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病院・2

 幽霊が見える、幽霊の声が聞こえる、幽霊に手を掴まれる……心霊を扱うテレビ番組やインターネット上の体験談は今までいくつも見てきたが、まさか自分がそういった経験をするとは思いもよらなかった。オカルト好きな少年はあらゆる都市伝説や怪談の類を「オカルト」であるからこそ楽しめていた。どことなく漂ううさんくささというか、自分のいる世界とはどこか異質な空間で起きているからこそ一種のエンターテイメントとして向き合えていた。「見える人には見えるのだろう」、「そういう世界もあるのだろう」、「本当だったらおもしろいのに」、そう思わせるものが好きなのであって、自分自身が当事者になってはならないはずであったのだ。話に聞いてあれほど心躍ったこっくりさんもひとりかくれんぼも、実際にやってみてどれほど落胆したことか。「ああ、こんなものか」となってしまうくらいなら、オカルトはオカルトのままであればよいのだ。


――マヨウ……イ……ヒツジ――


 日が暮れるにつれ次第にはっきりと聞こえるようになってきた魔性の声を耳にしながら、桜緒はぼんやりと呆けたように考えていた。

(ああ、こんなものか)

 証明されてはならない謎がある。秘匿されていなくてはならない真実がある。種も仕掛けもないというのではおもしろくない。かといって初めから明かされていても楽しめない。種も仕掛けも隠されているからこそ「どんな仕掛けなのだろうか」と興味をそそる。夜風に揺れる枯れ尾花が月明かりに煌々と照らされていてはオカルト的な趣もなにも無い。

「ナスカの地上絵もミステリーサークルも、誰が描いたか、どうやって描いたかの答えを出すのが問題じゃない……色んな説を持ちだして想像するという行為が肝心なんだ……」

 ぶつぶつと呟きながら、少年は化け物の影を脇目で捉える。

「『わたしがこうして描きました!』なんて出てこられちゃ困るんだよ……スーパーで売ってる産地直送の野菜のみたいじゃんか……」


――……カワイイヒツジ……アンシンオシ……――


 時計は間もなく19時を報せようとしている。太陽は既に顔のほとんどを空の向こうに埋めていた。長い間異質な雑音と影の中にいた桜緒はどこか悟ったように目を細める。

「ありとあらゆるオカルトをこいつらがぶち壊している。人命に関わる事件が起こることは避けたいけどこれも大問題だ、ああ、問題だ……」

 これから封印する魔界の住民たち、魔族の存在そのものがこの世に起こる全ての怪異・怪現象・怪事件・未確認生物の「説明」になってしまっている。学校の七不思議も、消えた村も、都市伝説も皆魔族かその影によるものではないか。天変地異も精神異常もその呪いによるものではないのか。どうしたことだ、今まであれほど輝いていたオカルト雑誌のページがとたんに魅力のないものになってしまった。


――……マヨワナクテイイ――


 窓を過る影が、夕闇よりもはっきりと形を成していた。


「召喚術式展開」


 腰を下ろしていたベッドからゆっくりと立ち上がると、桜緒は正面に手のひらをかざす。すると、その手を覆うように光の線が浮かび上がり、複雑な文字列の様相を成して渦巻いた。あのオオカミの毛色と似た紫色の光が部屋を包む。少年は指先に熱が集まっていく感覚を覚えた。


「来い!」


 そう叫んだ途端、瞬く間に光が収束し四足の獣と細長い杖の輪郭を模った。ろうそくの灯が消えるように光がふっと失せ、代わりにヴィオラスと杖が部屋の中央に現れる。

『準備はいいか?』

 ヴィオラスが桜緒に訊ねるのとほぼ同時に、杖はひとりでに飛翔し少年の手の中に収まった。

「うん……でもこの恰好でうろうろしてたらさすがに看護師さんに見つかると思うんだけど」

 特に目立った怪我がないとはいえ、少年は一応入院中の患者である。妙な杖を持ってオオカミとうろついているところを見られてはよけいに叱られるのが目に見えている。

『そういえば幻術について話していなかったか』

「ゲンジュツ?」

 またよくわからない単語が出てきた、と桜緒は思った。

『対象の認識を惑わす術だ。解りやすくいうと……目くらましだろうか。もっとも惑わすのは視覚に限ったことではないが』

 つまり錯覚かなにかを強制的に引き起こす術なのだろうか。いまいちピンとこなかったが、それで看護師や他の患者に見つからないのであれば利用しない手はない。

「それも杖にきいたらできんの?」

『ああ、やってみろ』

 いちいち予習がいらないというのは非常に楽だし迅速に事が進められて効率的だが、今まで聞いたこともない知識が次々頭に入って来るのは少々怖いものがある。理解するというよりは植えつけられているという感が否めない。しかし多少の違和感には目を瞑っていかねばならない事態であるのも事実である。


「幻装開始」


 杖から流れ込んできた呪文を口にすると、少年の四方と上下を魔法陣が囲んだ。赤味の強い桃色の光で描かれた円形の魔法陣は、桜緒の身体に纏わりついたかと思うと、寝巻に染み込むように溶けて消えてしまった。その次の瞬間、彼の衣服は一瞬光に包まれ、フードつきの赤いローブと軍服に似た戦闘着に変貌した。

 ローブの背面には魔法陣と同じ柄の刺繍が縫い付けられており、フードは大きめで目もとあたりまで深く被れそうだ。戦闘着は幾何学模様の刺繍が裾や襟に施され、杖の先の水晶に似た鉱石でボタンが装飾されている。そして厚くしっかりした生地にもかかわらずほとんど重さを感じなかった。腰元には革でできたベルトが締められていて、ちょうど杖を差しておけるような金具と、同じ革でできた小物入れのようなものが付けられている。

「なにこれ……変身? ニチアサ?」

『始祖の魔女の後継者が着る正装だ。それを着ている間は他の人間がおまえを認識することはできないだろう』

「ヴィオラスのことも他の人に見えないのか?」

『勿論。魔狼は幻術の教えを身につけているからな。幻術発動中の魔狼を認識できるのは魔力を持つものか、始祖の魔具の適合者だけだ』

「昨日初めて墓地で会った時、俺にお前が見えたのって……」

『魔具の適合者だったからということになる。あの時点では桜緒に魔力はなかったはずだからな』

 杖を手にしたときから魔力に目覚めた、ということを改めて知り、つくづく強力ではあるが厄介な杖だと少年は思った。その考えを見通したのか、ヴァルボルグは機嫌を損ねた様に手の中で震えた。

「……なんだよ、わるかったよ、頼りになるって思ってるよ」

 桜緒が杖の機嫌をとっていると、ヴィオラスは急に天井を仰ぎ低く唸り出した。

『魔力が満ちる……本体が出てくるぞ』

 それを聞いて杖を握る少年の手に力が入る。空気が凍ったように張り詰めている気がした。


――サアオイデ カワイイヒツジ!――


 日が完全に沈んだ。

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