第133話 本編Ⅰ-22 悪鬼退治
「えっそんなにまずいんですか。だったら行くのやめますけど、今後の勉強になるんで教えてください」
俺は謙虚な態度を示した。
「最近の若い者は鬼山の話は知らんのか。だから悪鬼退治に興味を持ったんだな」
「あたしたち他所から来たばっかりなんです」
「そうか、お前たちはここの者ではないんだな。鬼山というのは魔物の血が混じっているサイルという名の鬼が静かに暮らしておったところなんだよ。
その者は魔物の血が入っているから見た目は恐ろしかったが気のいいやつだった。私も若い頃にまだ悪鬼になる前の本人と少し話をしたことがあるが、真正直な働き者だった。
彼は鬼山の近くに住んでいた綺麗な魔人の女の子を好きになってな。それが両想いだったからそのまま結ばれた訳よ。
鬼は山で木を伐り、炭焼きをして生計を立てていた。山は代々彼の先祖の持ち物だったが、猟にも向かず、山菜が少し採れる程度のさほど魅力のない誰も気に留めないような山だったんだ」
「今話している鬼が悪鬼なんですか」
我慢できずにウエンディが口を挟んだ。
係りのおじさんは頷いた。
「そうなんだよ。鬼山で金が見つかるまでは何事もなかったし、いい奴だったんだな」
おじさんの話は続いた。
金が見つかった途端この地の有力者が鬼山の権利を主張し立ち退きを要求してきた。
サイルも突然そんな話をされてもはいそうですかという訳にはいかず、揉めたらしい。
すると奥さんと幼い子を殺されて、それからおかしくなり、近隣の集落を襲い人々に乱暴を働くようになったということだった。
話を聞き終わった俺は思わず言ってしまった。
「元々はその有力者が悪いんでしょ」
「まあそうなんだが鬼が暴れるから集落には誰も住めなくなったのだよ。その人たちも先祖代々の住み慣れた地を追いやられて困っているのだ」
「集落の人には死人は出ていないんですか」
「不幸中の幸いか、それはなかった。が何度か討伐隊を送り込んだが全滅した隊もあった。それと賞金稼ぎの連中が何人も鬼山に入っていったがそれっきり戻ってこないんだ」
ちょっとヤバいかも、正直金次第だな。
危なくなったら逃げればいいんだし。
俺は誘導質問をした。
「そんな恐ろしいのに皆どうして命を賭けてまで挑むんですか」
「そりゃ金になるからだろ」
もっと具体的に答えてくれ。
「いくら金があっても命より大切とは思えないけどなあ。たかが賞金ぐらいじゃなあ」
「おいおい、単なる賞金とは違うぞ。その掲示板には書いてないが、山から採れる金の一割を所有できる権利をもらえるんだ。しかも名声はとんでもなく高まるだろうから仕事にも困らないだろうし。まあ子々孫々まで一生遊んで暮らせるぐらいの報奨だからもう仕事はしなくていいんだが」
おじさんは俺が知りたかったことに答えてくれた。
俺とウエンディは鬼山に向かった。
「ウエンディとにかく先手必勝だ。いつでも火を使えるようにしといてくれ」
それを聞きウエンディは囁くような声でずっと詠唱し続けた。
いざとなった時いきなり魔法は発動できない。
ラデウスに転生してからわかったことだが普通の者が魔法を会得するというのは簡単ではない。
しかも無詠唱となるとかなり熟練した遣い手でも元々の資質がなければ不可能だろう。
俺は弓を番えた状態で道なき道を歩いて山を登った。
しばらく歩くと岩だらけのところに出た。
この辺りが金の採れるところなのか?
