第105話 神剣
いったい忌ノ神と厄ノ神のどっちなんだ.
その時慌てていた俺は冷静な判断が出来なかった.
よく考えてみれば邪神が寄越すと言っていた配下の者に違いないのだから厄ノ神のはずなんだが。
緊迫した中でも俺は急いでネームの術を使い確認した。
その男の頭上には『厄ノ神』と記されていた。
俺はダッシュで逃げようとした。
が名前を確認したために魔ノ神の剣によって俺の右手親指が斬り落とされた。
それに構ってる暇もなく後ろを振り返ることもなくひたすら逃げ続けた。
三日ほど食事も取らず寝ることもせず走り続けた。
俺は治癒術を使い魔ノ神によって斬り落とされた右手親指を再生しようとした。
しかし基本に立ち返り魔法陣を用い、ゆっくり丁寧に詠唱して治癒術をかけても効果はなかった。
今までにこういうことはなかった。
やはりこれも魔ノ神の力なのだろうか。
多分厄ノ神ももうこの世にはいないであろう。
とにかくザデウスの父ルキメデを見つけなければならない。
そしてルーマの剣も失ってしまった。
何か代わりになるような武器が必要だ。
しかし今の俺はこの地には何のつてもない。
ここで天神の言葉を思い返した。
『今までの行動をじっくり振り返ってください。そして誰が正しくて誰が味方で誰を信用すべきか』
そうだ。どうやら魔ノ神は撒いたようだから、しばらくは大丈夫だろう。
落ち着いてゆっくり考えよう。
天神が言ったように誰を信用すべきか。
幸い俺は陰神から授かった相手の嘘を見抜く技がある。
この地に根を張る、つまり地元の神、いわゆる土地ノ神のようなその云う者を味方につければうまく事が運ぶかもしれない。
俺は一人の人物を思い出した。
オーデウスだった時に敵対はしたものの信用出来る好人物といった印象の者がいた。
国ノ神のダダンヌだ。
今回のこの世界にダダンヌが存在するかはわからない。
オーデウスの時に会ったのはもっと後の時代だった。
人間社会が衰退したこの世界でダダンヌはいるのか。
いたとしても以前会った時の彼とは別人ではなかろうか。
考えていてもしょうがない。
俺は以前ダダンヌと出会った場所の辺りに行き彼を捜した。
幸運なことに彼は存在していたし、鍛冶ノ神と呼ばれるほどの存在になっていた。
実際は神ではなかったが単なる人間でもなく変化を遂げている最中だった。
ダダンヌが作る剣は聖なる剣とか聖剣などと呼ばれていた。
もちろん俺のことなど知るはずもない。
以前別な流れの時に出会ったことを話しても信じてもらえなかった。
「お前さんいくら何でもそんな滑稽な話を信じてくださいというのは無理ってもんです」
いくらう言葉を重ねても信じてもらえなかった。
しかし俺には切り札があった。
「モルダウに告白出来ないまま結婚された鍛冶屋のダダンヌ」
ダダンヌの耳元でこう囁くと彼は目をまるくした。
信用してくれたダダンヌに俺はこれまでの事情を話した。
すると彼は百日間も独り籠って一心不乱に剣を作ることに打ち込んだ。
ダダンヌはフラフラになりながら苦悶の表情で表に姿を現した。
「今まで作った中では最高の出来栄えだ。そして自分で言うのはなんだがこれまでにこんなに見事な剣は見たことがない。だがザデウスの話を聞いていると魔ノ神に対するにはこれでもまだ充分とは言えない。何かが足りない。だが私にはわからない」
そう言ってまた鍛冶場に独り籠った。
それから一月後見るからに衰弱した彼が恍惚の表情を浮かべながら出てきた。
「夢を見ました。そうです夢の中で誰かわからないですけど偉いお方が教えてくれました。きっとこの世界での私は命尽きるでしょう。しかしこの剣の中で私は生き続けます。そしてこの剣は名実ともに神剣となり、あなたが生まれ変わってもまた出会うでしょう。この剣はこの世界が終っても滅びず次の流れに引き継がれるのです。どうか目的を達成してください」
ダダンヌはそう言うと剣を抱きかかえたまま息絶えた。