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第11話  悪魔は憑いてないのに悪魔祓いを受ける


今朝は大変だった。

猫耳のミリヤが最初に異変というか異臭に気付いたらしい。

それでパリボンに知らせ、数名で消火に当たった。


さすが獣人は臭いに敏感なんだろう。

もしミリヤが気づいてくれなけば火が燃え広がって俺は死んでいたかもしれなかった。


それだけでなく下手すると教会全体に火がまわり、大惨事になっていた可能性もあった。


実際はすぐ鎮火し、床が焦げたぐらいだったが、教会のスタッフは皆怒っていた。


皆で協力して火を鎮め、煙を外に逃がした。

すると床に見たこともない魔法陣が描かれてあった。というか俺が剣で描いたのだが。

いや正確に言うなら彼女らにとっては魔法陣ではなく『聖なる印』だが。


しかも床には部屋にあるはずのない剣が落ちており、おまけにあちこちに血がついていた。


神の導きによる神慈法ではなく、悪魔に関連する行為と思ったのかもしれない。

いや誰もが絶対そう思っただろう。


さらに、火に関する魔法というか神慈法はマニナ聖国には存在しないらしい。

火を扱うのは悪魔に近い存在となっているのだ。


これらのことがあり、皆怒ったのだ。



神慈法に関しイデウスの記憶を調べてみてわかったことがある。


神慈法には水不足の時などに雨を降らせたり水をもたらす『乾時水』、水害などを防ぐため川の流れを変える『水流』それと、病や怪我を治す『治癒』がある。

これらのどれかを使える者は一万人に一人ぐらいらしい。

そのぐらい神慈法という行為は特別なことだ。


その中でも治癒に関してはイデウスはマニナ聖国の中で一、二番を争う腕前だ。

もちろん元々奥ゆかしいイデウスは争う・競うなどの考えは微塵もなかったが。


それともう一種類神慈の術は存在する。

マニナの神及びマニナ教に反する者、悪に加担し、悪に染まる者に対しては『結界』の術が効くのだ。


この結界の術が出来るのは聖教軍長官と聖教最高指導師ダンクンの二名のみであった。

教皇や大司教でもその術は持たず、そのため聖教最高指導師であるダンクンは絶大な権力を持っていた。

そんな彼は国民の実情に伴わないお触れを出し、国民を苦しめていた。


そしてダンクンはイデウスの存在を快く思わず、あれやこれやといつも邪魔ばかりしていた。

イデウスがダンクンの弟と一、二を争う治癒神慈法の持ち主だという理由で。



その後皆イデウスというか俺を避けている。

治療をしに町へ向かう道中、馬車の中でも誰も話す者はいまかった。

パリボンはこちらを向こうもしない。


ミリヤは目を合わせてはくれる。

その代わりすぐ伏せてしまうけれど。


非常によくない状況だという自覚はある。

なんとか挽回しなければ。








治療が始まった。というか始めた。

やはり本家イデウス、つまり俺が乗っ取る前のイデウスのようにはいかない。

しかし一心不乱に全力で患者にあたる。


ミリヤが減点したであろうイデウスへの点数を取り戻すために。


だが苦しそうだったり不安な顔をした患者が治り笑顔になるのは気持ちいい。

心底からお礼を言ってくれる。


その喜んだ表情やお礼の言葉が俺への活力になる。

俺へのお賽銭や寄付金などあればさらに元気になるんだが。



ミリヤの眼差しも心なしか今朝に比べて俺への親しみ尊敬、いや異性への愛する気持ちが含まれているような。

よっしゃあ!!!!




次の患者の番になった。

診るのはまだ二十才ぐらいのそれはそれは美しい女性だ。


目に包帯のような布を巻いている。

パリボンからメモを渡される。

目が不自由らしい。



俺の前には基本、患者本人しか来れないことになっている。

連れの者は待合室で待機しているのだろう。


素敵な胸をお持ちなようで、そちらに気がいく。

胸の突起している赤い部分に目のツボがあるとか言い含めて揉んでみたいがパリボンその他がいる。


まあパリボンその他はなんとかなるにしてもミリヤもいる。


好感度を下げるわけにはいかない。

誠実な男を演じなければならないな。


残念! と思いながら真面目モードに切り替え詠唱する。

ミリヤが綺麗な女性の包帯を外した。


「うわあー見えます。はっきり見えます嬉しい」

彼女は涙を流し始めた。


ここで口説けば一発なんだが。


余裕が出てきて、我ながら手慣れたもんだ、と思った。のが油断になった。



綺麗な女性が俺を見つめた。


「なんてカッコいい先生なんでしょ。イデウス様というのはもっとおじい様だと思ってました。結婚してください」


思わず俺は彼女に返答した。


「おじいちゃんなんて噂があるの? 心外だなあ。まだギリギリ二十代ですよ。今二十九才。好きな人がいるから結婚は出来ないなあ。でも来世で結ばれようね」


と言ってミリヤを見ると彼女は青ざめて震えていた。


???? あっ、来世って言っちまったぜ!!!


