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王都にて(前)

白の国ヴァーレンハルトの王都セルンフォーデの名物と言えば、漆喰を塗った白塗りの壁面の並ぶ美しい町並みと美城として名高いヴァーレン城だろう。


やや小高い丘に面したセルンフォーデは世界でも有数の美都として有名なのだ。

特に夕日の中に沈み赤く染まるフォーデの町並みは一見の価値がある。


と僕がもらったガイドにはこの様に書いてあった。

世界中を回って来たと豪語するヒルド親方の言うことなのだから、きっと間違いないのだろう。


確かにこれは、と思わず息を飲むほどに綺麗な町並みが僕の目の前に広がっている。


「風謡う風靡の町フォーデね。何このガイド、気障ね」


僕が感慨に耽る横でそんな事を宣う少女が一人。

ヴァーレンハルトで育った少女のレイチェルだ。

ヒルド親方のガイドも地元っ娘には大いに不評らしい。


「やーね、トリエン通りなんてろくな女居ないわよ。私のお勧めはカティルネ銀座ね」


彼女がケチをつけだした部分は、あろうことか色町のガイド部分である。

僕は思わず大きな声で返した。


「君みたいな女の子が色町のガイドにまでケチつけなくても良いでしょ!?」


「えー、折角だし、これが親切でしょう」


僕は断じてそんな親切心、求めていない。


「トリエンは出稼ぎの溜まり場だし、そりゃ良いのも偶にはいるかもしれないけど、余程の上玉はカティルネに移るし、大体、トリエン嬢は病気持ち多いのよ」


「いや、もう良いよ」


勘弁してくれ。

もう十分お腹いっぱいだ。


「それで王さまにはどうやって逢えば良いの?」


「謁見ってこと?そうね。私も呼ばれてるから、私のついでで適当に会えるんじゃないの?」


それは助かる。

向こうもこんな古い親書を持って来る人間がいるとは普通、思わないだろうし。


「でも、こんな親書見せてどうするの?この国の貴族になる?」


「いや、別にそんなつもりじゃ」


僕は首を振った。

そして、問われて、今更ながらに思う。

会ってどうしたいんだ?僕?


理由は師匠に会ってこいと言われたからだ。

けど、それ以外の僕の希望は特に無い。


そう。

無いんだよなぁ。

うーん。


「ふーん。ねぇ、君って何になりたいの?」


「何かなぁ・・・?」


僕は首を捻ってみた。

なりたいもの。夢。そういう類。うーん。特に思いつかない。


自分の事だけど、どうにも悩ましい。

外の世界に触れてみれば、やりたいことも見つかると思ったのだが。


「そうだな。ひとまず、傭兵には成りたくない」


「どうして?」


彼女の疑問に僕は端的に答える。


「戦争は嫌いだから」


僕は戦争孤児だ。だからか分からないけど、どうにも戦争は嫌いだ。

苦手だ。得意な人間がこの世の中にいるのか分からないけど。


僕は苦手。


戦争を食い物にするような職業にはなんとなく就きたくない。


「そう。まぁ、私も好きでは無いわ」


ふと疑問に思って僕は聞いた。


「君は魔術師だよね。それってどうやって食べていってるの?」


「え?」


言われて少女は考え込むような仕草で呟いた。


「うーん、人に魔術を教えたり、魔術で一山当ててみたり?」


「へー、そうなんだ」


でも、この少女が人に物事を教えるのが得意そうには思えないけど。

少女は難しそうな顔で言った。


「君が傭兵になりたくないって言うのは分かるけど、なら王と逢って見ても意味は無いんじゃない?」


「そうかな?」


そもそも、僕は王と会って何かしたいのだろうか?

考えてみると目的も無しに軽々に会って良いような人物でもない。


「騎士にでも成ったら戦争は義務よ。領地を守るため、或いは征服の為の戦いには参加せざるを得ない」


「人を守る為か」


僕は悩む。

もし、いざ戦争に成るとすれば、僕は傍観者で居たいのだろうか?

