王都にて(後)
僕は王城を後にした。王とはろくに話さずに出て言った。
てっきり牢にでも入れられるとでも思ったが何事もなく帰して貰った。
士官の話は有耶無耶になったが僕の方がとてもそんな気分じゃなくなった。
まったく、とんでも無い日だ。
僕の剣が負けるのは仕方が無い。僕の剣はまだまだ未熟だから。
しかし、光子剣。あれはなんだ?
アレは剣術じゃない。魔術だ。魔術剣。
連中の口を借るなら竜騎剣か。
少なからずショックで、動揺している。
師匠はアレをどうやって破る気なのだ?
「師匠はあれを越えようとしていたのか」
剣の魔術師とは、純然たる剣の技にて魔術の域に達し、やがて魔法に至る道を探る追求者だ。
師匠のそれは理論であり、理念であり、屁理屈であって、現実的にはおおよそ放言や法螺話の類だ。
それでもそれなりに真面目にやってきたんだけどね。
剣を魔術に、魔法に近づけるなら、魔の力を借りる。
それはスマートで冴えた遣り方だろう。
「あんなものどうやって越えるんだ?」
僕は困惑しながら呟いた。
しかし、一方でほぼ確信していた。
それでも師匠はあれを軽々と超えて見せるだろう。
剣の魔術師を自称するものとして、平然と。
◇◇◇◇◇
「あれはとんでも無い子供だ」
王が笑って言えば、状況を見ていた配下の騎士はしきりに頷いた。
その一人、蒼天の騎士フィーゲルが、
「そのようですね。まさか我が王が肩に思いっきり良いのを貰うとは思いませんでした」
と賞すれば、もう一人、閃光の天剣レミリアも、
「彼の手に竜珠があって、肩では無く喉でも狙って入れば、その一撃で死んでいたでしょうね」
と淡々と呟いた。
部下の明け透けな放言には王も目を白黒させた。
王はさすがにばつが悪そうに言った。
「あれはちょっとした油断だ。だが、きかんかったしなぁ」
「第5深域を解放した白の竜騎王が一般人にクリーンヒットを喰らったんです。あそこで負けを認めても良かったのでは?」
大人気の無い王にフィゲールがそう話した。
両者にはハツカネズミが象に挑んだぐらいの力差が合ったはずだ。
良い勝負になった事自体がもはや異常である。
「嫌だ。あのエルフ野郎に負けたみたいじゃないか」
さすがに、この王は見事に大人気ない。
呆れたレミリアが呟く。
「そのエルフに王は一度も勝ったことが無いのでは?」
ジト目で告げられて、王は苦笑した。
人払いをした理由がこれだ。
万が一にこの王が負ける可能性を考慮したのだ。
実際分けたような決着だし、それほどに剣の魔術師の称号はその筋にとって、畏怖の対象なのだ。
あるいは例外なく敗北を振りまく災厄として有名過ぎるのだ。
一転してレミリアは不安げな顔をした。
「あの技はアレですか?」
レミリアの呟きにフィゲールが反応した。
「なんですか?特別な技ですか?」
レミリアが目を向けると王も首を振った。
王もフィゲールは知らないらしい。無理もない。
レミリアが半ば御伽噺として師より聞いている、その程度の業だ。
アレが。少年の放とうとしたあの業がもしアレならば。
それが技術として復活しているとすれば、驚嘆すべき事だ。
「秘槍ゲイ・ボルグ」
一撃にて、竜を葬る為に生み出されし、竜殺しの槍の技。
「なに?あの伝説の?」
絶句する二人にレミリアは淡々と語る。
「いずれにせよ、例の件に彼は適任でしょうね」
◇◇◇◇◇
「ちょっと待ちなさいよ」
町を歩いて宿を目指していると後ろから追いかけてきたレイチェルに声を掛けられた。
どうやら追ってきたらしい。
「なんだよ。君は君の家に帰ったんじゃなかったのかい?」
「あのねぇ!」
ようやく、僕の前に立った少女は息を切らせながら僕を制止する。
そして、苦々しい僕の顔を見ると、笑って言った。
「あは、何その顔?人の親を斬ろうとしたからってバツが悪いわけ?」
そうだけど。
安い挑発に乗ったとは言え、僕は本当に手加減しなかったし。
「反省してるなら謝りなさい。私に!」
何で、君に?僕は戸惑った。
が、ただ、まぁ、一応、この子の親だし。
「ごめんなさい」
素直に謝ることにした。いや全然釈然としないけど。
なんだか、納得できないけど。
「許す!」
「えええ??勝手に許すなよ!?」
「良いのよ。あんなアホ、いっぺんぐらい死ぬべきだわ」
別に殺す気は無かったけど。
