カロウズにて
僕らが王都を目指す旅に出て、既に4日が経った。
ここまでひとまず平穏無事と言っておおよそ差し支えない旅路だった。
ただ、しかし、すこし考えてみると見知らぬ男女が二人きりで旅をするというのは、中々、色々と無茶もあるようだ。
無理もあるようだ。
僕は今までの人生でさほど異性を、特に異性として、意識したことはないのだけれど。
相手もそうであるとは限らないし。
今回もそうであるとは限らないのだけれど。
まぁ、それは、それとして。
僕は若干紅潮した顔で呟いた。
「君にはデリカシーとか無いのかい?」
僕の苦悩に満ちた小さな呟きを少女は随分と横柄に返した。
「何で?」
どうやら彼女は随分と地獄耳のようだ。
声の方を見ないように細心の注意を払いながら僕は言った。
「水浴びをするのに、仮にも男の僕を番に立てるのはレディーとしてどうなの?」
信頼されてるのだとしたら、その信頼はあまりに一方的で高慢だ。
出会って間もない僕と彼女の関係性に其処までの信頼を期待するのは余りに高慢なことだと思う。
そもそも女性として警戒心が無さすぎる。
「そうかしら?番を立てずに水浴びをするより、余程慎ましいでしょ?」
そうなのか?
いや、違う。絶対違う。
それはある意味で用心深いかもしれないが異性に対する慎ましさとはぜんぜん違う感性の話だ。
「大丈夫よ。魔術で光を屈折させてるから君の位置からは私のことは見えないし」
「え、そうなの?」
「ええ、試しに見て見なさいよ」
そう言われて思わず僕は振り返った。
にこにこと笑う少女の顔と、
やけに白くてまぶしい裸体が目に入ってくる。
僕は顔を一気に耳まで紅潮させて後ろに首を戻した。
「嘘つき」
見てしまった。
まぁ、大事なところはさすがに手で隠していたようだけれど。
いや、そういうことじゃない。
そういう問題じゃない。
と、とにかく、僕は酷く取り乱しているようだ。
見せられたのだから、罪悪感を感じる必要はないのだろうけど。
けれども僕は罪悪感を感じていた。
「へー、そういう反応をするんだ」
意外そうな声で少女が呟く。
「き、君ねぇ!ほんとどうかしてるよ!」
声が上擦ったのは動揺が収まらないからだろう。
「別に見られて減るものでも無し。そりゃーナニをナニされるのは問題だけど」
けらけらと笑いながら少女はそう呟く。
「ナニって何だよ」
僕の口から出る非難もいつもに比べていささか弱い。
「私もさぁ、こんななりだから好奇の目には慣れてる訳だけど。君みたいな子も初めてだから距離を測りかねるわけ」
「距離?」
「そう、大魔術師の私クラスになると人の心は読み放題なんだけど」
「そういう魔術は関心しないなぁ」
本当に。まったく関心できる事ではない。
「君の心は上手く読めないのよね。マインドセットの類かしら」
「僕を動揺させる為に一芝居うったのかい?」
芝居じゃないでしょ、と苦笑しながら少女は頷いた。
と言っても僕からは見えないわけだが。
つまり、それ故に一計を講じたと。
本当に余計な事を思いついたものだ。
「もうしないわよ。そう。君が普通の男の子だって十分に分かったし」
つまり、今ので心が読めたという事か。
それは、誠に遺憾だ。
「僕も君が慎ましさの欠片も無い女の子だって分かった」
「そんなこと無いわよ。私だって裸体を見せるのは相当に抵抗あるわ」
「そうは見えないね」
見せておいて言う台詞では無い。
まるで見せつけるように見せておいて、だ。
「いやいや、ストリートキングじゃないんだから。行為は手段であって目的ではないのよ?」
「つまり、君にとって君自身は羞恥を捨ててまでも実験の道具になりうる訳だ」
「実験ね。うん。とても興味深いわ」
「そりゃ、どうも」
まいったな。僕もどうかしている。
僕は自身が思いの外、意気消沈していることに気づいてますます気落ちする。