その時ガサッと音がし影が走った。
俺はすかさず弓を射るとギャーと呻き声が聞こえてきた。
この山にはあまり獣はいないという話だ。
悪鬼サイルに命中したのか。
チョロかったなあ。
すると二本の角を持つ者が耳まで裂けた口に矢が刺さった獣を咥えて現れた。
そして矢ごと獣を呑み込んでしまった。
「久しぶりに金に目が眩んだ愚か者がきたかと思ったら、なんだ女と子供か。お前たちを殺すのは忍びない。悪いことは言わないから帰れ」
ウエンディは悪鬼サイルの容貌に驚いて詠唱をやめていた。
「すみません道に迷っちゃって」
俺が言うとサイルは顔を歪めた。
「嘘をつけ。手に持っているその弓はなんだ」
「ウエンディ早く詠唱して」
俺はそう叫びながらサイルに矢を射かけた。
しかし当たった矢は刺さることなく折れてしまった。
慌ててウエンディは詠唱を再開した。
「ウエンディ火を投げて」
ウエンディが火を放ったが、サイルに当たり燃えることなくポトリと落ちた。
サイルが金棒を一振りした。
それはウエンディのすぐ傍にある岩に当たり、車ほどの大きさの岩は粉々に砕けた。
ウエンディはそれを見て気絶したようだ。
危ない。
そう思い俺はジャンピングフックを見舞った。
見事に決まったと思いきや彼は何事もなかったようにこちらをギロリと睨んだ。
跳ね返された俺はしたたか腰を打った。
立てない。
「いい技だが、子供のお前じゃたいした威力にはならないぞ。
今度は俺の技を受けてみるか。それからお前は丸呑みにしてやろう」
ああ俺はなんて馬鹿なことをしたんだ。
まだたいして魔法も使えない状態の十才の子供でこんな化け物に挑むなんて。
よく考えればわかることじゃないか。
魔法の遣い手が多いこの地でも退治できない存在がどれだけ手強いか。
今回の転生から本番だというのに勿体ないことをしてしまった。
これから成長して色んなことが経験できたはずなのに。
涙が溢れてきて止まらなくなった。
「やだやだ、こんなところで、死にたくないよー」
? 時間が過ぎていく。
俺はまだ死んでないようだ。
つぶっていた目を開き、そっと辺りを伺うと、サイルがしゃがみ込んで膝を抱え震えていた。
「何があった?」
思わず俺は声に出していた。
「どうか命だけはお助けください」
サイルが命乞いをしている。
誰に命乞いをしているのだろう?
探してみても他に気配も感じない。
まさかこの俺に対して?
思い出した。
ウーデルスに転生している時にもそんなことがあった。
狐男に襲われた時にその助っ人だった赤鬼人がまさにそうだった。
俺が『死にたくないよー』と言った途端、赤鬼の顔がサーッと青くなった。
そして鬼の形相で遠く横から離れて見ていた狐男の方へ走っていき、なんか喚きながら真っ二つにしたのだった。
『死にたくないよー』という言葉には鬼族にとっては何かしらの力があるのだろうか。
そういえば転生が始まる前、この世界に佐藤龍の姿のまま飛ばされた時にも高貴な感じの鬼の子供がいたなあ。
俺はそこでも『死にたくないよー』と叫んだんだった。
もしかしたらその時のことが関係あるのかもしれない。
とにかくなんとかここはうまく収めなければならない。
サイルはいざとなったら抵抗するかも。
それよりは通称『鬼山』から立ち退いてもらうほうがいいだろう。
しかし仕事斡旋所に依頼を出したこの地の有力者を納得させられなければ何にもならない。
「どうかどうか命ばかりは」
まだサイルは命乞いを続けていた。
俺は大仰に告げた。
「よかろう。命だけは取らないでおいてもいいが、その特徴的な指を一本もらうぞ。そして今から念書を書いてもらう。
今までの罪を悔い改めることと、トリア神国から出て行ってもらい、二度と戻ってこないことを誓ってもらう」
「それだけでよろしいのですか。本当に助けて頂けるのですね」
サイルは指の切断などたいして気にしてないようだった。
「うん、お前は治癒術か蘇生術は使えるか?」
「申し訳ございません。一切そういう術は身につけておりません。お役に立てず」
「ああ、いい。もういい」
サイルの指を一本切断すると俺は自分が着ていた服を脱いだ。
「さあ今血がついているだろう。その血でここに念書を書き、手形を押せ」
俺が気絶したままだったウエンディを起こすとウエンディはまだ自身が生きていることに驚いた。
「さっきまで着ていたシャツはどうしたの。あっ手に持っている血だらけのそれがシャツ?
ねえ悪鬼はどうしたの。とにかく今のうちに逃げましょうよ」
「いやもう大丈夫。悪鬼は俺が追い払ったからさ」
「ええそれ冗談でしょ?」
「本当だ。これが詫びた印だよ」
そう言って俺はサイルの指を見せた。
「サイルは追い払ったぞ。奴は二度とトリア国内に足を踏み入れないそうだ」
俺たちはそう叫びながら意気揚々と街に凱旋した。