になるんだが」


 ……はい、一瞬でばれてしまったですね。

 確かに今、少しばかりマイヤの心は沈んでいます。


 マイヤは肩を落としてお答えしました。


「その、もうしわけありません、です。なるべく、暗い顔がだんな様の目に入らないようにしますので――」

「そうじゃねえよ」


 じろりとマイヤを睨んで、リーン様はおっしゃいます。


「隠されると気になるから、なにか不安や悩みでもあるなら話せつってんだ」

「え? えっと……」


 これは、ちょっと想像していませんでした。

 主に対してそれは、さすがに分を弁えていないというか、甘えすぎになってしまわないでしょうか?


 確かにその……マイヤは今、喉の奥に引っ掛かっているような、すっきりしないものを二つほど抱えています。

 そのうちの一つは、マイヤ自身のことです。


 いえ、ゴミクズの悩みとかお話ししても、とは思うのですが――ご命令に逆らうわけにもいきませんし、その、聞いていただけるならやっぱり嬉しいかな、なんていう気持も……


 ――などとぐるぐる考えて、結局お話しすることにしました。

 つまるところ、ご相談したかったし、聞いていただきたかったのですね。


「あの、うまく言葉にするのは難しいのですけど……なんとなく、ずれているような感じがするのです」

「何と何がだ?」

「えっと……ルアンさんたちの言動とマイヤの心が、です」


 さっきも言ったように、アデリナさんを傷つけようとしたことはよくないことだと思います。

 リーン様が助けに入ったからよかったものの、もしそれがなければ怪我をさせていたでしょう。


 マイヤは個人的にもアデリナさんが好きです。

 彼女が痛い思いをするのは嫌なことです。


 でも。

 だったら――


「……どうしてマイヤは、何もできなかったのでしょうか?」


 クアンさんとクオンさんがアデリナさんに襲いかかったとき、ギリギリではありましたが割りこめなくはなかったはずです。

 でも、マイヤは足がすくんで動けませんでした。


 ルアンさんがアデリナさんに乱暴な言葉を投げつけたときも、『そんなことを言わないでください!』と抗議できたはずです。

 でも、マイヤの舌は動いてくれませんでした。


 このような矛盾はなぜ起きるのでしょう。

 マイヤの、アデリナさんに対する感情がニセモノだから、体が動かなまったのでしょうか?

 だとしたら、マイヤはゴミクズ以下ではないですか?


「んー……」


 話を聞き終えたリーン様は、目線を遠くに移して髪をかき回します。


「なるほどなあ、お前はそういうところに引っかかんのか……」


 答えがわからない――というよりは、答えは簡単だけど説明が難しい、という様子に見えました。

 いえ、もちろんマイヤの勝手な印象なのですけど。


「お前さ、今までに、ルアン……だっけか、あの虎族ティグリスの言うことに逆らったことあんのか?」

「いいえ」


 マイヤは首をぶんぶんと横に振りました。


「なんでだ?」

「だ、だって、マイヤは弱いですから……」

「弱いと意見できねえのか? どうして?」


 マイヤの言葉を否定するのではなく、まるで自分で考えることを促すようにリーン様はおっしゃいました。


「えっとですね……マイヤやルアンさんたちがいた獣人隊は、たいていの場合、真っ先に竜と交戦する栄誉ある隊なのです」


 ああ、そうだったなとリーン様はうなずきます。


「つまり、強くて恐れを知らない勇敢な兵でないと、務まらないのですね。ですから、強い人ほど尊敬され尊重されます」


 逆に言えば、弱い者は尊敬も尊重もされないということです。


「ちなみにマイヤは一番下でした。戦闘訓練すら満足にこなせなくて」

「……そりゃ、その歳じゃ仕方ねえだろ」

「竜もそう思ってくれればいいのですけど」


 マイヤは小さく笑います。


「一方、見習い部隊とはいえ、ルアンさんたちはその中で最上層の兵士でした。だからもう、逆らうなんてとんでもないことなのです」


 戦場に出たら命懸けですから、弱いものが発言力を持てるわけがないのですね。

 結果、彼らは必要とされ、マイヤは不要とされ、道が分かれたわけです。


「もちろんそれが楽しかったわけではないですけど、評価には不服なかったのです。自分でもわかっていたですから。――マイヤは弱くて怖がりで、多分、竜にあったりすればがまんできずに逃げ出してしまうだろうなあって」