師匠との訓練の中に精神統一の類は結構あった。
心を揺らさない為、必要以上のマインドセットを律していたのも事実だ。
心が読まれた。
それは僕がこの状況に至って、ようするに精神の均衡を事欠いていると言うことだ。
一方で少女に警戒心を持たれるくらいには僕も心を制御していたのだと言う事実も追い打ちをかける。
一定の危機感を持っているということが丸分かりだ。
危機感というか、分別を保つための努力というか。
この状況にある種のストレスを感じていたのは間違いない。
「見せておいてこういうのもアレだけど」
「何?」
「出来れば早々に忘れてほしいわね」
僕はため息をついた。
残念ながら、そのご期待に沿えるには余りに衝撃的過ぎた気がする。
「ところで、もうすぐ市街都市カロウズなんだけど」
「そうみたいだね」
僕が相づちを打つと少女は面白そうに言った。
「カロウズには冒険者ギルドがあるのよ。君みたいな人間は身分の保障がないでしょ?」
「そうだね。僕は師匠の拾い子だから」
僕は彼女に対してその辺りの話、つまり僕の身の上話についてはかいつまんで簡単には説明していた。
「だから冒険者になるのも一つの手だと思うわけよ」
僕はその言葉に首を捻った。
「冒険者ってどういう制度なの?」
「自警団補助要員兼遺跡荒らし兼魔物狩り請負人かしら」
想像も付かない。
というか、それは説明になってない。
「説明になってないよ」
もう少し的を絞ろうよ。
「一言で言って、何でも屋ね。冒険者ライセンスを持っていると色々特典があったり、身分が保証されたりするわよ」
「へー」
何でも屋というのも全然説明になってないけど、まぁ、きっと自由な職業なのだろう。
自由というか適当と言うか。
「ちなみに私も国際B級のライセンスを持っているわ」
「それは凄いの?」
「それなりにね。でも、まぁ、別に私は冒険者として真面目に活動してる訳じゃないから、本当にそれなりよ」
僕はすこし考える。
冒険者。制度自体それだけ緩いものならば、なって損は無さそうだ。
身を立てると言う意味でも身分が得られると言うのは悪くない。
「うん、じゃ、冒険者になってみようかな」
「国内C級なら君でもすぐ取れるわよ」
そういうと少女は沐浴に満足したのか、水辺から上がって着替え始めた。
朝の泉は本当に静かで、だからだろうか妙にはっきり衣擦れの音が聞こえてくる。
さっき、中身の方を見てしまったせいだろうか。
妙に今、着替えている少女の姿が脳裏に浮かんで・・・
「ねぇねぇ、さっきから君の思考がだだ漏れなんだけど・・・」
すこしだけ、戸惑った様な少女の声が聞こえる。
「後生だから、読まないでくれ・・・」
どうやら平常を装っているようで内心、僕の動揺はまったく収まっていないらしい。
◇◇◇◇◇
荒野の広がるアードス平原を望むカロウズは中興の都だ。
荒事も多いカロウズの町には大きな冒険者ギルドが存在する。
冒険者とは危険を冒す者、つまり自ら危険な任務を望んでこなす者たちの俗称である。
冒険者ギルドも、資格も、魔獣狩りや戦争や遺跡荒らしと言った荒事に適正の無い人間が無謀にも突っ込んで行かないように制限を行うのが主な目的である。
逆に荒事を頼む人間から依頼を受けて冒険者に落とす中間管理もしている。
「と、言うわけでお兄さんの様な一般人が冒険者なんてとても無理なんです」
「そうかな?」
受付に座った少女の言葉に僕は苦笑した。
「そうです。そもそも身分証が無い人間は保証人が必要なんです」
「それは私がするっていってるでしょ」
レイチェルが若干苛立った声をあげる。
「冒険者の保証人は一般人がなれるものではないのですよ!」
「一般人じゃないわよ!!見なさいこの英知のロー・・・」
いつぞや僕に対してしたようにローブの意匠を示す。
それってそんなに有名なのだろうか?
