槍使い
「暇だわ!あー暇で腐りそう!!」
少女の不平不満が漏れる。
そんなこと言われても。
そもそも馬車での移動を希望したのは彼女だ。
「竜籠をお使いになれば、ひっと飛びでしたのに」
メルティのつっこみにレイチェルは首を振った。
「そこはプライドの問題よ」
「そこは別にプライドの問題ではないのでは?」
すでに王都を立って10日が過ぎようとしている。
その間、ひたすら馬車・馬車・馬車。
「いっそ、飛んで行こうかしら?」
「お一人でどうぞ。渡り鳥でも無い人間が関を飛んで超えても、撃ち落とされるだけでしょうけれど・・・」
「そんなの避ければ良いでしょ!」
いやいや。
それこそ、問題は其処じゃないし。
「まだ約束の日までには余裕があるし、次の町にちょっと滞在しましょうよ」
「何をする気ですか?」
レイチェルの提案にメルティが呟く。
確かにここまで順調過ぎる程に順調だ。
日数に余裕があるのは事実なので特に反論もないようだ。
「そうねぇ、ギルドのクエストとか?」
「冒険者は暇潰しですか?本職の方々に失礼ですよ」
そもそも迷惑がられるだろう。
君の場合。
「1泊程度でしたら滞在の延長を認めます」
「なんであんたが認めるのよ!」
むっとしたレイチェルの言葉にメルティは首を振った。
「私はレイチェル様のことを王からくれぐれもと頼まれていますので」
「えー、あんな奴のことは無視しなさいよ」
父親でもある王をあんな奴呼ばわり。
僕は横で苦笑するしかない。
「我々のご主人ですので、まぁ、風来坊のレイチェル様には関係ありません」
「やだ、なんか風来坊って格好良くない?」
全然格好良くない。
というか、
「最近馬鹿みたいな発言多くないかい?レイチェル?」
僕がつっこむとレイチェルは随分と良い笑顔で言い直した。
「やだ、なんか風来坊ってエロくない?」
何故、言い直したし。
「レ・イ・チェ・ル!!」
「ほら、こうやって普段通りに言うとメルティが怒るし!」
いや、エロ発言が標準ってそれはそれは酷いことだよ。
おっさんじゃ無いんだから。
「怒られて当然です!そもそも婦女子が殿方に・・・」
「あーあー聞こえなーい」
メルティの説教が始まった。
これでこの旅、何度目だろうか?
女子が二人でも十分かしましいというか。
そんなこんなで僕としては特に暇でも無い感じで旅は続いていた。
◇◇◇◇◇
王都を出て、11日目、ようやく辿り着いた町の宿の前でメルティが指示をした。
「では、今日と明日はこの宿に泊まります。明後日の朝には出発しますので」
「あー、マジで一日なのね。簡単なのしか出来そうにないかぁ」
不満げなレイチェルを呆れた様子で見るメルティ。
つか、本当にギルドの仕事をする気なのか。
「テオさま、申し訳ありませんがレイチェルさまの事をよろしくおねがいします」
「メルティさんは?」
「私は旅の買い出しが必要ですので」
「手伝いましょうか?」
どう考えてもレイチェルの余計なことよりメルティのやってることを手伝った方が有意義そうである。
「いえ、レイチェル様が心配ですので」
「確かに心配ですけど」
それは間違いなく身の危険とかそういう心配じゃないよね。
「期待しています」
「どういう意味ですか、それ」
「こら!あんたはこっち!」
「おい」
レイチェルが僕の首根っこを掴む。
「やだぁ、テオのことぉ、メルティに盗られちゃう」
「きしょい声出すな!」
けらけら笑いながら上機嫌のレイチェルに引きずられて行く僕。
ああ、面倒事の予感。
メルティはなにやら満面の笑みで優雅に手を振って僕らを見送っている。
そこで漸く気づく。
そうか。一日の暇を貰ったのはメルティの方だったのか。
面倒事を押しつけられたと気づいて、僕は愕然とした。
◇◇◇◇◇
そんなこんなで僕らがギルドに向かう道すがら、レイチェルが呟いた。
「気づいたんだけど、私とメルティって性格的に全く合わないわよね」
それは。
いままで気づかなかった方がおかしい。
「だってあの子、エロ系全部NGだし。私、セクハラ言語封印するとボキャブラリーが半減するのよね!」
「何を言ってんだ、君は・・・」
僕が思わずつっこむと少女は言い切った。
「つまり、これでも気を使ってたのよ!」
「普段からそれくらいの気は普通に使いなよ!!」
酷い。
僕はため息を吐きながら一応聞いてみた。
「というか、君自身はエロい話題が好きなの?」
僕の疑問にレイチェルは首を傾げた。
「え?私は別に興味ないけど」
おいおい。
興味ないならやめなよ。
「ほら、私、心読めるからそうやってからかうと楽しいし」
「この上なく最低な理由だ」
僕は断言した。
悪魔みたいな奴だな。友達無くすぞ。
というか居るのか?
