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ショートショート集

コーヒーカップ

作者: 六木 正道
掲載日:2026/05/11

私はマスターの喫茶店のコーヒーが大好きである。毎日飲み続けることで体に変化が現れる。マスターの本性とは、、、

 一杯のコーヒーを私はいつもの喫茶店で注文した。「はい、これサービス。」マスターがサービスでトーストをくれた。「ありがとう。いつもすまない。」私はここの常連である。喫茶店にはいつもジャズが流れており、それに合わせてマスターの鼻歌が聞こえてくる。

 20XX年今の時代はどんな食品にも添加物など体に悪いものばかりで溢れかえっていた。しかし、唯一マスターのこの店だけが無添加で健康に良いコーヒーを提供している。なんでも豆から挽いてコーヒーを淹れているんだそうだ。手間もかかるためここらではほとんどの喫茶店が潰れ、残ったのはこのマスターの店だけだった。

私は物価高が高騰する時代にほとんど利益すらも出ないのに店を続けるマスターの心意気に心打たれたのである。他の店ではC国から輸入したコーヒーを使っているというが、材料名も不確かで信憑性もないコーヒーは私には受け付けないのだ。

かれこれここに通って三年ほどになる。まさか三年で世間がここまで変わるとは。

しかし、そんなことはともあれマスターの出すコーヒーは一味違う。なんとも苦味の中に口当たりのいいまろやかさがあるのだ。ううん、癖になる。その上サービスまでしてくれるなんて、低所得の私にとっては有り難い限りである。

「コーヒーにはカフェイン以外にも様々なメリットデメリットがあるそうです。」喫茶店にあるテレビが流れていた。コーヒーに含まれるカフェインは覚醒作用や利尿作用があることは前から知っていたが他にもあるんだとか。

「特にC国から輸入されたりしているコーヒーなどは添加物などが含まれてはいますが、天然の豆から挽くコーヒーには恐ろしいデメリットがあることが最近の研究でわかったんです。だから、国が禁止するために新しいコーヒーが流通するようになったんです。」専門家と司会が話を進める。「デメリットつまりコーヒー豆から挽くコーヒーには何かしらの悪影響があるというのですね。」「そういうことです。」「それは一体‥?」とちょうどいいところでマスターがチャンネルを変えた。「すまんな、この時間から始まるバーチャル大相撲を楽しみしててな、悪いが返させてもらうよ。」偶然だろうか、さっきの答えが気になるが。「お構いなく。」と私はコーヒーを飲み終えると店と後にした。

 帰る道中私はさっきの答えが気になって仕方がなかった。なぜなら私が好んで飲んでいるのが豆から挽くコーヒーなのだから。まぁそんなことはどうでも良い。私はあの店のコーヒーしか受け付けない体になりつつあるのだから。お酒やタバコに比べればどうってことはないだろう。

 帰宅すると私は四肢のだるさに気づいた。この頃体が重たく四肢がまるで木の棒のようにだるいのだ。数年前まではそんなことはなかったのだが。私が外へ出かけるのはあのコーヒーを飲む時だけである。それ以外は地に根が張ったように全く動く気力も無くなるのだ。まるで本当に根が生えたように。

 数年前私は営業の仕事で心身ともに病んでしまい、軽い鬱状態になっていた。そこでテレビで紹介されていた、コーヒーには鬱症状を軽減する効果があると知り、近くのマスターの喫茶店に通うようにしたのだ。そして私はそこで感動を受けた。今まで苦くて毛嫌いしていたコーヒーだったが、ここの店のはまるで違った。マスターに聞くと厳選した豆から挽いたコーヒーだというのだ。私は豆はどこで売っているのかと尋ねたが、マスターは企業秘密だと頑なに教えてはくれなかった。「入手方法を教えることはできないが、たまに飲みくればいいさ、いつでも相談相手になってやろう。」私がマスターの優しさが身体中に染み渡ったのを今でも覚えている。それを加速させるようにコーヒー流し込むとまるで自分自身がコーヒーと一体化したような気にすらなった。それからというもの営業成績は伸び会社のトップまで登り詰め昇進することができ、今ではそこそこの地位に就いている。それも全てマスターとコーヒーのおかげである。私はそれからたまたまリモートワークができる部署に移され、自宅で勤務し業務をこなすようになった。おかげで好きな時にコーヒーを飲みに行くことができる。これ以上の幸せはないだろう。