この受付の少女がそれで驚くようなら僕の世間知らずが非難されるべきなのかも知れない。
しかし、受付の少女はレイチェル小馬鹿にしたような仕草で言い放った。
「塔の賢者のコスプレですね!」
ぶちり。
ギルドのホールに一瞬で全身が総毛立つほどの殺気が満ちる。
受付の少女は何も感じていないようだが、僕の方はもう気が気でない。
問答無用で魔術用の木の触媒を取り出したレイチェルを僕は慌てて制した。
「邪魔しないで!!」
「するに決まっているだろ!!」
何をする気だ!?
焦る僕と切れる彼女と困り顔の受付嬢。
一瞬、目を丸くしていた受付嬢はすぐに気を持ち直すと気勢の良い啖呵を続けた。
「とにかく!コスプレじゃ駄目です!子供のごっこ遊びには付き合えません!」
その言葉にレイチェルの顔がひきつれを起こす。
あー、こっちの娘も重ねて、火に油を注ぐような言葉を。
「ふふっ、ピンクの子豚ちゃんと黄色いカエルちゃんのどっちが良いかしら!」
それは、もう、典型的な悪い魔女の台詞である。
それを否定も出来ないが。
少なくとも、僕は現状において、少女が悪い魔女で無い保証を残念ながら持ち合わせていなかった。
「どっちも駄目だろ!ってか国際ライセンス持ってるなら、それを示せば良いだけだろ??」
その言葉にレイチェルは意外そうな顔をした。
「あー、まさか、君にそんな常識的な事を言われるとは」
失礼な。
君に比べれば、世間知らずな僕の方が余程、常識的だろ。
口を突いて今にも出そうな言葉を飲み込み、僕はかわりに言った。
「わざとだろ」
僕の指摘に少女は肩をすくめた。
この少女は万事がこの調子で、厄介事ばかり周囲に蒔き散らしているんじゃないのだろうか?
一種の確信犯なのは間違いない。
まぁ、ひとつ同情するのなら、その賢者のローブとかいうのものの威光が(見た目)可憐な少女にとって浮きすぎているが為にまったく発揮されないことをだろう。
率直に言って似合ってない。
いや、ローブという只の地味な服装が浮く程に少女は際だった容貌をし過ぎていると言うべきか。
ミスマッチすぎるのだろう。
「国際ライセンス??」
受付嬢が胡散臭そうに見つめる。
「ええ、そうよ。凄いでしょ」
「・・・良いですか。国際ライセンスというのは全大使協議会にて、全てのギルド参入国の大使の承認を得て発行されるものなのです。全世界の冒険者ギルドの冒険者資格を有するということは、つまり相当な凄腕か、見識者じゃないといけないのです!」
そうなんだ。国際資格がそんなに凄いものだとは思わなかった。
その説明に何故か、レイチェルは微妙な顔をしている。
「ええ、まぁ、そういう事よね」
「へー、ほー。そこまで言うなら資格証を見せてください」
「良いけど。・・・まぁ、しょうがないわね」
何が?
微妙に含みを持たせたレイチェルの言葉に僕は首をひねる。
まだ、何かあるのか?
受付嬢へとレイチェルがカードを差し出す。
一瞬で、受付嬢の興奮して若干紅かった顔が蒼白になる。
「い、即興災厄!???」
え?なんだって?
インなんとか?有名なのか?