「一応、君の親だよね?」
「不肖よね。死なないかしら?」
なんて奴。
呆れて良いやら。いや、僕の言うことでは無いか。
でも、ねぇ。
レイチェルは複雑そうな顔で呟いた。
「さっきのアレ、ゲイボルグでしょ?」
「え、知ってたの?」
驚いた。そんなに有名な技とは。
そういえば、師匠もこれは別にオリジナルではないと言っていたなぁ。
極めて古典的な技だと。
「有名だもの。と言ってもこの国では私ぐらいしか知らないだろうけど」
それ、全然有名じゃないじゃん。
「みんな知らないのよ。名前だけは聞いたことがある。かつて竜を殺せし勇者の秘槍。御伽噺の中の剣術」
「ふーん」
少女は自分の目を指さして語った。
「下向きから眼底を貫いて脳随を直接破砕する技でしょ?」
「まぁ、そうだけど。いや、別に王の眼球なんて狙ってないよ」
狙ったのは肩だし。
ゲイボルグは。
無敵の装甲を誇るドラゴンの唯一の弱点を撃ち抜く為の必殺、文字通り一撃でドラゴンを殺す為だけの技だ。
別にそれほど難しい技でも無い。
「失伝してるのよ、それ。というか生身でドラゴンを殺すとかナンセンスでしょ」
「そうかい?」
僕らは普通にやっていたけど。
竜を狩るぐらいなら特に問題ではない。
「魔術師でも面倒だわ」
竜が纏う竜鱗は生半可な魔術は全て無効にしてしまう。
故に竜はすべての種の中で別格の最強と位置付けられている。
「君でも難しいの?」
「そうね。難しいといえば、難しいわ。竜鱗を貫けるレベルの魔術を構成するに10分は欲しいわ」
驚いた。
それはそれでおそらく破格だろう。
精霊の王者たる竜を魔術で押し切るのに10分。
師匠は軽い小竜でも一個師団が集団大魔術を組んで半日かかると言っていた。
もっとも、僕も師匠も大概の竜は一撃なんだけど。
「あのバカ親父、明日、君に王城に来るようにだって」
あの状況下で去った僕に対して自分の娘にそういう伝号を頼む当たり、相当な親だ。
この娘の親だというのも納得かもしれない。
「分かった」
少し怖いが王の召集を断るわけにも行かない、か。
「それでどうする?今日はもう宿に戻るでしょ?」
「え?君は」
「私?」
何よ?と少女は首をひねる。
「だって、君の家は」
王城を指す僕に彼女は首を振った。
「残念だけど、もう私の家じゃないのよね」
それは、本当にそうだったのか。
僕は正直に驚いていた。
◇◇◇◇◇
次の日、僕らを呼びつけた王は以前とは打って変わって真剣な面持ちだった。
何が起こるのだろう。
僕は困惑気味に膝を付けて敬礼をした。
もっとも隣のレイチェルは何の礼もとっていないのだけれど。
「こいつに用件があって呼びつけたんでしょ?さっさと済ませてくれない?」
「まずはお前からだ。レイチェル」
そう言われてレイチェルは眉を歪めた。
不満げにただ王を見つめている。王は一人頷いて、続けた。
「レイチェル。お前には仙竜天楼院に行って貰う」
「はぁ?意味が分からないんですけど?」
「天楼院に学生として行ってもらう」
「嫌よ」
「王命だ」
彼女は肩をすくめると小馬鹿にするように笑って言った。
「へー、なんでそれに私が従うの?」
「それはお前が、俺の娘であり、そして王女であるからだ」
王の言葉は真剣そのものだ。
少女が大げさに首を振る。
「私はもう家は出たはずだけど?」
「お前が家を出たところでお前の中を流れる血が変わるわけではない」
「どういう意味よ」
「血脈だよ。王家とは代々、民の汗と血を喰らい生きてきた。お前のその身に流れる血も例外ではない。そこに深い責任がある」
その言葉に苛立った様子で彼女は問うた。
「どういう責任?」
「王族として生まれ持つ責任だ」
「・・・」
苛立ちを隠さない少女とその父。
両者はしばらく睨み合っていた。
まさに一触即発といった様子である。
(どうして、こんな事に)
僕が肝を冷やし続ける間も睨み合いは続いた。
が、唐突にレイチェルが溜息を吐きながら切り出した。
「私は魔術師なの。元父」
「関係はあるまい。お前はお前だ。私の娘だ」
そうね。苛立ちを隠さず少女は言った。
「私に道徳や一般常識を説く無意味さを説明したって仕方ないでしょう。けど、いいわ。そういう事なら分かり易く取り引きをしましょう。魔術師の流儀としてね」
「ほう」
