第149話 本編Ⅰ-38 なんとか安住の地へ
我々は無事に証明書を発行してもらいサンサーバ国に入った。
俺は疲れ切っている家族を説得し、ブルック国との国境からなるべく離れた北へ進んだ。
行く先々で役人などに問われた。
暖かい地に留まった方がよいのではないかと。
その時答えることはいつも決まっていた。
「なるべくブルック国から離れたいんです」
サンサーバ国の北のはずれまで来た。
このへんだと夏でも涼しいくらいだ。
もう少しでトスリヤ国との国境だ。
そこへ俺が予期していた事態が起こった。
サンサーバ国の大軍がブルック国に侵入したのだ。
名目はブルック国の治安維持のためということだったが、魂胆は見え透いている。
変なとばっちりを受けないように急いでトスリヤ国に入った。
この国は『へ』の形に似た地形で最北に行くと冬の寒さが厳しくなる。
しかしそこを通り過ぎ南下すると、夏は涼しく冬でも比較的暖かい気候で過ごしやすい安楽の土地となった。
馬車に揺られ、何度も馬を変え、安楽の土地に辿り着いた。
お手伝いの婆やヒアルと母ベッキーは疲労から寝込んでしまい、兄モスバは怪我の後遺症に悩まされ、父ガウディも老け込み、俺とウエンディで生活費を稼ぐしかない。
やっと落ち着けた俺は治癒術を使いヒアルとベッキーとモスバの治療を開始した。
ついでに以前から取り組んでいるウエンディの見えない片方の視力も回復させようと試みた。
ベッキーとモスバは、王神に対しあんな態度をとった俺に不信感を抱いているようで心を許してくれない。
だからなのか、なかなか治癒術の効果は表れなかった。
そしてヒアルに対しての効果も薄かった。
だが根気よく続ける他あるまい。
しかしなぜか俺もすぐ息が切れるようになった。
長旅で疲れたのか。
危険を探知する時知らず知らずのうちに魔力を消費してしまったのか。
俺は何か抜かりがあるのではと思い『比較的簡単に誰にでも魔法が身につく』を読み返してみた。
気になる個所があった。
以前はそこまで気にしないで斜め読みした個所だったから頭に入ってなかったのだ。
『息が切れたりする場合があるが、それは無意識のうちに肉体にばかり頼ろうとしているからである。
完全に正しいやり方で魔法を発動すれば、いくら魔法を使っても疲れることはない。ましてや息切れなど有り得ない。
筋力を完全に落とすことで肉体に頼ろうという気持ちをなくすことが出来、徐々に効率よく魔法が使えるようになる。
またふくよかな体は魔力の源泉となりうる』
俺はウエンディに生活費の捻出を押しつけ、朝から晩まで、食べて、治癒術を行い、疲れて横になり、元気になるとまた食べて、治癒術を行い、を繰り返した。
しかしなかなか思うようにはいかない。
この時代は鏡はほぼ女性だけが使う貴重な代物だった。
久しぶりに鏡の前に立ってみた。
驚いた。
なんか別人のようだ。
ぶよぶよ太っていて、精悍だった頃の面影がまったくない。
これじゃモテないなあ。
でも強い魔力を手に入れ、よくわからんが目的とやらを果たすためだ。
目的を果たせたらご褒美が待っているみたいな話を聞いたし。
でも我ながら見た目弱そうだな。
せめて相撲取りのような筋肉がつけばいいのだが、これじゃブロイラーだ。
俺は日本人佐藤龍だった頃の自分の容姿を忘れてしまったが、なんか似ているように感じた。
多分太り具合が同じだから似ているように思うんだろう。
あの時は三十四才だった。
今の俺はまだ十四才だ、二十才も違う、やろうと思えばまだまだ色々できる。
ウエンディは慣れない土地で『何でも屋』として苦労しているようだった。
俺は『比較的簡単に誰にでも魔法が身につく』に書いてあることを心に留めながらも、ウエンディを手伝うことにし、稼業を再開した。
ブランクがあったせいか、以前のようにはいかなかった。
俺の能力はすべてに於いて以前より低下しているようだった。
だがそのことも『比較的簡単に誰にでも魔法が身につく』には書いてあった。
『飛躍的に能力が伸びるその前に、停滞したり、減退しているように感じることがままあるが、それは気にしてはならない』
俺は大きな仕事をしたかった。
その方が報酬も多くなるし知名度も上がる。
しかし如何せん、今の俺にはその能力がない。
最近ではウエンディも俺のことを『師匠』とは一切呼んでくれないし、頼りにしてないのもわかる。
そこへ俺が得意な大きな仕事を見つけた。
個人の依頼ではなくトスリヤ国からの依頼で街の目ぼしい処に立て看板があった。
内容はズバリ、鬼退治だった。
鬼というのは恐ろしく強いらしく怖れられている。
誰も退治できない、うん別格って感じだ。
俺は鬼の倒し方を知っている、多分。
いや間違いないだろう。
ウエンディも鬼退治の事は了解してくれた。
トリア国の鬼山でのサイルとの事を思い出したようだ。
彼女が気絶している間にサイルとは片をつけたのだから。
よっしゃ一丁やったるぞ。