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2話

 それから僕たちはマイクロバスに乗り込み次の目的地に向かった。僕はバスに揺られながらぼんやり一週間前のことを思い出していた。

 一週間前の夜、僕たちの学部内で飲み会があった。駅前の繁華街の一軒の居酒屋。僕たちの学部で飲み会をする時はいつもそこだった。全国的に店舗を持つチェーン店。店内は僕たちのような学生のグループでいつも一杯だった。僕は用事があって少し遅れて店に入った。すると、奥の座敷のにぎやかな15、6人のグループから

「隆博、こっちだ!」

 裕樹が顔を出した。

「ごめん。遅くなった。」

「いや、いま始まったばかりだ。」

「で、今日は何の集まりだ?」

 裕樹の隣に腰を下ろしながら聞いてみた。

「あほか、お前は。そんなことも知らんと来たんか?」

「いや、ごめん。しっかり聞いてなかった。場所と時間だけチェックした。」

「相変わらず、マイペースだなあ。」

 裕樹は呆れ顔で、肩をすくめた。


 マイペースとは自分のことを形容する名詞として、僕の友人たちがよく使う言葉だ。

確かに自分でもマイペースだと思う。だけど、こういう人が集まる場所が苦手ではないし、来たら来たでそれなりに楽しむし、人とも会話する。自分は下戸で1滴も飲めないが、飲み会は嫌いじゃないし、この雰囲気は好きだ。もちろん酔っ払いともペースをあわせて盛り上がる。でも、自分の時間が一番大事だ。ずっと人と一緒だと疲れる。周りからは人当たりが良いと言われるが、それは自分の時間があって、人と一緒の時間との区別をきちんとしているからだろう。その時間内では人に不愉快な思いをさせないよう、場を和ませようとするところがあるみたいだ。さしあたってどうでもよいことはあまりしっかり把握していないことが時々あるみたいで、今日の飲み会の趣旨も、幹事の健二から送られたメールからさっと時間と場所だけ見て飛んできたのだ。

 店員が飲み物の注文を聞きに来た。

「ウーロン茶ちょうだい。」

 店員が注文を取り下がっていくと、隣の裕樹に耳打ちをした。

「で、今日はなんの催し?」

「お前知ってるだろう?4年の水木先輩?」

「ああ。」

「できちゃった結婚なんだって!」

「えっ?」

 僕は聞き返した。


 4年の水木悟先輩。僕の学部は翻訳家や通訳を目指す学生の多い外国語大の英文学科だ。そうでなければ外資系の会社に就職する学生が多い。水木先輩は僕と同じ学部で、学部内の翻訳家をめざす学生で作るワークショップに籍を置いている先輩だ。そのワークショップでは何度か会っているが、女関係の噂など聞いたことがなかった。というか、僕があまり親しくしゃべったことがなかっただけで、裕樹の話によるとかなりもてる人らしい。ガールフレンドも何人かいたらしいけど、どうもそのうちのひとりが妊娠したらしい。それで、卒業前だけど年内に籍をいれることになって、今日は内々でそのお祝いらしい。

「へえ、そうなんだ。」

「で、当の本人さんは?」

「あれ、あの前の方に居るだろう。お前もお酌してこいよ。」

「ああ、そうだな。」

 前方をみると水木先輩はだいぶ飲まされたみたいだ。顔を少し赤くして、数人に仲間に囲まれている。彼は身長がかなり高く、学生時代はずっとラクビーの選手だったらしい。細くて、顔立ちも彫が深く、女の子には確かにもてそうだ。僕もあまり親しくしているわけではないのでその人となりはよくわからないが、男気があって頼まれると嫌と言えないところがあって、後輩の面倒見などはかなりいいみたいだ。声が低くて特徴があり、女性のような細い指をしている。口が悪いことで有名だが、その手先を見ると神経質な所もあるのだろう。