「血約よ。今回は私を勝手に育ててくれやがった義理に免じて、貴方の要求に応じてあげる。代わりに契約として、これより私に連なる白き竜王の血脈のその縁の全てを断ち切ります」
つまり、これは、持って回った様な遠巻きな言い方だけれど、間違いなく絶縁宣言だろう。
そういえば、そういうことはもう済ませたと少女は言っていた。
それを蒸し返して来た相手に対する趣旨返しと言ったところか。
しかし、盟約を持ち出してきたのか。
師匠に聞いた話だと、騎士にとってガッシュとは命より大切に守らなければならないとされる宣言らしい。
「・・・良いだろう」
重々しい王の言葉に少女は頷いた。
「契約成立ね」
「では、もう王命を翳さないことね。父親面も無しよ。もう私は貴方の娘でも、まして貴方の民でも無いのよ」
「分かった。魔術師レイチェル」
「それで用件は何なの?まさか私に天楼院で教養を学べなどとは言わないわよね?」
「一人の男を探ってきて欲しいのだ」
「一人の男?」
「黒の帝国グラニファイゼンが皇太子だ。名は分からぬ」
「何故?どういう男なの?」
「分からん。ただ次期当主格を一同に集めて教養を施す世界最大最高の中立学都である天楼院に良からぬ動きが出来ている、らしい」
「らしい。ねぇ」
「分からぬがほぼ同時に白山教の御子がオーボナの地に天地鳴動の兆しを見たと言う」
「あの道楽宗教一門ってまだ続いていたの?私、占いなんて信じないんだけど」
呆れた様な声を上げる彼女に王は首を振った。
「それで良い。俺も白山教の御子の言葉だけならば動く気は無かった、問題は先の警告が緑の王国ヨーグの使者からもたらされた事だ」
「ヨーグが?」
その言葉に少女はますます嫌そうな顔で言った。
「分かったわよ。ガッシュを持ち出した以上、私もそれなりに真面目にやってあげるわ」
少女は話は終わりと手を振る。
その様子に若干不安そうに視線を送る王は一度、嘆息した後で僕の方を向いた。
「さて、テオくん」
「はぁ、なんでしょう」
両者のギスギスした親子喧嘩のせいで相当に疲れた。
僕とて、王とはあの戦いの後だ。
正直、もう帰りたいのだけれど。
「そうだ。折り入って頼みがある」
「断りなさい」
うわ、本当にこの少女は。
「魔術師は黙ってろ」
「私と同じで君もこの国の民じゃないんだからこんなアホ王の用件は断って良いのよ」
それは悪魔の囁きだろ。
「・・・俺の元・娘の友達である君に頼みたい。娘の護衛に就いて貰いたいのだ」
娘に元が付くって凄い字面だ。普通あり得ない。
それにしても。
「僕も天楼院に?」
「そういうことになる」
困惑する。
僕はこう言ってはなんだが持っている教養は師匠の気まぐれで教えて貰った程度のレベルだ。
一般常識にすら事欠く始末なのだ。
普通の学校にいきなり通うのは無茶がある。
王に対し、不可解そうにレイチェルは聞き返した。
「どういうこと?」
「もともと護衛の騎士を一人付ける予定だったが、お前は強すぎるし・・・な」
それは分かる。
彼女に一体、どんな護衛を付けると言うのだろうか。
「要するに、私じゃ対処出来ない程の相手に対する護衛役なんてこの国には存在しないってことよね」
「いや、お前と同じくらいの年齢で限定すればいないと言うだけだ」
「他にねぇ」
少女は胡散臭そうに従者の騎士、フィゲールとレミリアを見る。
視線を感じて両者は肩をすくめるような仕草で苦笑した。
彼女の話では王を除けば最強の騎士はこの二人なのだそうだ。
「それで僕ですか」
「渡りに船って奴だな」
行き当たりばったりという奴では。
しかし、僕が同世代で護衛に使えるというのは、たぶんそうなのだろう。
「はぁ、なるほど」
「なるほどって君、本気で分かってる?相当に面倒事よ。これ」
彼女の言葉に僕は首を傾げた。
「そうなのかい?」
ただ学校に通えということのどこが面倒事なのか。
と、考えてみて、確かに学校に通うと言うのは面倒ではあるなと思った。
思ったけど。
まぁ、面倒でも良いかな。
「これは仮にも次期、四賢候補に名を連ねるこの私に対する依頼なのよ?」
四賢が何を指すか分からないけど、レイチェルが只者でないのは分かる。
というか、かなりの際物だってことも重々知ってる。
「そこまで大袈裟に捉えなくても良い」
「どうだか」
裏があると。そういうことだろうか?
