開けてはいけないものを開けてしまったようです
日間ランキングにのっている・・・ありがたいです。
皆さんありがとうございます。
ちょっと下品な表現が入っています。苦手な人は回避を。
合格通知に同封されていた手紙には、勤務条件や説明などのため一度前もって訪ねてきてほしいという旨のことが書かれていました。
現在、待ち合わせの場所である中央広場の噴水の前で現在待機中です。ここは、王都でも有名な待ち合わせ場所で王都に来たばかりの私でもすぐにたどり着くことができました。待ち合わせの噴水はかなり大きいものなので一概に噴水の前と言っても会えない可能性もあるので、さらに時計が真正面に見えるところという細かい指定もあったから、見つからないということはまずないとは思います。
「ベアトリクス・リーだな」
「はい、先日ぶりです」
待ち合わせの時刻ちょうど、聞き覚えのある声で名前を呼ばれたので、顔を上げて確認するとそこには、副団長様が。こんな下っ端のお迎えに副団長様自らがやってくるとはどうなっているのでしょうか。副団長様は私の顔を数秒じっと見つめたかと思うと、ぷいっと顔をそらしてしまいました。そんなに見るに堪えない顔をしていたでしょうか、結構傷つきますね。
「ふん、ついてこい」
広場を出て、しばらくして私はあることに気づきます。すなわち、もしかして私嫌われているかもということです。初対面なのだから、そこまでペラペラとしゃべることはないのですが、それでもある程度は気を使って話していたわけですよ。やっぱり上司になるわけですし、嫌われるよりは好かれたほうがいいかと思いまして。でも、何を話しても「あぁ」か「いや」しか返ってこないとなると、もうこれは私とは会話したくない=話したくもないほど嫌いという遠回しな意思表示だとしか思えません。だって、「どれくらいで着くのですか?」という質問に対してすら「あぁ」なわけですから。なんですか、あぁって。何を肯定しているのでしょう。
ちょっと取り乱してしまいました。沈黙が重たいから、元日本人としての習性で、話しかけてみましたが、もうそんな不毛なことはしません。お望み通り黙りましょう。なかなか黙らずに空気読めよとイラつかれていたかもしれませんね。
そう決意して数分。黙ってましたよ、ずっと。何なら息も殺していましたよ、可能な限り。なのに何でこっちをちらちら見てくるのでしょうか。黙っていてもまだ何か気に入らないことがあるのでしょうか。もしかして、存在自体が嫌だとかですかね。それは我慢してもらうしかないわけですが。どうしようもないですからね、そればっかりは。
わけもわからずちらちら見られ続けた地味に精神にくる拷問が終わりようやく、目的地にたどりついたようです。そこは、南の貴族街の少し外れにあるお屋敷でした。貴族街は西南に延びていて、南はどちらかというと、由緒ある大貴族、西は新興貴族や下位の貴族が屋敷を構えているのです。なので、外れとはいえ南の貴族街にあるならば、このお屋敷の主は高位の貴族ということになります。門には守衛が二人、二人とも近衛の制服を着ています。
副団長様がすたすたと入られるので、私も遅れないように、守衛の方に軽く会釈だけして、気後れしながら門をくぐります。敷地内に入るとようやく、こちらをちらちら見るのはやめてくれました。結局何だったんでしょうか。
副団長の行動の謎は解消されることもなく、連れてこられたのは客間でした。そこにつくと、副団長様は久しぶりに二文字以上を話しました。いわく、座って待っていろと。
一人にされて考えるのはこのお屋敷の異常なこと。まず、守衛が国王陛下の所有物であるはずの近衛兵がしていること、そして異常なほど使用人の数が少ないこと。この広さのお屋敷なのに働いているらしき人を見ることは全くなかった。何なんでしょうね、ここは。
待つこと数分、扉から入ってきたのは、顔の整った男の人と副団長様でした。顔の整った彼は、並大抵のかっこよさではなくて、整いすぎて現実味のない造り物のようでした。副団長様が後ろに控えていることから、副団長様よりも身分が高いことがうかがいしれます。身分高くて、男前とか最強ですね。
「まずは、合格おめでとうと言ったらいいのかな。私は近衛騎士団長のマクシミリアン・オーディントンだ」
騎士団長様は『不屈の騎士』との異名を持つ我が国の少年たちがあこがれる英雄です。そんな団長様と副団長様が一介の料理人の雇用契約のために現れるとかどうなっているのでしょう。
「さっそくだが、ここについて説明しよう。正直君自身も審査の異様さについては感じたと思う。それについて、現在情報開示が許されているものを教えよう。この話を聞いて断わりたかったら断わってくれてもいい。ここはさるお方の居住地となっている。その方は少々訳ありでね。ありとあらゆる方面から命や身柄を狙われている。それを不憫に思われた陛下が守っているのだ」
これでなぜ門に近衛騎士がいたのかはわかりました。しかし、陛下が彼を守っているという言葉は失笑ものです。表情には出しませんが。どちらかというと利用しているといった方が正しい気がします。ただの訳ありを保護するなどありえませんからね。何かしらの利用価値があるから守っているという大義名分で閉じ込めているのでしょう。
