★こんなことだってあり
★奏多視点
俺が瑞希と出会ってから3週間ほど経っていた。ベッドで寝ている俺はもう退院できるくらいまで回復していて、この後のゴールデンウィークがあけたら学校に行こうと考えている。その話をどう切り出そうか、考えたもののいい案は思いつかなかった。
そういえば、こんなに突然成長したことに瑞希の反応は小さかった。もう、本来の自分と同じ姿だが幽霊ということもあって、俺に対する態度に変化もない。少しだけ気になったから聞いてみた。
「なぁ、瑞希は俺が変わっていくのにあんまり驚いてないみたいだけど」
「そうかな、驚いてはいるよ。でも、一回こういう風に成長する幽霊と会ったことがあるからかな? 受け入れるのは早いと思う」
瑞希は結構幽霊と出会っているらしく、話すたびに違うやつが出てくる。
「同じやつがいたのか」
「うん、あの人は子供から一気にお父さんくらいまで変わったんだよ。あれには驚いたなぁ」
どうしてか、瑞希は俺の感情を読むのがうまい。こういう話題を明るくしようとしているのが申し訳なく思う。瑞希と霊たちの話は絶対に別れで終わる。その話をするたびに、少しだけ寂しそうな顔をするのが見ていられなくて、後ろから抱きしめる形を取ってしまう。
強く締め付けるでもなく、包み込むようにして抱える瑞希の体からは体温を感じることができない。今の俺には得られないとわかってはいる。自分が生きていることを伝えようと思うのに、どう話し始めればいいのかわからなくて、ぽろっと心の声が漏れてしまう。
「なぁ、瑞希。俺が怖い?」
「ぜんぜん。だって、あたしの話し相手になってくれるなんて、悪い人じゃないと思うもの」
「もし、生きて・・・俺が生きてたら、瑞希はどうする?」
「そんなの、会ってみなきゃわからないよ。今までだって、成仏した幽霊さんたちと再会したことなんてないし。そんな可能性、考えたことなかった」
瑞希を悲しませているような気がして、回していた腕を少しきつくしてしまった。苦しむでもなく、優しく腕に手が添えられて、瑞希が話し出した。
「でも、そうだったらいいなって思うよ。この人が実は生きていて、またあたしに会いに来てくれたらいいのにって、今まで一度もないけど」
「そうか」
「今のレイ君はあたしよりも大きいし、強いでしょう。でももし、レイ君がそうだとしてあたしに会いに来てくれたんだったら、怖いことしないと思う」
「・・・・・・っ」
俺はその言葉に体を揺らしてしまうが、何の突っ込みも来ない。そういうところがいいなと思う。何も言えなくなったのに気付いたらしい瑞希はさっきの幽霊の話をふってくる。
「そうだ、少しさっきの人の話をしてもいい? なんか懐かしくなっちゃったから」
「このままで聞いてもいいか?」
「うん」
肩に頭を預けると、瑞希は思い出しながらその人、玉置さんの話を始めた。小さい頃からそういうものが見えていた彼女は、両親から遠ざけられていて、その人は父親のような存在だったらしい。
その影響なのか、瑞希は寂しがり屋だ。俺が会いに来た時と別れ際の感覚からもそう感じる。親友に嫉妬とまではいかないが、今度からその立場を譲ってもらおうかとうっすら考えていた。
あぁ、でも俺がこのゴールデンウィーク中に会いに来なかったら、そいつのところに行くのか。そう思って俺が生きている話を切り出そうか悩んでいると、もたもたしているのに気付いた瑞希に促されてしまう。
「どうかしたの? 何か言いたそうにしてるけど」
「あ、いや――――もし、今日俺がここ来るのが最後だって言ったらどうするかな・・・と思って」
「レイ君と、お別れ・・・ね。前も突然来なくなったことがあったし、信じられないかな」
「そうか、変なこと言った。すまん」
はっきりと言えばよかったのに、どうしても生きているんだとは言えなかった。むしろ、変な言い回しのせいで悲しませている気がする。
今日の別れ際、会話のせいで怪しんでる瑞希が俺の服をつかんで目をしっかり合わせてきた。いつものように頭をぽんぽんとしたあと、実は最後だということを表現しようと思って、さっき聞いた玉置さんとの別れを真似してしまった。
「またね、レイ君」
「あぁ、またな・・・瑞希」
振り返らなかった瑞希の表情がどうなっていたかは、俺にはわからなかった。
□ □ □ □
ゴールデンウィーク最終日、退院のために服の整理や最後の問診などをしていた。休みということもあって、翔琉が手伝いに来てくれていた。
「明日は普通に登校するのか?」
「まぁ、校門まで送られるけど。あぁ、先生とかに会いに行かなきゃいけないから早めにいかないとな」
「そうか、楽しみにしてるよ」
「ありがとう」
明日に会えるとはわかっているけど、瑞希がどのクラスなのかとか、朝に会いに行っても大丈夫かとか気になりだして止まらない。ここにいるのは親友だし、瑞希も親友には話していると言っていたからちょっとだけ聞いてみようと思った。
「なぁ、ちょっと聞いてもいいか」
「なんだ、例の女子のことか」
「・・・まぁ」
「名前くらい教えてくれれば、クラスなら答えてやる」
あの話を忘れていない翔琉に驚きはしたが、話が早くて助かる。しょうがないなと考えて名前だけ教える。
「北川瑞希」
「――――同じクラスだな、俺と」
「・・・そうか」
「ちなみに俺とお前は同じクラスだから」
「はぁ!?」
親友のちょっとした意地悪によって沈んだ心が一気に浮上した。
