3時
日は明らかにまた傾いたようでした。
この世界の仕組みがちょっと分かった気がしました。
自分の影もさっきより伸びていました。
影は右斜め前にあって、縦に押しつぶされたドワーフのように見えました。
はるかは足を前に出すたびに、その影もよちよちと歩くのを見ながら歩きました。
そうやって影を見ながら歩いていると、
影に話しかけたくなってきてしまいました。
誰ともずっと口をきいていなかったからです。
でも、話し掛けても答えてくれないだろうから、
我慢してそのまましばらく歩きました。
そうやって下を向いていたので気づかなかったのですが、
ふと空気の流れを感じて前を見ると、
何かがざわめきながらこっちへ来るのが分かりました。
それは空中をもつれながらやってきました。
目には確かに見えませんでしたが、肌で感じました。
それらは何かしゃべっていました。
「はやく、はやく、いそがなきゃ。」
「いそがなきゃ。」
「おこられちゃうよ。」
「よりみちしてるとまたおこられちゃうよ。」
口々にそう言いながらやってきたのは風のようでした。風の子どものようでした。
はるかの顔に空気が吹き付けていて、それがだんだん強くなりました。
それははるかを見つけたようでした。
「おい、あれみろよ。」
「あ、おんなのこだ。」
「ほんとだ。めずらしいなあ。」
風の子どもたちは好奇心でいっぱいで、ヒュゥー、ヒュゥー、と
はるかの周りをぐるぐる回りました。
風の子どもが砂漠の砂を撒き散らすので、お日様の匂いが立ち昇りました。
はるかを中心とした小さな竜巻のようになっていました。
はるかはちょっと嬉しくなりました。
「あなたたちは風の子どもなの?」
とはるかが尋ねると、
「そうだよー。」
「そうだよー。」
と口々に言いました。はるかの周りを回っているので、
その声は立体的に聞こえました。
「ここからどのくらい歩いたら駅に着くか分かる?」
と聞くと、
「そんなのかんたんだよ。」
「ゆうがたまであるけばつくよ。」
「ゆうがたになったら、もとのばしょにつくよ。」
と言います。そこではるかは安心しました。
それから、やっと話ができる相手を見つけたので、
この際いろいろ聞いてみようと思いました。
「ここはどこだか教えてくれる?」
そう聞くと、
「ここはきみのゆめのなかじゃないか。」
「きみのこころのなか。」
「きみのあたまのなか。」
「きみはゆめをみてるんだよ。」
はるかは、そうじゃないかとは思っていたものの確信が無かったので、
そう裏付けが得られて安心しました。
「じゃあ、目が覚めれば元の場所に戻れるのね?」
そう聞くと、
「そうだね。」「めがさめればね。」
「もどらなきゃね。」
「めをさますためにもどらなきゃね。」
「ゆうがたにはもどらなきゃね。」
風の子どもたちはヒュウヒュウとはるかの周りを回りながら、
声をかぶせるようにそう言うので、
「わざわざ線路をずっと歩いて戻らなくっても、
夢が覚めれば元に戻れるなら、私はここにじっと座って、
目が覚めるのを待とうと思うんだけど。」
と言うと、
「それじゃあだめだよ。」「めがさめないよ。」
「いつまでたってももどれないよ。」
「せんろをもどらなきゃ。」
「ねむってるきみをおこさなきゃいけないんだから。」
「きみがきみをおこさないかぎり、きみはずっとねむったままだよ。」
と風は言います。
「そうなの?」
と問うと、
「だってきみはゆうがたにねむったんじゃないか。」
「まちがっておひるにきちゃったんじゃないか。」
「ゆうがたまであるいてもどらなきゃ。」
「きみはじかんのれっしゃののりかえをまちがったんだよ。」
「ちがうよ。スイッチがまちがってはいってたから、
れっしゃがはんたいほうこうにいっちゃったんだよ。」
そう風は話しています。互いに議論をはじめたので、
はるかはそれをさえぎるように、
「歩いて戻らなきゃいけないの?列車は来ないの?」
そう聞くと、
「だって、むかしのことはおもいだせるけど、
みらいのことはおもいだせないだろ?だかられっしゃは
かこほうこうにしかはしってないんだよ。」
「かこへいけばいくほど、れっしゃはかそくする。
ビュウーン。」
そう言った風の子どもは、速く飛んではるかの髪を巻き上げました。
はるかはこの世のものではないほどの速さの列車を思い出しました。
「きみはおひるできがついたからまだよかったよ。
わるくするともっとまえまでもどっちゃうからね。」
「あるいてもどってくるのはたいへんだよ。」
風の子どもたちはそう言うと、
「たいへんだ。」
「そうだった、よりみちしちゃだめなんだ。」
「いそがなきゃ。」
「いかなきゃいかなきゃ。」
と慌てはじめ、
「じゃあねー。」「がんばってね。」「ばいばーい。」
と、行ってしまおうとしました。
はるかは髪を吹き上げられられながら、
「誰に怒られるのー?」
と叫んだら、
「ときのめがみさまだよー。」
と遠く返事が聞こえて、
それからは風のひゅうひゅういう声も消えて
元どおりにしんとしました。
「時の女神さま?」
はるかは風の去った砂漠に一人で影と一緒に立っていました。
ふわふわ浮き上がっていた髪も、スカートも、元に戻りました。
はるかはもつれた髪を指でほぐし、砂を振り払うと、また歩きだしました。
でもはるかの心の中はまだかき乱されていて、なかなか元に戻りませんでした。
台風が散らかしていったように混乱していました。
そうして、黙々と歩きつづけて、どれくらいたったでしょうか。
ふうっとため息をついて下を向くと、そこに影がいました。
「ねえ、どう思う?」
そう聞いても、影はじっと黙ってそこにいるだけでしたが、
はるかが新しいことを知った分、影はまた少し成長したように見えました。