「メルティのこころは読めるの?」
「あー、王家の人間とかは大抵、深淵思考の付加かかった魔術装飾持ってるから読めないのよね」
読めないんだ。
「僕もメルティも読めないんじゃ、もはや、そのセクハラ発言をする意味はまったくないんじゃないのか?」
「・・・言われてみれば、そうね」
なんじゃそりゃ。
呆れる僕の前でしばし悩んだ後、少女は呟いた。
「・・・たぶん、口癖なのよ」
「これを期に直しなよ・・・」
本当にこの娘は・・・。
◇◇◇◇◇
ギルドで僕が冒険者カードを提示すると受付嬢は驚いた顔をした。
「テオさま。もしやカロウズの町で竜を退治した」
「え、そうだけど」
情報が伝わるのが早いなぁ。
まさかカードに書いてあるのか?
「少々、お待ちください」
そう言って慌てた様子のギルドの中に入っていく。
「なんか面白そうな事になってるわね」
何故か少女はうきうきしている。
「そう?なんだか慌てていたようだけど・・・」
僕が困惑してるのにレイチェルは笑って言った。
「楽しみね」
「僕には無い感性だよ」
受付嬢が戻ってくる。
「あの、災厄の魔女さまもご一緒ですか?」
「え、あー、一応」
「実は御二方にお願いしたいことがありまして!」
「え?」
魔女の手も借りたいと?
そりゃ本気で相当な一大事だ。
悪魔に魂売りつけるレベルで困ってるってことだろ?
「なんか凄い失礼な事考えてるでしょ!」
「そう言えば、大抵当たると思ってるなら反省しなよ」
前もこの遣り取りしたし。
「あのー」
僕らの会話に対して困惑する受付嬢。
その様子にレイチェルが切り出す。
「話を聞かせて」
「貴方は?」
「貴方のご指名の災厄の魔女だけど」
レイチェルが自らのカードを提示する。
それを見た瞬間、受付嬢の顔が気の毒な程、蒼白になった。
可哀想に。
「し、失礼しました。え、っとお話してもよろしいでしょうか?」
「もちろん」
「実は・・・」
◇◇◇◇◇
受付嬢の話によるとこのすぐ近くにある村がとある竜種のモンスターに襲われているとのことだった。
すでに数名の死者が出ていて、村の人間が村を捨てて、この町まで避難してきているそうだ。
竜族の特徴を聞いたレイチェルが頷く。
「ヒューズワーム、鋼卑竜ね」
「強いの?」
僕の質問にレイチェルは首を振った。
「飛べないし、竜というか芋虫みたいな奴よ。竜種としてはかなり下の方ね」
「そうなんだ」
姿形は想像もつかないが下位の竜種らしい。
なら、なんとかなるかな?
