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22話

 階下にある駐車場へ下りていくと悟が車を出してきた。

 白のレガシーツーリングワゴン。300はするよなと思いながら助手席に座る。

「いい車だね。」

「親父のお古さ。」

 彼の父親は社名を聞けば誰でも知っているような大会社の重役だ。

 やはり金持ちの坊ちゃんだな、僕も兄貴のお古だけどだいぶ前の型のレビンだ。この車とは大違いだ。

「学生にしてはたいそうなのに乗ってると思ってるだろ?」

「わかった?」

 ちょっと意地悪く言うと、

「ふん。親父には金を使わせておけばいいんだ。そのくらいしか子供にしてやることがないと思ってるみたいだからな。」

 苦々しく言い放ったので、彼は父親とうまくいっていないのかなと思ったが、人には家庭の事情がいろいろあるだろうしと聞き流しておいた。


「それでどこに行く?」

「江島は?」

「高速?」

「そうだな。宮尾のICから乗るわ。」

 そういって彼はすぐ近くのICから高速に乗った。ETCのレーンを通り過ぎる。夜8時をまわっているから車は少なかった。それに今日は平日だし。そう思っていると、夜間を徹して荷物を運ぶトラックが多く走っていた。

「鳥目大丈夫なの?」

「まんだ言ってる。」

「大丈夫だ。見えてるよ。」

「心配なら替わるか?」

「いや、いいよ。まかせる。」

「そう。」

 馴れてる。しかも鳥目といいながら夜間の高速を140kmは出してる。

「CD好きなのかけて。ダッシュボードの中。」

 そう言われてダッシュボードを空けてCDを物色する。ジャズ、映画のサントラ、洋楽、JPOP…。

「雑聴だね。」

「何それ?」

「ジャンル多すぎ。なんでもあるよ、演歌以外。」

 あはは、と笑って彼は自分の物以外もあるから、乃理子がいろんなジャンルの音楽が好きだからと言った。

 ああ、そうか彼女の趣味もあるんだ。僕はその中からMonky Magicを選んだ。

 これは?と聞くとそれは俺の趣味と答えた。

「でも、何で今から江島?」

「夜の海、いいでしょ。」

「はあ、意味ないよ、今から行ったって。真っ暗だし。」

「だから、時々そういう意味のないことをするのがいいの。ストレス解消。」

「そうかなぁ。」

「隆博はな、そういう意味のないことはしないっていうのね、なんだっけ合理的主義か。意味のないことにすごい意味があるかもしれないし、その時はわかんないけどな。無駄な時間も必要だよ。お前固いからな。もっと人生楽しめ。」

 ま、確かにそうだな。自分の内面をぐさりとやられても、悟が言うとそうかなあ、なんて素直に思ってしまう。他人に自分のことを言われるのは嫌なんだけど、彼にはそうは思わない。ただ、時々もう少し口が悪いのを何とかならないのかと思うだけだ。

「そういう悟も突拍子もないことをするとこが子供っぽいんだから。」

 そう言うと、違いないって笑い出した。

 彼とこういうやりとりをするのは好きだ。心が通じる、気心が知れるってこういう感じ?なんだか嬉しくなってしまう。


 宮尾のICから江島までは高速で2時間半。でも悟の運転だとたぶん2時間くらいで行っちゃうだろう。僕らの街からいちばん近い海岸線。里佳子ちゃんとも一度ドライブに出かけた。

 里佳子ちゃん…。あの日以来会ってないな、と最後に会った時のことをふっと思い浮かべた。

 扶美のことを言われた。忘れられない子がいるんだねって。でも彼女は健気にもその子のことを忘れるまで待っていると言った。だけどその時、僕は扶美とは別の自分の本当の気持ちに気づいてしまったんだ。

 ハンドルを握る彼の横顔をちらりと覗き見する。そして、視線をすぐに前方の車のテールランプに戻す。

 でも僕はその気持ちに気づきたくなくて、反射的に彼女を抱きしめ、キスをした。曖昧な自分。この状態をどうやって彼女に説明しようか。僕は逃げていた。あれから彼女の誘いを曖昧に断っているばかりだ。あんな行動に出た僕の気持ちを量りかねているに違いない。どこかでちゃんと話をしなければ。それ以前に自分の気持ちをちゃんと整理しておかなければ。

 やらなければならないことはわかっていた。このままでは駄目だ。だけど悟といる時間が楽しくて、その時その時を楽しむことに夢中で、面倒なことを先延ばしにしている自分がいた。


