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パードラの町にて

野盗が出るという街道を避けて、道無き野道を歩いて1日。

僕はパドラ候アルブンの納める町、パードラに着いた。


さて、パードラの町だ。


僕は始めてみる人混みと言うものに、いささか恐縮しながら町を歩く。

とにかく歩きづらい。

曲がりなりにも武道をやっている手前、人に当たらず歩くのは問題はない。

しかし、こうも人が多いこと自体、初めてで軽く人の気配に酔いそうだ。


目当ての商会はすぐに見つかった。

ロイシャにあるヒルド親方の店を立派などと、称した僕だけど、ここはそんなレベルの建物では無かった。


ここの商会はあれと比べれば、まるでお城の様である。

もっとも実際のお城など、お目にかかったことが無い僕なのだけれど。


カイデ商会と看板のある店に入っていく。

商会では、今まさに千金を扱う取引が行われており、独特の熱気に包まれている。


受付の女性に僕は訪ねた。


「すいません。こちらにミューレと言う商人がいませんか?」


「はい、ミューレさまにお会いになられるのですか?待ってください。えーと、面会約束アポイトメントは?」


約束などしているはずが無い。僕は首を振った。


僕の様子に、受付嬢は怪訝そうな顔をした。

田舎者が冷やかしに来ているとでも思われたかな?


「あの、誰かのご紹介ですか?」


「えっと、これを…」


紹介状を見せた。

彼女は其れの表紙の印を見て、目を見開いた。


「薔薇の紅印レッド・ローズ。最上位商取引ですね。分かりました、ミューレさまに直ぐにお繋ぎします」


「え?はぁ…」


最上位?なんだ、それ?


僕は突然態度を変えた受付嬢が畏まりながら、下がっていくを見て戸惑った。

何が起こったのだろう。


「ヒルド先生からの紹介だって?」


妙に艶のある声がして、僕は後ろを振り返った。

絶世と呼んで良いだろう妙齢の美女が其処にいた。

艶やかな黒髪に、切れ長の瞳。見事な造形の小顔が長身に載っている。


(これは凄いな)


僕が思わず感嘆を漏らすと彼女は笑いながら言った。


「やれやれ、御大も耄碌もうろくしたかな?こんな少年にレッド・ローズを託すとは」


苦笑する女史に僕は尋ねた。


「あのレッドローズってなんですか?」


「最上位品目取引証書だ。希少種の取引商談にしか使わないものなんだが…」


彼女は僕から証書を受け取ると随分と乱暴に中から手紙を取り出した。

ふ~んと鼻を鳴らす。不意に彼女の目が細められた。


「君は本当にリリィ・ラビットの毛皮を持っているかい?」


「はい」


僕は背負った荷袋から其れを取り出す。

彼女はそれを汚そうに摘んだ。

ついでに、鼻を摘んで渋い顔をした。


「ああ、匂うな。僕が扱う奴は大体、中古で香水漬けだからなぁ…。こりゃ、獣臭くさい」


「はぁ」


僕は戸惑った。もしかして売り物にならないのか?

とにかく、女史の反応は想像以上に酷いものだ。

困った僕に彼女は唐突に言った。


「ひとつ、1000だ」


「え?」


彼女は心外そうに目を細めた。


「不満か?じゃ、1200だそう」


「何がです?」


漸く彼女はどうやら僕が分かっていないと分かったらしく苦笑した。


「これの取引に一つ当たり、1200キュリー金貨を出そうというのだ。これは、なるほど上物だ。加工前となると中々、出回るものじゃない」


「あ、ありがとうございます」


2400キュリー?そんな大金、到底持ち歩けない。

戸惑う僕に彼女は随分上機嫌になって言った。


「なんだ?どうした?なにか、困っているな?」


「いや、そんなに大金だと持ち歩くのが大変そうだなと思いまして…」


まるで、大金が迷惑みたいだな。

根っからの商人である彼女は苦笑し、言った。


「なんだ、そんなこと…。うちの商会に預ければ良い。全国に支店があるし、金券で引き出せるぞ。そうだな、イリーナ。100キュリー銀行保証金券を24枚程、この坊やに発行してやれ」