「すみません。例え下位の竜でも普通の冒険者が狩るには強すぎる相手なのです」
「まぁ、そうでしょうね」
竜種は普通に戦うには面倒な連中ばかりだ。
「はい、村の奪還、排除の為に急募をしたのですが志願者も一人しか居ない状態でして」
「そうでしたか」
というか一人は居たのか。
物珍しい。
「騎士団を要請していますがどうしても時間がかかってしまうのです」
「ちなみにどのくらいですか?」
「正式な書簡を届けるのに早馬でも8日。そこから何日かかるかは」
それは。
確かに早急に別の手を打ちたいと思うのもしようが無いような。
「魔術で念波を飛ばせば一瞬じゃない」
「ギルド支部に念波を飛ばせる術者は居ません」
レイチェルはそれもそうねと呟いた。
「それでその鋼卑竜を倒せば良いのね?」
「はい」
レイチェルはにっこりと笑うと言った。
「良いわ。やりましょう」
「ありがとうございます」
決まりか。
まぁ、僕も特に依存はないな。
「では、もう一人の方と一緒に協力して鋼卑竜を狩って戴けますか?」
「もう一人?」
「はい、先に志願された方です」
僕とレイチェルは顔を見合った。
そう言えば、志願者が居ると最初に聞いたが。
「その方もかなりの実力者ですよ」
◇◇◇◇◇
不満気な少女が不満を隠さず呟いた。
「何で私たちがそのクソ野郎を迎えに行かないといけないの?」
「まぁまぁ、そっちの方が先に決まってたみたいだし。それにクソ野郎と決まった訳じゃないでしょ?」
僕の言葉に少女は首を振って言った。
「そうよね。失言だったわ。とんでもない美少女かもしれないしね」
「いや、さすがに男だろ。ガイなんて名前なんだから」
そもそも、相手は僕たちより先に鋼卑竜の討伐を承けて訳だし。
「もし、女だったらクソビッチって呼ぶわ」
「それは君のことだろ」
「私はクソウィッチよ!」
自分で認めるなよ。しかも、意味変わってねぇ。
あー、久しぶりに二人で話してたら頭が痛くなってきた。
少女はガイの滞在しているという宿の部屋まで歩いていくとノックした。
「はーい」
声と共に背の高い男が顔を出す。
男はわりと端正な顔立ちだがどこか愛嬌があって美男子特有のクールさは感じられない。
整ってはいるものの何となく、どこにでも居そうな人が良いお兄さんと言った風貌である。
年の頃も僕らよりちょっと上くらいだろう。
もっとも。体付きは相当に鍛えているように見えた。
いや、並の鍛え方じゃない。
なお、一方のレイチェルは、
「あんた誰よ」
とガンを飛ばしていた。
「え?君が訪ねて来たんでしょ?」
さすがに困惑しているガイらしい人物。
「生まれたところからやり直し!」
酷い物言いに僕は慌てて前に出た。
「なんでいちいちつっこみ待ちなんだよ!済みません!こいつ馬鹿です!」
「はぁ?え?コント?」
確かにこれじゃ、押し掛けコントだ。
僕はレイチェルを下がらせると事情を説明した。
◇◇◇◇◇
僕らが一通りの説明を終えるとガイは笑って頷いた。
「そうか。俺以外にこの仕事を承ける奴がいるとは思わなかったから意外だよ。わざわざ呼んできてくれて済まないね」
礼を述べるガイに僕は首を振った。
「いえ」
「俺はガイ・レスタース。こう見えて一応貴族でね」
「僕はテオ・ファー・ロイエンです。しかし、貴族ですか?冒険者なのに?」
「俺は家じゃ3男坊でな。家業も継がないし、適当に生きてるうちにたまたまね」
たまたま、冒険者になると?
貴族にも色々あるんだな。
「ところでそちらの美しいお嬢さんは?」
「私はクソビッチです。よろしく、クソ野郎」
おいおい。
「はは、美人だけど、手厳しいね」
僕らが紳士的に挨拶をしたと言うのにこの少女は。
というか僕が馬鹿と言ったから拗ねているのか?
