第154話 本編Ⅰ-43 思わぬ人が
「あなたにも嫌な思いさせちゃったわね。ごめんなさい」
今イメルサが喋ったのは誰に対してだ。
辺りをキョロキョロ見回してみたが、俺以外誰もいない。
えっ俺に対して? さっきまで『ボク』とか言っていたのに『あなた』になっていたぞ。
もしかして頭打っておかしくなったのか。
「そんな不安そうな顔しないでちょうだい。もう変なことはしませんから」
そう言うとイメルサはポーッと顔を赤く染めた。
なんだなんだ、急に恥じらいを見せ始めたぞ。
「でもあなたどこかでお見かけしたことがあるような」
俺はたまらず質問した。
「イメルサさん、さっきまでと様子が違うんですけどどうしたんですか」
「実は一時的に記憶をなくしていたんです。でそれがさっき木にぶつかった衝撃で戻ったみたい」
「でも、じゃあさっきまでのイメルサさんは誰だったんですか?」
「ああ、それは元々の野性的なイメルサね。でそのイメルサに私が転生したんです。わかりますか転生って意味?」
「わかりますとも。じゃあいきなりイメルサに乗り移って大変だったでしょ?」
俺にはその辛さや戸惑いがよくわかる。
「です。おまけに獣ノ神みたいな変なのが出てくるし。獣ノ神と営みをしたのですが、イメルサ的には受け付けないタイプだったんですよ」
「イメルサは男なら誰でもいいかと思ってたけど好き嫌いがあるんだ。あっ呼び捨てにしちゃった」
「いいんですよ。イメルサは自分を満足させられない男じゃないと満足できない性格だったんです」
「なんですか、ややこしくてよくわかんないなあ」
「つまりイメルサを満足させるような男では満たされないのです。そして鬼人の国のはずれでそれなりに幸せに暮らしてました。獣ノ神が登場するまでは」
どう考えてもおかしい。
「万座億させる男では満たされない……それって矛盾してませんか」
「自分より優位に立つ男性は好みじゃないのです。情けない男性やその困った表情、苦しそうな表情を見るのが」
俺はやっと理解でき、イメルサの言葉を遮った。
「ああ、イメルサは変異型のサドなんだ」
「あなた、若いのによく知ってますね名前はなんて言うんですか」
「俺はラデウスです。イメルサじゃなくて今喋っているあなたは?」
「今の私のことは『レイ』って呼んでください。私の知っている人にあなたに似た名前でカデウスって人がいましたよ」
「レイさんっていうんだ。日本人みたいな名前だなあ。……今カデウスって名前が出たけどもしかして」
お互いに大声を出した。
俺は『氷室玲?』と叫んだ。
彼女は『佐藤龍?」と叫んだ。
「どうりで見たことあるって思ったんだ。あなた何度も見かけたのよ。マーキームーンの周りをいつもウロチョロしてたから」
「いやいや、俺は今ラデウスだって。この世界の者なの。一応人間じゃなくて魔人なんだけど」
「あっそっか。でもなんだか似た感じがして。まあ、いつも現場でチラッと視界に入るぐらいでしっかり見ていた訳じゃないから。イメージ的に近いのかも」
「そうだよ。今の俺はまだ十四才だし、日本にいる時は三十半ばのおっさんだからさ。太り方が同じってだけだろ」
「そうね。それに今のあんたが黒目に黒髪で日本人ぽい顔しているからそう思っちゃったんだ。いつもドラゴンと『また白豚が来てるぞ』って言ってたんだし。マーキームーンの三人もあんたの存在は認識していたのよ」
「なんだ、いつもバレてたんだ。あっそういえばドラゴンに会ったぞ」
「えっいつの時代に」
俺はマーキームーンのマネージャーであり、氷室玲の恋人でもあったドラゴンに何度も会った話をした。
ドラゴンは俺と同姓同名の『佐藤龍』という名前だがこれは偶然なんかではない。
氷室玲がこうやってこの世界にいるのもそうだ。
泉理李様はどうしているのだろう。
ミックの後は転生していないのだろうか。
それともこの世界のどこかにいるのか。
春野響子ちゃんと岡本香奈ちゃんはどうしちゃったんだろう。
やはりこっちの世界に飛ばされているのか。
俺が考えているとイメルサが揺すった。
「ねえ聞いてるの?」
「えっごめん、聞いてなかった」
「ドラゴンは真実教の教祖をしている陰神と一緒に行動してるのね」
「ああそうだよ」
「ありがと、今回のことも彼には内緒にしてね」
そう言い残しイメルサは去っていった。
俺は一応イメルサの退治に成功した。
仕留めはしなかったもののこの土地から追い出せた。
意気揚々と街に戻り、家の扉を開けた。
そこには怖い顔をした母ベッキーが待ち構えていた。