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20話

 今まで、自分をごまかし続けてきた。間違いなんてあってはならない。それは恥ずべきことなんだと。でも、心の奥底でずっと欲していたものがあったんだ。

 あの時、扶美を欲しいと言えたら、欲しいものを欲しいと言える自分であったら、、こんな苦しい思いを引きずることなんてなかったんだ。周りのこと、そうすることで引き起こるいろんなことを考えて、何も行動が出来なかった。そして、後悔の念がずっとつきまとい、苦しむ。もう、そんな日々を過ごすのは嫌だった。

 悟が欲しい、そう言って後悔するのと、言わずに後悔するのとどちらを選ぶか。そうやって自分の内面を探るのはもう嫌だった。

 そのことで、後で後悔してもいい。今、自分が欲しいものはそれだったのだ。

 僕を抱きしめている彼の手が少し震えているのがわかった。彼も自分の意思に戸惑い、迷い、嫌悪したのだろう。僕と同じように。それでも、欲しいものをどうしても手に入れたかったんだ。お互い。

 何故だろう。不思議だ。終わった後に、彼が自分の身体を僕の背に押し付けるように抱きかかえて言った。

「女の子としか寝たことはなかったけど、肌の温かみはどちらも同じだ。」


 そう、僕も同じことを思っていた。男だから、女だから?何が違うのだろう。相手のことを愛しいと思うのはどちらも同じだ。

 異性間の恋は生殖と種の保存がつきまとう。女の子とつき合うとき、結婚を意識する。意識しないやつもいるだろうけど、きっと恋の延長線上には結婚がある。結婚という共通のゴール、もしくはスタート地点に立つのを目的として、人は恋をするのだと思う。そして、結婚すると恋は形を変える。家族愛とか人間愛とかそういうのに。

 だから、真の恋というのは同性間でしか成り立たないものなのかもしれない。僕はいままで女の子としか恋をしたことがなかったから、この感情に振り回され、戸惑い、それを恐れてきた。そして、そういう自分に嫌悪したんだ。

 でも、こうして同じベッドで、肌の温かみを感じているとそういうことがどうでもいいことのように思えてきた。翌朝になったら、僕は自分のしたことに嫌悪するかもしれない。それは彼も同じかもしれない。でも、今この時の僕は後悔しない。


 目が覚めた。カーテン越しに薄暗い光がみえる。まだ、夜は明けていない。遠くの方でときおり車が走る音が聞こえる。部屋の中がぼんやりと夜明け前の光にさらされている。

 ベッドに横たわったまま、部屋の中を見渡す。ベッドの脇のサイドテーブル。積み上げられた雑誌や、本棚に並んだいろんな書籍。部屋の脇のスタンドに無造作に引っ掛けられたジャケットやシャツ。

 そんな物が薄暗闇の中でをぼんやり盛り上がって見える。


 夢を見ていた。どんな夢だった?すぐほんの脇で彼の規則正しい寝息が聞こえる。

 夢を思い出す。それは芙美と最後にあった時の夢。夢の中で僕は彼女の手を軽く握っていた。テーブルの上に置かれた2人の手。いつものようにじゃれて手を握った。その握った手をテーブルの上に置いたまま話をしていた。僕が言った。

「2人で会うのは良くないよ。」

「何故?」

「何故って芙美はつき合っている人がいるんだから。誤解されちゃうよ。もうこんなふうに会わない方がいい。」

 それが僕の本心だっただろうか?いや、違う。

 芙美はちょっと考えてから、言葉を選ぶように話しだした。

「だって、私たち友達でしょ。隆博くんは私のつき合っている人の友達ではなくて、私たちは独立した関係でしょ。」

「会わないなんて言わないで。」

 僕は芙美の心情を量りかねていた。その時急に気恥ずかしくなって、自分から手を離してしまった。 

 その時、自分の気持ちを言えばよかった。どんな結果になったとしても、自分が芙美を好きなことを。芙美の気持ちをはっきり聞けばよかった。聡に対してもし、友情が壊れたとしても。自分の気持ちを素直に表せばよかった。でも、僕はそうしなかった。いつもどおり、友達面をして別れた。

 あの時、彼女が食べていたのはミートスパゲティだった。サラダについていたパイナップルをじっと考え込んでフォークでつついていたことまで覚えているのに。

 僕はその後、彼女を駅まで送った。

 駅の改札口を通る時、彼女は僕を振り返り言った。

「隆博くん、電話してきてね。」

 彼女は僕からの連絡を欲しがった。

「うん。」

 そう短く答えた。彼女はいつもとは違う様子で名残惜しそうにもう一度振り返り、ホームへ消えていった。

 それが最後だ。

 その後、何度後悔しただろう。あの時、あの手を離さなければ良かった。僕らはじゃれて手を握ったりすることが何度かあったけど、芙美の手はいつもひんやりと冷たかった。なのにあの日に限って、火がついたように彼女の手が熱く火照っていたことを後になって思い出した。

すでに時は僕の後悔をあざ笑うように過ぎ去り、もう2度と取り返しがつかないことを、何度も脳に反復させるように眠れない日々が続いた。

 だけど、僕はもう後悔しなくていい。そうだよね、芙美。


 それからは楽しい日々が続いた。彼は4年生だからもうほとんど授業はなく、わりあい自由だった。就職のことや引越しのことなどの手続きで東京に行く以外はこちらにいた。乃理子さんは実家に出産のため帰ったきりだった。

 それで僕らは都合のつくかぎり会っていた。前みたいに、くったくなくいろんな話をしたり、飲んだり、笑ったりした。前と違うのはお互い秘密を抱えてしまったことと、僕が彼を名前で呼ぶようになったことだった。

 その日も授業が終わり、バイトのない日だったので、夕方電話を入れた。これから行ってもいいかって。そうすると、家にいるようだったが2、3時間後にしてくれと言う。

 何?って聞き返すと、急な仕事が入って、と言ったきり一方的に電話を切られてしまった。訝しげに思って、仕事ってなんだろう?と思ったが、彼がいったとおり3時間程して彼のアパートに向かった。


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