襲われた村の場所は徒歩でも半日程度のところだった。
明日、一日あれば、何とかなりそうだ。
「それでは、明日、一緒に鋼卑竜を狩りに出かけるということでどうだろう?」
「とくに問題はありません」
こうして、話がまとまったところで僕らは彼の宿を後にした。
◇◇◇◇◇
その日の晩。宿に着くや不満げなレイチェルが言った。
「なんか、あのクソ野郎も心が読めないのよね」
胡散臭そうに呟くレイチェル。
ああ、だからあそこまで警戒していたのか。
しかし、それは、つまり。
僕はちょっと戸惑って言った。
「え、まさか、また脱ぐの?」
「・・・君、私を何だと思ってるの?」
え、だって・・・。
するとその言葉に一人の少女が反応した。
「その話、詳しくお聞かせください、テオさま」
「ちょ、メルティ」
姿が見えないなと思ったがどうやら僕らの服を洗濯し、それを取り込んでいたらしい。
「え、言って良いの?」
「駄目!!」
必死の形相のレイチェルの口を塞ぎ、にっこりと笑い少女は言った。
「お聞かせください、テオさま」
どうでも良いけど、凄い笑顔だよ。メルティ。
僕は冷や汗をかきながら以前にあった出来事を説明した。
◇◇◇◇◇
珍しいものを見た。
レイチェルが正座でまじ説教を受けている。
メルティの説教はいつもの事とは言え、今回は本気度が違うようだ。
いつもはなんだかんだと煙に巻くレイチェルを今回ばかりは許さないらしい。
僕の話を聞いた結果だから少し悪い気もする。
「レイチェルさまには慎しみというものが足りません」
「いや、だから。それは」
「ただ殿方に肌を見せる必然などありません」
あの少女がまともに反論出来ないなんて凄い。
◇◇◇◇◇
次の日。出発の時間。
僕はなんだかぐったりした様子のレイチェルがさすがに心配になって、声を掛けた。
「具合悪いなら、今日は休みなよ」
「別にそうでもないけど。なんだか、疲れたわ」
この少女の気力をここまで奪うなんて相当なものだな。
メルティ恐るべし。
「昨日、君が途中でとんでもない事を言ったせいで話が飛んだじゃったけど」
その台詞は結構恨み節である。
そもそも、とんでもない事をしたのは君だけど。
「何?」
「あのクソ野郎には、注意した方が良いわよ。たぶん、裏の人間だし」
「裏の人間?」
「普通の魔術師レベルじゃ、見分けなんて付かないだろうけど。あれは普通のマインドセットじゃないわ。君のと違ってあいつのマインドセットは完璧過ぎるのよ。あれはどっかの国の機密研究員レベルに施されてる奴だわ」
「そうなんだ」
僕には全く分からなかったけど。
割と根拠があって警戒してたんだな。
「たとえば、どんな人間なんだ?」
「そうね、あの顔で暗殺者とか?」
うーん、逆に在りそうで怖い。
「でも、憶測だよね」
「そうね。憶測よ」
例え、そうであっても、今回、討伐に協力することとは関係ないし、何より町の人間の為に人肌脱ごうって言うんだからそんなに悪い人ではないと思う。
「とにかく、今回の事とは関係ないし、一緒に協力すれば良いんじゃないかな?」
少女は僕の言葉を聞いて眉を動かした。
そして、呆れた顔で呟いた。
「・・・。君、いつか酷い目に遭うわよ。私が保証してあげる」
その言葉に僕は苦笑いをするしかなかった。
この少女の保証では余程酷い事になりそうだ。
◇◇◇◇◇
僕らがガイと合流し、町を出て2時間がたった。
そろそろ、例の村に着くところだ。
「いやぁ、君強いね」
道中であった魔物を狩る僕の手際にガイはしきりに感心してた。
そういう彼も手に持った槍の腕前はちょっとお目にかかるレベルではなかった。
「はぁ、ありがとうございます」
「それで、どうだろう、提案なんだけど」
彼はそう言って村の方角を示した。
「村に着いたらどっちが先に鋼卑竜を倒すか賭けをしないか?」
「賭けですか?」
困惑する僕にレイチェルが言った。