「今まで、俺に教えなかった罰だ」
「そうか、同じクラスか」
「聞いてないな」
翔琉の声は聞こえているが内容が入ってこない。明日、どうやって瑞希に声をかけたらいいのか考え始めてしまったからだ。そのせいで荷物を整理する手が止まる。
「おい、進んでないぞ。これじゃあ、明日学校にいけないな」
「それは嫌だ」
結局黙々と作業し、無事に病院をあとにした。
□ □ □ □
普通なら絶対に来ないような時間に学校に来た。親が仕事という時間の関係もあるけど、職員室に行く必要があったのでいいかとそれに従った。
「元気になって戻ってきてくれてよかった。クラスはわかってるかしら?」
「はい、翔琉に聞いていたので問題ありません」
「じゃあ、またあとでね」
「はい、失礼します」
久しぶりの学校は新鮮な感じがした。職員室に入るのにも緊張したし、これから教室に行くのにもすごく緊張している。廊下を歩いていると女子たちの目が俺に向いているのがわかる。あぁ、一か月も来なかったからな、やっと来たかみたいな気持ちで見てるんだろう。話しかけてこないから、そのまま通り過ぎる。
教室に近づくほど、緊張感が増す。昨日、翔琉に瑞希を教えたときに朝は早く学校に来ていると教えてもらったからだ。きっと、自分の席に座っているんだろう。思考にふけっていたら教室についてしまった。そこに入った瞬間、窓際の一番後ろの席にその姿を見つけた。ざわざわと教室が騒がしいにもかかわらず、机に顔を伏せている。寝たふりだなと思った。
昨日あんなに考えてもどう話しかけようか悩んでいたのに、その背中を見たらいつものように声を発してしまっていた。
「寝てるのか? 瑞希」
少し高めの女子たちの声に紛れた俺の声はしっかり届いていた。声が聞こえたことが信じられないのか、まだ霊の俺に対する反応を示した。
「話しかけるなら、時と場所を考えるって約束したじゃない」
振り返るもののはっきりとしたものじゃなく、足元を見ている。しかし、靴を見てはっとしたのか徐々に視線が上がってくる。やっと目が合って、笑顔で瑞希を見るがすごい勢いで椅子から立ち上がった。驚いているのが目に見えてわかる。でも、信じられないような顔をしていたから、いつもみたいに頭を撫でてみる。そこから霊の時に感じられなかった体温とか些細な髪の動きが伝わってきて、やっとここまでこれたんだと感動していた。そうしたら、瑞希の目にだんだん涙が浮かんできていることに気付いて、場所を変えなければと思った。
「え、・・・え? ・・・レイ、君」
「下向いて、そのまま付いて来て」
「え」
状況を飲み込めていない瑞希の手をつかんで教室から連れ出す。目指すのは屋上。昼に翔琉がよく利用していて、朝は誰もいない場所だと教えてもらったからだ。先に屋上に入るように瑞希を促して、ドアを閉めたあと、邪魔されては困るので鍵もしっかりかける。瑞希が逃げないようにというよりは、俺をしっかり見て欲しくて、手を握る。
「驚かせてごめん」
さっきの反応からしてすごく驚いていると思って謝罪するが、瑞希にとってそんなに重要ではないらしい。
「王子だったの? レイ君」
「その名前は好きじゃない。あと、俺の名前はレイでもない」
掴んでいた手を引いて、瑞希を包む。別に呼ばれても気にならなかった「王子」という呼び名。彼女に呼ばれると、なぜか嫌だと感じた。そして、勝手に着けられていた名前ももう呼ばないで欲しい。俺にはちゃんとした名前がある。それを瑞希が知っているか自信はなかったから、教えようと思っていたのに、彼女の声はそれを紡いだ。
「――――南城奏多君?」
「・・・うん。奏多でいい」
「奏多君。どうして、ここに?」
「瑞希に会いに行っていたのは幽体離脱した俺だったんだ」
「ゆう、たいりだつ?」
「すごいだろ」
名前を呼んでもらっただけなのに嬉しくて、戸惑う瑞希に俺が病院で過ごしていたことを話した。すると、背中に腕が回ってぎゅっとされる。ちょっとイジワルをしたくなって、腕を緩めて瑞希の顔をうかがう。
さっきまで泣きそうだったけどもう完全に泣いていた。そういえばいつもの挨拶をしていなかったと思い当たり、瑞希に言う。
「なぁ、俺に言うことない?」
「――――おかえり、奏多君」
「うん、ただいま。瑞希」
頑張って作った笑顔で言われた言葉は心を満たしていって、勝手に瑞希の頬に手を添えていた。少し零れた涙を親指の腹で優しく撫でる。
瑞希が幸せそうな目をして俺を見つめていた。
「温かいね」
「そうかな、普通なんだけど」
「レイ君のときより、温かい」
言われてみれば、霊のときは俺だけじゃなく、瑞希にも体温が伝わっていなかったのだと気づく。手の温もりにすがるように少し顔を傾け、頬から感じる重みが増した。それから、泣き続ける瑞希に今までのお礼を込めて優しく涙をぬぐっていた。
「瑞希、俺を見つけてくれてありがとう。たぶん、見つけてもらえなかったら、起きられなかったと思う」
「・・・どう、いたしまして」
言葉を詰まらせながら、答えた瑞希に笑顔を見せて、ずっと言いたかったことを口からこぼした。
「こんな俺だけど、また仲良くしてくれませんか」
「――あたしでよければ、喜んで」
泣いていた顔を押し付けるように、瑞希を抱きしめる。伝わる体温に安心しながら、身を任せてきた彼女の背中を優しく撫でた。
ひとまず完結です。もしかしたら、番外編とか続きとか書くやもしれません