「何考えてる?」

 物思いにふけっている僕に気付いて悟が聞いた。

「別に。」

 ごめん。僕の悪い癖だ。人と一緒にいる時につい他のことを考えてしまう時がある。健二にも言われた。その時を楽しんでいないって。熱中してないってね。

「何でもないよ。」

 里佳子ちゃんには悪いと思いながら、僕の気持ちはすぐに彼と一緒にいられる時間を楽しむことに切り替えられた。

 あれこれいろんな話をし、CDを取替え、好きな音楽の話をした。

 途中で彼が怖い話をしよう、などと言い出し、高速道路を走っている時にルームミラーに血まみれの女の顔が移る話などをし始めたので、僕は嫌がった。なのに、僕が嫌がると妙に嬉しがってどんどん話し続けるのだ。彼は怖い話が大好きで、夜遅い時間に会っていると必ず、ひとつふたつは話し始めるんだ。この癖だけはどうもいただけない。

 あっという間に車は江島のICに着き、彼が途中で買い物をしようというので、ICを降りてすぐに目に留まったコンビニに入った。

 何を買うんだろうと思っていると、コーヒーやタバコ以外にウィスキーのビンやチーズやらオイルサーディンの缶詰やら買いだした。

「何?暗い浜辺で宴会でもするつもり?」

「よくわかったな。」

 と嬉しそう。

 まじ?このくそ寒いのに。海まで走ったらその辺の24時間営業のファミレスで軽い物でも食べて帰るかな、なんて思っていたらそんなこと言い出すんだもん。

 僕の思惑を無視し、ハンドルを握った彼がそのまま江島の海水浴場まで走って行き、砂浜に車を乗り上げた。

 

 それを見て僕は

(ああ、せっかくのレガシーが砂まみれ。なんてもったいない車の使い方するんだよ。)

 心の中で悪態をついたが、彼は全く意に関しない。そして車のエンジンをかけたまま、車のライトを頼りに、その明かりの中で何やらその辺にある流木を集め始めた。

 人気のない砂浜。時間はとうに12時を過ぎている。警察でも回ってきたら不審者で取り調べられそう。あっけにとられて突っ立てると、

「何やってんだ。隆博。火を焚くんだよ。」

 はあ、よくわからんなあこの人。

 しぶしぶ流木を集めるのを手伝い、集めた流木を積み上げると、車のトランクから何やら取り出した。見ると、着火材と小型のガスバーナー。キャンプやバーベキューなんかで使うヤツだ。

「なんでそんなの持ってんの?」

「ああ、いつも積んでる。」

 そういえばこの人、放浪する人だった。前、聞いたっけ。日本全国、端から端まで旅した話。ルンペンさんに間違えられたり、不審者で取調べを受けたことなどおもしろおかしくしゃべるのを聞いた覚えがある。

「いいだろ。椎名誠の小説にこういう道具を積んで放浪する話があってな。鍋やら釜やらを積んで北へ北へと走るんだよ。あれ、おもしろくてやってみたくてな。」

「で、今日は何?」

「あ、呆れてる?」

「別に。」

「別に、別にか。おまえほんと可愛げないな。つきあえよ。」

 まるで小学生だ。不審火を起こして掴まらなきゃいいけど。

 悟はそんな僕に構わず、器用にガスバーナーを使い、あっというまに流木に火を起こした。焚き火がぱちぱちと燃え出す。

「大丈夫かな?」

「何が?」

「不審火を起こしてるって警察とか来ないかな?」

「もう、夜中だ。寝てるだろ。」

 そういう問題か。

「民家からは離れているし、シーズンオフだ。問題ないだろ。」


 確かに。この海水浴場は江島のいくつかある海水浴場の中ではあまりその名前を聞いたこともない小さな海水浴場で、メインの海水浴場からはちょっと離れている。周りに民家や店もなく、まるでちょっとした離れ小島だ。

 むろん、海の家などもない。もっとも冬だからね、あっても閉まってるけど。

「ああ、でもなんてくそ寒いんだ。」

 手が凍りそうだった。風もさほど吹いていないとはいえ、12月の真冬の浜辺はきつかった。ありったけの服を着、マフラーを巻いていても寒くて震えがくる。

 僕が悪態を付くと

「すまん、すまん。ほら火にあたれよ。」

 彼はちょっとすまなさそうに笑った。

 砂浜は真っ黒な暗闇に包まれて何も見えない。建物の明かりや道路の明かりが遠くに見える。僕らが起こした焚き火の火だけが赤々と燃え、静まった砂浜には波の音だけが響いている。

 タイヤが半分は砂浜に消えているレガシーが悲しそうにこっちを向いていた。


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