「賛成!そっちの方が楽しそうね」
「おいおい」
レイチェルは乗り気だが、僕としては賛成しかねる。
そもそも、それだと三人で来た意味が無いじゃないか。
「そうそう、その方が楽しいしね」
ガイは笑って言った。
「今回の件の報償を賭けるって言うのはどう?」
「遠慮します」
別に報償が必要ではないけど。
興味がない賭事で結果、只働きというのもなんかイヤだ。
「ん、じゃ、報償は無しで別のものを賭けようか」
「別に勝ち負けだけで良いんじゃないの?」
僕は負けても良いし。
しかし、ガイは僕の提案は聞かずに言った。
「じゃあ、俺が先に狩ったら勝負してくれない?」
彼が目を細めてそう言う。
さっきまでのどこかからかう口調とは違う本気の口調。
張り付けた空気を無視して僕は言った。
「嫌です」
僕の言葉に彼は笑った。
「はは、残念。まぁ、じゃあ、先に狩った方が勝ちね」
そう言って彼は歩き出した。
◇◇◇◇◇
「それじゃ、お先に!」
村に着くやガイが駆ける。
うわぁ、勝負するってのはどうやら本気だったようだ。
「どうしたの?行かないの?」
レイチェルがにこにこと笑顔で尋ねてくる。
「なんかしゃくだなぁ」
なんで事ある毎に即勝負みたいな人間ばかりなんだろう。
よく分からないな。
ぼやく僕をレイチェルが手でつついた。
「ほらほら、早くしないと負けですよー」
「なんで笑顔で煽るの?また試してるの?」
「そんな事しないわよ。ほら、がんばれー」
なんか考えてそうだけど。
僕はため息を一つ吐くと村に入った。
◇◇◇◇◇
村はそう大きくは無いようだ。
地面に幾つも穴が空いている。
穴。
「鋼卑竜って穴を掘るの?」
「でっかいミミズみたいな奴だからね」
そうなんだ。
てか。
「穴デカくない?」
直径で6~7メートルはある。
こんな大きさのミミズ?竜というより怪獣だ。
「そうね。普通の鋼卑竜の倍はあるかも」
下位とはいえ竜種ということは強固な鱗で覆われている可能性が高い。
それでミミズの様な形のドラゴンかぁ。
どうやって討伐すれば良いんだろう。
悩んで居るとガイが村を一周して戻ってきた。
「こっちは空ぶった。どこにいるんだ?」
「分からない」
僕が首を振ると少女が笑って告げた。
「あら、すぐ其処に居るけど」
え?
彼女の宣言と同時に大地が震えた。
まじかよ!?
大地が裂ける。
そして、巨大な体躯を持つ竜が顔を出した。
「はは、こりゃ狩るの大変そうだな」
ガイの言葉に僕も頷く。
言われていた通り、巨大なミミズが鋼鉄の鎧を纏ったような竜と言うよりイモ虫のような生き物が姿を現す。
剣では物理的にあの厚みを持つ竜に致命打は難しい。
この木偶には竜鳴も利かない気がする。
うーん、なんだかじり貧になりそうな気がしてならない。
「じゃ、止め刺した方が勝ちでどうだい?」
「こだわるね!」
どっちでも良いよ。僕は剣を構える。
竜燐を斬るのは難しい。ならば。
「はい。そこまで」
一瞬。光が走った。
それだけでは何も起こらない。ただ僕らは驚愕の顔で周囲を見渡す。
光が走り、陣が生まれる。
無数の幾何学模様が動き廻り、光がやがて天球を為し、文呪の陣を織りなす。
「私が考案したリチュアル・オブ・ルミナスの講義は必要かしら?」
少女はひどく幻想的な文様を操作して呟く。
チッ、チッと
破滅のルーンを刻むリズム。
『 カタストロフィ 』
そして閃光が生まれ、破砕した。
◇◇◇◇◇
「何を」
一撃で地形が変わった村を見て僕は頭を抱えた。
「何をしてくれるんだ!?レイチェル」
村が半壊している。
そりゃ、もともと大穴だらけでもうまともな様子では無かったけど。
村の半分が消し炭になるほど酷くは無かった。
これは酷すぎる。
「やーね。ちゃんと壊して良いって快諾を得てるから」
「そういう問題じゃないだろ!」
あんなアホみたいな威力の魔術を放つな!
