第116話 本編Ⅰ-5 赤山を探検
俺は赤山に何があるのかとワクワクしていた。
ほとんど父ガウディが独りで入っていった。
たまに母ベッキーと連れ立って用事があるといそいそと出かけることもあったが、その場合は大抵二人して赤山に行くのだと見当をつけていた。
赤山の麓まで来たが、人気がない。
まったく民家もなく、シーンと静まり返っていた。
俺は勇気を出して登り始めた。
道などない、あるのはかろうじて通れる獣道のようなものだった。
この辺りは大型の獣などが出ると聞いた話を思い出した。
なんかギャーとかウォーとかたまに叫び声がする。
しかし好奇心の方がまだ強かった。
なんかあってもまた転生できるからいいや。
俺は無理に自分に言い聞かせた。
しばらく歩くとなんか匂いが漂ってきた。
どこかでこの匂いは嗅いだことがあるぞ。
いい匂いだ、なんだっけ。
その匂いの方へ歩いていくとこじんまりとした天然の温泉を見つけた。
ガウディとベッキーがこっそり通っていたのはこれか。
しかし、隠すほどのことか。
そう思った時に大皿一枚分ぐらいの水たまりが目に入った。
うん? 匂いの素はこれだ。
これはなんだろうか。
よく見ると水面が揺らめいている。
ほんの僅かずつだが、湧き出しているようだ。
あっこの匂いはもしかして。
俺は思い切って口に含んでみた。
うまい! これは大吟醸だな。
一瞬そう思ってしまうほど、日本酒に味が近かった。
温泉とは違い程よく冷えていた。
これは深みもあり鋭くもあるが、それでいてさっぱりしていて飲みやすい。
プレミアが付きそうな代物だ。
なるほど、大皿分ぐらいだ。
しかも湧き出るのが僅かだから、一度飲み干せばしばらくは溜まらないんだな。
だから他人に知られたくないんだ。
俺は飲み干したいのを我慢した。
しかしそれでも身体的には幼児だから気持ちよくなり酔ってしまったようだ。
気がつくと寝過ごしていた。
しまった、今から急いでも夕飯に間に合うかどうか。
俺はフラフラしながら必死に彷徨った。
そう彷徨ったのだ、いや彷徨ってしまったのだ。
本当ならもう見知った景色になるはずだったが、まったく見たことのない風景が続き、俺は泣きたくなった。
これが本当の五才なら大泣きしていることだろう。
ここは一体どこだろう。
草木がほとんどなく、岩ばかりだった。
むき出しになった岩肌を見ていて気付いた。
もしかしてあそこにあるのは魔石じゃないか。
俺はもっとよく見て確かめようと近づいた。
すると突然唸り声がして、それと同時に走る音が聞こえた。
振り返ると黒い魔物らしき者がこちらへ襲い掛かろうとしていた。
そしてもう赤い一頭も視界の端に入ってきた。
でかいゴリラみたいなのと闘っていた。
というか赤い魔物は詰まれる寸前だった。
と、そのゴリラが俺の方へ飛んできた。
そして俺に噛みつこうとしていた黒い魔物の前に身を挺した。
ゴリラの胸に黒い魔物による三本の筋が付き鮮血がほとばしった。
しかしゴリラは怯むことなく、黒い魔物を真っ二つに引き裂いた。
まさに外見どおりの怪力だ。
残った赤い魔物が飛び掛かってきたが、その顔を掴むと首から折ってしまった。
まずい、どっちだ。
俺はドキドキした。
バレないように、平常心で。
いやこの状況で平常心はかえってまずい。
そこで勢いよくお漏らしして泣き出した。
「こんなところに一人で危ないじゃないかい。他の人はどうしたのかい」
その問いに俺は泣きじゃくりながら、
「独りで来たら迷子になって」
と伝えた。
そして付け加えた。
「帰れないよー。お兄さん助けてください」
さりげなく気を配り、おじさんではなくお兄さんと呼んだ。
厄ノ神であっても無益な殺生はすまい。
ましてやいたいけな子供相手に。
「坊や、場所はわかるかい?」
「うん、ネオス領の代官所のすぐそば」
彼は厄ノ神なんかじゃない、きっと忌ノ神に違いない。
俺はそう思った。
彼は俺を抱きかかえ、まるで跳ぶような感じであっという間に代官所の前まで連れてきてくれた。
「ここでいいのかい。後はちゃんと帰れる?」
「はい、大丈夫です。ご迷惑をお掛けしました。ありがとうございました。何もできませんが、せめてお名前を教えていただけますか」
「うん? 私は忌ノ神という者だ。だが今日の事は全然気にしなくていいからな」