「それで、どうだろう。頼まれてくれないか?報酬はもちろん払う」
「分かりました」
「えー、決断はや」
不満げな顔の彼女に僕は笑って言った。
「不満なの?」
「この男の言うとおりになるのが嫌なだけよ」
別に君が不満な訳じゃ無いわよ。
微妙な顔でそう呟いた少女は後ろを向いて歩き出した。
「待て。天楼院にはどうやって行く気だ?」
「徒歩で」
「時間も手間もかかるだろう。こちらで竜筐を用意する」
「いらない。いつまでに行けば良いのかしら」
「一ヶ月後だ」
彼女は如何にも適当そうに手を振って答えた。
「じゃ、それまでに付く様に行くわよ」
「やれやれ。では、後ほど入校に必要な親書を宿にまで届けておこう」
「それで良いわ」
話は終わりと、までに一度も振り返らずに少女は歩き去っていく。
僕も王に敬礼した後で、彼女を追った。
◇◇◇◇◇
「あー、最悪」
宿で少女は不機嫌そうにそう言った。
「面倒そうな事になったね」
僕が相槌を打つと少女は呆れた様子で言った。
「そう思うならなんで受けたのよ?」
「え?君が大変だろうと思って」
そう言われて。何故か、彼女は僕を見て、口をパクパク動かした後で、何かを飲み込んで黙った。
「何?」
「余計なお世話よ」
そう言ってそっぽを向く。
向いてから絞り出した様に呟く。
「ありがとう」
「どういたしまして」
その言葉を聞いて溜息混じりに少女は嘯いた。
「君は当たり前に人を助けるのね。テオくん」
「特にするべき事が定まって無いだけだよ」
「だったらもっと困ってる人のところに行くべきじゃない?」
「どうして?」
どうしてと向けると少女は怪訝そうな顔で言った。
「だって私は別に困ってないし」
「逆だろ。君はあんまり困らないから。僕は楽だよ」
少女は意外そうな顔で目をぱちくりとさせた後で頷いた。
「・・・なるほど、確かにそういう見解も有りと言えば有りね」
ん?有りなのか?
僕は適当に答えたのだけれど。
しかし、少女は納得したように笑った。
「まぁ、私は君がもっと困ってくれた方が面白いんだけどね!」
「それは別の意味だろ」
まぁ、君が困った奴なのは分かっているさ。
僕は苦笑しながら質問した。
「仙竜天楼院ってなんなの?」
「ちょっと特殊な学校ね。中立地にして、独立領。そして世界最大の竜たちの棲まう霊山の麓。竜と人が古に契約せし始まりの地、オーボナにある唯一の学校よ」
「うん?」
「オーボナは竜の支配する地とされているわね。人間は霊山オーボナの仙竜天楼院のみに立ち入りを許されている。遙かなる契約の学舎と呼ばれる天楼院のみにね」
「いや、分からないけど」
まずキーワードがぴんと来ない。
竜が支配する土地だって?遙かなる契約?
「まぁ、簡単に言えば、竜騎士を作るための学校よ。竜に選ばれる為に其処に入るの」
「へー、すごいね」
竜騎士の養成所か。
あの強大な竜騎士たちがどうやって育つのか。
疑問に思っていたがそのための専門の訓練場があるわけか。
「宣竜の儀を得て竜を得た騎士は半年を学園で過ごした後、卒業となるわ。まぁ、竜に選ばれなかったら留年なんだけど」
「竜は人を選ぶの?」
何故?竜は人より数倍は強大な存在である。
人と共にあることに意味は無いだろう。
「選ぶのよ。竜は人と共にあるものだから。まぁ、犬とは違うけど。竜は人との契約によって、その存在の楔を外され、存在を純粋種に近づけるとされているわ」
「純粋種に近づく?契約?」
「そう竜は人と契約してその存在を純粋種へと進化させるの。その進化の度合いは第何深域と表されるわね」
「なんで強くなるんだ?」
竜は人と共にあると強くなる?