僕は深いため息を吐いた。
「はあぁ・・・。こういう事ばかりしてるから、みんなから疎まれるんだよ」
「いやー、すっきりしたぁ」
おい。人の話を聞きなよ。
何、何で、ここ最近で一番の良い笑顔のなの?
この娘は??
「こりゃ、凄いなぁ」
呆れた口調のガイが近づいてくる。
「しかし、竜族ってのも大概、頑丈だな」
彼が指さす先には焦げて絶命しているものの姿形の残った鋼卑竜の死骸がある。
あれだけの大魔術にも外側の竜燐は耐えてしまうらしい。
竜が魔術では倒すのが難しいと言われる所以だが。
だが。
「まさか、魔力を遮断する竜燐を纏った竜を魔術で一撃とは」
ガイがそう呟く。
そう、それは僕も驚いた。
セオリー外というか、ルールなんて無視してる感じ。
魔術で竜を狩れないと言うのも一つの常識である。
そもそもあんな大魔術を一瞬で完成させるなんて。
ほんと、どうかしている。
呆れ果てる僕を後目に少女は上機嫌でにこにこしている。
この魔術少女は魔術を暴発させるためだけに日々を生きているのだろうか。
倒れたヒュージワームを前にして、ガイは呟いた。
「結局、勝敗は付かずか」
その確認に僕はため息混じりに頷いた。
「そうだね」
「え?私の勝ちでしょ??」
彼はレイチェルの戯言は無視して、僕の方を向いてニヤリと笑う。
さらに槍を構えて対峙する。
「つー、わけで、一つ手合わせ頼むわ」
その言葉に僕はため息を吐いた。
・・・はぁ。
うん、まぁ、なんというか。
彼は結局、そう言う気がしていた。
だから、僕は言った。
「分かったよ」
「ええ?」
僕が頷いて、レイチェルが驚いた声を上げた。
ここまでずっと嫌がって来たから驚くのも無理はない。
実際、嫌だし。
僕との決闘。
彼がどこかでその機会を狙っていたのを薄々感じていた。
最初に申し出た僕との勝負は嘘でもはったりでも無かったようだ。
「いやー良かったよ。こっちはそんなでか物より君の剣の方が興味あるんでな」
「そう」
呟いて剣を構えた。
「ねぇねぇ、君たち脳筋すぎない?」
呆れた口調のレイチェルに彼は笑った。
「こればかりは女には分からん世界だぜ!」
僕には師匠が居たから多少気持ちは分かるけど、心境的にはレイチェルに同じだった。
「ほら、いくぞ!」
号砲のような呼びかけと共に、
一瞬で槍が延びた。
僕はそれを瞬時に受け流しながら、後方に下がる。
彼はそれでも前に突撃し、怒濤の勢いで技を放つ。
単純かつ豪快なようで、
(まるで隙がない)
槍対剣と言う時点で理合いを最初から制されている。
普通にやれば。
負ける。
勝つには、槍対槍の気持ちでなければならない。
(つまり、持つ武器は違えど、槍の理合いを持って、戦わないと負けると言うことだよね)
己態空也。
心に何も持つな。
持つ武器の理合いを無視すれば理合いに負けることはなくなる。
剣を槍として持て。
槍の利点を殺せ。
それで互。
だが、剣を槍として使うには一つ、難点がある。
攻撃に転じるに体が無い。
故に防御を主とするしかない。
それは分かりきった事だ。それで揺らぐ必要は無い。
彼の攻撃を僕を全て受ける。
見切り、弾き、流す。
彼は目を細め、呟いた。
「全て受け凌ぐ気か!?」
「君次第だね」
手を損じれば、反撃に出る。
暗にそれを示せば、想像以上のプレッシャーがかかるだろう。
斬撃が重なり、次第に圧が増して行く。
場の圧力がガイの槍に重くのし掛かる。
彼は笑って言った。
「はは!綱渡りを全力疾走してる気分だぜ!!」
「僕はそうでもないかな」
僕に余裕はある。
対して、ガイの余裕の無さも見て取れる。
動きは最小でおそらく、このまま、続ければ彼にとっての限界が早々に来て、僕の勝ちになる。
僕はこのぐらいの調子なら後、三日は戦える。
彼の方は持って30分。そんなところだろう。
その時、彼が動きを変えた。
突きから薙ぎへ。
先ほど見せたスイングの技。
(誘い!?)