人を守る為ならば、そのために戦争に関係することは有りだろうか。


ただ、騎士は傭兵とは違うだろうとは思う。

騎士ならなることに抵抗は無い気もする。

それでも、何を守りたいかなんて今すぐに決められないよね。


それにもうすぐ、戦争は起こる。

そうなった時、僕はどうしたい?


「僕の師匠はもうすぐ北に白い死に神が来るって」


特に意外そうな顔もせずに少女は言った。


「白い死に神。要はとんでもない規模の大寒波よね。確かに大寒波の年は北国の作物は全滅で、餓死者がたくさん出るでしょうね。それで、いつものように戦争になる」


「知っていたの?」


対照的に僕は驚く。

実のところ、師匠の予言なんて半分真実、半分法螺話だと思っていた。


「塔ではそろそろ、白い死に神が降りるんじゃないかという観測はなされているのよ。100年とか200年とかそのぐらいの周期で起こることだし」


魔術師たちにも予想はされている。

だけどどうにもならない?本当に?

本当に戦争するしかないのかな?


「死に神の年は全ての国が不作に陥るわ。そうなったときにこの世界はどうにもならない」


「そう・・・なんだ」


納得はできないけど。

納得せざるを得ないのだろうか。

その様子に少女は苦笑しながら言った。


「このまま、王城に向かいましょう」


「うん。そうだね」


「ひとまず、王様に会えば良いんじゃない?おつかいなんだし。君の道はそれからゆっくり考えれば良いわよ」


そうだね。僕は小さく頷くと眼下の町に歩き出した。




◇◇◇◇◇





ヴァーレン城の門に着くと二人の門番が居て、その内一人の門番が驚いた顔をした。


「ひ、姫さま!!?」


「あれ、えーと、誰だっけ?」


僕の方を向いて聞いてくる彼女。

いや、僕に聞かれても。


「カールです!お久しぶりです!姫様!!」


「ふーん、そう、カール。分かったわ。お仕事中、悪いんだけど、私の親にお前の娘が呼ばれたから来てやったと伝えてくれない?」


絶対分かってないだろ。

カールさんが可哀想だな。


「はっ!・・・ところで連れの者は?」


「あー。彼の師匠の親書も一緒に持って行ってくれる?はい」


レイチェルが僕の師匠の親書を門番に渡す。


「はぁ」


彼は納得行かないような、胡散臭い顔をしながら僕の親書を受け取る。

今の彼女の説明で納得いかないのも分かる。

もっとも、彼に胡散臭がられているのは僕の方だが。


彼が王城の中に消えていくを見送るとレイチェルは言った。


「しばらく待ちましょうか。でも、ここでぼーとただ突っ立てるのもアレよね。どうせ直ぐには会えないでしょうし」


「君の家なのに入れないの?」


てっきり、顔パスで中に入れるのだと思った。

待つにしても応接間とかに直ぐに通されるとか。


「城は家じゃ無いわよ。私の部屋は離れにあったし」


少女は思いついたように呟いた。


「そうだ。従者の宿舎に向かいましょう。ここから近いわ」


すると、レイチェルはもう一人の門番に向かって、


「と、言うわけだから私たちは従者宿舎の方にいるから」


「え、え??」


困惑した様子の彼を置いてレイチェルはさっさと歩いていく。


「久しぶりに帰ったからには挨拶しとかなきゃね」


そう言って嬉しそうに歩き出した。




