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1話 俺が犬耳娘を助けた顛末(1)

 貧乏くじを引くことにかけては、幼いころから自信があった。


 たとえば、悪ガキたちのいたずらやケンカ騒ぎが発覚した場合。

 真っ先に首謀者の疑いをかけられるのは、決まって俺の役目だった。


 目付き&人相の悪さコンテストみたいなものがあれば余裕で勝ち抜けそうな子供だったから、どうも大人からは『善良な我が子たちの敵』と認識されていたふしがある。


 不本意な話である。


 確かに腕っ節には自信があったし、凶相のせいで妙に絡まれることも多かった。

 年上からの理不尽な暴力に対して、手加減せずやり返したこともある。

 でも決してケンカが好きというわけではないし、ましてや弱いものいじめなど一度だってしたことなかったのに。


 一方で、年下の奴らには懐かれることが多かった。

 理由はよくわからない。

 ケンカが強いから、頼りがいがありそうに見えたのかもしれない。


 俺としては別にガキどものアタマに収まりたいとも思っていなかったのだが――いつのまにかそういう立場になっていた。


 いわれなき非難よりはマシだが、こちらも不本意な話である。


 俺だって遊びたい盛りだというのに、なんで泣いたり、喚いたり、はしゃいだり、暴れ回ったり鼻水垂らしたりその鼻水を俺の服でゴシゴシと拭いたりするような年下のガキどものお守りをしなければならないのだ。


 ……まあ、慕ってきた奴を突き放すのは信条に反するので、結局、何かと面倒はみたのだが。


 思うに――俺は『望まない役割を押し付けられる』という星のもとに生まれたのではないだろうか?


 だとしたら、迷惑だというしかない。

 少年時代も立派に成人した今も、俺自身は面倒ごとを嫌う一人の平凡な人間に過ぎず、それ以上でも以下でもないのだから。


 とはいえ。

 そんな俺の都合に、他人や、状況や、運命や、いるかいないかもわからない神様なんかが配慮してくれるわけもなく。


 だから今も、俺は『女の子を人質に取った悪漢』という面倒ごとと対峙している。


 ――不本意な話である。


     ◆◇◆◇◆


「そ、そこをどけッ!」


 肌寒い初冬の深夜。松明の灯りは届かず、人気もない路地裏。

 男はほとんど叫ぶような声で、そう言った。


「そういうわけにもいかねえんだよな」


 俺は小さく肩をすくめた。


「ここを通さないのが俺の仕事。雇い主に頼まれててね」

「……どけよ、どくんだ」


 俺の言葉を無視し、男は繰り返す。

 先ほどより声は静かだが、呼吸はさらに荒くなっていた。

 目が月明かりの下でもはっきりとわかるほど血走っている。


 男の年齢はおそらく四十絡み。

 一見して堅気ではないことがはっきりとわかる風貌だが、追い詰められたその表情はどこか滑稽さをも感じさせた。


「まあ、そう熱くなんな」


 俺は努めて穏やかに語りかける。


「いいか? 窮地に陥ったときにこそ、余裕を持つことが大事なんだ。余裕がないと、うまくいくこともうまくいかなくなる。仕事は失敗する。女にもモテない。賭場で負ける。道ですっ転ぶ。未来はどこまでも真っ暗で、そんな人生はあまりにも悲しくて虚しい」

「…………」


 俺の長台詞を不審に思ったのか、男の表情が興奮から警戒に変わる。

 ちなみに、特に深い意味はない。

 強いて言えば時間稼ぎと、このように困惑させてわずかでも男の頭を冷やすのが目的だった。


「さあて、余裕ができたところで、少し話を聞いてくれ」


 敵意のなさを示すように、俺は両手を広げた。


 男は右手に短刀を握っている。

 それだけならどうにでもなるのだが――もう片方の手に幼い少女を抱きかかえ、しかも短刀の切っ先がその首筋に突きつけられているとなると、事情が少々変わってくるのだ。


「見ての通り、俺は一人、しかも丸腰。こっちも争いごとは苦手なんだ。俺たちには交渉の余地があると思う。違うか?」

「……言ってみろよ」


 よし、会話が成立した。


「まずは、お前が武器を捨て、その人質を解放する。で、次に両手を上げて投降する。そうすれば俺は面倒なくお前を捕まえられる。どうだ?」

「ふざっけんなあッ!」


 説得は一瞬で失敗した。

 どうもこういう駆け引きは苦手だ。

 ……とりあえずはこいつの怒りを俺に向けられたし、いいか。


 状況が分かっているのかいないのか、人質の少女はきょとんとした顔でされるがままになっていた。


 歳は十を一つ二つ出たくらい。

 特徴的なのはその獣耳だ。今は見えないが、おそらくは尻尾もあるはず。

 犬か狼か狐か――そのあたりの種族に属する獣人である。

 身にまとっているのは粗末なボロ布一枚。おそらくは『商品』だったのだろう。


「だから、落ち着けって。お前なあ、キレてそのチビ刺したら、それこそ終わりだぞ? もうすぐここにはお前を追って大勢の兵士がやってくるし、奴らが人質を失ったお前に手心を加える理由はねえんだからさ。おとなしく――」

「だから早くそこをどけつってんだよッ!」


 ……ま、ごもっともではあるのだ。

 人質を手放しても殺しても捕まるのは同じなので、こいつが俺の言葉に従わなきゃならん理由は特にない。

 さて、困った。ここからどうするか


 先ほど男に言ったように、ここでしばらく待っていれば兵士たちが駆けつけてくるだろう。

 しかし、ただ時間稼ぎをしていればいいというわけでもない。

 現状一番まずいのは、男が逆上して、あるいは俺の動揺を誘えるのではないかと考えて、少女を刺すことだ。

 そして時間が経過すればするほど、そうなる可能性は高まる。


(――仕方ない、か)


 俺は足元に落ちていた枯れ枝を拾い上げながら、口を開いた。


「おい、チビすけ」

「…………?」


 自分のこと? ――というように、人質の少女が二、三度目を瞬かせた。


「しばらく指一本動かすなよ。危ないからな」

「……あの、それは、マイヤへのご命令です?」


 透きとおった声で少女は尋ねる。


「ああ、命令だ」


 俺が答えると、少女は、んっと唇を引き結んで固まった。

 返事どころか肯きさえしなかったのは、了解したということか。


 とりあえずそう解釈することにして、俺は二人との距離を目で測った。

 成人男性の歩幅でおよそ十歩というところ。

 これのくらいなら、過不足なく加減できるだろう。


「貴様ら、何を相談しているッ! 早くどかねえとこのガキ殺――」


 男の言葉を遮るように、俺は枯れ枝を振った。

 文字通り、その場に立ったまま振っただけだ。

 枝は男の体にかすりすらしていない。


 しかし――一呼吸置いて、短刀が地面にぽとりと落ちた。

 それを握っていた(、、、、、、、、)男の手首ごと(、、、、、、)


「な……あ……?」


 拳一つ分短くなった自分の右腕。

 地面に落ちた右拳。

 目を見開いたままその二か所に何度も視線を往復させ、へひぃ、というような厳つい顔に似合わぬ情けない声を上げ。


 ――そして奴隷商人の頭目は気絶した。


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