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18話

 門を出てすぐの場所に位置するカフェに入る。

 窓越しに、雪を被ったポプラ並木を見ながら、

「隆博君の気持を聞かせて欲しいの。」

「僕の?」

「そう。」

 何度かデートして、付き合っているのだと自分は思っていたのだけれど、このところ連絡をしても返事がないし、付き合っているのかどうかも自信がなくなってきた。それとも他に好きな子が出来たのか。もう、自分とは付き合う気がないのか。はっきり聞かせて欲しい。

 そう里佳子ちゃんは言った。

 僕は気持を決めかね、何と返事をして言いのかわからず口をつぐんだ。

 黙ってカップを口に運んで様子を伺っていた彼女が焦れて、

「私のこと嫌い?」

「いや、嫌いだなんて。楽しいよ。君といると。ほんとに。」

 思わずそう答えた。彼女といるのは楽しい。それは本当だった。

「どうして連絡くれなかったの。」

 答えようすもなく、また黙り込んでいると、

「杉原君から聞いたんだけど。」

 健二に泣きついたって言ってたっけ。裕樹が。

「隆博君にはまだ忘れられない人がいるって。本当?」

 扶美のこと。健二が言ったのか。

 怒りに似た感情が湧き上がってきた。

「あいつが言ったのか。」

 押し殺したような暗い自分の声に、驚いた。

 もっと驚いたのは彼女の方だったみたいだ。

「ごめんなさい。聞いてはいけないことだったのかしら。どうしても隆博君のことが諦められなくて、無理に私は聞きだしたの。何か原因があるのかと思って。」

 慌てて小さな声で彼女が弁解した。

 怒ってみても仕方がない。彼女のすまなそうに身を縮める様子を見て、一気に暗い感情が払拭される。だって何も知らない彼女に連絡も取らず、返事を返さなかった自分が悪いのだから。

「いいんだ。」

 沈黙が続いた。

「それで、里佳子ちゃんはそれを聞いてどう思った?」


 どうするつもりなのか。彼女任せにしている自分が嫌なやつだと思った。これ以上いろんなことを考えると頭がパンクしそうだ。また執着心がないと健二に怒られそうだが。半分投げやりな気持で、苛立っている自分がいた。

「ずっと考えていたんだけど、隆博君がもし嫌でなかったら、もう少し付き合って欲しいの。その忘れられない人がいてもいい。いつか私に振り向いてくれる日が来るのを待ってみたい。」

 健気な彼女の返事に、罪悪感で胸が一杯になった。

「僕は、里佳子ちゃんが思っているような人間じゃないよ。待ってもらうだけの価値があるのかどうか自信がない。」

 本音だった。いつまでもうじうじと、扶美のことが忘れられず、いろんな女の子を傷つけているだけの自分。それだけならまだしも、あろうことか好きな男がいるなんて。

 好きな男?

 自分で自分の胸の内の声に驚愕する。水木先輩のこと。無意識にそう思った。好きなのか?まさか。


 扶美が亡くなってから、女の子と付き合った。何人かの子と。殆どは心配した健二から紹介された子だった。思い出しても自分から好きになって付き合った子はいなかった。胸の内にはいつもどこかで扶美がいたんだとおもう。

 意識的に彼女を思い出すことはなかった。封印していたのだと思う。彼女の存在を。

 もうこの世にはいない人なのだから。新しく自分の道を進んでいかなければならないことなんて、充分わかりすぎるくらいわかっていた。

 頭でわかっていても、身体がうまく動かないことって結構ある。それと同じように頭ではわかっていても心がうまく動かなかった。ギクシャクと耳障りな音を立てながら動いているぜんまい仕掛けの人形のように、僕は女の子に接していた。たぶん。

 そんな違和感を気づくと、彼女たちは自分から去っていった。何も聞かずにね。

 こんなふうに僕の中に割って入ってきたのは里佳子ちゃんが初めてだった。ナイフで胸を抉られて気絶する寸前のように、眩暈がした。脆い。自分は。

 彼女たちとうまくいかなかったのは扶美のことが忘れられないからなのだと、思っていた。だけど、今自分の中に湧き上がる感情の中にもうひとつの理由があるのかもしれないと疑いだしていた。

 水木先輩のこと。男が好きなのか。僕は?それも原因なのか。扶美のことじゃないのか。

 急に視界が明白になって、素のままの裸で往来に放り出されたようで、怖くなった。自分に対してだ。


「大丈夫?」

 どのくらい時間が経ったのだろう。凄く長い時間、自分はここにいなかったような気がした。

「大丈夫だよ。」

 彼女がテーブルの向こうから僕の顔を覗き込んでいる。心配そうに。

 僕の顔は青ざめているのだろうか。頬に手を当ててみた。ひんやりした頬の感触が気持悪かった。

 里佳子ちゃんは明るく、半ば一方的に、

「待ってる。隆博君が私の方を向いてくれるまで。私、結構気が長いのよね。」

 笑顔を向けて、僕の頬に触れた。

 暖かい。柔らかい手の感触が気持ち良かった。


 レジでコーヒー代を払い、外に出る。

 冷たい風が身を切るようだ。

 肩先で揺れる彼女の栗色の髪を見て、不意に並んで歩く彼女の肩を自分の胸に寄せる。

 驚いた彼女が僕の顔を見上げる。

 そのまま彼女の背に手を回し、顔を近づけた。

 甘い髪の匂いがして、柔らかい唇の感触がした。唇を離しかけて、何を思ったのか僕は又そのまま唇を寄せた。彼女の口を夢中で吸った。小さく吐息を漏らしながら、彼女は僕の背中に腕を回して力を込めた。


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