◇◇◇◇◇





従者宿舎は意外に立派な建物だった。

ここは王に仕える執事とメイドたちの住む場所である。


城に併設とまでは行かないがそれなりに近い場所に立っているだけに繋がったそれなりに豪奢な作りの建物になっている。


勝手知ったるものなのだろうか。

レイチェルは躊躇することなく正門を抜けると玄関の扉を叩く。


「はーい」


のんびりしたような声がして一人の少女が顔を出す。

そばかすの幼い少女。

まだ12、3才くらいだろうか。


こんな子供も働いているのだろうか。


「悪いんだけど、エリスか、ジョゼが居たら呼んで来てくれない?」


「ジョゼねぇさまは産休です。エリスおねぇさまは今日はたぶんいる」


「へー、ジョゼがおめでた・・・」


意外そうな顔をしながらレイチェルは呟いた。


「おねぇさま、誰?」


「レイチェルって言えば、エリスは分かるわよ」


「うん、分かった聞いてくる」


そういうとそそくさ中に入っていく少女。


「今の子は?」


「知らない。私も帰るの数年ぶりだし」


新人ということか。

しかし、レイチェルの顔にピンと来ない人間が意外に多いような。


「私は社交界デビューしてないから軍と貴族に知人はほとんど居ないわ。まぁ、それでも使用人なら大体顔見知りだけど・・・」


そこまで呟いたところで、ドタバタと大きな音が響いてきた。

相当に慌てた誰かが近づいてくる音。

と扉が勢い良く開いた。


「姫様!?」


もの凄い勢いで飛び出して来たのはレイチェルと同い年ぐらい少女だった。

おそらくレイチェルの呼んだエリスというメイドだろう。


きっちりとしたメイド服の可憐な少女。

レイチェルと並ぶとどこか姉妹のようなそんな印象も受ける。


「はーい、ひさしぶりね、エリス」


「久しぶりじゃ無いです!!何をなさっているのですか!?」


「何って?えーと、暇つぶし?」


まぁ、極論すればそうだろうけど。


「王には会われたのですか??」


「今、アポ待ち。暇だからこっちに来たんだけど」


「それなら素直に応接室で待たれれば良いじゃないですか?」


正論だ。というか普通待つよね。いくら相手が実の親でも。


「いやよ、何であのアホ親の為に時間潰さないといけないの」


「王はアホではありません、とにかく」


とにかく?

少女はレイチェルに近づくと抱きついた。


「心配しました」


「ん、ありがとう」


これは感動の再会なのかな?

外野の僕はちょっと置いていきぼりだけど。


「ところでこちらの殿方は?」


「途中で拾った」


ええ!?僕って拾われたの??

僕がさすがに反論を口にしようとするより先にエリスが大きな声で言った。


「姫さま、いくら姫様でも男性の方を拾い喰いなさるのはどうかと、一応姫さまなのですし、王女さまも嘆かれます」


こっちはこっちで真剣な顔でそんなこと言ってるし!?

僕は唖然として言葉を失ってしまった。


「一応ってあんたも酷いわね」


エリスは僕に向き合うと笑顔を見せながら言った。


「単刀直入に聞きますが姫さまとは爛れた関係でしょうか?」


「違います」


その聞き方はおかしい。


「え、そうなんですか?」


意外そうな顔をするメイド。

おい、どんな予想を立てていたんだ?


