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10話 マイヤ、だんな様のお役に立ちますです!(5)

「あ、どこでお召し上がりになるですか? 食堂やいつもいらっしゃる広間の方でしたら、運んで――」

「いや、ここでいい」


 そう言ってリーン様が壁を触ると、ぱっと天井に灯りが点り、厨房全体が明るく照らし出されました。

 これも魔術器具なのでしょう。


 マイヤは部屋にあった小さな卓(本来は下ごしらえや盛り付けをするためのものです)に、お料理を並べました。

 たっぷりの野菜と燻製肉を入れたスープは深皿に。

 あたためたふわふわのパンは小皿に。


 大きな失敗はしていない……はず、です。

 スープというか、つまりは煮ものですから、多少火加減を間違えていてもそこまで壊滅的なことにはならないでしょうし。

 焼きものだと、生焼けだったり焦がしたりという危険があるですからね。

 この選択については、我ながらいい判断だったと思います。うん。


 よく知らない、食べたことの無いような食材や調味料は避けました。

 妙なものも入れていないはずなので、香りは悪くないです。

 あとは、味がそれに見合うものであればいいのですけど。


 ――などと考えていると、またよだれがあふれてきました。

 お腹の奥がきゅっとなって、何か中に入れてくれと催促します。

 どうも今日はマイヤの食欲が働きすぎのようです。


 とはいえ、リーン様に意地汚いところを見せるわけにはいきません。

 ……しずまれ、しずまれー。


 そんなマイヤにはお構いなく。

 リーン様は深皿のスープを口に運びました。

 噛んで、呑み込んで――そして、もう一口。


「……あ、あのう」


 不安に耐え切れず、マイヤは尋ねました。


「獣くさくないです? その、もし、だんな様が我慢できないようであれば、残していただいても……」

「…………」


 リーン様は煩わしそうに眉をひそめると、立ち上がってマイヤに歩み寄ります。


「え、あの、だ、だんな様……ひぁ!?」


 マイヤは思わず裏返った声を上げました。

 リーン様が顔を近づけ――マイヤの臭いを嗅いだのです。


「な、ななな、なに、なにを――!?」


 頭の中が大混乱に陥り、頬がかっと熱くなります。


「あ、あああ、あの、マイアに近寄っては、い、いけないの、ですよ!?」

「何でだよ」

「その、マイヤ、汚いですし、獣くさいですから……!」


 リーン様は肩をすくめました。


「だから、それを確かめたんだろうが。安心しろ。別に獣の臭いなんかしやしねえよ。ちゃんと食える」

「マ、マイヤを、ですか!? やはりお召し上がりに……?」

「スープの話」

「あ、ああ……」


 そ、そうですよね。

 落ち着け、落ち着きましょう。

 戦場では冷静さを失った者から死んでいくのです。


「自分の臭いが気になるなら、後で風呂にでも入れ。――んで、飯に話を戻すが、味の方もひどくはないな。それなりの仕上がりだ」

「あ、ありがとう、ございます」


 マイヤは一瞬ほっとしました。

 しかし、席に戻りつつリーン様はまだ続けます。


「ただし、手放しで褒められる出来でもねえ。野菜の切り方が雑で、大きさが不ぞろい。火が通る時間にばらつきがでて、柔らかいのと硬いのが混ざってる」

「あう……」

「次に味付け。薄すぎる。煮込むんだったら塩加減の調整はいつでも利くんだから、途中でちゃんと味見しろ」

「あ、味見?」


 それはあるじのためにあるべき料理を、自分の口に入れるという行為です。


「そんな、とんでもない! だんな様のご飯をかすめ取るようなことは、絶対にできませ――」


 そのとき、マイヤのお腹がまた大きな音を立てました。

 『味見』という言葉に反応してしまったのですね。


「……し、失礼しました」


 マイヤは泣きたくなりました。

 よりにもよってだんな様のお食事中、しかもお話をいただいている最中に、なんて品のないことを。


 すでに本日二度目です。

 こんな粗相を繰り返していては追い出されても文句は言えません。

 少なくともブラウヒッチのお家であれば、ひどいことに――


「そこに座れ」

「は、はい……」


 一睨みされ、怒られることを覚悟しつつ、向かいのイスに腰を下ろしました。

 顔を上げることすらできず、体を固くします。


 リーン様は無言。

 どうやら深皿をもう一つ用意し、鍋に残っているスープを盛りつけていらっしゃるようです。

 そして、コトンと皿が、次いで匙がマイヤの前に置かれました。


 …………えっと?