金券?聞いたことの無いサービスに僕は戸惑った。


「どういう制度なのですか?」


彼女はどこか得意気に笑った。


「信用取引さ。心配するな。うちは保証のない架空金券など発行しない。これでも業界最大大手でね。信用第一。取り付け騒ぎなど、起こされても困るからな」


それで説明になっているのか?僕は良くは分からず首を捻った。


「ところで、君、これの子供の革をヒルド先生に100キュリーで売ったな?」


「はい」


彼女は目を細めた。


「僕なら700は出した。今度から僕のところに持って来い」


「はぁ」


僕は恐縮しながら頷いた。彼女は笑って言った。


「しかし、先生は健在か。まったく片田舎に引っ込んだと思えば、これだ」


彼女は「全く、これだから喰えん人だ」と、なんだか嬉しそうに呟く。


「どういうお知り合いなのですか?」


「彼は僕の不肖の先生さ。女に魅入られて、片田舎に引っ込むなど正気の沙汰ではないがな。まったく、あんな女のどこが良かったのか…」


「はぁ」


目の前の女性にはさすがに劣るとはいえ、ルクシャさんも相当に美人…いや、可愛い女性だと思うのだけれど。


「ミューレさまは振られたんですよね?」


「こら、イリーナ。そんな不名誉は事実じゃない」


顔を赤くして怒りを見せるミューレさん。

どうやら詮索するのはやめたほうが良さそうだ。

先ほどの受付嬢――イリーナ嬢は僕に金券しながら、僕の手を握り、どこか上目づかいで僕を見た。


「貴方ってお金持ちなんですね」


はい?僕の反応に困った顔にミューレが破顔した。


「ほら、田舎坊やが困っているぞ!たかるのは、やめてやれ、イリーナ!」


「ちぇ。じゃ、またね。えーと」


そういえば、まだ誰にも僕を紹介していなかった。


「あ、テオです。テオ・ファー・ロイエン」


「イリーナ・シルトよ。ばいばい、可愛い君」


そう言ってクスクス笑って少女は去っていく。

僕に金券を渡す用件が済んだので、受付業務に戻ったのだろう。

イリーナ嬢かぁ。なんだかふわふわして可愛い子だな。


「君みたいなのでも、ああいう子が良いのかね?まったく男って奴は…」


ミューレはぶつぶつ言いながら下がって行く。

僕は慌てて頭を下げた。


「ありがとうございました」


「ああ、次も頼むな。レアハンターの君」


彼女は手を振りながら商会の奥の間に入り込んでしまった。





◇◇◇◇◇




僕は取引を終えて、町を探索した。

見知らぬ風土に町並みに心躍る。


(旅は意外と良いかもしれない)


なんと言っても、自らの見識が広がっていく感じが実体感を持って感じられるのが凄く良い。

最初はどうなることかと思ったが、大金を手に入れて少し気が楽になったかもしれない。


ふと、気がつくと、自分の腰に釣った袋がもぞもぞと動いた。

ああ、この子が居たんだった。


僕は思い出し、紐を緩める。リリィ・ラビットの赤子が袋から顔を出した。

鳴き声は無い。目も開いていない子供は、しきりに鼻を鳴らしている。


さて。

これがどういう要求なのか分からない。


(こまったなぁ)


僕は頭を抱えた。


リリィ・ラビットは半妖種の一種だとも言われている。

半妖種とは、生体と妖体の合いの子を差す。

精霊力を肉体に取り入れて、進化した生き物だ。


この世界には、マナと呼ばれる魔法の力に満ちていて、それの恩恵に与る生き物は多様にいる。

人間も、直接マナを栄養や動力源として取り入れる素養は無いが魔術という方法で、マナを随分と便利に使っている。

特に魔術師や精霊使いと呼ばれる人たちがそれこそ便利に利用している。


生体と精霊の合いの子を差す、半霊種も同じ意味だ。

まぁ、妖体と精霊の違いは、僕には良く分からないのだけれど。


さて、そういう生き物は空気中のマナを喰うて生きるとも聞く。

一方で生体の維持にある程度の肉も必要とも聞く。

そういえば、エルフも半霊種だと言われているなぁ。師匠の燃費の良さも其処から来ているに違いない。

噂に聞く竜も半精種だと聞いたことがある。


とにかく。


(この子は食料を要求しているに違いない)


一先ず、他に思いつかないので僕はそう決め付けた。

では、何を食べる?