「キスは?おっぱい揉んだり、えーと」


こ、この娘は。

黙っていると何を聞いてくるか分からないから僕はやや強い口調で反論した。


「そういう関係ではありませんし、拾われた訳でもありません」


何を聞いてくるんだ。本当に。


「では、姫さまの体に興味は?」


「え?いや、べつに・・・」


ある・ないと問われれば、それはあるだろうけど。

彼女だから特別にどうこうでは無いわけだし。

つまり、男性特有の興味である訳で・・・。


とにかくこういう質問は勘弁してほしい。


「姫さま?どういうおつもりなのです??」


「あんたがどういうつもりよ?エリス」


「まさか、未だに男性に興味はなくて、カエルにストローを突っ込んで膨らませて遊んでる方が楽しいとか言わないですよね?」


そんなことしてたのか。

僕が考えるにそれは相当にお下劣な遊びだと思う。


「幼少の頃にそんな遊びをしてたのはあんたの方でしょう」


「そうでした。しかし、姫様も魔術書にしか興味のない根暗な女の子でしたよね?」


うわ。そっちの方は何故か想像がつく。


「ちなみにあんたが膨らませて遊んでたカエルは当時、ここらを騒がしていた下着泥棒のおっさんを私が魔術で・・・」


その言葉に察しがいったのか急に青ざめた顔で少女は吠えた。


「ぎゃぁあああ!!何してくれるんですか!???」


「いや、あんたこそ私から奪い取ったカエルを喜々として膨らませてたから。私も言いづらくて・・・」


いや、それは言おうよ。

色々やばすぎる。


「人間!私、おっさんのケツ穴にストロー突っ込んで!」


「いや、もう昔のことでしょ」


なんだろう、この少女たち、・・・相当に酷い。

僕はげんなりしながらレイチェルに問うた。


「で、その男は」


僕の問いにレイチェルは目を泳がせながら言った。


「え?も、もちろん、無事よ。そうね。ただ、ちょっと、別の世界に目覚めたちゃったらしいけど」


レイチェルは遠い目でそう呟く。

一体、何が起こった。

でも、なんとなく聞きたくないのでもう良いか。


「でも人間をカエルに変えるなんて本当に出来るんだ?」


「無理よ。私が試したのは人間とカエルの脳に送られる神経信号をマナを使って交換、無線交信する魔術だから」


「どういうこと?」


「つまり、人間の脳を使ってカエルの体を動かす実験ね。ちなみにカエルが人間の体を動かすのも成功したわ」


意識の入れ替わり魔術と言うわけか。


「マッドだね」


そんな実験を幼少期にしていたくらいだから、こういう少女になるべくしてなったというところか。


「ところでどうして帰ってきたのですか?姫さまは家を捨てて出られたんですよね」


「そうよ。私だって戻って来たくなかったわよ。ただ、至急で呼び出されたし」


「王が至急で??何事でしょうか?」


「それは私がエリスに聞きたいんだけど?何かあったの?」


「いえ、何も」


本当に心当たりが無いらしくエリスも微妙な顔をしている。


「そう言えば、ジョゼが子供産むって本当?誰の子??」


「ふふ、それはですね」


「ちょっと勿体ぶらないでよ?ヘンリー?ヨッセン?」


「いやー、その辺は違いますよ」


仲が良いのだろうけど。

僕は女子特有のかしましさを前にちょっと引いてる。

いや、もっと別の要素で引いても良いんだろうけど。


とにかく、邪魔するのもなんだか悪い気がして周りを見渡す。

すると、同い年くらいのもう一人の少女がこっちに近づいてきているのが見えた。


エリスとは好対照な、どこか楚々として落ち着いた印象の少女だ。


「エリス。お客様を放って何をなさっているのですか?」


「え、あ、メルティ・・・」


メルティと呼ばれた少女はエリスのどこかくだけた礼とは違う美しい所作で完璧な敬礼を取ると言った。


「お久しぶりです。レイチェルさま」


「どうも」


「レイチェルさま、それとお連れのお方、王が会われるそうです。こちらへ」


そう言って僕らを出口へ促す。


「え、まだ、ジョゼの父親聞いて無いんだけど」


メルティは一瞬ごねたレイチェルににっこりと笑って言う。


「ジョゼは執事のオットーと結婚しました。去年のことです」


「そうなんだ。へー」


「レイチェルさまがお優しいのは分かりましたが、我々、下々の些事まで気になさらないでください」


口調は柔らかいが内容は批判的である。


「私は上の人間では無いよ」


「この国に居る限り、貴方は姫です。どう足掻いても覆りませんよ」


「それは」


言葉を無くしたレイチェルを見ることなくメルティはエリスに向き合い言った。


「エリス、今日はお休みでしたね」


「は、はい。そうだけど・・・」


「今日はもう一日、居室に居なさい」


「え、マジですか」


「あら、謹慎なさいと言い直した方がよろしくて?」


厳しい口調で言い放つ。

なんか強烈な威圧感がある。うん、怖い。


「えー、あー、分かりましたー」


エリスはそう言われて下がっていく。


しかし、厳しいなぁ。

見かけによらず相当に手厳しい。

レイチェルも微妙な顔だし、どういうことだろう。


レイチェルは苦笑しながらぼそっと僕に呟いた。


「メルティは指導係だから」


指導っていうぐらいだからほかのメイドより上なのかな?

教育的立場?