パリボンの反応は? と思い目で探すといなかった。

あれっ? と思うと複数の足音が聞こえ、パリボンが数え切れないほどの兵士を連れ戻ってきた。


「イデウス様、貴方を逮捕します」


「いくらなんでもそれはおおげさなのでは。来世って言ったのは悪かったけど、ただ求婚を断って相手が落ち込まないよう気を使ったのです」


「ふふふっ、まだ気づいてないようですね。さっきの女性とイデウス様は『ミシュ大陸語』で会話をされてました」


「えっ…… ああそうかも」


「なぜミシュ大陸語が喋れるんですか」


「そそそれは習ったから」


「いつどこで」


「貴女が知らない頃です」


「いいえ、イデウス様はミシュ語を学んだこともない。ミシュ大陸に渡ったこともない。今までミシュ語を話す数々の者と会ってきた貴方はまったく話せなかったはず。必要な時は通訳をつけてました」


「いやあああああ、そそそそれは」


本当のことを言いたかった。

しかし前世のことを言うともっとひどいことになるかもと俺は正直に話すのを躊躇した。







目が覚めると体中を激痛が襲った。

ここは町の外れにある広場だった。


さっき鞭でパリボンに散々叩かれたのだった。

悪魔祓いの儀式だというが、単なる拷問でしかなかった。


だいたい俺自身が自分は悪魔ではないとよくわかっている。


俺より鞭を振るったパリボンこそ悪魔だ。

孫がいそうなぐらいの高齢者とは思えない力だ。

おまけにまったく迷いがなく、喜々としていたぶってくれる。



満面に笑みを浮かべたパリボンに俺は思わず言った。


「クソばばあ」


あっしまった、言っちゃったよー。


「誤解しないでください。今のは私自身のことなんですよ」

通用しなかった。


パリボンは先ほどより激しく鞭を振るった。


極限状態に陥ると慣れ親しんだ言葉が出るのだろう。


「死にたくないよー」

俺は日本語で泣き叫んだ。


するとピタッとパリボンの手が止まった。



そこへ何やら遣いの者が来てパリボンと話し始めた。

遣いの者との話が終わるとパリボンは残念そうにこちらを何度も振り返りながら俺の前からいなくなった。




ヒェーーーーー、頭から水をぶっかけられ目が覚めた。

俺は寝てたか気を失ってたかしていたらしい。


目の前にいかにも性格悪そうなヒョロッとした偉そうな態度の男がいた。


誰だっけ、コイツは嫌われるタイプだな。

思い出した。確か聖教最高指導師のダンクンだ。

念のためにイデウスの記憶をまさぐってみた。


わあっ珍しい。誰に対しても寛容な聖なるイデウスがこの男にはいい感情を持ってない。


そうだな、権力志向で民のことなんかこれっぽっちも考えない行動。

他者に対して、評価するより欠点を挙げて蹴落とすという、一番嫌なタイプ。

クソヤローだ。


俺が就職した先の上司がそうだった。

俺自身の過去の苦い思い出が蘇った。


なんとかコイツ、ダンクソ…… じゃなくてダンクンに一泡吹かせたい、そういう思いが強くなった。


「おやおや聖なるイデウスさーま、お目覚めになりましたか、ヒッヒッヒ」


気持ち悪い笑い方するんじゃねえよ。


突然何発も蹴りを入れてきだした。

パリボンに比べると全然痛くない。


? 手加減しているのか。

もしかして味方なのか?


