23話
僕らは火に当たりながら、ウィスキーを交互に回し飲みした。むろんロックだ。水も氷も無いからね。でも、それがかなり効いた。寒さと海の冷たい風でやられていた体が芯から、かーっと熱くなってきた。チーズを食べ、オイルサーディンの缶を空けた。
何故か彼はマシュマロなんか買ってきたみたいで、その辺に落ちている木を細くナイフで削り、マシュマロを刺して火にあぶりながら食べ始めた。おいしいのそれ?って聞くとあぶって溶けかけたところが美味いなどという。焦げて煤で真っ黒になってるのを、無理やり口に押し込まれた。ま、食べてみると美味いかな。
「ほらスヌーピーの漫画であるだろ。こういうの。」
どっかの洋画でこんなシーンならみたことあるかな。カウボーイが羊の晩をしながら焚き火の側で食事を取るシーンだった。
「ぷっ。スヌーピーの漫画だって?」
僕は吹きだした。
「妹が好きでね。妹が持っていたのを子供の頃読んだんだ。スヌーピーがウッドストックとキャンプをし、こうやってマシュマロを火であぶりながら食べるのが美味しそうで、どんな味がするんだろうって。1回やってみたかったんだ。」
やはり相変わらず子供っぽいとこがあるんだから。
「妹がいるの?」
「ああ。」
兄弟の話なんて聞いたことがなかった。親のことも、家族のことはあまり話さない人だ。
「妹と弟がひとりずつ。」
「一番上?」
「そう。」
「弟は年子だから大学生3年。妹は高校生だ。」
それがきっかけで僕らは家族の話をした。僕の家はたぶんごく普通の家庭だと思う。両親に兄貴がひとりと、妹がひとり。兄貴は社会人で結婚もしているし、妹は高校生だ。
兄貴は普通のサラリーマンでごく一般的な人だと思う。学生時代は野球をずっとやっていて、高校も野球の強いところへ行ってまあまあ頑張っていたんだけど、甲子園までは出られず、兄貴もその辺で諦めたのかな、普通に大学を出て普通に就職した。彼は野球で食べていきたかったと、飲んだ時に僕に話すことがある。今は、会社の野球部に属し、地域の子供らに野球を教えている。結局好きなことはやめられないみたい。
妹は私立の高校に通う、これまたごく普通の女子高生だ。最近の女子高生は派手な子が多いみたいだけど、妹はどちらかというと地味な方で、まだ幼い。吹奏楽部に属し、部活が忙しいみたいで、休日もあまり家にいない。
両親はというと、父親は自動車のディラーでずっと営業をしていて、年相応にそこそこ出世もして何とか安泰だし、母親は近所のスーパーに長年パートで勤めながら僕らを育ててくれた。家族みんな仲がいいし、今はそうでもないけど子供の頃は休みの日には、よく海や公園に家族で出かけた。
僕は大学に入って出たっきりだから、月に1、2回は家に帰ってくるようにと母親がうるさい。それでたまに週末家に帰り、兄貴の家族と妹と両親でご飯を食べる。そういう家庭だ。
彼が自分の家のことをあまり話さないのは何故だろうと思っていたのだが、聞いてみるといろいろ確執があるらしい。父親は有名な大会社の重役であることは周りの者はみんな知っているけれど、それ以外のことはあまり聞いたことがない。
彼が僕に話してくれたのは、妹は可愛いらしいが、弟とは何かいろいろあるらしい。
父親が厳しい人で、割と自分の考えを押し付けるタイプらしい。幼少の頃から躾や勉強に厳しく、子供を自分の思い通りに育てたいという思いが前面に出ていたらしい。
そうすると、思いつく展開はそれを嫌がって反発するか、もしくは、そのとおりに父親の理想像のような大人しい子供になるかのどちらかだ。
どうも、前者が悟で、後者が弟らしい。聞いてびっくりだけど、高校生になった時、どうにも親の監視が嫌で、家を飛び出したらしい。母親はそんな父親にあまり口答えも出来ず、ずっと従ってきたような大人しい人らしい。
「それで?どうしたの?」
「中学生の頃から、親父が嫌で、そんな親父にへつらうように大人しく従っている弟が鼻について、絶対高校になったら家を出るんだと思って我慢していた。高校に行かず働いて家を出るっていったら鼻がひん曲がるくらい親父に殴られたよ。」
「やつは自分の敷いたレールを歩かせたいんだ。それがわかっていたから、どうしても反発してやりたかったんだ。それで家出した。でもこれは2週間ほどで連れ戻されたけどね。必死で勉強して、高校は特待生で入った。アルバイトをこっそり探しておいて高校1年の時、また家出した。何とか自分で食べてやっていけないかって頑張ったけど、これも連れ戻された。そんな時、母親の兄貴が、つまり俺の叔父にあたる人が、そんな状況を見かねて俺の後見人をかってでてくれたんだ。優しい人でな。子供がいないせいか俺のことを息子のように思ってくれていて、小さい時からあれこれと俺ら兄弟の面倒を見てくれた人で、この人には俺も懐いていて、信頼していた。」
「その叔父さんは?」
「もちろん、今も健在だし、今も俺の後見人。親父とはほとんど絶縁状態でな。」
僕は砂浜に埋まったレガシーを見て、
「でも、あれは親父さんに買ってもらったって。」
「うん。最近、ここ1年くらいかなあ。だいぶ親父も丸くなって、俺が結婚するんだって聞いてから優しくなって、勝手に車を寄越したり、電話してきたり。少しずつだけど。そんな感じ。たまに、家にも帰るよ。ホント、たまにだけど。」
「そうなんだ。」
だから、家族の話をするのを嫌がったんだ。
「叔父さんが後見人を努めてくれたおかげで、高校も卒業出来たし、大学も入れた。感謝している。」
「叔父さんと一緒に住んで?」
「いや。確かに援助もしてもらったが、バイトしてひとりで住んで卒業した。だいぶ、わがままさせてもらったよ。自分が父親になろうとしている今、何をいろいろ反発してたのかなあって。今になって親父の気持ちも少しはわかるような気がするよ。」
「たぶん感情表現が下手なんだね。親父さんは。一生懸命なりすぎるのかな。子供に対して。」
「そうかもな。」
「でも、隆博はいい家族に恵まれて幸せだな。」
焚き火がゆらゆらゆらめいて、火に照らされた彼の顔に笑顔が浮かんだ。優しそうな笑顔だ。そしてやっぱり寒いだろうと言って、車から毛布を持ってきて僕にかけてくれながら、
「だからかな、おまえといるとほっとするよ。」
そんなふうに言われると少し照れてしまう。僕こそ、一緒にいられて嬉しい。みんなが憧れる素敵な先輩。こうして2人で一緒にいられて、自分の内面の話までしてくれるなんて信頼されているみたいで嬉しい。
「こうしていられるなんて嘘みたいだ。隆博は俺のことを受け入れてくれるわけないって思っていたから。」
彼はばつの悪そうな顔で俯いた。あの時のことを言っているのだ。
「…聞いてびっくりした。最初は。あんなことを言われるのは、初めてで、それに。」
僕は口ごもった。告白された後、彼を受け入れるかどうかかなり迷ったことを思い起こした。
「うん。すまない。」
悟は押し黙ってしまった。話題を変えようかと話を振ってみるが、なんだか上の空みたいだ。何か言いたいことがあるのかな?
「どうかした?」
「俺さあ。」
思い切ったように口を開いた彼が一気にまくし立てた。
「俺さあ、そういうの、本当は一番認めたくなかったことなんだ。」