「はい、僭越ながらメイド隊の指導長をさせて戴いております」


「え、指導長はエリィでしょ?」


「去年から私です」


「そ、そうなんだ。出世おめでとう」


「はい、ありがとうございます。では、こちらに」


王城に向かってかなり早歩きで進んでいく。

レイチェルはなんとなくその様子を探りながらついて行く。


「ねぇ、メルティ。やっぱり怒ってる?」


「何でしょうか?レイチェル様」


「そりゃ、メルティに黙って出て行ったのは悪かったけど」


「姫さまのなさることですから、私たちに言伝は必要ありません」


これってどういう関係?


「私たち、親友だよね?」


その確認の言葉に一瞬空気が凍る。


「レイチェルさま」


どこか険を増した声。


「私たち、メイド隊と王家は主従にございます。友達にはなれないのです」


それは余りにはっきりした拒絶の言葉でそれを聞いたレイチェルは僕の横でどこか無理矢理な苦笑いを浮かべていた。




◇◇◇◇◇




王城の中は外見同様に豪奢で絢爛な装飾がなされていた。

僕が驚いた、と言うより、どちらかと言うと呆れていると彼女が声を掛けて来た。


「どうしたの?」


「これは凄いね」


「ああ、これでも地味な方よ」


何と比べて?

疑問に思ったが口に出さず歩く。


すると一人の壮年の騎士が僕らの行く手に立った。

威厳があるというよりどこか尊大で高慢な印象を受ける騎士だ。

悪い人間には見えないけど。


「お待ちしていました、姫さま」


彼は大仰な仕草で手を広げると言った。


「メルティはもう下がっていいぞ」


「はい、エリッツ様」


メイドが下がっていく。

その様子をレイチェルは何故か苦々しい顔で見ている。


「それではご案内しましょう姫さま」


「ええ、よろしく」


僕もついて行こうとする。

すると。


「おっと、悪いが貴公の方はここで待って貰おう」


「どういうつもり?」


レイチェルが厳しい声で問う。


「姫さま、王命です」


「何が?」


「彼は別に闘技場にお連れせよとの事です」


その言葉で大体の察しがついたのか、彼女が言った。


「彼の実力を見るって訳ね。でも、その必要は無いわ」


「王命です。いくら姫さまのお言葉でも」


僕の実力ね。

剣術を見せることになるのか?

正直、乗り気では無いけど。


「違うわよ。わざわざ闘技場に行く必要なんて無いわ」


レイチェルは何を言っているんだ?

僕が首を傾げていると少女は壮年の騎士を指さし言った。


「貴方がここで見極めてしまえば良いじゃない。無駄な手間は無くすべきよ」


「私が?おっしゃられる意味が分かりませんが?」


「貴方が彼と戦えば良いと言っているのよ。エリッツ卿」


「はは、ご冗談を。第三深度の騎士であるこの私がこのような子供と戦う訳にはいきますまい。何より王族の前で剣を抜くなど・・・」


そこで少女は意地悪そうな顔で言った。


「あら、卿は敵前逃亡かしら?」


「何を!私は名誉の為なら戦いますぞ!!」


「あら、そう」


鼻息荒く言った騎士の言葉にレイチェルはにっこりと笑う。


「むっ」


思わず言ってしまったと言う顔で卿は顔を歪めたがすぐに余裕の顔つきで笑った。


「・・・おほん。よろしい。では、私が貴公の実力を見させて貰う」


「え?」


僕が意外そうな顔をすると彼は困った顔をした。


「つまり、貴公と軽く手合わせ願おうと言うのだ」


いや、それはさすがに分かるけど。


「一応聞いておきたいのですが、どうして必要なのですか?」


「む?貴公は士官を求めてきたのでは?」


「いえ、違います」


「む、む」


彼は難しい顔でしきりに悩んだ後に言った。


「しかし、王命だしな」


「ええ?」


安直な。彼は本当に何か考えたのだろうか?

