第135話 本編Ⅰ-24 逃げ切る
馬車に乗るとどうしても物音がしてしまう。
そこからは一気に行動した。
俺が門を開けた瞬間に馬車が通るようにした。
二頭の馬のうち一頭には既にウエンディが乗っており、もう一頭には俺が飛び乗った。
モスバは土の欠片を飛ばして敵の邪魔をした。
ウエンディは敵に火を投げつけた。
父ガウディと母ベッキーは矢を射た。
俺は長槍を用いて飛んでくる矢を弾き、敵に槍を振りかざし、威嚇した。
それでも剣を振りかざす者に対しては遠慮なく突き刺した。
なんとかベントール家を乗せた馬車は囲みを突破したが、追っ手は馬に乗ってついてきた。
それを土の塊を飛ばしたりして邪魔した。
壁が出来ればいいのだが動く敵相手だとなかなか定まらない。
しかも術するモスバ自体が敵の矢などを除けながら馬車の荷台で揺れていては集中できない。
国境を越える時は前以て作戦を立て、どこのポイントで発動するかわかっていた。
あの時と今とでは状況が違うのだ。
馬車は海の方へ向かっていた。
別の大陸に渡るしかない。
ここラオ大陸にいる限り、いつまた追っ手が現れるかわからない。
ジャイ国の者は多分一人だ。
一番位の高い役人が残っている
残りの五人はマンローが手配した傭兵の類だろう。
彼らがジャイ国の役人を守っている形をとっている。
どこまでも追いかけてくる。
奴らは幾ら貰うのだろうか。
いいアイデアが浮かんだ。
いや本当にいいアイデアだろうか、勿体ない気がする。
しかし背に腹は代えられない。
俺は馬車に積んであった金をうまい具合にばら撒いた。
そう餌に追っ手の傭兵たちが食いつくぐらいの量を、簡単に拾えないように四方八方へ。
この作戦は成功した。
追っ手はジャイ国の役人唯一人になった。
俺は慎重に狙いをつけて見事矢で射抜いた。
そして二月近く馬車での旅を続け無事港に着きミシュ大陸行きの船に乗った。
俺たちはなんとかミシュ大陸に着いたが念のため港から遠く離れた内地へ移動した。
ラオ大陸からここまでは追っては来れないだろう。
敵の正体ははっきりしないが、ジャイ国の者であることは間違いない。
敵はベントール家を壊滅させるつもりだったろう。
それはいつかベントール家が力をつけて仕返しするのを恐れているからに違いない。
だが遠く離れたミシュ大陸に渡ればベントール家の再興など夢のまた夢と敵も判断してくれるのではなかろうか。
追っ手は恐らく来ないだろうが、大きな痛手があった。
一つは、ある程度蓄えた財がバラ撒きと長旅の費用ですっからかんになったことだ。
もう一つはウエンディが戦闘で負った目の傷が原因で片方の視力を失ったことだ。
俺に治癒力があれば。
これ以上不幸が訪れないようにする為にも早いうちに魔法を身につけなければ。
まったく見知らぬ土地に来た不安も重なりベントール家全体が沈んでいた。
そんな中俺は大忙しだった。
それはなぜか。
父ガウディも母ベッキーもミシュ語は話せないのだった。
そう、他の者も誰一人話せない。
俺だけが話せた。
俺も話せないフリをしてもよかった。
だがそれだとこれからミシュ大陸にて生活していくにあたり困難が多すぎるというのは容易に想像できる。
そして俺がミシュ語を使うことによる弊害は何もない。
家族を納得させればいいだけだ。
だから思い切って、実はミシュ語を使えると告白した。
使える理由はもちろん、今までにミシュ語を使う者に何度も転生したからだ。
だがそんな事情は誰も知らないし、それを言ってはまずい気がする。
家族を色々な戦いに巻き込みたくない。
俺が戦わなければならないのは人や亜人ではなく神の類だ。
死ぬか生きるか、そういう次元へ飛び込むのは、俺だけで十分だ。
俺はそのためにこの異世界に連れてこられたらしいから。
現実問題として、家族に対し説得力のある作り話をしなければならない。
だから夢の中で剣術など教わった時にミシュ語も身につけたということにした。
ザンパと勝負した時に今まで会得していないはずの技を披露した言い訳で使ったアレだ。
ウーデルスを始め色々な者が夢に出てきて俺に指導してくれるって話。
それですんなり全員が納得してくれた。
ここミシュ大陸での生活も落ち着き、母ベッキーはともかく、長旅で疲れていたヒアルもすっかり回復した。
そしてまた年を重ね俺は十二才になった。
最悪の誕生日を迎えたあの脱出劇からもう一年も経つのか。
前回と違いささやかな誕生日となったが、眠り薬を混入される心配はなかった。
なんとか材料を工面してヒアルが久しぶりにお菓子を作ってくれた。
クッキーとケーキだ。
相変わらず美味しい。
この世界にはまだこんなお菓子などない。
ヒアルは張り切って沢山作りご近所にもお裾分けした。
これが大評判となった。
そうだ、ヒアルは美味しい物を沢山作れるし、俺がイメージを伝えると試行錯誤して最終的には、日本人が食べていた料理に近いものとして完成させてくれていた。
ネオスでのそんな日々を思い出した。
彼女には料理の才能がある。
これで商売しよう。
まずはお菓子からだ。
日持ちするクッキーからにしよう。
俺の考えは当たり、ヒアルが作った食べ物は大ヒットした。