分かったがあえて乗る形で剣を出す。攻撃に転ず。
理合いは遠く、剣は体に届かない。が、向かってくる槍に向かって神速の突きを放つ。
交差攻撃による、武器破壊。
瞬間。
変わった。
彼が動きを変えたのはその刹那だ。
槍を固定していた左手を弛める。
それによってスイングに乗ったはずの全体重を外し、
右手を支点として、
槍に自由な回転の余地を与える。
本来、カウンターで刺さるはずの突きは決まらない。
(これは)
突きの圧を受け流して槍を回転させ、廻頭する逆端、槍柄による回転攻撃を加える奥義。
車輪反動廻点撃。
(見事だ!)
僕の剣の業が4つの理合いの支配なら。
彼の槍の業はつまり、
力学の支配だ。
槍術とは棒術であり、それすなわち回転と遠心の業の極み。
しかし、
「なっ!?」
僕は合わせ突きを両手首の絞りを外して固定を無くし、勢いを両腕で殺いで、突きの衝撃を槍に触れた状態で零にした。
剣の魔術の五 柔剣。
そして、槍の槍身に沿えるように刀身を流す。
「ちっ」
橋駆ける。
槍身を走って剣が加速する抜刀加速撃。
槍討ちの古典的業。
このままなら彼は一撃喰らって、お仕舞い。
「ならば!!」
彼は右手を当てて外し、弛めていた左手を猛烈に引いて槍をバトンの様に激しく廻した。
巻き落とし!?
風車の様に廻る槍に剣が弾かれる。
剣閃のぶれた一撃では彼を捉えられない。
彼は廻る槍を防波堤に、そのままに槍を手放し、突っ込んで来る。
(ここで槍を捨てたのか!)
その意気や良し。
僕も彼に倣い、剣を弾かれるままに手放した。
このまま剣に固着すれば、一発は喰らうだろう。
ままよ。
拳を固めて突っ込んだ。
◇◇◇◇◇
「で、ワンパンな訳?」
完全にのびたガイを前に呆れた様子でレイチェルはぼやいた。
うーん、聞かせる相手のいない皮肉なんて意味ないよね。
「こいつ、何で殴り合いに持ち込んだのかしら?」
「拳闘に自信があったんだろ」
たぶん。
交差して一瞬、呆気ないほどに綺麗にテンプルに一撃を喰らったガイの姿に僕も驚いた。
僕の方は彼が相当な自信があって、拳打に移ったのだろうと覚悟していただけに拍子抜けしたのだ。
僕はまぁ、剣より数段落ちるとは言え、ある程度のレベルで拳打も槍術もその他の武術も一通りは使える。
一応、槍も彼と同じ程度には使えるつもりだ。
「で、どうだったの?よく分からなかったけど」
「うーん。相当な達人だと思うよ」
槍使いとして、一つの完成系にある。
彼の誘いに応じて、僕が剣を投げざるを得ないくらいには達者だった。
僕としてはこの結果は手痛いところだ。
師匠に怒られるようなレベルの戦いに終始してしまった。
反省しきりだが、少女にはどうでも良いことだろう。
「どうすんの、これ?捨てとく?」
「いや、さすがにそれは無いよ」
僕は溜息混じりに気付けを開始した。
◇◇◇◇◇
「いやぁ、強い」
関心した声を上げたガイは上機嫌に頷いた。
「俺も槍ではいっぱしと自負があったが、まだまだだな」
「いや、十分な腕前だけど」
いやいやと首を振ると苦笑しながら言った。
「この分だと、例の件はお嬢の杞憂だな」
「何が?」
「おっと、何でもない、忘れてくれたまえ」
それから彼は槍を抱えると言った。
「君たちはこれからギルドに戻ってそれからどうするんだ?」
「僕らは明日にもオーボナを目指してこの町を立ちます」
「オーボナ!あそこには学校しかないぜ」
「ええ、だから、そこに」
行くのだけれど。発言を躊躇っているとガイが笑い出した。
「はは、実は俺もそうなんだ」
「え」
彼も天楼院へ?
