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2時

 はるかは線路のわきを歩いていました。

 何度目かに振り返ったときに、

 もうあの大きなヒマラヤ杉が地平線の向こうに消えていたからです。

 ヒマラヤ杉が見えているうちは線路の上を歩いていたのですが、

 木が見えなくなると、歩きやすいレールから降りて砂の上を歩き始めました。

 轢かれるのが怖かったからです。


 そうやって歩いていると、今度はお腹が減ってきたなと感じました。

 何か食べたいな、と思いました。


 そうだな、例えばシュークリーム。

 ひんやりとしたカスタードクリームの入った、

 ざっくりとした狐色の皮のシュークリーム。


 それから、おさつパイ。黒ゴマがつぶつぶとついて、

 表面があめ色にてかっているさくさくのおさつパイ。


 それから、クレープもいい。ふんわりとした生クリームがたっぷり入っていて、

 甘酸っぱい苺を半分に切ったのがたくさん入ったクレープ。


 はるかは食べたいと思うものを次々に想像していきました。

 砂漠を延々と歩いているのはひまなのです。


 それから、フルーツあんみつ。

 冷たくて透明のさいころ型の寒天に甘い香りの黒蜜がかかって、

 もちもちとした白玉と、あずきのたっぷり入ったフルーツあんみつ。

 フルーツは、りんご、バナナ、キウイ、パイナップル、苺…。


 それから、ベーグルならシナモンがたくさんまぶしてあって、

 レーズンが入ってるベーグルに、クリームチーズがはさんであるの。


 それから、アールグレイの紅茶の葉が細かく刻んであって生地に練りこんである

 ざくざくの紅茶クッキーに、刻んだレモンの皮の入った生クリームをつけて、

 熱いミルクティーと一緒に食べる。


 はるかは、そんなことをいろいろ想像しながら歩いて行きました。


 次々と浮かんでくるのを、誰もいないので声に出して数え上げていきました。

 そうやって声に出してリズムをとって、元気に歩いて行きました。


 ふと、はるかは口を閉じました。どこからか甘い匂いがするのです。

 さっきのヒマラヤ杉のように、またいいことがあるといいな、と思いました。


 しかしその甘い匂いはだんだん強くなるのにつれて、食べ物ではなくて

 花の匂いのように思えてきました。それはバラの花のような香りでした。

 少し涼しげでもあり、うすピンクの透き通った花びらが思い浮かびました。


 右斜め前の方から風が吹いてきているようで、

 はるかの首と髪の間に入って髪を散らしていきます。

 はるかの前髪も揺らしていきます。まつげにも触っていきます。

 そして、はるかの全身がその涼やかで甘い香りに洗われていくようでした。

 

 はるかの足どりは重くなりました。

 そして、いつのまにか空気にもやがかかっていることに気づきました。

 視界がうす花片色になっています。

 はるかは目を伏し目がちにして足元を見ながら歩きました。ぼんやりとしています。


 ふと、髪に何かついている気がしました。

 頭を振ると、ひらひらととても薄くて、

 手のひらにのせると手のひらがすけて見えるような、

 ほんの少しだけピンクのかかったハート型の花びらでした。


 はるかが上を見上げると、

 青空だったはずのところに綿菓子のような雲がありました。


 その雲はとても低くて、誰かに肩車してもらったら手が届きそうでした。

 その雲から、ひらり、ひらりと少しずつ花びらが落ちてきているのでした。


 はるかは自分の手のひらの中の花びらを顔に近づけました。

 すると、とてもいい匂いがしました。

 口に入れると、その花びらは舌の上でシュッと溶けていきました。

 それはこの上もなく良い香りで、甘くて、少しチョコレートに似ていました。

 そして飲み込むと、のどにほろ苦さが残りました。


 はるかは憂鬱なような切ないような気持ちになって、

 花びらが降りかかってくる中をふらふらと歩いて行きました。

 そして、花びらが髪や服に降りかかってきたり、

 手で取れるところに降りてきたときは、

 それを取って口の中に入れました。

 するとそれは極上のチョコレートのようにふわっと香りたつのですが、

 すぐになくなってしまうのです。

 そしてのどに苦味が残ります。


 はるかは少しいらいらしてきました。花びらはとてもおいしくて食べたいのに、

 ひらひらとゆっくり落ちて来るのでもどかしいし、食べても食べた気にならないし、

 後味が苦いのですぐ次のが食べたくなるのです。


 はるかは少しの間苛立ちをかみしめていましたが、

 髪に降りかかって来た花びらを振り落とすと、もやの中を走り出しました。


 なんてうっとおしいもやなんだろう。前の方があまり見えません。

 はるかは苛立ちにまかせて、走りにくい砂の上をがしがしと走りました。


 花びらがとてもとてもゆっくりと遠く近く降って来ているのが美しいので、

 何か恐ろしい夢でも見ているような気になって走りました。

 吸う空気の香りが強いのでむせそうになるのですが、

 仕方なく吸って、はいては、走りました。


 気がついたのですが、

 初めもやがやってきたときの涼やかな匂いが

 すっかりきつくなっていて、甘ったるいくらいです。

 もやもとても濃くなっています。


 はるかはいっそう怖くなって走りました。これは罠かも知れない。


 怖い。怖い。


 無我夢中で走っていると、突然パッともやから抜けました。

 すがすがしい空気です。はるかは大きく深呼吸しました。

 太陽は明るく白く照っていて、空は薄青くて高いのです。

 カラリと晴れていました。


 ほっとして一安心して後ろを振り返ると、

 あの綿菓子のような雲がやっぱり花びらを降らせていました。

 その光景を見て、はるこは懐かしいような切ないような気持ちになりました。

 でもあんなうっとおしい匂いはもうたくさんです。


 はるかは砂の上に腰を下ろして一息つきました。

 そして、スカートのポケットがふくらんでいるのを不思議に思って手を入れると、

 中には香ばしくこんがり焼けたくるみパンが入っていました。


 それはちっとも甘くはなかったけれど、

 はるかは線路のわきに座ってそれをしっかりかみしめながら食べました。

 それはお日様の明るい光の中で、とてもおいしくて、

 空腹だったはるかは満足しました。


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