「竜が怖くない奴なんかいるかよ」


 リーン様は面白くもなさそうな顔でおっしゃいました。


「死が目の前にちらつけば、誰だってビビるさ。別に恥ずかしいことじゃねえだろうが」

「でも、獣人兵は死ぬのもお役目のうちですし。竜相手の先陣はこの上なき栄誉、竜との戦いの中で死ぬのは、獣人の憧れ。マイヤはそう教わったですよ?」

「教わったのはわかったさ。――で、お前自身(、、、、)はどう思ってるんだ?」


 リーン様の視線がマイヤを射ぬきます。


「お前は、そういう死に方に憧れてるのか?」

「それ、は――」


 マイヤは一瞬言葉に詰まりました。


 見習い兵だったころなら、内心はどうあれ『もちろん憧れているです』と口に出していたと思います。

 それが正しい答えだからです。

 兵は個人の意思や希望を押し殺すべきなのです。


 でも、今は――なぜか即答できませんでした。


 あいまいな態度に失望されていないかと顔色を窺うと、リーン様は肩をすくめておっしゃいました。


「それでいい。迷ったりためらったりして構わねえんだよ。『外には外の価値観がある』からな」

「あ――」


 その言葉に、すとんと得心がいったような感覚がありました。


「そっか、マイヤはもう兵士じゃなくてもいいのですね……」

「そういうこと。上っ面じゃなくて実感としてそれがわかったら、あとは簡単な話だろ」


 えっと……と、マイヤは頭の中で整理を試みます。

 問題は――


 どうして、マイヤはアデリナさんを庇えなかったのか?

 体も口も思うように動いてくれなかったのか?


 ――ということでしたね。


「かつて、お前と虎族ティグリスのガキどもは、同じ場所で同じ価値観を共有していた。だから上下関係がたやすく作られたわけだ。で、今は?」

「……そうじゃない、です」


 マイヤが変わったから。

 見習い兵じゃなくなり、新しい世界で生きることになり――リーン様やアデリナさんたちと出会って新しい価値観に触れたから。


「マイヤの中に、マイヤが二人いるような感じ――なのですね」


 ルアンさんたちに逆らわず従うべきという以前通りのマイヤと。

 ルアンさんたちは間違っているという新しいマイヤに。


 自分の心がぶれているような、しっくりしない感じを自分自身でも覚えていたので、この解釈は素直に受け入れることができました。


 あのとき、古いマイヤが新しいマイヤの足を引っ張って、動きを止めてしまったということなのでしょう。


「あの……どちらのマイヤが正しいのです?」

「お前が正しいと思いたい方」

「ええ……?」


 混乱するようなことを言われました。


「どの価値観を是とするか選ぶのは、お前自身だ。他の誰でもなく、お前自身が大きく強くしたい自分を選んで、望む自分に育てんだよ」

「……何だか、難しいお話です」

「いや、簡単で単純」


 あっさりとリーン様は断言されます。


「言葉を耳で聞くとややこしくなるがな、心が納得するのはまったく難しくねえさ。色々見て聞いて疑問をもってそして考えれば、お前にもすぐわかる」


 そう、なのでしょうか?

 マイヤはおバカさんなので、あまり自信がないのですけど。


 ――でも。

 さらに一つ、腑に落ちることがありました。


 ルアンさんに『このまま街のクソとして死んでいく』と言われたときのこと。

 なぜか心が痛んだ気がして、その理由がわからなかったのですけど……あれは新しいマイヤを否定されたようで悲しかったからなのですね。


 同時にアデリナさんがルアンさんに『誰かの将来を否定するな』と言った意味も理解できました。

 自分のなかに新しい自分が芽生えるというのは誰にでもあることで、アデリナさんはそれを『いいこと』だと考えているのでしょう。


 彼女が言ったようにルアンさんに対して怒るべきかどうかは、まだ判断できないですけど……少なくともアデリナさんは、新しいマイヤに価値を認め、マイヤのために怒ってくださったのです。

 これは感謝しないといけないことです。


 だからこそ、余計に、彼女を守るために動けなかった自分が情けないなるのですけど――


(強い自分、望む自分を育てる、ですか……)


 どうすればうまくいくのでしょうか?


「……おーい、どこまで行くんだ?」


 マイヤはリーン様の声で我に返りました。

 考えるのに夢中で、あやうくお屋敷を通り過ぎるところだったようです。


「――も、もうしわけありません!」


 駆け戻りつつ、恥ずかしくて顔が真っ赤になります。

 リーン様が隣にいらっしゃるのに、自分の思考にふけってしまうなんて、何をやっているのでしょうか。


「あ、あの、すぐに買ってきた食べ物を整理して、片付けてしまいますね!」

「ああ、いや――」


 少し考え、リーン様は続けます。


「それは後回しにして、ちょっと付き合え」

「はい? えっと、どちらに、でしょうか?」


 そう尋ねると、リーン様は小さく口の端を吊り上げられました。


「一つ、問題解決の手段を教えてやる」


次回の21話「マイヤ、ご飯のお礼にお手伝いします(5)」にて、このエピソード了となります。

21話は10/10中に更新予定。

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