難しい。

妥当なところでミルクなんてどうだろうか?


僕は食料市場を求めて、早速、ヒルドさん特製のガイドを開くと簡易な地図に食料市の名前を見つける。


(北の外れだな)


よーし。市場の人間からなら兎の飼い方くらい、聞けるかもしれない。

僕は町の中を北に向け、歩き出した。




◇◇◇◇◇




少し進むと歩けなくなった。

僕の目の前で人の群れが全く動かず留まっているのであった。

僕は一瞬迷ったが、人の群れを掻き分けて進むことにした。


僕はたった一日とは言え、この子に水以外にろくな食料を与えていない。

僕の普段携帯している堅いパンや干し肉は、当然与えられなかったし、それ以外に手持ちも無かった。

予め、勝手の知っているロイシャでヤギのミルクを分けてもらえば良かった。

今更ながらにその事に気づいた。


ああ、僕は本当に駄目だな。

群れを掻き分けると人が居ないスペースに辿り着いた。


(あれ?なんだろう?)


人だかりが何故出来ていたのか、僕は理解した。

僕の目の前で一人のローブを深々と被った少年(?)が傭兵と思われる男たちに囲まれていたのだ。

傭兵の数は3人。皆、それなりにがたいが良い。


(助けようかな?)


端から見ている感じでは、少年の方は分が悪そうだ。

余計なお節介かも知れないが。

さすがに、目の前で堂々と弱いものいじめなどされたなら、見過ごせない。


「天下の公道は、あんたらみたいなチンピラが、堂々と風切って歩く場所じゃないんじゃない!?」


耳を澄ますまでもなく、聞こえてきたのは意外にも女の子の声だった。

僕はその啖呵たんかも含めて、大いに驚いた。

チンピラ呼ばわりされた男たちは苛立った声を上げた。


「ふざけるなよ!くそ餓鬼!」


「ああ!煩いチンピラね!とにかく彼女に謝りなさい。折角の商品が台無しじゃない!」


見れば、少女の足元には、ばらけた花束が無惨に広がっている。

花が土にまみれ、こうなっては商品としては微妙だろう。


啖呵を切るその少女の近くで青い顔になっている花売りの少女がその花束の本来の持ち主だろう。


状況はちょっと分からないが男たちのチンピラと称されるなりの粗暴な振る舞いの結果、花が台無しになった可能性が高そうだ。


しかし、たしなめるにも言い様があるだろうに。これでは完全に売り言葉に買い言葉だ。


こりゃ、一悶着あるに違いない。

僕は緊張して状況を見送った。


すると、男たちの一人がローブの中をのぞき込みながら、下世話な笑いを浮かべて言った。


「はっ、代わりにおめぇーが別の花でも売ってりゃいいじゃねぇ?俺は買うぜ」


それが「何」の隠喩か僕には分からなかったが、意味が分かったらしい少女は烈火のように怒った。


「最低!」


「おい、このアマひん剥こうぜ!上物だ!!」


おいおい、彼らはこんな昼間から何をしようというのだ?

