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3話

 そうすると、先輩は眠たそうに目をしょぼしょぼさせて、

「隆博。ちょっとウーロン茶、頼んでくれ。」

 酔い覚ましかな。

 店員を呼びに立ち上がったのと同時に、入れ替わりに他のやつらが酌をしに来た。それでそのまま自分の席に戻る。

 自分の席に戻ると、裕樹と健二が陣取ってすでに、かなりべろべろに酔っていた。

「だいぶ飲んだな。」

「おう、隆博。水木先輩どうよ?」

「う~ん。結婚って人生の墓場っていうの、ほんとかな?」

「後悔してるんかな。」

「まあ、22歳で人生決まってしまうとなあ。」

 健二が口を開いた。

「だって、俺だったら、まんだ遊びたいもん。いろんな子とやりたいしな。」

 と、にやにやした。

「俺も、俺も!」

 と、裕樹が続く。

「やっぱりそれかよ。」

「なんだよ、隆博は。てめえだって似たようなもんだろ。」

「俺、おまんらみたいに盛んじゃねえしよ。」

「何言ってんだよ。」

 健二が酒くさい息を吹きかけて肩に腕を回してきた。

 健二はちょっと小太りで、見目がいいわけではないんだが、結構女の子にもてる。その秘密はかなりのまめ男で押しが強い。明るいし喋りがうまいし、ユーモアもある。コンパなんかに行くとかなりの確率で「お持ち帰り」ができる。電話もメールもまめだし、もちろん誕生日や記念日も忘れない。僕は時々感心してしまう。

「で、今日はどうすんの?」

 聞き返すと、

「まあ、4丁目だな。この後は。」

「最近熱心だな。」

 返すと

「まあな。」

 酔っ払って目の据わった顔で健二が意味ありげに笑った。

 「4丁目」というのは最近健二が気に入って、足しげく通う北欧クラブのことを指す暗号だ。なんでもスカンジナビアから来ている子に執心らしい。僕もよく誘われるけど外人の女の子には興味ない。健二も最近彼女と別れたばかりで寂しいらしい。もてるわりには長続きしないらしいがヤツのことだ。ま、あれこれと話はあるらしい。

 いろんな話をしていると、あっという間に時間が経ってお開きの時間が近づいてきた。

「そろそろお開きだ。」

 もうひとりの幹事が会費を集めに来た。千円札を5枚財布から出していると、その幹事の先輩が僕に

「隆博。お前な、悟送ってくれんか?」

 と、もちかけた。

「え、水木先輩を?」

「うん。俺んら飲んでるしなあ。悟、かなり酔っててなあ。電車じゃ危ないし。」

「隆博、お前飲んでないだろ?」

「はい。」

 僕は車で来ていて、この居酒屋の地下の駐車場に止めてあったし、送っていくのは構わないけど。と、水木先輩の方へ目を向けると大声でなんだかわめいている。かなり泥酔状態みたい。やばいな。

「じゃあ、頼むぞ。」

 はあ、とうなずくと、健二と裕樹の顔をのぞいた。

「お前んらも一緒に送ってくわ。」

「あー。俺んらはあかん。[4丁目]へ行くんだ。」

「そんなこと言わんと、先輩を一緒に送っていこうぜ。」

「水木先輩はお前にまかした。」

「ええっ~。」

 ちょっとブルーだった。あの泥酔状態をひとりで送ってくの?大丈夫かな?

 健二も裕樹もふたりしてさっさと会費を払い、カウンターの所でタクシーなんか頼んでる。

 仕方なしに水木先輩の側に行って

「僕、送ってきます。」

 声をかけると

「うん、すまんな。」

 とは答えたが後が続かない。戸惑って、周りの先輩らに目を向けると、

「とりあえず、お前の車まで乗せるわ。」

 そう言って3、4人で先輩を担ぎ出した。

 先輩がこんなに酔っ払った姿なんて初めて見た。何度か飲み会に同席することはあったけど、確かこんなに飲む人ではなかったように思う。

「寝てしまうで。大丈夫だから、悪いな。」

 ひとりの先輩が僕に目配せした。

 まったく正体なく酔った彼に、皆で靴をはかせ、上着を着せ、4人がかりでエレベーターに乗せ駐車場に運んだ。その間、彼はなんだかんだと意味不明なことをしゃべっていた。もちろん解読不能だ。健二と裕樹はいつの間にかタクシーに乗り込み、夜の街へ消えていった。

