第121話 本編Ⅰ-10 伝染病
今22時5分。
もう少し先の面白くなるところまで書きたいところだけど、取りあえず夜中にならないうちに更新します。
素手での格闘技の時間になった。
目の前には今から何が起こるかも知らないシモンが立っていた。
彼は俺の顔を見て、また憎しみが込み上げてきたのだろう。
その顔が黄色く点滅を始めた。
彼が俺の腕を取り、足を引っかけてきた。
いつもだと技をかけられるまま、いや自主的に倒れてやるのだが今日はそれをやめた。
いつもと勝手が違いシモンは躍起になった。
何の技をかけても俺がびくともしない。
シモンはしまいには足を引っかけるというよりは蹴ってきた。
そろそろいいだろう。
俺はいきなり投げ飛ばした。
5メートルぐらい飛んだかな。
そのまま彼の下へ駆けつけ、また強引に投げ飛ばした。
彼の顔は点滅しなくなっていた。
その代わり真っ青になっていた。
ヤバイ、気を失っている。
次の日からシモンからの嫌がらせはなくなった。
彼は学校に来なくなったのだった。
ヒアルに報告すると言われた。
「これでわずらわしい事から解放されたんだからよかったじゃない」
自分のした行動に自信のなかった俺はヒアルの言葉を聞き、吹っ切れた。
水害に遭ってから、ネオス領内に流行り病がおこった。
最初は水に浸かった地域だけだったのが最終的にはネオス領全体に広まった。
嘔吐と下痢の症状が主で衰弱して沢山の死人が出た。
代官である父ガウディのところへ陳情に訪れる者が後を絶たなかったが、ガウディにも成す術もなかった。
それで都ジャイラに治癒術を使える者を派遣してくれるよう、要請した。
学校も休校になった。
用事はすべてヒアルに任せて、家族はなるべく人の多い街中に行かないで家で待機する生活が続いた。
俺はヒアルに頼んで持ってきてもらった書物を読んだり、ウエンディに剣術を習ったり、裏手の林でヒアルと話をしたりする日々を過ごした。
その日は林で木の実を取ろうとしていたヒアルを手伝うつもりで林に入った。
するとヒアルが呻き声をあげ、かがんでいた。
汚物の臭いも漂ってきた。
「あっ坊ちゃまこっちへ来ないでください」
ヒアルは余裕がないのだろう。
俺のことを『ラデ君』と呼ばず『坊ちゃま』と呼んだってことはだいぶ辛いんだな。
これは例の流行り病だ。
でもどうすれば治るのだろう。
俺にはまだ治癒術は使えないし。
「こうなってしまっては残念ですがお暇をいただきます。ただし今このような状態ですので坊ちゃまから旦那様か奥様にお伝えくださいませんか」
「ああヒアルわかったからもうちょっとここに横になっていて」
俺は家に戻るとありったけの古着とお湯を持ってきてヒアルの体を拭いてあげた。
「もうそんなことはなさらなくても」
「何こんな時に恥ずかしがってるんだよ」
「いえ私のような何のお役にも立たない者のために」
俺はわざと軽い口調で言った。
「駄目だよ。今やベントール家にとってなくてやならない人なんだから。ヒアルが回復するまでの間はなんとか僕がお母さんを助けるけどさ。だから早く元気になってよ。これからたっぷり役に立ってもらうんだから。それにここで力尽きたらそれこそ、女神様になんとお詫びすればいいのやら」
そしてまったく使ってない方の納屋に簡易ベッドを作り、その下に汚物入れを敷いた。
そこへヒアルを連れて行って安静にさせた。
「お父さんに言ったらヒアルは完全によくなるまでここから出ちゃ駄目だってさ」
そう嘘をついた。
そして家族にはまた別な偽りを言った。
「ヒアルは急に姪に当たるという人が現れて、しかも実のお姉さんが危篤だから迎えにきたとかで、連れていかれたんだ」
「ヒアルに身内がいたなんて。ヒアルは天涯孤独の身と思っていたのに。まさか誘拐じゃないでしょうね」
母ベッキーは心配そうな表情をした。
「ヒアルを誘拐だって。誘拐してどうするってんだ」
父ガウディの言葉に呼応するように長兄シーザーも続けた。
「だよね。僕も父さんの言うとおりだと思うな。母さんの言うそういった犯罪の方向では考えられないんじゃないかなあ」
しかしベッキーはなおも疑問を口にした。
「でもそんなタイミングよくここにヒアルがいるってわかったわね。どうやって探したのかしら」
鋭いとこ、ついてくる。
しかしこの質問も想定していて対策は取っていた。
「その人が言ってたことよくわからなかったけど、なんでもヒアルが治療院にいる時から実の妹がそこで昏睡状態になっているってわかってたんだって。でも先々代の国王の時に余程のことがない限りなるべく接触しないようにと言われていたらしくて」
家族全員とも、ヒアルに関し先々代の国王が神様のお告げといい指示をした話は知っていた。
「そうか。でいよいよ自分の命が尽きようってことで最期に会いたいと思ったわけなんだ」
有り難いことにガウディがうまくまとめてくれた。
ベッキーも他の家族も家長の言葉に納得していた。
俺は日本にいる時に興味本位で経口補水液を作っていたことを思い出した。
意外と簡単だったよな。
冷ましたお湯に砂糖を少々、そしてほんのわずかに塩を入れた。
それを思い出し、何度か試してみて、スポーツドリンクに近い味のものが出来た。
それとは別に米を溶けるぐらいまでトロトロにしたものも作った。
俺には医学的知識はまったくないから、ヒアルの病を特定することは出来なかったが、日本にいる時漫画で偶然知る機会があったコレラを想定し、接触する時は自分も感染しないようにと気をつけた。
そして親にバレないように気をつけつつ、ほとんど付きっ切りで看病した。
その甲斐あってか、ヒアルの病は快方に向かった。
そしてその日俺は母ベッキーに代わり、食料の買い出しに出かけた。
家に帰るとなんか雰囲気が違う。
そこには少し痩せたがすっかり顔色のよくなったヒアルがいて、家族全員が俺をガン見していた。
瞬時に状況を把握した。
嘘がバレた。
まずい、どうしよう。