彼は剣を抜き構えた。

どうやら問答無用らしい。


「行くぞ」


「はぁ」


こうなっては仕方が無いのだろう。

僕も剣を抜き構える。


「ふむ、構えは悪くはない」


「それはどうも」


彼は流れるような動きで剣を振るう。

当たるような感じでは無い。

僕は後ろに下がり回避する。


「ふふ、これぐらいは避けれるようだな」


「いや、まぁ」


当てに行ってない今の攻撃と良い、如何にも指導官らしい物言いと言い、どうやらこれは剣術の試験らしい。

どうしたものか。


「こら!さっさ終わらせなさいよ」


余計な野次を飛ばすなよ。

僕はその言葉に半歩前に出る。


エリッツ卿の剣に合わせて剣を巻く。

見事に巻き落としが決まってエリッツ卿の剣が飛ばされた瞬間、電光石火の動きで剣先を喉仏に突きつけ、止めた。


一瞬の出来事である。


「なっ」


僕が無言で剣を引くと彼は顔を赤くして言った。


「なるほど、これは失礼した」


「いえ」


屈辱を受けたと感じたのだろう。

恥じていると言うよりは怒りに顔を赤く染めている。


悪いことをしたと思っているとエリッツ卿は声を荒げながら言った。


「失礼を承知で、もう一度手合わせ願おう」


そう言って、彼は脇に提げた別の剣を抜く。

有無を言わせずと言った感じだ。


その剣には複雑な細工の施されていた。

最初に見たときは儀礼様の剣かと思っていたのだが。


何故だろう。彼が抜いて手に持ち、構えた今は異様な存在感を感じる。


「気をつけなさい」


少女の言葉が耳に届くと同時に僕は一歩下がった。


斬撃が鼻先に届きそうなところを抜けていく。


「なっ」


思わず驚嘆の声が漏れる。


それほどに、


速い、斬撃。


「むっ、これも避けるか!!」


彼は続けざまに二撃目を放つ。


これも速い。

ただ、単純に速すぎる。


エリッツ卿の剣撃がさらに加速する。


さらに?加速??


なんだ、これは??

人間に出せる速力や筋力を軽く凌駕している!?


妙といえば、さっきから彼の持つ剣の柄にはめられた宝玉が怪しく光っている。何らかの魔術効果?


「く!何故、受け流せる!!」


速すぎて連撃を完全には捌き切れていない。

それでも空かして、流して、攻撃を無効にする。


こっちも結構大変だ。とにかくやっかいな速さだ。


どうして、こうも速い?


分からない。分からないが。





・・・まぁ、良いか。


僕らの剣は元々、そういう相手を倒す為にある。


そういう風に

デザインされ、

アレンジされ、

コーディネートされている。


龍や魔獣。僕自身、そういう人外との戦いには割と慣れてる方だ。


そう言う意味で考えれば、彼は割と楽な相手だ。


彼は

竜ほどに力強くないし、

魔獣ほどに速くもない。

特筆するなら、彼らと違い、ただ人並みに剣がそこそこ巧いと言うだけだ。


なら、うん。問題は何も無い。


僕は高速の剣撃を流し、前に出る。


「な!!」


彼の一撃にカウンター気味に合わせて打つ。

いくら加速させたところで物の動きに慣性がある。

僕は速度の間隙にすっと割って入る。


狙ったのは彼の剣に突いた宝玉だ。

それがなんらかの魔力装置なのだろう。


それを正確に突く。


宝玉は砕けなかったが弾けて転がった。


「わ、私の竜珠!!」


彼は剣を放ると慌てて、竜珠とやらに駆け寄った。

完全に青ざめた顔で大事そうに珠を抱え、丹念に見る。


「わ、割れてないよな!?傷が入ってないだろうか??」


あれ?

なんかもの凄く動揺している。

え、っと・・・。


「僕の勝ちで良いの?」


どう見ても試合放棄だし、良いよね??

僕の問いにはレイチェルが応えた。


「うん、それで良いけど。けど、君も結構キツいわね」


「え??何が?」


本気で分からず首を捻る僕に彼女は言った。


「竜騎士の証たる竜珠を破壊しようとするなんて結構エグいわよ」


「竜騎士??」


彼が?あの不思議な力が?