(ちぇっ、薄情なやつらめ)

 心の中で舌打ちをした。

 何とか僕の車の助手席に先輩を乗せ、運転席に座りエンジンをかけると、

「隆博。悟の家わかるか?」

 聞かれたので、だいたいはわかるけど行ったことがないので、誰か同行して欲しいような事を言ったのだが、他の先輩は皆、別方向だった。それでしかたなしにひとりで彼を送っていくことになった。

 その間中、隣の先輩は意味不明なことを叫んでいた。


 車を走らせると嘘のように彼は静かになり、すーすーと寝息を立て始めた。僕は内心ほっとした。運転中に暴れ出したり吐いたりしたらどうしようかと思ったが。こんな時飲めん人間は損だなあと思う。うちは親父もお袋も、それから兄貴もざるのように強いのに、僕だけだ。飲めないのは。妹はまだ未成年だからわからない。アルコールを分解する能力がないらしい。飲める家系で家に酒がないわけがなかった。ので、兄貴と一緒に未成年のうちからこっそり家で飲んだりしたことはあるが、ひとくちふたくちで顔が真っ赤になり、鼓動が早くなり頭がずきずき痛み出した。ビール、焼酎、ワイン、カクテル、日本酒。いろんな酒類を試したが、結果はどれも同じ。なんでお前だけアルコール分解しないんだろうなあと、兄貴は首をかしげた。その経験から自分は酒が飲めないんだと重々理解していたから、もちろん、入学したての歓迎コンパの時も辞退した。が、新入生の立場上、そうもいかなくて、先輩らに無理やり飲まされた。その翌日の苦しかったこと。病院に行ったら「急性アルコール中毒」ですね、なんて言われブドウ糖の点滴を受けた。2、3日は体の調子がさっぱりしず、やはり酒は飲むべきでないと硬く心に誓ったことがあった。ただ酒が飲めないと、こういった酔っ払いの送り迎えをさせられたり、飲んでることに乗じての悪ふざけも出来ないし、幹事にさせられて人の面倒をみることになるとか、デメリットも結構ある。

 が、まあいいか。

 先輩の寝顔を見ながら心の中でつぶやいた。

 口が悪く、きついっていう印象が僕の中で強かったので、こんな無防備な顔で寝息をたてる先輩を見ているのが不思議な感じだ。


 車を走らせる。駅前の繁華街を抜けて郊外へ15分程走らせると、僕のアパートに着く。それを通り越して、隣町の先輩のアパートへ向かう。ふだんは車を使わず、電車やバスなどの交通機関で移動するので、アパートは駅の沿線上に探した。その分家賃は高くなるし、ひどく狭いけど。でも、ひとりだから別に不便はない。だいたい寝に帰るくらいだし。

 信号待ちで止まる。先輩の顔を覗き込んでみるが起きる気配さえない。大丈夫かな。熟睡している。青になったのに気づかず、後ろからクラクションを鳴らされた。慌ててアクセルを踏む。そういえば、こうやってこの人と2人きりになったのって初めてだ。

 僕が今のワークショップに参加したのは入学してすぐくらい。その時初めて先輩に会った。僕らのワークショップは会員が20人ほどだが、だいたいいつも参加するのは12、3人。メンバーは大体決まっている。月に2度。大学の講義室で集まって、その時決めたテーマに沿って、自分の興味ある翻訳物を探し翻訳する。それをメンバーに読んでもらって講釈を受ける。そんな活動が主だ。先輩を最初に見た時の印象がとても強く、背がひょろっと高く、声が低く特徴があった。それと、初対面の時のワークショップで、先輩が自分の受け持ったメンバーの作品に講釈をたれた時の口の悪かったこと。歯に衣をきせぬとはまさにこのこと。ずばずば自分の思ったことを言い、相手を批判する。もちろん批判だけでなく評価もするが、もうちょっとオブラートに包んだ言い方がないのかとびっくりした。僕の作品があの人に当たったらきっとぼろくそに言われるんだろうな、とびくびくした覚えがある。しかし、不思議に人から嫌われるわけではなく、後輩からは慕われるタイプだ。ま、言ってることは的を得てるし、反面、人の面倒見が良く、ときおり子供みたいに無邪気に笑ったり騒いだりするところが心安いのだろう。

 ハンドルを握りながらそんなことを思い返していると、彼のアパートの近くの四つ辻まで来た。赤信号で車を止めた隙に、隣の先輩の肩を掴んで起す。


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