49話
そう、食事などの食料担当は僕。それ以外のテントなどの装備は彼の担当だ。
バーナーで火を起こし、鍋に湯を沸かす。キムチ鍋の素をいれて汁を作り、冷凍して持ってきた野菜や肉を入れる。事前に切って冷凍した食材を持ってきたのだが、解凍することなく、1日経った今でもそのまま凍った状態のままだ。まあ、これだけ寒いんだから当然といえば当然なんだが。明日の朝はこの残った汁にレトルトのご飯を入れて雑炊にする。湯を沸かし、切っておいた材料を入れるだけだからあっという間に出来上がる。真っ白い湯気がもうもうと雪の平原に立ちのぼる。他にテントを張っている者もいない。まるでのろしを上げているみたいだ。
「出来たよ。」
テントの設営をしていた彼が振り返った。
「もう?」
「だから、切った材料を入れるだけだから、悟でも出来るよって言ったじゃん。」
「いや、お前が作ったほうが絶対うまい。」
絶対食事当番をやろうとはしないんだから。
まあ、いいか。荷物の中からお皿やコップなどを取り出す。他はソーセージ、缶詰やサラミなど。もちろんお酒も。寒いので温まるのがいいということで焼酎のお湯割にすることにした。
で、僕らは焼酎をちびちびやりながらいろんな話をした。まず僕はずいぶん前から聞いてみたかったことを聞いてみた。
「前から思っていたんだけど、悟は何でも出来るのに、何故料理が出来ないの?」
そう聞くと、彼は困った顔をした。
「何故、って言われても困るなあ。」
「だってひとり暮らしで絶対出来ないと困るのに。」
「そうなんだけど、まあ、出来なくても食べるのには困らないし。やろうと思ったことも無いからなあ。何故って言われても思いつかないよ。」
それからそんなこと初めて聞かれたとも言い、ちょっと考えてからこう続けた。
「叔父さんに似たんだろうなあ。」
「例の叔父さん?」
「ああ。」
「子供の頃からいろんな所へ連れて行ってもらって、その大半はこんなアウトドアだから、もちろんキャンプやらバーベキューやらで料理をする機会はあったはずなんだけど、叔父さんが飯合でご飯を炊くといつも真っ黒で、そのまずい飯をいつも無理やり食べさせられた覚えがある。その頃はレトルトのご飯なんてなかったからね。」
叔父さんはアウトドアでも料理を楽しむようなタイプではないんだ。それが一番の楽しみなんじゃないかと思うんだけど。
「それで叔父さんがやっているのを、見よう見まねでやってみたこともあるんだけど、多分料理のセンスがないんだろうな。叔父さんと一緒だ。真っ黒のご飯しか出来ない。カレーもまずくて食べれたもんじゃない。せいぜい肉とか野菜を焼いて食べるくらいしか出来ない。それでも充分楽しかったけどね。」
「ふうん。」
隆博は?と振られたので、
母親が料理上手で、たぶんそういうのを食べたり、母親が台所に立っているのを見ていたりしているからかなあ。別にどうしてってことはないんだけど、大学に入ってから、自炊を始めたりしているうちに何となく出来るようになっていただけのことだと、説明した。
「天性なのかなあ。そういうのって。」
「天性?」
「うん、今までつき合った女の子が作った物より、お前が作る物の方がうまい。」
「女の子には勝てないよ。」
そう言いながら、母親が、千夏よりあんたの方が料理がうまいと言っていたことを思い出した。
「あんまり、褒め言葉にもならんね。女の子じゃあるまいし。」
そう言ってむくれると、
「ごめん、でも得意なことがいくつかあるっていいことだよ。それに男だから料理が出来ないで通る時代でもないしね。本当は少しくらい出来たほうがいいなあって、思うこともあるし。」
「得意なことねえ。悟は得意なことがありすぎるよ。なんでそんなスーパーマンなのかね。」
「そうか?」
自分で自覚が無いのか。
「昔、母親に言われたことがある。いろんなことが出来た方がいいって。何でかっていうと、それは自分の為ではなく、いろいろ出来ることがあると、それを人の役に立てることが出来るからだって、言われたんだ。」
「お母さん良いこと言うね。」
「ピアノを無理やり習わされたときにそう言って説得された。」
「幼稚園の子に?」
悟がピアノを習い始めたのは幼稚園の頃だと言っていたことを、思い出した。
「ああ、たぶん母親は子供が小さかろうがなんだろうが、一人前の人間だと思ってしゃべっていた部分があったんだ。」
母親の話をするなんて珍しい。だいぶ酔ってきたのかな。僕は火の加減を見ながら、野菜や肉を入れた。煮立ってくるとそれを取り皿に取り分けてやる。
「そうなのか。何でそんなにいろんなことが出来るのか不思議だった。」
「多分、積み重ねっていうか、習慣だな。」
「習慣?」
「子供の頃、偉人の話を本で読んだりして、何で同じ人間なのにこんないろんなことが出来る人がいるんだろうって不思議だった。で、その人たちがどんなことをして、どんな生活をしていたのか調べたんだ。」
「それで?」
「うーん。難しいことなんだけど、いや、でも難しいと思ってしまったら何も出来ないんだ。何かを成し遂げようとする時、最初からそれを難しいって考えちゃだめなんだ。そのことを何回も練習したり、出来ない所は何回もやったり、分からない箇所があれば勉強して調べたりするだろう。それを毎日やるんだ。習慣にしてね。それでひとつずつ自分のものにする。その数が1個、2個、とちょっとずつでも増えていくだろう。それが自分の自信につながるんだよ。その…なんていうか、パズルを解くみたいな感覚かな。何となく、こうすれば出来るだろうっていうような仕組みがわかってくるんだよ。」
「ある日、それがいろんなことに応用出来るって気づくんだ。」
僕が頭に手を当てて、言葉の意味を噛み含めるように考えながら聞いていると、
「難しいか?こんな話。」
悟が怪訝そうな顔をした。
「いや、そんなことは。」
「でも常人にはちょっと理解しづらい話かも?」
と、笑うと、
「俺、変わってるってこと?」
彼も笑った。いつもはどれだけお酒を飲んでも顔色ひとつ変わらないのに、珍しく顔を赤く上気させいる。
「いや、すごいって思っているよ。」
鍋をつつきながら何倍か杯を空けているうちに、日が西に傾き始めた。うっすらと周りが暗くなり始め、ランタンの灯をつけようと立ち上がった。僕はまたふと先ほどのことを思い出した。
(聞いてみようか。)
ゆっくり話が出来る時間がまだたっぷりある。ランタンの灯をつけ席に戻る。話しかけようと思うのだが、彼の顔を見ると口を開くことが出来ない。楽しそうにしている彼の顔を見ると何だか口にすることが出来ない。
「どうした?」
「別に。寒くなってきたね。」
せっかく気分良く飲んでいるのに雰囲気を壊すことはない。そう思い直して話題を変えることにした。
「寒いときは鍋が一番だね。」
「結局これが一番簡単だしな。」
僕らは今までの順調に来た行程の話をし、山の上で何が食べたいかなど話をした。彼は山の上でカキ氷が食べたいと言った。