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13話 犬耳娘を連れて街に出た(2)

 交易都市ペリファニア。

 エルラ皇国を東西に走る中央街道沿い、皇家直轄領の西端に位置。

 旅人や荷の行き来が盛んで、国内でも屈指の賑わいを見せる街である。


「わあ、人がいっぱいですねえ」


 マイヤはもの珍しそうに周囲を見回した。


「この辺、うちに来るときにも通ったんじゃねえのか?」

「あのときはもう夕暮れだったので、もっと寂しい感じがしたですよ。――あ、獣人の方もいるのですね」


 この街における獣人の主な役割は、土木工事や荷運びなどの力仕事だ。

 ただ、人口の割合でいえば少数派であるし、街中で姿を見かけることもそれほどない。


(……はずなんだが、な)


 俺はわずかに目を細めた。

 獣人――特に武装した獣人兵の姿が、妙に多い気がしたのである。


 もちろん治安維持のための兵は常駐しているが、竜や魔獣の脅威に対抗しなければならない辺境とは違い、獣人のみの隊は設けられていないはず。


 まあ外出の頻度が頻度なので、以前に比べておかしいと確信を持って断言できるわけではないのだが。


「だんな様?」


 立ち止った俺に、マイヤが怪訝そうな目を向けた。


「……いや、なんでもねえよ」


 俺たちは再び歩き出した。


「俺も外の景色は久々だったもんでな。――ああ、そこの道を曲がれ」


 飲食店街の大通りから路地を一本折れ、しばらく行くと目的の店がある。


「ここだ」


 俺は一軒の小さな店の前で足を止め、看板を指差した。


「《銀の大樹》……亭?」

「知り合いのやってる店でな。普段、食い物はここから屋敷に届けてもらってる」

「酒場とか、料理屋とかいうお店なのですね。……あの、だんな様?」

「何だよ」


 少し不安そうな様子で、マイヤは俺を見上げた。


「えっと、マイヤ、外でお待ちしてたほうがいいです? その、獣人ですし……中に入ると、ご迷惑になるかも……」


 ああ、まだ前の家で獣臭いとか言われたのを引きずってんのか。


「入ってみりゃわかるだろ」

「え――? わ、わわ!?」


 俺はもじもじするマイヤをひょいと抱え上げ、一緒に店内へと足を踏み入れた。


 全体的にこぢんまりとした造りである。

 しかし席の配置や内装に工夫があり、窮屈な印象は受けない。

 店主の気遣いが感じられる店構えだ。


「――ああ、悪いね、開店は正午の鐘が鳴ってからなんだ」


 俺たちが中に入ると、活気に満ちた声が飛んできた。


「もう少し後で来ておくれ――って、リーン、あんたかい!」


 奥から出てきて目を丸くしたのは、一人の女性。


 目鼻立ちのくっきりした美人である。

 どちらかというと、たおやかさよりはたくましさを感じさせる造作だろう。


 年齢は俺より少し若く、二十代の半ばというところ。

 尋ねたことはないので、正確には知らないのだが。


「あー、リーンさんだ! いらっしゃいませぇ!」


 その後ろから、舌足らずな挨拶とともに4、5歳くらいの女の子が姿を見せた。


「悪ぃな、邪魔すんぞアデリナ。レニも久しぶり」

「珍しい。あんたが街に出てくるなんて、天変地異の前触れかね?」

「天変地異の前に、体力が尽きてこっちがくたばりそうだ」


 俺が言うと店主のアデリナは小さく笑い、俺たちを奥へと招き入れた。

 イスを借りて腰を下ろし、ふうと息を吐く。


「んで今日はいったい、何の用……の前にさ」


 アデリナは俺の背後を指さした。


「このちっこくて可愛いのは?」


 落ち着かない様子で視線をさまよわせていた犬耳のメイドが、びくっと背筋を伸ばす。


「先日雇った使用人。まあ、まだ仮採用だけどな」

「あ、あの、マイヤと申します! よろしくお願いします!」

「ん、よろしくね」


 硬い顔であいさつするマイヤに、アデリナは柔らかい声で言った。