下品な笑いを浮かべた傭兵たちが動き出す。

少女が何かを取り出して構えるより早く、僕は前に出た。


「あっ?」


いぶかる男が動くより早く、僕は身体ごと構えた剣柄をぶっつける。

鳩尾に柄が深く刺さり、一人の男が意識を失った。

そのままの流れで続くもう一人を、剣帯から外した鞘ごと殴りつける。


「てめぇ!!」


もう一人、多少、距離のあるところに居た、男が剣に手を掛けた。

僕は流れるように一歩を踏み込み、上段に構えた剣を抜き放つ。

一瞬の間に、斬って、収める。


居合いと言う剣の業だ。


男は遅れて、剣を抜いた。

しかし。


「あ…?」


剣を抜くというにはあまりに軽い感触に男が剣を見る。

剣そのものが切られていたのだ。

もはや、剣と呼ぶに相応しくないものを手に持って男は呻いた。


「て、てめぇ」


「僕はどっちが悪いかなんて分からないけど。往来でこういうのは見過ごせないな」


そう言って剣を抜き、正眼に構える。

精一杯威圧しているつもりだ。これで上手く行かなかったら、それこそ、適当に切るしかない。


「く、くそ覚えてろよ!!」


やれやれ。逃げてくれたか。

僕は剣を納めて、歩き出・・・、そうとした。


「待ちなさいよ!どういうつもり!?」


さっきのローブの少女が肩を怒らせている。と言っても随分と華奢な感じでローブ越しにも全く怖さがない。


「え?何が?」


まさか、この少女の方に咎められるとは思わず、僕は困惑した。


「よくも邪魔したわね!」


「邪魔って・・・」


僕が戸惑って聞き返すと少女は吠えた。


「くそ、あいつら・・・。生まれて来たことを永遠に後悔するぐらいに痛めつけてやろうと思ったのに!」


「そんな無茶な」


随分とエキセントリックな物言いである。

僕にはこの小柄な少女にそんなことが出来るとは到底思えなかった。


「あいつ等も大概だけど君も大概ね。私が伊達や酔狂で、この、賢者のローブを纏ってると思うの?」


そう言って着ていたローブを示した。

何やら特徴的に塔と雷を模した意匠が施されている様だ。


えーと。

だから、何なのだろう。


僕の知識の範囲では判断出来ず、困惑する。


「それは有名なローブなの?」


困惑した僕の言葉に少女はなお一層、怒った。

  

「これだから教養の無い阿呆どもは!!」


彼女は目深に被っていたローブのフードをはがした。


ほぅ。と、思わず息が漏れる。


ウェーブがかかり、複雑に流れる、煌めくような粒子を纏った美しい銀髪がまず見えた。

次に人形の様に美しい、顔、鼻、目。


(師匠以上だ)


思いかけず、信じがたい感想が生まれた。


それほどに美しい少女が其処にいたのだ。


「見なさい。この英知の証たる賢者の紋章を!」


そう言って凝った意匠のペンダントを見せる。


「え、うん」


何?

やはり、僕には判断できない。


「この愚鈍!!」


少女がローブから何かを取り出す。

タクト?

少女がそれを振るう。わずか一瞬で僕は空高く飛ばされていた。


「なぁ!?」


何が起こったかは分かった。

これは魔術だ。


しかし。


「どう!思い知った!?これが偉大なるスペルマスターの称号を持つ者の実力よ!!」


魔術師!?彼女がそうなのか?

僕は驚きの顔で少女を見下げた。


いや、しかし・・・。


なんで、僕は浮かされているのだろう?