「食え」


 リーン様はおっしゃいます。


「あの……それは、どういう意味なのです?」

「食べろって以外のどういう意味に解釈できるんだよ」

「で、でも、これはだんな様の、お食事です。できません……」


 奴隷も同然のマイヤが、リーン様と同じものを食べるなんて、あり得ません。

 許されることではないです。


 リーン様はため息をつきたそうな表情をされました。

 あ、マイヤ、今、面倒くさい子だと思われてます。そのことがわかります。

 ……理由の方は、よくわかりませんですけど。


「あーつまりだな。お前は料理を完全に成功させることは、できなかった。これはいいな?」

「は、はい……」


 リーン様に満点をいただくには至りませんでした。

 受け入れなければなりません。


「そして、お前は自分の仕事の責任を取らなければならない」


 ……はい、それも異論はございません、です。


「よって、お前が作った飯の半分を、お前自身が始末しろ」

「始末……?」


 ここでよくわからなくなりました。

 スープの香りが漂ってきて、さらに思考が働かなくなります。


「お前は自分の失敗を噛み締め、味わわなければならない。――要するに、罰だからさっさと食え」

「ば、罰、ですか……」


 それならわかります。

 ゴミクズに罰を拒否する権利はありません。

 だから、もう、仕方がないことなのです。


 ごくりと唾を飲み込むと匙を手に取り――マイヤは煮込みを口に入れました。

 ゆっくり一口。

 今度は普通の速さで、もう一口。

 そして、次の一口から貪るように。


 もう手が止まらなくなりました。

 尻尾がぶんぶんと揺れているのが、自分でもわかります。


 確かに野菜には芯が残っていたし、スープの塩気が薄いような気はするです。

 一流の味とはとても言えないでしょう。

 しかし、それでも――マイヤには、全身がとろけるくらいに美味しく感じられたのでした。


 当然ながら、人買いさんに連れられていた間や、以前お仕えしていたブラウヒッチ家でもご飯は提供されていました。


 でも、今マイヤが口にしているのは、そういうのとはまるで違って――何というか、すごくおいしいのです。


 多分、材料の質が数段上なのでしょう。

 作ったのがマイヤ自身だということを差し引いても、十分に満足できる味です。


 何よりここ最近、こんな量を一人で食べていいと言われることがなかったもので、もう自分でもわけが分からなくなって――


 夢中で食べて、気付くとお皿は空っぽになっていました。


「ふう……」


 食べ終えたマイヤは、満足の吐息を漏らします。

 世の中にこんな幸せがあるなんて……


 ――と。

 そこでリーン様と目が合いました。

 どうやらマイヤの食べっぷりを、見物されていたようです。


「あ、の……ありがとう、ございます、だんな様。おいしかったです」


 赤面しつつ咳払いし、頭を下げます。


「作ったのはお前だろ。礼を言われる筋合いのことじゃねえよ」


 素っ気なくリーン様はおっしゃいました。

 ――そこでふとマイヤは疑問を覚えます。


「えっと、先ほどのお話では、お料理を半分食べることが、上手く作れなかったことに対する罰ということだったですけど……もしマイヤがお料理に成功して、おいしく作れてたら、どうなったのですか?」

「褒美に半分食っていいと言ってただろうな」


 ……それはつまり、失敗しても成功しても、半分はマイヤのお口に入るということでしょうか?

 もしかして、マイヤが遠慮するので、気兼ねなく食べられるように理由を作って下さった?


「あの、だんな様」

「何だよ」

「やっぱり、だんな様は、その……すごくお優しい方なのです?」

「腹が落ち着いたんなら、本題に入んぞ」


 問いかけはさらりと無視されました。

 何となく、残念です。


「えっと、本題、というのは?」

「今後のお前の扱いについてだ」


 マイヤは緊張し、ごくりと唾を飲み込みました。

次回更新の(6)にて「マイヤ、だんな様のお役に立ちますです!」了の予定。

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