それはどうにもシステマチックで妙に自然じゃない気がする。
不自然だ。
「俗説には竜は神の乗り物とされ、古の神の末裔たる人と深く関わる事によって本来の力に目覚める、とか。もっとも、私たち魔術師は別の見解だけど」
「別の見解?」
「ええ、竜の力は制限されている。彼らは利用者である存在がいない状態ではセーフティが掛けられた存在なのよ。その彼らの制限を使用者が解除することによってより強力になる訳。ただ解除条件が特殊なのよ」
「特殊って?」
「竜珠との適合深度。要は竜珠からより多くの力を引き出せる才能がある人間が竜をより強力に使用できるようになる」
よく分からないが、竜と言う存在自体が随分と人為的な気がする。
「竜ってなんなんだ」
「かつて人が神と称されていた時代の遺産よ。生物兵器ね。そもそもこの世界の魔術自体がシステム:ユグドラシル タイプD、世界竜イツァムナーの魔術世界だし。すべての竜はイツァムナーの幼体だし、ある意味すべての魔術師はイツァムナーの竜騎士みたいなものなのよ」
「え?世界竜??なんだいそれは?」
「この世界に流れる全てのマナを吐き出す世界樹の竜よ。そして、竜とはポータブル・ユグドラシル・システム、小さな世界樹。それが竜。そして、それを支配する竜騎士」
「えーと、ごめん。聞いといてあれだけど、まったく分からない」
なんだか随分と大きな話だな。
「そうでしょうね。まぁ、イツァムナー自体、お目にかかった人間は今まで居ないそうだし。有名どころだと五大公竜のほうが知名度も上だし」
「それも聞いたことは無いのだけど」
「そう、でもこっちは覚えて置いて損は無いわ。世界に五個しかない完全中立・独立領。霊山オーボナ、天空庭園シャルシャン、水中都市アクエル、炎庭都市ムスペル、そして白嶺。ここは人間では無く、大公竜が支配する竜の直轄地なのよ」
「竜が支配する土地」
世界にそんな場所が存在する事自体知らなかった。
「霊山オーボナには地の大公竜テューポンがいるのよ。こちらは歴史上で数人、出会った人間が居るみたいだけど。他に風の大公竜ケッツァルコアトル、火の大公竜バハムト、水の大公竜ティアマトね」
「はー、色んな竜が居るんだね」
「うん、まぁ、そうね」
僕の言葉に彼女は苦笑している。
「とにかく、私たちはそう言うところに行くわけ。オーケー?」
「うん、それは分かった」
僕が頷くと少女は笑って言った。
「よし、それじゃ、旅の準備をしましょう。私が町を案内して上げる」
◇◇◇◇◇
次の日。
出発に際して僕らの前に一人の少女が表れた。
そう言えば、二日前に会った。えーと。
「メ、メルティ!?」
「はい、レイチェルさま」
名前を聞いて思い出す。ああ、あの厳しい方のメイドさんだ。
少女は以前とは違い、メイド服では無く、もっとラフな格好だ。
もっと言えば旅に適したようなそんな服装。
「その格好、どういうこと?」
「王より、レイチェル様の身の世話を仰せつかりました」
つまり、この少女は僕らの旅と学校生活に帯同するらしい。
「本気?」
「と言いますと?」
「まだ怒ってるんでしょ?私が勝手に魔術師になったこと」
「はい、当然です」
レイチェルは困ったような顔をして言った。
「それでも私について来るの?」
「王命ですので」
メルティの言葉にレイチェルは苦笑した。
「分かったわよ。好きにしなさい」
やけくそと言った感じでレイチェルがそう呟くとメルティが頷いて僕の方を向いた。
「よろしくお願いします。テオさま」
「ああ、えーと、よろしく。メルティ」
「で、メルティがその格好ってことはもう親書の準備も出来てるのよね?」
「はい、私共の準備は滞りなく」
「そう。じゃ、出発しましょうか」
彼女がそう言って僕らは歩き出した。
天楼院か。
そこではどんなことになるのだろうか。
うん、いずれにせよ。退屈はしなさそうだ。
そんな風に考えながら、僕は新しい旅の一歩を踏み出した。