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29話

 その夜遅く、父親が帰って来て、千夏と喧嘩しながら母親の手伝いで食事の支度をしている僕を見てびっくりした顔をした。

「なんや、隆博、帰ってきたんか?」

「そうなのお父さん。珍しいでしょう?」

 母さんはにこにこ顔だ。

「お兄ちゃん帰ってくるとさあ、うるさいんだもん。」

「何喧嘩してるんだ。」

「卵の割り方が下手だとか、塩が多いだとかいちいちうるさいんだもん。」

「手伝ってくれるのはいいんですけどね。隆博が千夏のすることが心配みたいで。」

 だって、千夏は女の癖にやり方が荒くてと、父親に愚痴ると、

「まあ、喧嘩せんようにやれよ。千夏が母さんを手伝っているんなら、隆博はこっちへきて俺の相手をせい。」

 父さんは着替えながら手でグラスを傾けるしぐさをした。

 台所からビールを取り出し、グラスをふたつ持ち居間のテレビの前の自分の席に陣取る。この父の席も僕が子供の頃から変わらない。

「あ、隆博は飲めんかったな。」

 グラスにビールを注ごうとして、はっとした顔をした。

「いや、少しくらいなら飲めるようになったんだ。」

 と、言うと、

「へえ。またどうした。」

 父は、嬉しそうにグラスにビールを注いでくれた。父さんと向き合ってこんなふうにビールを飲むなんて初めてのことだ。この役は飲める兄貴の役だった、いつもは。

「父さんはねえ、隆博とこうやって飲めるのを夢見てたのよね。」

 母さんがつまみをもって居間へやってきた。父さんの顔を見る。

「本当は、お前と孝一とこうして3人で飲めたらなあ、といつも思ってたよ。」

 孝一は僕の兄貴だ。

「そうなんだ。父さんがそんなことを思ってたなんて知らなかった。」


 父さんは学校のことなど僕の近況をあれこれと聞いた。いつもならそれが煩わしく思うのに、今日は何だか父さんと素直にいろんな話が出来そうな気がした。 

 母さんと千夏が台所からおかずを持ってきて並べた。大掃除で忙しいのであまり手の込んだ物なんて作れないわよ、と言いながらも、母の得意料理が何皿も並んだ。シチューは僕の好物のビーフシチューだし、春巻きや、サラダや茶碗蒸しなど手の込んだ物ばかり。久しぶりに家族4人で食卓を囲む。

 兄貴は結婚して別所帯を持っているのでいない。年末から正月にかけては帰ってくる予定らしい。

「ひさしぶりだわ。皆が揃うお正月なんてね。」

 母さんは嬉しそうだ。たぶんこの分だと明日からまた張り切っておせち料理を作ったり、準備を始めるんだろうな。

「兄さんは元気?」

「ええ、たまに覗いてくれるわよ。うんとも、すんとも、言ってこないあんたとは大違いね。」

 と、僕を睨む。

 兄さんは結婚して5年ほどになる。子供はまだいないが、子供好きな母親は早く兄貴の子供が見たいらしい。それから千夏の学校の話やら、母さんが最近始めたフラダンスの習い事の話やらが話題に上がった。父さんは嬉しそうにそれを聞いている。あまりあれこれしゃべる人ではない。

 その日はあっという間に終わった。2階にある、高校卒業まで使っていた自室に母親が布団を敷いてくれた。

 ずっと一緒にいるとうっとおしく思うもので、早くひとりになりたい、自立したいと焦っていた。母さんの干渉やまとわりついてくる千夏のことや、厳しくあれこれ口を出してくる父さんのことが嫌だと思うこともある。でも、こうやって久しぶりに家に帰って来て思うのは、離れていると家族のありがたみがわかるもんだなあということだった。母さんの始終嬉しそうな様子がなんだか嬉しかった。布団に入ると急に、大掃除の疲れが出たのか眠たくなってきた。久しぶりにぐっすり眠れそうだ。


 大晦日の昼になって、携帯に里佳子ちゃんからメールが入った。

『今夜は雪になりそうですね。良い年を迎えてね。』

 短い一文。急に彼女が何をしているのか気になって仕方がなくなった。

 反射的に彼女の番号を検索する。3コールで彼女が出た。

「隆博君!」

 驚いたような大声が耳に響いた。

「ごめん。ずっと連絡しなくて。」

 謝ると、

「ううん、大丈夫。バイト忙しかったんでしょ。え、今日はどうしたの?」

 実家に戻っていることを伝えると、彼女も実家で掃除の手伝いなどをしていたと言う。

 急に思いついて、

「あ、夜さ、同級生と集まるんだ。初詣行ってみんなと飲むんだけど。良かったら一緒にどうかな。」

 同級生のやつらは皆、彼女を伴ってくるらしい。それを聞いてやはりふと里佳子ちゃんの顔が浮かんだのは否めない。そこへタイミングよく彼女からのメールだ。

「そうなの。行っても大丈夫?」

「全然平気。迎えに行くから。」

 実家から彼女の家までは割りと近い。駅まで迎えに行くからと、待ち合わせ時間を決めた。

 携帯をきってから、僕は自分の不可解な行動に考えを巡らせた。

 みんなが彼女を連れてくるから、里佳子ちゃんを誘ったのか。タイミングよくメールが入ったからそうなったのか。それとも、僕は彼女をまだどこかで求めているのか。それは恋人として、友達として。

 どういう感情なのか自分でもはっきりわからなかった。でもやはり彼女のことはどこかで好きだと思っているのだとは思う。


 夕方になって兄貴が義姉さんを伴って帰ってきた。2日までいるそうだ。その夜、皆で食卓を囲み、紅白歌合戦を見た。母さんはかいがいしくいろんな物を作り、義姉さんと千夏がそれを手伝った。僕ら男性陣はとにかく飲んでばかりだ。

 10時近くになって、駅まで里佳子ちゃんを迎えに行った。その足で、同級生の家にふたりで赴く。もうすでに何人かの同級生が集まっていて、それぞれが彼女を連れてきているので、華やいだ雰囲気に包まれていた。何年ぶりかで会うメンバー、だけど昨日も会っていたかのようにすぐに打ち解け、楽しい時間を過ごせる。

 やはり、昔の仲間はいい。そして、皆で初詣に出かけ、また家に集まって飲んで過ごした。こんなに何も考えず楽しんだのはひさしぶりだ。いつも楽しんでいるつもりなのに、今日は本当に楽しかった。近況を報告したり、昔のばか話をしたり。正月はそんな感じで地元の友達に会ってしゃべったり飲んだりして終わった。

 合間に母さん孝行をした。家族でも初詣に行って、母さんを初売りにデパートへ連れて行ったりした。 

 そして正月休みが終わり、兄貴は帰っていき、父さんは仕事へ、千夏は学校へ出かけていった。僕も家でごろごろしていたが、そろそろ大学も始まるし、帰ることを母親に伝えると、ちょっと寂しそうな顔をしたが、すぐに気を取り直し、〝また近いうちに帰ってきなさいよ。〟と笑った。


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