第5話 一回目の転生 【アーデウス】
ハッと目を覚ました。
ここは森の中らしい。
まわりにむさ苦しい男たちが集まり俺を心配そうに見ていた。
なんか口々に喋ってる。
何語だ? でもどうしてだか彼らが言ってる意味は全部わかるぞ。
「見張りをしている最中に突然ぶっ倒れたからびっくりしたよ」
「大丈夫か、隊長にも知らせておいた。今こっちに向かってるらしいぞ」
俺は変てこな格好をしていた。
スカートみたいなのを履いている。
まわりの男もそうだ。
誰もズボンなんて履いてないが、オネエじゃないようだ。
自分のお腹も確認した。
もう傷はない。治っていた。
いや、いつの間にか腹回りがスッキリしている。
ダイエットしたっけ?
もしかして別人の体?
乗っ取ったのか?
「隊長が見えたぞ」
誰かが叫んだ。
髪をなびかせた綺麗な女性が駆けつけた。
「グラデサ一等兵大丈夫か?」
その女性が俺を潤んだ瞳で見つめている。
この人がもしかして隊長さん?
もろタイプ。
そんな目で見つめないでおくれよ。どうにかなっちゃいそうだ。
俺の名前はグラデサというのか。
少し思い出した。
この世の記憶だ。
俺の名はアーデウス=グラデサだ。年は十八才。チャイコ国軍の兵士になって四年目で一等兵。
幹部候補生なんだ。優秀なんだな。時代は正義一七年、『正義』って年号か。
しかしそれ以外はなかなか知りたい情報が出てこない。
「すみません前世の記憶を思い出しちゃったみたいでそのせいでちょっと混乱してるみたいです」
話を聞いていた者たちの顔色が変わった。
俺は説明を続けようとした。
が美人の隊長さんが慌てた様子でそれを遮った。
「グラデサ一等兵は少し疲れているらしい。そこの小川のところで私が事情を聞く。みんな配置に戻ってくれ」
「了解しました」
兵たちの声が揃った。
「グラデサ一等兵、ついてきなさい」
「はい」とだけ返事をし俺は綺麗な隊長の後ろを歩いた。
小川のところまで来ると隊長は振り返った。
「アディ大丈夫なの? 知らせを聞いて取るものも取りあえず駆けつけたのよ」
「ご心配おかけしました」
「あなたに何かあったらどうしようかと思って。で、さっきの前世がなんとかってあれ冗談よね」
俺は状況がよくわからなかったので黙っていた。
「嘘っていうより冗談だと問題ないケースもあるみたいだし、アディも軽い冗談のつもりで言ったんでしょ」
気のせいか彼女は俺の鼻のあたりを見ているようだ。
何を言ってるのか俺にはさっぱりわからない。
「えっ……いえ本当なんですけど」
彼女は眉にしわを寄せた。
「あんなこと二度と口にしないで。軍の風紀が乱れると困るから。自覚してよね。もうすぐ家族になるんだから」
そう言うと彼女は口を手で覆った。
よくわからんが俺のことでどうやら悲しんでくれてるらしい。
『もうすぐ家族になるんだから』っていうことは……。
ああそういうことか。
現世の記憶をまさぐった。
アディの記憶をだ。
すると目の前の隊長とよく姿が似ている者と抱き合っている映像が浮かんだ。
というか本人で決まりだ。
俺はもうすぐ目の前にいるこの飛びきりいい女と結婚するんだな。
婚前交渉も済ませているわけだ、ヒッヒッヒ。
「わかったよ。こっちにおいでハニー」
俺はそう言いながら隊長を押し倒した。
これで俺もようやく男になれるんだ。
転生っていいなあ。
「おいやめろ、やめないか」
「本当はやめてほしくないくせに」
そう言いながら前世ではまったく女性経験のなかった俺は最高に興奮した。
「アディ、あなた間違いなく悪魔に取りつかれたみたいね」
「その口を塞いであげるよ」
俺は二枚目気取りでキスをした。
途端にお腹に激痛が。
見ると短剣が刺さっていた。
俺は隊長に蹴られて川に落ちた。
「汚らわしい。結婚する前でよかった」
隊長の吐き捨てるような声が聞こえてきた。
せっかく生まれ変わったのに俺はこんな小川に浮かんで死んでしまうのか。
俺の意識をアディの思い出が走馬灯のように駆け巡った。
そして気づいた。この時代の俺であるアディはかなり能力があり剣士としても有名で魔法も使えたんだな。
もしかしたらこの怪我をどうにかできる魔法があるんじゃないか。
俺は必死にアディの意識をまさぐったが見つからなかった。
彼の記憶からは火を使う魔法ばかりが出てきた。
そして俺は意識が途絶えた。