「へー、良く分かったわね」
「あ、あのどんな依頼をやらせても絶対に誰も得をしないとか、より悪くなるのは当然とか、一応、解決はするから余計に性質が悪いとか、何もしない方がマシと評判の!」
「それ以上言ったら、ぶっとばすわよ?」
その言葉に口をぱくぱくさせていた受付嬢は急に慌てた様子で、頭を下げた。
「し、失礼しました」
・・・・・・あ、謝るんだ。変わり身の早さに感心する。
いや、それだけインパクトがある名前らしい。
「とにかく国際B級の有資格者が推薦を出すんだから黙って受けなさい」
「わ、分かりました」
そそくさと奥に下がる受付嬢。
なんか効きすぎだろ。別人のようじゃないか。
悪評でどん引くって感じだけど。
「ねぇ、レイチェル」
「何、テオくん?」
「君は何をしたの?」
僕のその言葉に、
少女はただ無言の笑顔を返したのだった。
◇◇◇◇◇
奥から戻ってきた受付嬢が僕に用紙を渡す。
「ここに必要事項を記載してください」
「分かりました」
と最初の項目でペンが止まる。
住所。
住んでいるところかぁ。
「そこは連絡が付く人間のいる場所でも良いですよ。最悪、現在の居所でも」
「なるほど」
ひとまず今、滞在している宿の名前を書いた。
これで良いのか?我ながらアバウトだな。
「そこは参考程度のものですので、冒険者なんて大概、根無し草ですから」
僕は名前や誕生日などを記載していく。
もっとも僕の誕生日は師匠が適当に決めたものだが。
「そして、ランク申請ですが」
「何かまだ問題が?」
受付嬢は困り顔で言った。
「あの、推薦制度はありますし、貴方がC級を受けることは出来ますが、C級ともなれば中級者資格です。みんな、E級から始めてD級を経て、ようやくC級に上がるんです」
「狡いってこと?」
努力はやはり尊いだろうか。
少なくとも、価値を認めることは必要だし、それを無視することは失礼な事だよね。
「違います。それなりに経験を得てからじゃないと務まらないと思うんです」
なるほど、そういう憂慮か。
僕の実力に対する疑問符。当然と言えば当然か。
「そうかな?」
「貴方はどう贔屓目に見てもまったく強そうじゃないですし」
「え、いや」
そうなのか。
まったく強そうでないと言い切られるとさすがにちょっと、ショックだけど。
いや、まぁ、確かに自分が強いと思うのは慢心だろう。
すると、受付嬢はこそこそと耳打ちしてきた。
「あ、あの、悪い魔女に騙されているなら今のうちに逃げた方が・・・」
「聞こえてるわよ」
「な、なんでもございません!」
レイチェルの言葉に受付嬢はみるみる顔色が悪くなる。
もっともレイチェルは上機嫌だ。良い笑顔。
絶対この状況を楽しんでいる。
「と、とにかく、C級になるには実戦試験を受ける必要があります。我々で立ち会いの試験官を用意しますので明日また来てください」
「分かりました」
するとレイチェルが不思議そうに首を捻った。
「あれ?私も臨時試験官になれなかったかしら」
「す、推薦者は試験官になることはできません!」
「そうだっけ?」
「それじゃ、お受けします。よろしいですね」
「はい、お願いします」
少女は僕の記載した氏名欄を見て言った。
「テオくんですか。私はプリムと申します」
「どうも」
そういえば、少女はいままで名乗っていなかった。
それは僕もだけど。
「ちなみに、私はレイチェルよ」
「知っています!・・・知りたくなかったですが」
げんなりした様子で少女は去っていった。
ひとまず、試験は受けれるようだ。
「なんか凄い疲れた気がする」