◇◇◇◇◇





「私、なんで君を浮かばせて遊んでいたのかしら?」


やっと降ろしてもらった後で、ぬけぬけと少女はそう、うそぶいた。

これには僕もさすがに呆れて言った。


「さぁ、それは僕が聞きたいよ」


しかし。

あの一瞬の出来事を思い出し、僕は首をすくめた。


あんなに簡単に魔術とは使えるものなのだろうか。

もし、そうだとすれば、魔術とは本当に恐ろしい。


呪力を見て避ける訓練は散々に師匠のもとでしていた。

それが全く使えなかった。

役に立たなかった。


魔術は魔力を練らねば使えない。

タイムラグがあって当然だと思っていた。

それが無いということがあり得たとは。


あれほどの魔力を一瞬で練り上げるとは凄まじい。


僕は人の魔術師はこんなにも凄いものなのか、と驚嘆することしきりだった。


「まぁ、興が乗れば、そういうこともあるわね」


「ないよ。さすがに」


いくら僕でもそれくらいは分かった。

それは非常識だと思う。


「まさか。貴方も既にあったことを無かったことには出来ないわ」


なるほど。

いや。しかし。けれども。

そんな言葉で自分の非常識を正当化しないでほしいものだ。

僕が一人、苦悩していると少女は白けた顔で言った。


「あ~あ、人が死ぬほど苦しんで、でも絶対に死ねない魔術を開発したから試したかったのに残念だわ」


「き、君が残念がってるのはそんな理由なの??」


そんな魔術が実在するとして、それを人に試すのは、


恐ろしい。


だんだん、この少女の性格が分かって来たような気がする。

少女は不満気に頬を膨らませて言った。


「だって、こんな魔術、普段は試しようが無いじゃない」


当然である。


「きっと永遠に試しても良い機会なんて訪れないよね?」


僕の言葉に少女は首を振った。

そして、さも当然の様に言い切った。


「そんなの!・・・機会なんて適当に見つけて使うわよ!」


使わないでほしい。

僕は何でかものすごく疲れて来た。

どうやらこの少女は、とんでもない少女らしい。


「君はどうして喧嘩に割って入ったの?」


「困ってるかと思って」


呆れた顔で少女は笑った。


「それはとんだ見当違いだったわね。で?なんで」


「何が?」


僕は少女から何度も同じ質問をぶつけられて、正直、困った。


「いや、別にー。困ってるから、よし、じゃー、助ける。って普通の道理なの?あー、さっきの花売りに下心でもあった?」


にやにやと可愛い顔でそんな下世話な事を言う。

綺麗な顔が台無しというか。いや、性格からして、もう既に台無しどころではない感じだが。


「道理って、それこそ普通の行動原理じゃないの?」


「正義漢ってこと?大したものだけど、そんな生き方、悪いけど普通じゃないわよ」


そうなのか。世間擦れしてるのなら修正しないといけない。


僕もこれからそういういった世間さまと言ったところの中で生きていかなければならないのだ。


ズレて目立つのは。


僕の望むところでは無い。


僕は困った顔で呟いた。


「君はどうなの?」


「あー、私は試したい魔術があったから」


おい。


「そっちの方が明らかに普通じゃないよ!」


「え?この私が普通の人間な訳がないでしょ?」


さも、当たり前みたいに言わないでほしい。

この子、ほんとうに怖いなぁ。


「じゃ、どうするのが普通なの?」


「そうねぇ、自警団を呼ぶのが普通かしら?」


なるほど。

確かに治安を守っている存在に頼るのがごくごく一般的な処世術だよなぁ。

すると、遠くを見た少女が嫌そうな顔をした。


「げっ、噂をすれば、自警団じゃない!」


なるほど。

つまり、これは当然自然なことの成り行きなのだろう。

騒げば、自警団が来る。


「逃げるわよ」


少女はそう呟くや僕の首根っこを掴んで走り出した。


「ちょっと!」


「うっさいわね。ああ言う手合いは面倒なのよ!」


なんで僕まで?


「別に逃げる必要ないよね?」


「成る程!例の魔術を連中に試して見ても!!名案ね!!」


嬉々としてそう呟いた少女に僕は焦って声を上げた。


「良くないよ!そう言う意味じゃない!」


「冗談よ!ほら、こっち!」


本気にしか思えない。

ひとまず、付き合うしか無いな。僕は走りながら叫んだ。


「ああ!なんだか!もう、君に道理を問われたくない!」


「そうね!それは悪かったわ!あはは」


笑って誤魔化さないでほしい。





◇◇◇◇◇





どこかの裏路地。どこかは分からないがかなりの距離を逃げた。

ひとまず、ここまで自警団が追ってくることはないだろう。


同時に僕の本来の目的地からも大いに遠ざかってしまったけれど。


「どうして君を連れて逃げ出したのかしら?」


「このやり取り何度目だよ!」


僕がげんなりしながら呟くと少女はしれっと言い放った。


「君を置いて逃げれば、もっと楽に逃げれたわよね?」


そうかい。

僕も別に君と逃げる気はなかったしね。


「あら?言っておくけど、往来で正当な理由も無く、剣なんて抜いたら一晩は留置所に入ることになるから」


「え。そうなの」


じゃ、実は拙かったのか。

つまり、僕は助けられた、と。

感謝こそすれ、非難する立場にないのか。


「ありがとう」


「まぁ、人に向けて魔術を放ったら一晩じゃ済まないけどね!」


なんというか。

いちいちお礼を言う気を削いでくる少女である。

大体、少女が魔術を放った相手は僕だ。


「一応、名乗って置こうかしら、私はレイチェル。君は?」


「テオと言います」


「へー、テオくん。君、何者?」


「とは?」


「だって、あんなに剣が使える人間そうそういないわよ。傭兵なの?」


剣を使える人間がそんなにいない?そうなのだろうか。実感は無いが。

まぁ、師匠の希望を考えれば、傭兵になることに成るのかな?

