第1話 神様って名乗った綺麗だけど少しイカレタお姉さん
さっきから俺は喫茶店を拠点に、三十メートルほど先にあるマンションの裏口を見張っていた。
いわゆる『追っかけ』というものだ。
決してストーカーではない。多分違う。違うんじゃないかな……。
俺の名前は『佐藤龍』、もうすぐ三十五才になる。
今までの人生で好きになったのは、マンガやアニメに出てくる登場人物ばかり。
そんな俺が生身の人間に対して熱中するとは。
自分でも驚いている。
対象はアイドルでありながら実力派でもあるバンド【マーキームーン】だ。
響子様、香奈様と我が愛しの理李様の三名で構成されている。
マーキームーンの張り込みをしながら、頭の中ではいろんな妄想に耽る。
今はWEBサイトで公開する小説のネタ作りの最中だ。
いいネタが浮かんだらゴワゴワした一枚の紙に素早く書き殴る。
まるで動物の皮のような紙だ。
で素早くマンションの裏口を見張る作業に戻る。
この作業の繰り返しだ。
ゴワゴワした紙をくれたトビキリ綺麗なお姉さんはちょっとばかしイタイ感じだったなあと、さっきの出来事をふと思い返した。
俺はいつも持ち歩いているネタ用のノートがないことに喫茶店に入ってから気づき少し落ち込んでいた。
すると降って湧いたようにハリウッド女優顔負けの美人が目の前に現れた。
「ねえ貴方がサトウリュウさんですね。やっと見つけましたわ」
彼女はまさに鈴が鳴るような品のある声を出した。
「ええええ、あああのどどどっどどなたですか?」
「遠い世界からきた神様ですわ。あっうっかり自分で『様』ってつけちゃいましたわ」
俺は目の前の超美人を見てパニックになっていてうまく反応できなかった。
しかしそんな状態でも下半身は反応してしまった。
「何か紙が必要なんですね。これを使ってください」
と言い、彼女は一枚の粗い紙を俺にくれた。
「色々妄想していっぱい書いてくださいね」
「へぇ、イッパイカイテって?」
「素敵なキャラクターを作って世界を救ってください」
なんだ、紛らわしい言い方するから勘違いするとこだった。
「ではさよならしますわ。御機嫌ようですわ。オホホホホッ」
いきなり俺に告げ、そして振り返ることなく喫茶店から出て行った。
俺は連絡先を聞いてないことに気づき慌てて喫茶店を飛び出した。
が彼女はタクシーに乗り込み去っていくところで間に合わなかったのだった。
彼女はどこかの国の? 民族衣装みたいなのを着た背の高いスタイル抜群な超美人さんだった。
また会いたいなあ。
でもなんで俺がメモする物がほしいってなんでわかったんだろ。
たまたま?
俺がそんな顔していたのか?
そもそも俺の名前なんで知ってた?
謎だらけ、いくら考えてもさっぱりわからん。
深く考えないことにした。
おっ、出てきたぞ。
二時間近くも待った甲斐があった。
俺は喫茶店を飛び出した。
高級マンションの裏口から屈強な第二マネージャーが華奢な第一マネージャーと一緒に出てきた。
華奢な方は駐車場へ向かった。
ちっ、第二マネが残ったか。
彼の年令は見た感じ三十ちょい過ぎぐらいかな。
なぜ屈強ってわかるかって。
俺が観察している限り、あいつのガードをくぐり抜け女神様の吐息を嗅いだ信者はまだ誰もいないからだ。
もし第二マネのガードをくぐり抜ける者がいたら、俺も便乗しよう。
いかんいかん、その時は俺が盾となり、
『キャー素敵、どちらの王子様か存じませんがお礼を』
とマーキームーンの女神様からのお言葉を。
『いや、当然のことをしたまでだ。さらば』
『せめてお名前だけでも』
『名乗るほどの者では』
しまった、この展開だと終っちゃう、デートに持ち込めないじゃないか。
じゃなかった。
また妄想の世界に入り込んでしまった。
俺は我に返り、秘密裏に見守るという任務に戻った。
これを世間ではストーカーまがいとも言うが。
この任務は誰に指示されたわけでもない。
自主的にやっている。
だから知られたらまずい。
特に第二マネには。