 僕は近くにあったビール瓶に中身が入っていることを確認して、それを持ち、先輩の席へ向かった。

「どうぞ。ビールでいいですか?」

 ビール瓶を傾けると、

「おお、隆博か。」

「だいぶ飲まされたみたいですね。」

「うん。今日はかなりいい気分で酔っ払ったみたいだ。」

「・・・あの、おめでたいことだそうですね。僕何も知らなくて・・・」

そう遠慮がちに聞いてみた。すると先輩もちょっと罰の悪そうな顔をして、

「・・ああ、まあ、なんてゆうかな。俺も予想外のことでなあ。ちょっと、気持ちの整理が・・」

 所在無げに頭に掻く。

「でも、おめでとうございます。」

 そう言うと、先輩はふうっと鼻から大きな息を吐いて

「ま、俺も年貢の納め時だな。それにしても22歳にして、後の人生はかみさんと子供を食べさせていくだけで、俺の人生は終わったも同然だな。」

「そんなこといって。おめでたいことなのに。」

「そうかな、でも隆博らがうらやましいよ。まだ20歳だろ。これからもっといろんな経験が出来るだろ。遊びでも勉強でも。それに女のことにでもな。でも、俺はもう決まってしまった。一生懸命働いて子供とかみさんと家庭を作る。それはそれでいいんだが。まだ俺22だし、もっとこれからいろんな選択肢があったのかなあと思うと、なんだか他の連中らが自由で縛られるものがなくて、いいなあなんて思う時がある。」

 先輩は言いながら、うつむいて目の前の突き出しの小鉢を箸でもてあそんでいる。

何だかそんなしぐさが子供っぽい。でも、無理もないか。先輩といっても2こしか違わないし、仮に僕が2年後に結婚して家族を持って養っていかないといけないなんてことになったら、考えただけでじたばたしちゃいそうだ。結婚なんて全く実感わかない。その責任に押しつぶされそうだ。


 僕は話を変えてみた。

「先輩は就職先決まってるんですか?」

「うん、東京のT株式会社。」

「あ、そこ外資系の。超倍率高いとこじゃないですか。なかなか内定もらえないですよね。すごいじゃないですか?」

「うん、まあそれはありがたいんだけど。」

「お前は?」

「僕は翻訳をやりたいんです。まだしっかり決めてるわけじゃないけど。どっかの出版社にもぐりこんで、商業紙の翻訳でもやれたらいいなあって。」

「そうか。お前文才あるもんな。」

「文才ですか?」

 人から文才があるなんて初めて言われた。

「いつぞやのワークショップでの課題でそう思ったのがあった。」

「えっ?いつのでしたっけ?」

「珊瑚礁の白化現象について」

「ああ、あれは環境保護についてがテーマでしたよね。」

「文章がうまく書けるってことは、まず、読解力があるってことなんだろうなって思うんだ。翻訳は原文の読解力が一番の基礎だけど、それだけじゃない。その原文をどこまで読み込めて、どこまで原作者の意思に沿うように表現できるか。大事なのは表現力だ。でも、でしゃばってはいけない。自分の言葉で表現すればいいわけじゃない。原作者の心を読むんだ。それに沿ってなおかつ自分のオリジナルティの翻訳が出来るかだ。その原書の言語を理解してればいいっていうことじゃないと思うんだ。なんかうまく言えんが・・・。だいぶ飲んだんでね。頭がまわってないんだ。」


 でも、先輩の言うことはわかった。やはりこの人は頭のいい人だ。頭の回転が速いっていうのかな。人の言うことをすばやく理解して、無駄なく簡潔にそして、自分の言葉をうまく操る。先輩は早口でもあるし、しゃべりのテンポも速い。頭の悪い人としゃべってるときっといらいらするだろうな。

それにしても、先輩が僕の文章を読んでいたとは初耳だった。ちょっと、うれしかった。先輩は見目も良く、後輩の面倒見も良いので、後輩連中の中ではちょっとした有名人だ。男から見てもかっこいい男って言うのかな。変な言い方だが憧れてるやつらもいるんじゃないかな。


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