僕としてはそういう事は遠慮したいところなのだが。


「未定です。実は里を出てきたばかりで、特に目的も無いですし」


「じゃ、お姉さんが適当なところに売っぱらってあげようか?」


「結構です!」


余計なお世話すぎる。

そして、親切心が欠片も感じられない。

大体、年齢は同じくらいだと思われるのにお姉さんとはなんだろう。


「でも、何の目的も無く田舎者が都会に出てきたら大変よね?」


「そうですね。まぁ、一応、育て親から親書を貰いましたんで、それを伝手に何か始めようかと」


このままだと剣を使って、それこそ傭兵にでもなるぐらいしか道は無さそうだが。

他に飯の種になりそうな技能があるわけでもないし。


「へー、都会に親戚でもいるってこと?」


「いえ、師匠がどこかの国の王子と親しいらしくて」


あの人間嫌いと本当に親しい王子などがいるかどうか、かなり疑問だが。


「ファーデンハルトの王子です」


僕の言葉にレイチェルは驚いた顔をした。


「え?王子?あの国に今、王子なんて居ないわよ?ちょっと見せなさいよ、その親書!ほら、早く出しなさい!」


「そ、そうなんですか??」


焦る僕が親書を差し出すとレイチェルは奪い取る様に親書を掴んで見入った。

少女は目を見張ると微妙な顔で言った。


「・・・。あー、これ親父の字だわ」


「え?」


どう言うこと?まさか偽物?でも親父の字とは?


「心配しなくても、たぶん本物ね。まったく、これってどういう奇縁なわけ?」


「何が?」


何がどう繋がって奇縁なのか?


「なんで偶然出会っただけの君が偶然にも私の親父の親書を持っているの?奇縁?偶然?必然?」


王子が親父?

それって、つまり。


「君は王子の娘なの??」


意外なところに繋がった。偶然にしては出来すぎなような。


「元ね。家はとっくに捨てて、賢者の学舎に入っちゃったけど。あと、親父はもう王子じゃなくて、王さまになってるから」


つまり、彼女はお姫様?

僕はたとえば、物語の中に存在するような姫と呼ばれる存在を想像して見た。


うん。


「見えない」


「おい、本人の前で呟くな。ちょっと傷つくわよ。それ」


いや、容姿だけなら見えなくもないか。

そう、しゃべらなければ少女は、可憐な美少女で、姫様かと問われて、10人が10人頷く様な容姿に違いない。

見かけだけなら、そう見えなくもない。


「なんか失礼な事考えてるでしょ?」


「うん」


「ちょっと!其処は否定なさいよ!」


少女はあきれ顔でそう言った。


「まぁ、しかし、目的地が一緒なら仕方ないわね。案内してあげても良いわよ」


「え、本当?」


そんな親切そうな少女にはとても見えなかったのだが。

人の善意を疑うのもあれだけど。


しかし、なんだか、ちょっと気味が悪い。


「ちょうど路銀も尽きかけてたしね!」


「たかる気満々じゃないか!」


「君もうちの親父にたかる気なんだし、フィフティ・フィフティじゃない?」


「ぜんぜん違うと思う」


「あら?私とは仲良くしてる方がお得でしょ。一応、姫だし」


一応とか、自分で付けるか?


