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第9話  徐々にボロが出てしまうイデウス、いや実際は俺

  

トン、トントン。

ノックで目が覚めた。

まだ寝足りねえな。


「イデウス様大丈夫でございますか」

 

イラッとした俺は勢いよく起き上がると声を荒げて乱暴にドアを開けた。

「なんか用か」



部屋の前に立っていたのは俺が治癒魔法を使えることを教えてくれた、孫がいてもおかしくないぐらいの女性。

ええと、司祭補佐、いわゆるイデウスの秘書をしている名前は…… パリボンだった。


「イデウス様何かございましたか。いつもより荒々しい気が」

疑うような感じでバリボンが尋ねた。


「人が熟睡している時に起こすからだ。いや起こすからですよ」

いかんいかん、言葉遣いが乱暴になると疑われてしまう。


「あら、いつもは外が薄明るいうちにもう起きられますのに。もうお日様が真上に来ようとしておりますのに起きてこられませんので、どうかなさったのかと」


「心配しすぎですよ」


「昨日のこともございますし」

バリボンは咎めるような口調で言った。


「河川の増水を防ぐことを徹夜で考えてたんです」

イデウスは土木工事のようなことまで携わっていた。


「さようでしたか」


後ろに可愛らしい女の子がチラッと見えた。


「誰かいるのですか」


「いつもと一緒でミリヤですよ」


ミリヤが顔を覗かせてぺこりと頭を下げた。

可愛い。しかも猫耳だ。


俺は思わずガン見してしまった。


「イデウス様、今日はなんだかおかしいですよ」

パリボンは俺を不審者を咎めるような疑いの目で見た。


ミリヤも恥ずかしそうに下を向いていた。


「ハッ、ああ食事の時間になったら呼んでくれ」



二人が出ていくと俺は急いでイデウスの脳内を『ミリヤ』『猫耳』『獣人』のキーワードで検索した。

検索の結果が出た。

現世にもいろんな獣人は存在するが、マニナ聖国では少数派だった。


ミリヤは奴隷の身分で病にかかり死にかけていた。

それを俺が、いやイデウスが治癒魔法で治したのだった。

そして彼女を引き取り、教会の手伝いをさせているのだった。

直接はパリボンが面倒をみていた。


過去のミリヤの仕草を探してみるとあきらかにイデウス、つまり俺を慕っている。


これはチャンス! だがくれぐれも慎重にしなければ。




奴のこと、奴とはイデウスだから俺なのだが、昨日遅くまで彼の記憶を辿り色々わかった。


まず『転生』『前世』。この言葉はまったく見当たらない。

言葉自体がないのか、それとも俺みたいな前世の記憶があるケースは珍しいのか。


どちらにしても自分の前世を思い出したなどとは言わないようにしよう。


家族構成、これが一番気になった。

未だイデウスは独身だった。


というか女を知らないようだ。

ここで急に親近感が湧いた。

『聖なる』なんて言ってるけど俺と同じじゃん。


十二才で聖職者の道を歩み始めた彼は女性との性交渉は完全に封印しているらしかった。

馬鹿がつくほど真面目な奴だ。


聖職者は異性と淫らな係わりを持ってはいけないという表向きのルールがある。

イデウスの記憶を通して視てみると、その決まりを忠実に守っている聖職者は少ないようだ。


ということはイデウスが何かしてもさほど問題ではないのか、ヒッヒッヒ。



彼の治癒魔法に関しても詳しく記憶を確認した。


イデウスは無詠唱はしない。

治癒専用の魔法陣を用い、魔石をはめ込んだ杖を使い丁寧に唱え、片方の手は患部に添える。


面倒そうだなあ。


大抵の人はその場で治る。

難病にかかっている者が診てもらうためにわざわざ他の大陸から訪れることもある。





食事に呼ばれたので一階の食堂に向かった。

昨日はボロが出ないよう食事を避けていたから今日が実質初めての食事だ。


テーブルに並んでいるのは本当に食べ物なのだろうか。


見た目は粘土のような緑色の食べ物。

これではカビが生えてるかどうかもわからない。


歯で噛み切ることの出来ない何かの肉。

他の者の様子を伺うと口に入れてしゃぶっている。


泥水のような色をしたスープ?