ああ、なるほど。

これが竜騎士か。


「そう、竜の力を分け与えられた超人の騎士。竜騎士よ」


「彼は人間の速さじゃなかった。力も」


「そうね。竜の力を得るってそういう事なのよ。彼は世界最強の竜騎士の中の一人。しかも第三深域に達しているわ」


「それって凄いの?」


「人間の中じゃ上から数えた方が余裕で速いわ。第三深域以上の竜騎士なんて世界中で50人くらいよ」


へー、じゃあ、彼はその中の一人なのか。


「君、異常過ぎでしょ。なんで私がエリッツ卿をけしかけたと思ってるの?」


「面倒だったからでしょ?」


「君の実力を計るのに丁度良いと思ったからよ!彼は竜騎隊第三隊長で剣術技能師範なのよ!」


「そうなの?」


そりゃ強かったけど。

でも、所詮、人間だしなぁ。


「君、正直、余裕だったでしょ?」


「うん」


僕の答えに少女が頭を抱える。

いや、そりゃ多少面倒な速さだったけど。

気になる程じゃなかった。


「例えばどんな相手だと苦戦するのよ?」


「えっと、老寿竜エルダードラゴンとか、黒超獣ベヒモトとか?」


「はぁ??そんなの私でも禁呪使わないと倒せないわよ??」


「倒せるの?僕は師匠と二人掛かりでもしとめ損なったけど」


それはとんでもない。

僕と師匠が決定打に欠け、逃した相手だ。


剣がそもそも通用しないので難儀したのだ。


「つか、アホでしょ。神話級が剣で狩れるか!!」


「良いところまで行ったんだけど。相手が逃げたんだよ」


彼女がかなりげんなりしている。

というか、まだ僕の事試してたんだ。


まぁ、彼女らしいと言えば、彼女らしい。


「もう良いわ。君が規格外だって十分に分かったし」


「そう」


「確かに素晴らしい」


そう、声が響いて。

いつから其処に居たのか、まだ若いが随分と威厳に溢れた男が立っていた。


「馬鹿親父」


レイチェルがそう呟くのを聞いて悟った。

彼がヴァーレンハルト王。

複数の騎士を従えた彼は不適に笑っている。


「やはり、剣の魔術師の弟子だな。相変わらずとんでも無い」


「剣の魔術師?」


レイチェルが戸惑った様な顔で僕を見る。


「知ってるの?」


「噂で。えーと、確か、世界最高の剣術家のエルフ」


意外に有名なうちの師匠。

正体は只の引きこもりなのに。


「こっちに来てもらおう」


複数の騎士が囲う様に僕らについた。


「どういうつもり?」


「王命です」


王の先導に僕らは戸惑いながらついて行く。


「ちょっと、こっちって!」


なんだ?どこに向かっている?

しばらく歩いていると開けたドーム場の場所に出た。

闘技場??

配下の騎士たちが下がり、門が閉じられた。


「ちょっとどういうつもり?」


戸惑った少女の声が闘技場に響く。

闘技場には僕と彼女と配下の騎士二人、それと王が残った。


王は、不敵に笑っている。


笑いながら、剣を構えている。


「君の全力が見てみたい」


その言葉に僕は戸惑った。

僕には戦う気など全くないのに。


「戸惑っているね」


「その、当然では?」


つまり、彼と戦うのか?

王と戦え、と言われても普通困るだろう。


「だが、誰でもこう思うだろう。君が剣の魔術師の弟子と知れば・・・ね。言っておくが最初から君の剣を見るのは俺が直接するつもりだった」


僕の師匠の名に其処までの意味があるのだろうか?

いや、あったとしても。ただ、一つの意味を有していたとして。

僕に関係があるのだろうか?