「というか、君の場合、元、姫なんでしょ?」


「あら、意外とそう言うことには気づくのね」


否定もしないんだ。

う~ん。どこまでが善意で、どこからが悪意なのか、分からないような少女だな。


まぁ、人に良く見られたくないという反抗期的な善人なのだろう。

たぶん。

僕は師匠という似たような性格のエルフを知っているし。


「じゃ、さっさと町を出て王都に向かいましょうか?」


「待って。実は市場に行きたいんだ。ミルクが欲しくて」


「ミルク?へー、確かに君にお似合いだけど、無いと死ぬの?」


なんでそういちいち挑発的なんだ。

僕は困惑しながら言った。


「どういう意味だい?いや、この子に餌をあげたくて」


「どの子?」


少女が興味を示したので僕は袋からリリィラビットの顔を出した。


「ほほう、これは珍しい。リリィラビットの幼精?この子の餌か」


「まぁ」


「何?太らせて毛皮でも剥ぐ気?人の商いに口出しは無粋だとは思うけど、ちょっと残酷だわ」


そういうところは女子なんだ。

妙に感心しながら僕は言った。


「あー、そういうつもりじゃないけど。というか、この子の親は僕が狩猟したんだ」


「ふーん。なのにこの子は殺せなかったの?」


「何となく」


「なるほど。まぁ、憐憫の情とか、そういうものなのかもね。で、どうするの?」


「大きくしたら。野に離そうかなぁ」


今更、助けておいてどうこうもないだろう。

予定としてはそんなところだ。


「リリィラビットはかなり賢い種よ。恨まれて逃がすのはどうかしら?」


「うーん、でも、まぁ」


レイチェルは僕を見つめた後で首を振った。


「まぁ、良いわ。外野がとやかく言うのもアレだしね。君の気の済む様にすれば、良いんじゃない」


「そうかい?」


「ミルクなら買いに行かなくても、私のを分けてあげるわ」


「本当?」


「ええ、まぁ、この子の数日分の餌ぐらいの量は持ってるわよ」


「助かるよ。でも、良く持ってったね」


「当然よ。女性として色々豊かに成長するためには必須でしょ?特に一部分について」


「へー、そうなんだ」


よく分からないけど。

なぜか、レイチェルは半目になって呟いた。


「・・・いま、おもいっきりボケたのにつっこみどころかリアクションも無かったわね!」


「え?」


何が?

少女は何故か微妙に紅潮した顔で自分の胸辺りを抱きながら言った。


「・・・まぁ、いいわ。なるほど、君は予想以上に純粋そうだ」


「はぁ」


「つまり、君はエロネタを振っても知らんぷりするムッツリスケベ野郎って事よ!!」


「何を言い出したか分かりかねるけど、君は女性としてそれで良いの!?」


「当然ね!」


当然なんだ。いや、意味分からないし。


「ちょっと待って」


少女がローブの上から背負っていた袋を下げる。

そしてミルクの入っている瓶を取り出した。

それを小皿に流すとリリィラビットに近づけた。


「食べる?」


「ええ、これは人肌に近い温度だし、ちょうど良いわ」


「ミルクで大丈夫?」


「そうね。半妖種は魔力を取ることの方が重要だから食事での栄養価はある程度で大丈夫よ。リリィは特に雑食だから、そう育成は難しくないはず」


そうなのか。よかった。


「ふふ。可愛い」


指先で軽く毛を撫でている。

屈託無く笑う彼女の笑顔を見て、僕は思わず目を細めた。

さっきまで傭兵相手に悪態を吐いていた少女と同一人物とはとても思えない。


「あら?意外そうな顔?何?」


「いや、君の方こそ、意外だなっと思って」


彼女は苦笑した。


「人間は嫌いだけど、動物はそこそこ好きよ」


「へぇ、そうなのかい?」


妙に感心して僕は笑った。


「そういえば、貴方もどこか小動物みたいよね」


「じゃ、僕もそこそこ好きなのかい?」


僕としては何気ない一言に彼女は目を白黒させた。

困った様な顔で言う。


「あんたもなかなか言うじゃない。そうね。別に嫌いじゃ、無いわよ。今のところは」


そりゃ、どうも。


「まともな人間ぽくないしね!」


「そりゃ、どうも」


なんだかなぁ。

こうして、僕は少女と出会い、共に王都を目指すことになった。

なんだか面倒事に巻き込まれたかもしれない。

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