臭いがツンとする。

息を止めて口に入れた。

がそれでも途端に胃から込み上げてきた。そう逆流しそうになったのだ。


慌てて外に飛び出しトイレに駆け込んだ。

このトイレがまたすさまじい。


人は馴れる動物だと言うが、温水で洗浄してくれるトイレに親しんだ俺にとっては地獄だった。


決まったスペースで大と小を足した後は、スコップのような物で一輪車に毎回積み込むのだ。

もちろん他の者の糞尿がスペースにも残っており、一輪車には山積みになっている。



この辺は俺つまり佐藤龍の感覚だが、イデウスの魂はどうしたのだろうか。

こんな時だけでも出てきて俺を助けてほしい。


腹はやはり減ってる。

佐藤龍としてマーキームーンの張り込み中に喫茶店でナポリタンを食べたきりだ。


いや、この腹が減っている感覚は、イデウスの体についての感覚なのかも。

だって佐藤龍だった俺はひっきりなしに何か食べないと生きていけない人間だったから。



なんか理由を作って、今日は町に出て食べ物を腹に入れなければ。



俺がテーブルに戻ると皆心配そうな顔をしていた。


「大丈夫です。頭を使いすぎて体がついていかなくなったようなので、少し町を散策します」


「誰かつけましょうか」


「独りにさせてください。治水工事に関するいい考えが浮かぶかも。買い物もあるんで……」


皆きょとんとして誰も反応しなかった。


「少しお金の都合はつきませんか」

俺は少し声色を強くした。

ちょっとぐらいお小遣いちょうだいよ。


少し間をあけて、孫がいそうな司祭補佐のパリボンが返事した。

「もちろんここはイデウス様の私財で建てたものですから、問題ありません。今までこういうことがなかったので戸惑ってしまいました」


「そりゃ悪かったですね」

イデウスが私財で建てた? じゃあ俺の金だから俺がどう使おうと自由だろと心の中で毒づいた。


「とんでもございません」

俺が頭を下げたと思ったパリボンは、椅子から立ち上がるんじゃなかろうかという勢いで謝罪した。



俺はやっぱり確認したかった。

「話は変わりますが…… ところで前世とか転生とかいう言葉を聞いたことあります?」


言葉を発した途端、食堂が静まった。


気まずい雰囲気の中バリボンが刺々しい物言いをした。

「何を言い出すおつもりですか。それらの言葉はマニナ教にとって最初に学ぶ禁句ではないですか」


「いやいや、そうなんですが以前そういう言葉を口に出した患者さんを思い出してしまったのでね。ハハハハッ」

俺は焦って苦し紛れに作り話をした。


「司祭様は昨日から少し様子がおかしいです」

テーブルの端にに座っていた猫耳のミリヤが涙を浮かべていた。


パリボンがそんなミリヤをやんわりとたしなめた。

「ミリヤあなたのことだからイデウス様を心の底から心配しているというのはよくわかります。でもイデウス様はここの主で在られるんですよ。あまり失礼なことを言うもんじゃありません」


「いえ私のことを思っての、ミリヤの気持ちはありがたいです」


「やはりいつもどおりの寛容なイデウス様ですね」

副司祭の男性が安心したような表情でフォローしてくれた。





町までは教会が所有する馬車で移動した。


都会しか知らず馬を見たことない俺でさえわかるような、年老いてくたびれた馬だった。

いや馬が年老いているとわかるのは、もしかしたらイデウスの思考が混じってるのかもしれない。


こちらの世界も時間単位はほぼ同じらしい。

教会を出てから町に到着するまで二時間近くかかった。

老馬のせいかもしれんがそれでもメチャクチャ遠い。




後ほど示し合わせた場所で待ち合わせをするよう決めて、俺は独りにさせてもらった。

食堂・レストラン・食い物屋・腹減ったー、それらの単語が脳内を駆け巡った。


小走りになりたいのを我慢して、『聖なるイデウス』にふさわしい優雅な雰囲気を作り町を歩いてみた。

すれ違う度に人々に挨拶された。



当たり前だがイデウスの記憶のデータは莫大な量だ。


アーデウスの時もそうだったが彼らを知るのは映像を見るようなイメージに近い。

なんとかダイジェストっぽくというか所々を視たり、検索するっぽいことは出来たが倍速で見ることは不可能だった。


例えるならつまり三十年の人生を把握するなら三十年かかるということだ。

睡眠中などはカットするとしても相当な時間を費やす。


だからイデウスの交友関係もほとんど把握できていない。


この町では聖なるイデウスが大変な有名人だということはわかっている。

相手が知人か単にすれ違った者かほとんどわからず俺の挨拶はぎこちないものになった。

しかしそれほど人通りが多くないのが救いだった。


ここが現世では平均的なのかそれとも過疎化が進んでいる町なのだろうか。


寂れた感が満載だった。




食堂らしいところは数ヶ所あったが一番高級そうなところに入った。

料理は食えないほどではなかったが不味かった。

俺の味覚が現世とずれているだけなのかもしれないが。

早く慣れなければ。


ラッキーだったのは食堂の主人が料金を受け取らなかったことだ。

いやそれだけではない。


心ばかりですがと言いながら布のようなものに何か包んでくれた。

チャリンチャリン音がするし、ずっしり重いから銭だ。


案外ここは住みやすいところなのかもしれない。

頭に猫耳娘のミリヤが浮かんだ、ヒッヒッヒ。



そういえば町で見かけるのは人間ばかりだった。

たまに獣人らしき者もいたが見た感じ猫・犬・羊などばかりだった。


裕福そうな者もいたが獣人のほとんどがボロを纏っていた。


人中心のここでは獣人は貧困層なのだろうか。

そんなことを色々考えイデウスの記憶と照らし合わせながら歩いた。


そこへ五才ぐらいの女の子を抱えた男性がぶつかってきた。

イデウスの記憶を視ながら歩いていたから注意散漫になっていたのだろう。

俺は尻もちをついてしまった。


「ぼーっとしてるんじゃねえ邪魔だ! 」


ぶつかってきた男はそう言って女の子を抱えて走り去った。

と思いきや引き返してきた。



な、なに、因縁つけるつもりかよ。おお俺は聖なるイデウスだぞ、ししし知らないのかコイツ。


「聖なるイデウス様じゃねえですか。ちょうどこの子をそこの診療所に連れていくところだったんですよ」


「?」


「診てくださいませんか。今気を失ってますがさっき引きつけを起して。熱もすごいんです」

男は今にも泣きだしそうだった。


おれは逡巡した。


「ありがてえ、これは神様のお導きに違いありません。あああ偉大なるマナニ様感謝いたします」

もう男は勝手にその気になっていた。


イデウスの治癒魔法は何度も視たから大丈夫だろう。

「わかりました。ここではなんでしょう。どこか治療できる場所をお借りしましょう」

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