「何で私を見るの?」
間違いなく、君が原因だからだよ。
◇◇◇◇◇
次の日。
「なんで私が試験官なんですか??」
少女の嘆きに僕は苦笑した。
何というか、今日の試験官は昨日の受付嬢だった。
「そんなこと僕に言われても」
「そして、なんで貴方がついて来ているんですか!?」
一層、力を入れてそう嘆く。
レイチェルは良い笑顔で言った。
「あら、この手の試験には試験該当の級以上の護衛官が何人か付くのよ?心配しなくても、手は出さないわよ」
試験官は駄目でも護衛官は良いらしい。どういう理屈なのだろう。
「へー、つまり、貴方一人が護衛官ですか」
「そうよ。心強いでしょ?」
「強すぎて、胸が張り裂けそうです」
ほとんど半泣きの少女はまた呻いた。
「何でこんな事に・・・」
「あはは、体の良い犠牲よね」
「その言葉、笑えません!!」
レイチェルは肩を竦めるような仕草で笑った。
「みんな、この大魔術師の推薦ともなると尻込みするようね」
「みんな、命は惜しいんです!」
つまり、少女はレイチェルに目を付けられたくないギルドによって差し出された哀れな生け贄と言うわけか。
少女は僕に向き合うと言った。
「こんな事になってしまいましたが、お互い生きて帰りましょう」
「え、あ、うん」
気合いは十分らしい。
◇◇◇◇◇
試験はスタンプラリー形式らしい。
規定の魔獣を規定数倒して検査官が印を押す。
それである程度クリアすると合格らしい。
らしいが。
「何、今のでもう終わり?」
「最短でやったからそうだと思うけど」
「30分で終わりじゃない」
課題を5個。クリアの目安となる条件を30分で終わらせた。
ただ、それだけなんだが。
「なんで行くところ、行くところに目当てのモンスターが??」
受付嬢が目を丸くしている。
山の植生をみれば、魔獣の居そうなところぐらい目星は付く。
獣道という言葉がある。
人間という種は往々にして安全な道を作りそれを共有する習性があるものだが人間の想像するような社会性を持たない獣は明確に道なんてものは作らない。
それでも彼らが動けば痕跡は残るわけで、彼らは無頓着に痕跡を残してしまう訳で、それを探ればおおよそ何がどこに向かっているなんて事ぐらい分かってしまう。
簡単な事だ。
「つまんない」
「どんな面白さを追い求めていたんだ、君は?」
そうねー。レイチェルは課題票をひとつ叩くと言った。
「折角だし、これ全部埋めましょうよ。それで昼にちょうど良いでしょ」
そんな、課題をスタンプラリーみたいに。
「えー、無益じゃないか」
「私はお昼を用意したのよ」
それとこれとにどういう関係が?
やれやれと僕が横を向くと若干停止状態だったプリムが顔をゆっくり動かした。
「なんで全部一撃だったんですか?」
「え、どうしてって」
この程度の相手に二の太刀は要らないと思うけど。
「そ、そんなの全然普通じゃないです!ゴブリンも、グレイウルフも、ロックワームも皆、強敵です!!」
そうなのか?
ちなみに彼女の言うとおりそれらのモンスターを僕は一撃でしとめた。
遭遇とほぼ同時に。
正直、無益だと思うんだよなぁ。
彼らが人間に害を為す虞があるとは言えども。
これは無益無意味な殺生だ。
「じゃ、次、行ってみましょうか」
試験は呆れるほど順調の様だ。
◇◇◇◇◇
お昼はシンプルなサンドイッチだった。
見晴らしの良い丘を見つけてそこで暢気に食事をする事にした。
「うん、美味いな」
感心して僕は頷く。
軽くトーストしたパンにサンドしている生野菜とハム。