戸惑う僕の様子を見て、王は言った。

不適な笑い。


「俺の剣は時代遅れな君の師匠の剣術よりだいぶ上だよ」


その言葉に僕は無言で動いた。切り替えた。


電光石火の動きだ。

最小で最大で最高の突きだ。


おおよそ無駄と言うものが存在しない神速の一突き。


人には避けることはおそらくできない速度とタイミングだった。

人の反応速度には限界がある。

つまり、いくら早く動けても避けれないものは存在する。

光だとか。

今の突きだとか。


「ちっ」


僕は苛立ちを隠さず舌打ちした。

僕は王の肩を突いた。

ただし、

突いたが貫けなかった。たかが人の肩が貫けないなど思いもしなかった。


「はは!怖いな!君の今のは何だ!?」


「世の中には言って良いことと悪いことがあります」


師匠の剣を侮辱された以上、問答無用で全力で行くしかない。

それは師の教えでもある。


師の剣は畏怖は許しても、


嘲笑を許すほどに優しくは無い。


思い上がるなよ。


すぐさま、王が剣撃を放つ。

圧倒的に速い。その速度は完全に、完璧に、僕の数段上だろう。

さっきのエリッツ卿など比べものにならず。

魔獣などよりも、


速い。


しかし、甘い。


剣とは、一撃とは、切り詰めていけば理合いを制す技に過ぎない。

二次元上の距離の理合いを制し、その上で機先に乗ずる。

その程度の技を称して剣術などと言う。

それだけだ。


速さと強さ。

そう言う意味での必殺、完璧であれば、十分に備えた一撃だろう。

だが師の剣は其処に二つの理合いを加える。4つの理合いを正確に推し量る。


空間制御。時間制御。


その筋が、剣の幅が、可能とする剣の軌道が、加速が僕には明瞭に把握できている。

故に不足。

詰めの甘さを露呈している。


紙一重。

圧倒的な速度をいなし、密着状態を維持した僕は下に沈めた半身から斜め上方向へ全身を持って剣を捻り込む。


師から習った秘剣の一つだ。

これで撃ち抜けないなら、別の手を考えるしかない。 


一瞬の刹那。


僕は必殺の剣を放てなかった。

剣を打ち放つ手を魔術によって拘束されている。


このタイミングでこの剣劇の間に入ってこれるほどの術者がいたのか?

僕の困惑はすぐに答えを得た。


「いい加減にしなさい」


怒りに満ちた声が聞こえる。

レイチェルの声。彼女か。


「くく、拘束魔術か」


王の苦笑が聞こえる。見れば僕同様に剣撃を封じられている。

彼は次撃を腰に構えた形だ。


「光子剣を構えるってどういうつもり?」


少女の警戒心は父である王の方に向いている。

僕は戸惑った。

光子剣?


「少年の必殺を斬るためだ」


王は苦笑し、首を振った。


「なるほど、君の実力は十分に分かった。今日はこのぐらいにしておこう」


「僕は納得がいきません」


侮辱されたままで下がる気は無い。

決着をつけるべきだ。それがどういう結果になるにせよ。


「前言は撤回しよう。君の師匠と君の剣は十分に恐ろしい」


「貴方の方が上と言うのは?」


彼はにやりと笑う。


「それについては撤回のしようが無いな」


ばちんと弾ける音がする。

拘束魔術を自力で外した?


驚く僕に王は剣を。

喉先に突き立てて止めた。


否。

今のは。


なんだ?


「君の技にある合わせ突きは確かに驚異だ」


何だ。


今のは。


今のは動きが存在しなかった。

動きそのものが存在せず、唐突に剣が喉に当てられた。


つまり。


「人間の反射の限界に合わせて打つなんて、到底避けられないだろうね。もっとも、俺の光子剣は認識に合わせて打つから、つまり、余程上だろう」


有り得ないことを言う。


しかし、可能なのか?

剣が瞬間移動した?

いや、彼の言葉が事実なら。


剣が光速で移動した?


「光子体転移送剣衝。ショートテレポートを応用した技だ。理屈だと物質を一度純然たるエネルギー体に変換し、光子体と化した非質量物質を光速で転移させ、のち再度物質体として再構築する」


つまり、剣速が光速なのだ。

んな馬鹿な。


「・・・とんでも無い技ですね」


途方もない大道芸だとは思うけど。

僕の師匠が嫌いそうな技だ。


僕は苦々しく呟いた。悔しさで、言葉では無く血を吐きそうだ。


「僕の負けです」


認めざるを得なかった。これが竜騎士の国の王。

ヴァーレンハルト王の実力か。

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