いやイデウスの記憶を参考にする限りダンクンは敵だ。


イデウスの善行の邪魔ばかりしていた。

治水工事の予算も渋りその癖自分たちは視察という名目で遊興三昧。


この男はイデウスを憎んでいるはず。

言いがかりに等しい理由で。

悪だから本当の聖人であるイデウスが疎ましいといったところか。



罵詈雑言を浴びせられる。

サンテ大陸語がネイティブになっている俺でも、何言っているか聞き取れない。


よだれを垂らしながら全身に筋を浮き立たせ、俺に蹴りを入れてくる。

やはり全力だ。

これが演技だとしたらダンクンには別な才能があるということだ。

地球にいたならアカデミー主演男優賞間違いなしのレベルだ。


俺はダンクンの願望に応えるため、痛い演技をしだした。

チラッと伺うと彼は恍惚の表情になりだした。


マジ? どんだけ非力なんだ。いやパリボンが怪物だったのかもしれないが。


「兄さんやめてください!」


? …… 確かダンクンの弟で治癒魔法が使えるションベソだ。


うわぁ弟の方はソがンになったら小便だ。

もちろん名付けた者はサンテ語がネイティブで、日本語を知らない。

にしても兄弟してなんて名だ。

ネーミングセンスは尊敬に値する。


「イデウス何を笑っておる!」

笑った俺に気付きダンクンが怒鳴った。


「兄さん、一旦やめてください」


おっ弟は意外といい奴なのかも。と思った俺は馬鹿だった。


「もうバテバテじゃないですか。それじゃ先に兄さんが参ってしまいますよ」

そう言いダンクンに治癒を始めた。


みるみるダンクンが回復していく。


「私にもやらせてください。コイツがいたせいで私はいつも人気投票でトップになれなかったんです」


「ああそうだったな。弟よ好きにしなさい」


やはりこの兄弟は似た者同士だった。

そして弟の蹴りやパンチも効かなかった。

しかし鞭を持ち出されてはかなわない。

しつこいなあと思いながら痛いふりをする。


そろそろ口に唾が溜まったかな。

俺は白目になり小刻みに体を揺らし、口から唾を一挙に垂らした。


泡を吹いて痙攣を起したと思ったのだろう。


「うわあ、これじゃつまらないよ」

そう言いションベソは俺を治癒しだした。


なかなかの腕前、あっという間に元気になったが効き目のないふりを続けた。


「弟よやめないか」

「兄さん、回復させてからいたぶらないと面白くないでしょ」


「そりゃそうだな……、違う違う、お前ってやつは何を言わせる。つい本音を言ってしまったではないか。なんと賢い者じゃ。敵でなくてよかった」

ダンクンがそう言うとションベソは『てへっぺろっ』とした。


細目で伺ってた俺の目にその仕草が映り、吐き気を催した。


「今弱っておとなしいうちにイデウスに結界を張る。悪の所業を働く者には絶大な効果がある。例え神に敵対する悪魔であっても悔い改めない限りは逃れられない、そんな一番強力な結界を張ってやろう」


ダンクンはぶつぶつ唱えだした。

要所要所にアクセントをつけている。

そしてこちらを確認して首をかしげ不満そうな表情に一瞬なる。


よくわからんが俺はダンクンに付き合ってやることにした。


彼が呪文にアクセントをつけこちらを見るタイミングでうめき声を出したり、苦痛の表情になったり。


ダンクンはその反応を見て嬉しそうにした。

終わりが近づいたのか声が高くなり、最後彼が声を振り絞った。

それに合わせ俺は口を半開きにし、目線を空に漂わせ、電動式のおもちゃの電池が切れたようなイメージで止まってあげた。


空を見つめる俺の目線に彼は顔を持ってきて俺を観察した。


そして満足げな表情で弟に自慢した。


「見よ、これが神から与えられし我が秘術じゃ。ヒッヒッヒッ」



また気持ち悪い笑い方したな。

あれ? 俺の笑い方と似てるかも。


真似すんじゃねえ!!!!


固まったふりして心の中で叫ぶのも意外と難しいもんだ。




兄弟二人は後ろを向いて歩きだした。


こいつらは死んだ方が国民のためだろう。

兄はもちろん弟だって治癒魔法を金持ちにだけ施術しているし。


弟の治癒術によりすっかり回復していた俺は素早くダンクンの剣を奪い弟ションベソの心臓を一突きした。


ダンクンは弟を抱きかかえた。

「弟よ!!! 死んでしまったか。じゃあ仕方ない」


そんだけ? もうあきらめたのか。薄情だな。


ダンクンはすごい形相でこっちを向いた。


新たな結界か? さっきのは全然効かなかったぞ。

いくらやっても一緒だと思うが。


「すみませしぇぇぇぇぇん。僕はまだ死にたくないよー」


なんか俺がたまに使う台詞と似ている。

ほんのわずか仏心が芽生え始めた。


「まだやりたいことあります。やりたい娘がいます。さっき見かけた猫耳のミリヤ、これが終わったら手籠めにするつもりだったから。死にたくないよー」


ダンクンの台詞を聞き俺の殺意は最高潮に達した。


「死ね。お前はここより地獄が似合う」


「ひぃぃぃぃぃぃっ」

その鳴き声、お前は馬だったのか。


チョロチョロ流れ出たものがあった。


おっ馬がションベン漏らしやがった。


俺はダンクンの喉を一突きして逃げ出した。





複数の兵士が追ってきた。

俺は何も考えず町中に逃げ込んでしまった。


このへんの地理はどうなっているんだっけ。

走りながらだからイデウスの記憶というか情報もうまく引き出せない。

後ろからは追手の足音が。


極悪人とはいえ俺は殺めてしまった。

捕まったらおしまいだ。逃げ通さなきゃ。

でもどうすれば。


そこへ俺の腕を引っ張る者がいた。

ミリヤだった。


「こちらへ来てください」

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