それに特製と思われるソースが美味くマッチしている。
「へー、そう」
あまり関心がなさそうにパンを食べる横で受付嬢が大袈裟に言う。
「いえ、本当に美味しいですよ!こんな店がカロウズにあったなんて!どこで買ったんですか?教えてください!」
「いや、私が作ったんだけど」
・・・。
なるほど、文字通り用意したのか。
僕はそういうものかと納得しかけたところでプリムが叫んだ。
「ど、毒とか盛ってませんか!?私、変な動物とかになってません??」
「なってないよ」
「あんたねぇ。黙って食わないと今晩の食材にするわよ」
「ひぃいいい」
いちいちリアクションが大袈裟な娘だな。
「でも、どうして?なんか意外だけど」
「なんで意外なのよ?科学も魔術も料理も一緒でしょ。作用と結果」
少女はそう言った。
いや、そういう意味じゃなくて。
「無駄は嫌いそうなだけど」
「そんなの自炊下手の言い訳でしょ」
かもしれないけど。
少女が意外に家庭的で戸惑う。
「でも、この人数を用意するなら買ったほうが」
それにシンプルだが意外に手の込んだ料理だ。
今は茹でて油を落としたせせぎ鳥のサンドを食べているが妙にフルーティなソースがかかっていて絶妙。
僕も料理はできるがここまで手が込んだ料理は無理だと思う。
「・・・一応、ご苦労の侘びのつもりよ」
「どういうこと?」
「冒険者の試験でC級と言えば一応難関なの。そもそも推薦者試験っていうのはワンランク上の難度になるし」
「うん。それで?」
「だから、君の実力が如何ほどか見てやろうという私の魂胆よ」
ふーん。なるほど。
でも冒険者に興味があったのは事実だし、別に迷惑を被った訳でもない。
「それでお眼鏡にはかなった?」
「君が強いのは分かったけど、どれほど強いかはさっぱりね。もともと剣術なんて問題漢だし」
うん、そうだろうね。逆に僕も彼女がどれほどのものなのか分からないし。
僕はあまり気にせず食事を進める。
ふと、気配を感じて遠くを見た。
「へー、ここってあんなものまで居るんだ」
「何?」
レイチェルもつられて遠くの方を見る。
「何も見えないわね」
そう言うと小さくスペルを呟く。
遠見の魔術か何かだろう。
「あー、へー、珍しいものね」
「え?何か居るんですか??」
一人状況が分からないプリムがそう呟く。
レイチェルは笑って言った。
「ドラゴンよ」
◇◇◇◇◇
竜はこちらに近づいているようだ。
どうやら、こちらでお食事のつもりらしい。
「の、野良竜!?」
見たところ低級竜とは言え、精霊獣種最強の竜族が現れたのだ。
驚くのも当然か。
厄介な魔獣に間違いは無い。
「ににに、逃げてくださいぃいい」
「あんた、ちょっとうるさい」
完全に気が動転しているプリムをレイチェルが煙たそうにあしらう。
僕は二人を置いて竜の方に近づく。
まだ若干距離があるから人の足でも良いポイントを選定出来そうだ。
彼女も僕の意図は分からないのだろう。困った顔のまま、その場で僕の出方を見ている。
その様子を横目見ながら、僕は無造作に竜に近づく。
竜もまた高速の滑空で僕に急接近する。
無言の対峙。そして、
一瞬の交差。
僕は飛び越えながら、剣を抜いて「それ」を起こした。
お互いの交差が終わり、僕は無事に着地すると竜の方を向いた。
竜は高速滑空の勢いそのまま、後ろの木々に突っ込み、岩に全身をぶつけて、かなり大きな音を立ててようやく止まった。
「えぇええええ、何、今の???」
遠く、プリムが驚きの声を上げる。
レイチェルも戸惑った顔をしている。