「それゆえここで働くものにはそれなりの命の危険が伴う。人質にするための誘拐などは当たり前のことだと思っていてほしい。我々も君を気にはかけるが、我々は君の命とその方ならば、迷うことなくその方をとる。だから、自分の身は自分で守れるくらいの人間が望ましく、あのような選考を行ったのだ」
そんな事情を抱えた方が住んでいるところに普通部外者を招きますかね。もしその人間が敵方だったらどうするつもりだったんでしょうか、いや私は違いますけどね。
しかし、考え物ですねぇ。うまい話には裏があるといいますが、それは本当のようです。前に述べたように私は大往生するつもりです。そこらへんのやつに負ける気は全くしないのですが、こんなところで他人のために自分の命を危険にさらすのは私の信念に反します。断わるべきかなと考えたところで団長様が思い出したように付け足します。
「君をよく知る人物からの情報なんだが、君はある食材を探しているようだね。私の家は貿易業を営んでいてね、外つ国から珍しい食材も仕入れている。紹介状を書いてもいいんだが」
私をよく知る人物って誰でしょう。私が米を探していることを知っているのはほとんどいないはずなんですけど。それを知っているということは、私の素性も調べたのでしょう。特に隠していたわけではないですから、簡単に調べはついたでしょうけど。
確かにそれは魅力的です。今個人で探しているのは時間的にもお金的にもかなり厳しいことでしたから。米をとるか、命をとるか、ですね。
「これは独り言なのだが、この屋敷がその方が住んでいるというのは、いわば知っている人は知っている公然の秘密でね。副団長に連れられて入ってきた見知らぬ少女が、無防備に街中で働いていたらどうなるだろうね」
最悪です。何が最悪って、私には選択の余地がないということです。ここで断わってもどうせ命の聞きがあるならばメリットの大きい団長様の申し出を受けるほうがずっと賢いのだから。ここで腹がたつからといって我を通して得られるものはありません。何が断わりたかったら断わってもいいですか。
「お受けいたします。それが賢い選択ですから。でも、一つだけいいですか?」
どうにも収まらなくて、うっぷんを晴らしたくて、お願いする。
「不敬を問いはしないから、なんでも言っていい。無理を言ったのはこちらだから」
「さいってーですね」
度量の広いそのお言葉に甘えて、蔑みのこもった目で言ってやりました。ふふん。しかし、この後に起こることを知っていたら私は絶対にこの言葉を発しませんでした。
「どうしよう、勃った」
「は?」
空気が固まった気がした。
ありえない言葉が聞こえました。聞き間違いだと思いますが。聞き間違いであってほしい。
「どうしよう、アレク。この子が僕がずっと探していたご主人様かもしれない・・・。ビビッときたよ」
副団長様に興奮したように話かける団長様、もとい変態。呆れた表情を隠さない副団長様。変態、こちらをその赤らんだ色気たっぷりの顔で見るのはやめてほしいです。
「やっぱりこのお話はなかったことに」
変態の下で働けない、というよりは働きたくないです。それがどんなに好条件でも。
「無理でーす。もう受けちゃったからー」
非常に腹の立つ言い方で却下されました。副団長様、そのかわいそうなものを見る目でこちらを見ないでください。今まで目を合わせなかったくせに。かわいそうなのはこの人の直属の部下であるあなたもですから。
こっちに近づこうとする変態を副団長様が何とかなだめて下さり、話を再開はできるようになりました。本心としては帰りたいですが、一度お受けしますと言った時点で契約はなされてしまったので、仕方がありません。先ほどと違うことといえば変態が熱っぽい目でじっとこちらを見てくることでしょうか。副団長様の株が私の中でノンスットップ高。アベノミクス効果です。特に深い意味はありません。私を嫌っているのにそれでも変態を止めてくれてどうもありがとうございます。
「貴方じゃないといけない理由は、一つは僕のご主人様だから。今じゃこれが一番大事。あとは、身分がしっかりしているから。マッコーキンデール家の娘なら、絶対に裏切らない」
どうして選択の余地をなくして、私を引き入れたのですかという質問に対する答えです。前半は聞き流しました。家のことはばれているのは想定内ですので特に問題はありません。確かにうちの家の人間は裏切らないからこんなところに入れる外部の者にはもってこいでしょう。
納得いったところで、詳しい勤務条件といつから入るのかを確認し、この話し合いは終わりを迎えました。
今日の教訓としては、世の中には知らない方が幸せなこともあるようです。
騎士団長はMの人でした。イケメンなのに残念。
今更ながらの人物紹介補足
主人公は黒髪に紫の目です。顔立ちは中の上。本名はベアトリクス・リー・マッコーキンデール。リーは母親の旧姓。
副団長は赤茶の髪の毛に茶色い目のマッチョ。顔立ちはいい方。主人公を嫌っているように見えるのはあるトラウマが原因。別にシリアスなわけじゃない。いまだに名前が出ていない。団長からはアレクと呼ばれていることが判明。
団長は超がつく美男子。金髪に碧眼。でも、変態だった。公では私、私では僕と一人称を使い分ける。主人公にさげすまれた目を向けられたときにこの人しかないと確信した模様。副団長とは友達。