「とりあえず、あんたも掛けな。――あたしはアデリナ。この《銀の大樹》の店主だ。こっちは娘のレニ」

「…………」


 レニはぽかんと口を開けて、灰色の毛に覆われたマイヤの耳を見ていた。


「こぉらレニ、ご挨拶は?」

「あ――えっと、はい! レニです!」


 宣誓するように右手をびっと上げ、そしてレニは首を傾げて尋ねた。


「おねさん……わんわん?」

「い、いえ、レニさん、わんわんではないのですよー? マイヤは狼犬族カニスルプスという種族でして――」

「んー……?」


 レニはマイヤの声など耳に入らない様子でぐるりと彼女の周囲を巡り、そしてゆらゆらと揺れる尻尾を発見した。

 どうやら大いなる確信を得たらしく、にぱっと笑う。


「やっぱりわんわん!」

「……えっと、わんわんでいいです」


 一方マイヤの方は諦めたようで、無邪気な顔で耳と尻尾を触ろうと飛びついてくるレニのなすがままになっていた。


「レニ! お姉ちゃん困ってるからやめな! ――すまないね、やんちゃな年頃なもんでさ。うっとうしかったらあんたも怒ってやって」

「い、いえ、そんな!」


 大げさなくらい勢いよく、マイヤは首を横に振った。


「むしろマイヤみたいなのに興味を持っていただくなんて……あの、こちらこそ申し訳ありません、です」


 アデリナはきょとんとした。


「……妙なことで謝る娘だね」

「あ、その……すみません」


 また謝罪するマイヤ。

 アデリナが困惑した顔を向け、俺は小さく肩をすくめた。


「辺境軍の、ちょっと特殊な環境で育ったみたいでな。街にもまだ全然慣れてない。ときどき妙なことやらかすかもしれんが、よろしく頼む」


 行動に制限がかけられ、余計なことをしたら厳しく怒られるのが当たり前の生活だったのだ。


 そのせいか、多少人見知りする傾向もあるかと思う。

 俺と二人きりのときはもう少し自然体だしな。


 というより……俺に対しては、最初からかなりグイグイ来てたような気もするが。


 ふーん、と、ひとまずアデリナは納得したようだった。


「えっと、マイヤだっけ。とりあえず、むやみに謝るのはやめなね。自分の価値を下げることになるよ?」

「え、でも、マイヤの価値なんて、最初からないようなものですし……ですから、軍にも居られなくなったわけで……」


 過去を思い出したように、マイヤは肩を落とした。

 アデリナはまたこちらを向き、眉をいからせる。


「軍ってのは、いったい子供にどんな扱いをしてるんだい?」

「……俺に怒られても困るんだが」


 俺は髪をかき上げると、マイヤに視線を移す。


「あー、マイヤ、お前、辺境軍にいたんなら、『強くあること、死を怖れないことが美徳である』って習ったよな?」

「は、はい」


 マイヤはうなずく。


 竜と戦う場合、獣人隊はたいてい先鋒に配置される。

 一番前に立つ兵がいちいち恐怖に足を止めていては戦にならないので、そのあたりの教育は徹底されているのだ。


「それはそれで意味のある言葉だとして、だ。外にはまた外の基準がある。お前が戦えない獣人だとしても、その価値はお前が思ってるほど低くはねえよ」

「うー……」


 よくわからないです、という顔でマイヤは俺を見た。


「色々覚えて、色々できるようになれってこった。軍は徹頭徹尾『戦う』って目的に特化した組織だ。だが、だからこそ、そこで得た知識や技術が街で生きるとは限らない。あんまりそこにこだわってても意味ねえぞ」


 価値観なんて時と場所でいくらでも変化するものだ。

 こいつが自己否定から抜け出すには、それを体験して学んでいく必要がある。


 逆に言えば、体験して自分でそれを実感しないかぎり、考え方を変えるのはなかなか難しいということでもあるが。


「そう、でしょうか」


 自信なさげに言い、そこでマイヤは何かに気付いたように目を瞬かせた。


「……あの、もしかして、だんな様も軍に居たことがおありなのです?」

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