「今のは、・・・音?」
「良く分かるね」
竜族は人間の何十倍も耳が良い。
特にある周波数の音には異様に反応するのだ。
竜笛というもので起こすような特殊な音波を特殊な方法で竜に当てると一瞬だけ意識を喪失させることが出来るのだ。
本来は竜の意識を一瞬だけ飛ばして隙を作る為だけの技だが、ああいう状況で使えば、竜族を事故らせるぐらいはできる。
竜幻重奏謳
本来は複雑で巨大な専用の音響装置を使うのだが、師匠が面白がって剣一本で鳴らす方法を作り出してしまったのだ。
まぁ、大道芸だな。
「た、倒しちゃたんですか?」
「自滅だよ」
それにちょっと転かしただけで殺してないし。
意識を失い、おそらく羽も折れただろう竜種が、この後どうなるかは想像もつかない。
プリムは神妙な顔で呟いた。
「報告書、どうしましょう」
「そのまま、書けば?」
「だって単身で竜を倒すなんて国内S級、国際B級相当の所業ですよ?竜騎士なら第三深度級の騎士になってしまいます」
「つまり、こいつはそのぐらい非常識ってことね」
非常識だなんてレイチェルには言われたくないけど。
「確認しますけど、竜騎士って事じゃないですよね?本当に生身一つですか?」
僕は質問の意味が分からず聞き返した。
「えーと、なんでそんなことを聞くの?竜騎士は何か特殊なのか?」
「特殊というか特別といいますか。竜騎士は究極の戦士ですし」
説明に困ったプリムの代わりにしたり顔でレイチェルが告げた。
「竜騎士はね。契約を結んだ精霊種の王者、竜の力の一部を竜珠を通して使うことが出来るの。つまり、超人なのよ。第一深度の人間ですら駆け足で100メートル7~8秒出すし、重量挙げでも片手で100キロは上げるわよ」
「へー、凄いね」
なるほど、師匠が竜騎士を結構やる連中と言ったのはそういう事か。
「それに契約に基づいて竜の支配する強大な精霊力を徴収できる。つまり竜騎士はちょっとした国家戦略兵器ってわけね。いまだに竜騎士を何人保有するかが国力の目安と言われているし」
「何人くらいいるの?」
「ヴァーレンハルトでも100人くらいはいたと思うけど」
そんなに。驚いた僕にレイチェルが手を振った。
「竜なんてちょっとした貴族並みの財力がないと維持できないし、血の影響も少なからずあるから、国の武闘派貴族に多いのよねぇ。それは良いとして」
良いとして?
「君って竜と契約もしてないくせに一撃で最下級とは言え竜種を倒したのよ?それって異常だと思わない?」
面白そうにそう語るレイチェル。
僕は納得が行かないながらもしぶしぶ、思ったままを口にした。
「僕や師匠にとっては普通だったんだけど」
もっとも、それはローカルな常識らしい。
「なんか不満そうね?」
「・・・僕らが異常だって事は重々分かったよ」
僕はそう溜息まじりに呟いた。
◇◇◇◇◇
僕らがカロウズにたどり着く頃には空は夕日色に染まっていた。
「私はこれから試験結果をまとめます。明日には許可証が出てるので来てください」
そういうプリムは一人、ギルドの方に去って行った。
「僕らはどうする?」
「そうね。リリィのご飯でも買いましょう」
市場の方を指して呟いた。
リリィとはあのウサギの名前だ。
いつの間にか僕の手を完全に離れて彼女のペットになっている。
ある意味、健全かもしれないが、どうにも腑に落ちない。
精霊種だからか、ウサギだからか、分からないがもうほとんど鳴き声を発することもない。
正直、意外なほど彼女はリリィを可愛がっている。
この少女にも普通に母性的なものがあるのだろうか?
