第131話 本編Ⅰ-20 国外へ
なんとか追撃を免れベントール家は国境が肉眼で見えるところまで来た。
「よし一気に国境を抜けようよ」
というモスバの言葉を聞き、父ガウディがたしなめた。
「いやここからは慎重になった方がいいぞ。敵は何者にしろ、今回のマックへの罠も用意周到だ。相当執念深いと思う」
モスバは反論した。
「国境は今検問も敷いてないし、ここから伺う限り番人が数人いるだけでしょう」
「あそこに大勢の者が詰めていたらどうだ。我々だってノコノコと行かないだろう。奴らも警戒してないふりをしてどこかに潜んでいるのかもしれないぞ。
ここまで人目につかないような裏道や山道を選んだり遠回りをしたりしてきた。その間に国境にまで伝令が届いているとみた方がいい」
「そんなこと言って、父さんじゃあこれからどうするの?」
モスバはふくれた。
俺とウエンディはその間に色々試案し、ひとつの結論を出した。
「父さん僕がウエンディと偵察に行ってきます」
「おいおい二人だけで大丈夫か」
「お父さん、あたしはもう十八才なんですよ。それにラデウスだって子供と思えないくらいしっかりしてます。なんていったってあたしの師匠ですから」
「うん、お前たちに任せよう。その間我々は何をすればいいのかな」
「大変だけど一番顔を知られていないヒアルとモスバ兄さんにお願いしたいんだ。お婆ちゃんと孫という設定で町まで行って油を買ってきてほしいんだ」
俺は説明を続けた。
「という訳で、油が無駄になる可能性もあるけど、用心して備えていた方がいいでしょ。じゃあ合図したら行動してね」
俺とウエンディは村から買い出しに来たふりをして街なかに入っていった。
所々に人員が配置されている。
さらには私服で変装しているがあきらかに兵士だとわかる者も数多くいた。
表立っては日常的な雰囲気っぽかったが、裏では厳重な警備がなされているということだ。
これだけ沢山の者が所々にいるのであれば、とても強行突破などできない。
俺はそう判断し、引き返し始めた。
ウエンディは村娘の身なりをしていたが、美貌が目立ってしまうのかジロジロ見られている。
俺も帽子をかぶっているが、この辺では滅多にいない黒髪がバレているかもしれない。
「おい、そこの二人ちょっとこっちに来なさい」
正装した兵士が呼び止めた。
まずい。
「どっから来たのかい」
「テレサ村です」
「おうそうかい、あそこは今誰が村長だったかな」
「フィンラさんです」
「そうだったな。村長の奥さんは元気してるかね」
困った。こんな時相手が嘘を言ってるかがわかればいいのだが。
こんな時に陰神が俺に授けてくれた『嘘を見抜く術』を使いたかった。
だがラデウスになってからはまだ身につけてない。
一か八か、いやそれはまずい。
とぼけることにした。
「いいえ、結婚されているとか、そこまで知らないのですが」
その兵士はピーッと笛を吹いた。
そして俺たちに吐き捨てた。
「フィンラ村長は女なんだよ」
と言って俺の手首を掴んできたので素早く手を回し、相手を倒し、逃げた。
「ウエンディ馬を盗もう」
近くに繋がれていた馬に乗り逃走した。
俺が前に乗りウエンディが後ろに乗っている。
「姉さん、動ける余裕を残して紐で二人を結んで固定してよ」
追っ手が迫ってきたがウエンディが火を放ち防ぎ距離は縮まらずに済んだ。
そしてある程度の距離に来ると油を染み込ませた布が置いてあり、通り過ぎる度に彼女はそれらに着火した。
これは待機している家族への合図にもなる。
これで少なくとも暫くは敵の連中も追いかけてこれまい。
もう暫く走ると馬車が乗り捨てられてあった。
馬はいない。
そうなのだ、この辺はもうやっと馬が通れるぐらいの細い道だ。
更に進むと馬の鳴き声がして、こちらに馬だけが駆けてきた。
馬を乗り捨てたということはもう馬では進めない獣道に入ったのだろう。
俺たちも馬を降り、家族を追いかけた。
後ろから大勢の声が聞こえてきた。
追っ手が迫ってきたのだ。
やはり彼らは土地勘があるからこの辺の移動も速いのだ。
この手段は用いたくなかったが止むを得ない。
「ウエンディ仕方ない。山に火を放って!」
後方は辺り一面火の海となり、人々の悲鳴が聞こえてきた。
急流に出た。
土で造られたアーチ状の橋が掛かっていたが、真ん中の柱が折れかかっていた。
そこへまた柱が追加された。
見るとモスバは青い顔をしていた。
ヤバい、さっきからああやって何度も土のアーチ橋を補強しているのだろう。
モスバが力尽きたら橋は崩れ去る。
「急ごう」
俺はウエンディを急かした。
が、目に入ってきたのはモスバが倒れるシーンだった。
「ウエンディ俺に捕まれ」
俺はウエンディを抱きかかえるとウーデルスの得意技で跳んだ。
「ジャンピングフック!」
ネーミングは残念だが、俺もウエンディも向こう岸に着地できた。
家族みんなで抱き合った。
しかしその邪魔が入った。
次々に矢が飛んできたのだ。
我々は木に隠れながら、俺は気絶していたモスバを殴りつけた。
「兄さん、起きてください」
「なな、なんだ」
「早く土壁作って。矢が飛んできて身動きが取れません」
我々ベントール家はその場を脱出できた。
父ガウディは新しく馬車を用意し、家族で移動し国境からできるだけ離れた。
「まだ絶対安全だというわけにはいかないが、敵もおおっぴらには追ってこれないだろう」
ガウディの言葉でみんな一息ついた。