5時
はるかは歩いていました。日が沈みかけているので、もう少しで帰れそうです。
でもなかなか駅にたどりつきません。
何かが起こらなければいくら歩いたって同じなんだ。何かが起きればいいのに。
はるかは周りに注意しながら歩いているのですが、変化は起きません。
地面は固くしっかりとしていて、ぐるりと見渡すと地平線で、
そこをまっすぐ線路が貫いているばかりです。
小鳥も飛んでいないし、風も吹いていないし、雲もありません。
地面にも何も落ちていないし、見渡しても何も見えません。
どうしたらいいんだろう。
ふと、風の子供たちが言った「時の女神様」のことを思いだしました。
その人はきっとこの世界を管理している人なのでしょう。
その人は、電車を走らせ、風を吹かせ、雨を降らせ、
この世界で起こるの全てのことをつかさどる神様なのでしょう。
はるかは歩きながら、考えました。
ここは私の心の中だから、その時の女神様というのは、私の心の中の
一番透きとおった部分のことなのかもしれない。
はるかは立ち止まり、
夕焼けの光で紫色に透きとおっている真上の空を見上げました。
でもそこはただただ透きとおっているばかりです。
どうすればいいのか分からなくて、途方にくれてしまいました。
何も起こらないのです。
けれどもはるかは思い出しました。
さっきの女の人たちが、歌って踊ることで、雨を降らせたことを。
何も起こらないのなら、私が何かをして、何かを起こせばいいんだ。
そう。線路を向こう側からこっち側に走って横切った時みたいに。
そこで、何をしようか、と考えました。歩きながら、とりあえず、願いごとを言ってみました。
「帰りたいんです」
歩き続けながら、何度も言いました。
「帰りたいです。私は、帰りたいです」
言うたびに、確かになっていくようでした。
「帰りたいです。元の世界に帰りたいです」
言うたびに、それが本当のような気がしてきました。
今までは、ただ元の場所へ戻ろうとしていただけで、
本当に帰りたいとは思っていなかったのかもしれません。
「眠っている私のところへ、帰りたいです。私は私を起こしに行きたいです。
私のところへ、帰してください」
だんだんと、元気が出てきました。そこで、もっと大きな声で叫びました。
「私は帰ります! 今から帰ります!」
だんだん、歩いていたのが小走りになりました。
「私は帰りたいんです! 帰ります! 帰ります!」
言うたびに胸の中で元気の種がぽん、ぽん、と音を立ててはじけていきました。
「私は帰る! 帰るの! 私は帰るの!」
ポンポンポンッ胸の中で種がはじけました。元気がむくむく出てきました。
元気が出てきたのがうれしくて、もっと叫びました。
「私、帰るんだからねー!」
そう宣言して、走り出しました。
すると見渡す限り茶色の地面だったところに、
緑の芽がポンポンッと出てきて、
走っていくはるかの周りでぐんぐん成長していきます。
はるかは嬉しくて、顔を赤くして走っていきます。
次々と芽が出ては、伸びていき、葉を茂らせた木になっていきました。
はるかと線路を取り囲むようににょきにょきと伸びて、枝を生やし、
はるかはいつの間にか緑のトンネルの中を走っていました。
「私は帰る!」
勇気を出してレールの上に飛び乗って、電車のようにレールの上を走りました。
「帰る!」
と言い続けていました。走っていくはるかの両脇を、
すごいスピードで緑の木々が後ろへ流れ去っていきます。
緑のトンネルの中を、いつしか風のように走っていました。
飛ぶように走っていました。
「私帰るよ」
家族の顔を思い浮かべながら、
はるかはこの世のものではないスピードで走っていました。
すると、ぶわっと一瞬で緑のトンネルを抜けたかと思うと、
まぶしい光の中に飛び込んでいました。
(え?)
はるかの左を駅のホームがものすごいスピードで後ろへと流れ、
はるかの右を駅のホームがものすごいスピードで”前”へと流れました。
駅のホームのベンチには赤いワンピースを着た女の子が静かに座っていて、
はるかに全く気づかない様子で、来ない電車を待っていました。
そのホームは桜の花びらでいっぱいになっていて、
ふわり、とした風が吹いていました。
あれは私なのかな?
と、はるかは思いました。
そう思ったのも、そのホームが見えたのも、本当に一瞬のことでした。
はるかはものすごいスピードで走っていたので。
しかも左のホームははるかが走るのに合わせて後ろへと流れていったのに、
右のホームは逆に前へと流れていったので、
方向感覚を失ったはるかはつまずいてしまいました。
そして倒れる途中に、その女の子を見たのです。
その駅では時間がふうわりと流れているようでした。
はるかは後ろに流れていったホームを目で追いながら、倒れていきました。