 しかしここ最近では鬱症状は改善されたものの、体が少し重たくなった気がするのだ。体重計を測っても数年前より少し痩せているだけだ。前と比べると少し肥満体型だったので今の方が健康な体型なはずなのだが。病院にも一年に2回は人間ドックに行くようにしているが、これといった悪いところはない。医者に言っても「少しお疲れなだけでしょう。睡眠をよくとってください。もし耐えられないほどの痛みなら一応鎮痛剤とか出しておきます。」しか言われないのだ。結局原因不明の四肢のだるさは薬を飲んでもどれだけたくさん寝ても、改善されることはなかった。

 ある朝起きようとすると全く体が動かなかった。いつもの金縛りか夢の中なのかと考えたが、今回は少し違うようだった。自分の体をベッドの横にある鏡で見てみるとなんと木になっていたのだ。私は困惑した。なぜ急に、こんなことはあり得ない。また変な夢にうなされているだけだろうと。なんとか体を動かそうとしてもびくともしなかった。もう完全に植物となってしまった私は自分の意思で体を動かすことができなくなってしまったみたいだ。意識だけが混在する。全くもって理解不能である。私は開き直って悪い夢だろうと思い込む以外方法がなかった。そんな時チャイムが鳴った。「ピーンポーン。」誰だろうこんな朝早くから。配達にしてもこんな時間に指定した覚えはないが。まぁ誰でもいい。「助けてくれ!!」私は今まで気づかなかったが、喋ることができたのだ。私の決死の叫び声とは裏腹に呑気な鼻歌が聞こえてきた。私はこの鼻歌をどこかで聞いたことがあった。「マスターだ、」私は確信した。マスターは手慣れた様子で針金を使って鍵を開けた。そして私にも聞こえぬ小さな声でボソッと呟いた。「おっ、そろそろ頃合いだな。」いつも優しかったマスターの笑みが今では非常に不気味に感じる。「どうしたんだ?」「どうしたもこうしたも、説明は後です。マスター助けてください。朝起きて気づいたら木になってたんです。」私は必死に助けを求めた。「何の木なんだ?」マスターは全く助けようともせずとても呑気に質問した。「そんなことはどうでもいいんです。多分そこら辺の果樹の木の苗木といったところですよ、とにかく動けないんです!助けてください!」私は醜い姿のまま半ば泣きそうになりながら懇願した。「動けないんだな、そうか、それはこっちにとっても好都合だ。」私は意味が分からなかった。「どういうことです!」私はますます混乱した。夢であると願っていたのにも関わらず突然マスターが家に訪れ不可解な言動ばかり繰り返すのだから。「それはコーヒーの木だよ。」私は愕然とした。「君がいつも飲んでいたうちのコーヒーは特別でね、飲んだ人間はコーヒーの木になってしまうのさ。だが、最近ではあちこちで悪い噂ばかり立つから店にはほとんど人が寄り付かない。そこでサービスのパンに依存性物質を含んだ粉を振りかけて提供しているのさ。コーヒーそのものに依存性はないからな。何としてでもコーヒーの木となってもらうためにはじっくりと時間をかけて毎日のようにコーヒーを飲んでもらわないと。そして今日がいよいよ出荷の日と言ったところだよ。君には今からたくさん活躍してもらわなければいけないからね。」私は少し意識が朦朧としていることに気づき始めた。そう完全にコーヒーの木になりかけようとしているのだ。私はわずかな意識を振り絞って言った。「くそっ、、、こんなことになるならコーヒーなんて、、、」と言いかけところで目が覚めた。

 私は安堵した。なんだ悪い夢だったのか。今考えるとあれが現実なわけがない。考えるだけで恐ろしい。私は少し病んでいただけだ。そう自分に言い聞かせた。心なしか四肢のだるさが取れているのに気づいた。私はいつもの喫茶店にいた。しかし席はいつもの席ではなかった。「今日から君はコーヒーの木として僕の店のコーヒーの材料となるのさ。」私は今日もマスターの鼻歌を聞く。いやこれから一生。

コーヒーカップ 〜完〜

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