◇◇◇◇◇
その日、私が提出した報告書を読んだ所属長は眉を一つ動かした。
「プリム、報告書の内容に嘘は無いんだな」
「天地神明に掛けてありません」
「ありえん」
くそ爺と内心で悪態を付く。
少なくとも即興災厄に関する全ての面倒をこっちに押しつけた上司だ。
私にとってはまったく信用ならない。
「事実です」
「となれば、あの魔術師がつれてきた剣士が、只の剣士が、S級冒険者級だと?」
只の剣士の限度はA級。それが冒険者ギルドの通説だ。
精霊剣だとか、魔法剣だとか、それこそ竜剣だとか、そういう例外にならない限り純粋な剣士には当然限界がある。
「そういう規格外でもおかしくないのでは?あの即興災厄の連れですし」
我ながらそこそこ説得力のある言い分だと思った。
しかし、上司は納得いかない顔。
「しかし、なぁ」
竜も含めて全て一撃。
あり得ない事ではある。只の人間が、腕力のみでそれを為した。
只の幸運か、偶然か、奇跡。
そうでなければ何なのだ。
「この竜が大怪我を負って山に居るというのは事実なのか?」
「はい」
所属長は頭痛がするのか、顔を歪めて目頭を押さえる。
「もし事実なら討伐隊を編成しないと。万が一、傷が癒えて人に恨みを持った荒竜に成られても困る」
「はー」
その仕事までこっちに振らないでほしいとプリムは祈った。
もういい加減にストレスの限界だ。
これ以上の労務はお肌が荒れるし、早く帰りたい。
「どうして、こう面倒事を持ち込むのだ。即興災厄」
それはどうだろう。
竜の里を追われ、人喰いに堕ちた竜は早かれ、遅かれ、人里を襲った。
そう考えれば、事前処置の段階で事が済んだ今回はむしろお手柄ではないか。
そう思うのだが。
「しかし、即興災厄が関わって、しかも竜が出てきて山が一つ消し飛ばなかっただけマシか」
・・・。
確かに反魔力の高密度装甲を持つ竜種に「効かせる」レベルの魔術を問答無用にかませば、地形が変わるかもしれない。
それを鼻歌まじりの手軽さで行使するのがあの少女だ。
塔の魔術師の中にあって、至座と呼ばれる四賢者の座にもっとも近いとされる少女。
魔術師としてはおおよそ破格でまさに天才。
その上、見た目があんなに可憐で、その中身がああも残念だと神様に文句の一つも言いたくなってくる。
噂によるとどこぞの王家の姫さまらしいが、所詮、噂は噂だろう。
「とにかく、すぐに調査隊を編成。書類は君が作るように」
「はぁ、分かりました」
書類は手を抜きまくってやる。
恨めしそうにそう毒づき、プリムは下がった。
◇◇◇◇◇
「こちらが冒険許可証になります」
僕は冒険証を受け取る。
これで僕も今日から冒険者と言う名の身分持ちとなったわけだ。
「帰ったぞ!!大物だ」
そう言って、男たちがギルドに駆け込んで来た。
何十にも縛られた獲物を抱えている。
その獲物には見覚えがあった。
「昨日の竜?」
「ええ、昨日の竜を討伐してきたんです」
「え?何で?」
僕としては見逃した相手だ。
別に止めを差しに行ったことに何の感慨も不満も無いけど、疑問は残る。
「傷が癒えたら人を恨むでしょ?誰でもテオさんみたいに竜を倒せる訳ではありませんから」
「なるほど」
面倒だからほっておいたのだけれど、ちゃんと摘んで置くべきだったのだろう。
人として。そのコミュニティーを守る義務を負うならば。
駄目だな。
山に帰るとどうしても感覚が師匠の元に居た頃と同じになる。
山のぬしとしての行動になってしまう。
「ふふ、昨日は帰ってないんですよ、私」
「怖いよ、プリムさん」
そんな面倒になるなら、あの場でしとめてあげれば良かったかな。
あの程度の竜ならそう手間も無かっただろうし。
「とにかく、これで冒険者です。おめでとうございます」
「ありがとう」
「早速ですが、何か依頼でも受けますか?」
依頼か。どういうものがあるか少し興味はあるけど。
「いや、今は王都を目指しているんだ」
「王都。すぐにこの町を出るんですね」
「そうだよ」
プリムは、はぁとため息を付くと笑った。
「御武運をお祈りします。また逢えると良いですね」
「うん。ありがとう」
僕は軽く礼をしてギルドを出た。
ギルドを出ると目の前にレイチェルが居た。
「なんでこんなところに?」
「いやーおじゃまかなーとおもって」
なぜか変な片言の言葉でそう呟く。
「なにが?」
いやーと、にやにやしている少女。
そういえば、この娘は人の心を読むんだっけ。
「プリム嬢が何か?」
「あー、気にしなくて良いんじゃない?」
いやいや、気になるだろ。
「じゃ、行きましょう。王都へ向かって!」
「待てよ、レイチェル」
何故か、上機嫌に見える少女の後ろを僕は歩きだした。