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味噌汁

作者: 葉月 七歌

「今日の味噌汁はまずい」

 そう母に言った僕の前で、母は黙って味噌汁を飲み干していた。僕が残した味噌汁は、すっからかんな冷蔵庫の中で、ラップをかけられて、少しずつ温かさを奪われて沈黙していった。

 きっとこの味噌汁を飲まなかったら、また父が怒鳴るんだろう。言わずにいられなかった僕は、どう言い訳しようか、あの当時は頭を抱えて登校していた。


 ある日、母がガンで入院した。父が作る味噌汁は、母以上にまずかった。熱すぎるし、ネギも均等に切れていないし、他の具は豆腐だけの味気ないものだった。中学に入って分かったのは、小学校の給食の味噌汁がどれだけ美味しかったか。それだけだ。

 口に出かかった本音が、ぎりぎり喉に引っかかって離れなかった。黙々と食事する父が味噌汁茶碗を置いたのを見計らって、僕は恐る恐る口を開いた。窓から差す日のせいで、父を見る僕の目は細くなってしまう。

「父さん、これ飲みたくない」

「――そうか」

 怒られなかった。想像するより、父の顔はしょぼくれて見えた。

 眉が八文字を力なく書いて、深い溜息を落としていた。味噌汁の湯気が、僕のほうに頼りなく近づいてきて消えていく。

「やっぱり、母さんの味噌汁がいい」

「そうかな」

「ああ。昔から料理が苦手だったが、味噌汁は特にだめだったよ」

 そんなの、物心ついた時から飲んでいるから、知っている。

 無精ひげを毎日剃り落すのに苦労している父の青い頬は、なんだか母が入院する前より一層こけて見えた。

「ネギの切り方ひとつ、母さんにはもう敵わないなあ。昔は輪っかでもなかったのに」

 僕は味噌汁に目を落とした。白い湯気が、水面を泳いでいる。

「火傷もしていたんだよ。美味くならないと一生懸命作ってた。お前をあやしながら。お前が手を突っ込んで火傷しかけた時は泣きながら謝ってたよ」 覚えてない。覚えてないのに、喉が熱くなった。

 僕も父も、すっかり箸が止まっていた。

「今でも口癖だもんなあ。美味い味噌汁、食べさせてやりたいって。――折角作ってもらってたのに、不味いなんて言うもんじゃないな。ここが美味しかったって、上手くできてたって、言ってやれてればなあ……」

 黙り込んだ僕の前で、父は自分で作った味噌汁を、もう一度飲んでいた。

「うん、不味い」

 もう一度味噌汁を飲もうとした僕の手を、父は止めた。そのまま流しへと片づけてしまう背中が、小学校の頃「ごめんね」と謝って片づけていた、母のようだった。

 ご無沙汰しておりました。読んでくださってありがとうございます。しばらく自分のサイトのほうでのみ活動をしておりましたが、久しぶりに短い話を思いついたので投稿しました。

 なんだか、いつも長い話ばかり書いているので、短く纏めきれているか不安です(苦笑)。

 社会人を一年経験して、色々ありましたが一番感じたのが、毎日ご飯を欠かさず作ってくれた母の凄さでした。家計が苦しかったというのもありますが、会社や学校に行くために五時起きする私や妹に合わせて四時には朝食を作り、夜帰りが遅い私達のために夕飯を作って一人で待ってくれていた母に、感謝が尽きません。先に食べることだってできたのに。

 今事情があって、休職している身ではありますが、母と一緒に昼食を食べられる今がとても嬉しく感じます。またしっかり働いて、母に少しでも楽をしてほしいなと感じるこの頃です。

 作品とはなんら関係のない身内話失礼しました(苦笑)。

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