「いやー、奇遇だねぇ」
いや、奇遇なのか?
「本当に奇遇なのかしら?」
レイチェルがガイに疑いの目を向ける。
「ん、と言うと?」
「だってあからさまに怪しいし」
「なるほど、確かに怪しまれてるな」
ガイはにやりと笑うと言った。
「まぁ、確かにレイチェル姫の事は知っていて、彼に多少のちょっかいをかけたけどな」
「はー、悪びれもせず。で、どこまで知ってる訳?」
「俺が知ってるのは白国のお姫さまがどうやらオーボナに入るらしいということだけだな」
「へー、そう」
呆れたようにレイチェルが呟く。
彼はさらに笑いながら言った。
「と言うわけで、オーボナまで一緒に頼むわ。お嬢方」
「嫌よ。クソ野郎」
「はっは、なら勝手に付いていくだけだな」
レイチェルがガイを無視して歩き出したので僕も慌てて後を追った。
◇◇◇◇◇
僕らは報告にギルドに来ていた。
事の顛末を説明する。
「ありがとうございました」
受付嬢さんに素直にお礼を言われる。
その礼の言葉に僕は思わず言い淀んでしまった。
「いや、その。・・・村は無事とは言い難い」
やんわり言って、・・・半壊である。
「いえ、そこは覚悟してました。この町に被害が出る前に収拾できて本当に良かったです」
そうかな。うん、たぶん、あの惨状を見れば心変わりすると思うけど、まぁ良いか。
いくらかの報酬を得て僕らはギルドを後にした。
◇◇◇◇◇
次の日。
「ガイ・レスタースです。美しいお嬢さん、俺は貴方に留まる蝶になりたい」
「はぁ?どちらさまですか?」
メルティが困惑した声を上げた。
まさか、顔を合わせていきなり口説き出すとは。
ガイって本当、何者なんだ。
レイチェルは何故か怒った顔で言った。
「あんた、私の時は口説かなかったじゃない!」
「いやぁ、あのレイチェル姫を口説くなんて、とてもとても」
そうだね。内実を知っていればあり得ない愚行だ。
僕がしきりに頷くとレイチェルがむっとした顔で言った。
「なんで君が頷くのよ!」
「いや、分かるなぁと思って」
しみじみ頷く。
「むしろ君は一度くらい私を口説くべきだわ。礼儀として」
なんで?
そんな礼儀ないと思う。
レイチェルはほらほらと催促する。
僕は仕方なく言った。
「君は黙ってると可愛いよね。レイチェル!」
「やぁん、抱いて!」
そう可愛らしく言って両手を広げる少女。
え、やだよ。と言うか。
「レイチェル・・・」
メルティがもの凄いオーラで威圧を始めた。
僕ですら軽く気を押される。
「し、しまった!」
「いや、君さぁ」
後先考えなさすぎる。
レイチェルが逃げた。それを追ってメルティが歩き出した。
いや、もう馬車が出発の時間なんだが。
その様子に僕が呆れて首を振っているとガイが笑って言った。
「はは、にぎやかで良いな」
「これ以上、にぎやかになるのは勘弁だよ」
「ははは、両手に花を邪魔してすまんな」
「そんなに良いものじゃない」
そこは断言して、僕は乗り合い馬車の方に歩き出した。