女神の護符〜蛮族討伐〜
戦場に荒々しい風が吹き、二つの騎士団が並んで控えていた。 前方には黒々と広がる敵軍の陣。血の臭いを運ぶ風に、馬の鼻息が荒く響く。
まず第二騎士団のイーゴリが、愛馬の頭を軽く撫でながら前に出た。
兜を脱ぎ捨て、朗々とした声を響かせる。
「見ろ!あそこに控えるは、薄汚れた賊どもだ! 我らに勝つつもりで並んでいるとは――実にけしからん!」
兵の間からどっと笑いが起こる。
イーゴリは得意げに頷き、さらに声を張った。
「だが案ずることはない!奴らのの数では足ん! 我らを止めるには一万の馬と十万の兵を揃えても不足する! ――さぁ!今日もまた、勝つのは我らだ!」
第二騎士団から雄叫びが上がり、馬たちがいななきで応える。
熱気と笑いが軍勢を包み込み、戦場の緊張を突き破った。
…その隣。
第一騎士団を率いるアレクサンドルが敷いた陣形の最も後方で指揮を取る。
彼は人間離れした恐ろしく美しい顔で、静かに そして一切笑わず、冷たい声を張り上げた。
「見えるか、貴様ら。あれは兵ではない。
我が王国に楯突く、虫けら――いや、虫けらにも劣る塵芥だ。」
兵たちの表情が一斉に引き締まる。
アレクサンドルの言葉は刃のように突き刺さり、緊張が軍勢を縛った。
「塵芥は塵芥らしく処理しろ。すなわち皆殺しだ。
一瞥の同情もくれてやるな!
いいか、貴様らの剣は我が王国の意志だ。容赦は国への裏切りと心得よ!」
第一騎士団は沈黙のまま剣を掲げ、統制された威圧が戦場を震わせた。
――対照的な二つの騎士団。
芝居がかった威勢の笑いと熱狂の軍勢、
冷徹な檄で沈黙に支配された軍勢。
やがて二人の指揮官が同時に手を振り下ろす。
「突撃!!」
荒野を揺るがす轟音とともに、二つの軍勢が前へと奔った。
レオニードが先頭に躍り出て、雄々しい声を上げて敵の一人を矛で一刀両断にした。
「出たぞ…!」
蛮族と呼ばれ異民が次々と彼の刃の手にかかり殺されていく。
恐怖の対象としてレオニードに蛮族が叫んだ。
「レオニードだ!極北の獅子だ!」
アレクサンドルの目に個の騎士として圧倒的な戦闘能力を誇るレオニードは、第一騎士団の誇りそのものに見えた。
黒尽くめの美しい騎士が己に降りかかる全ての攻撃を薙ぎ払い、ただ目的のために駆けていく。
あまりに強く。
そして、あまりに誇り高い騎士の背中に、他の騎士たちの勇気を奮い立たせていた。
レオニードは歩兵の蛮族に囲まれたが、殺気に満ちた目で馬にハッパをかけゴミのように次々と蹴り飛ばす。
仰け反った馬が蛮族を踏み殺し、レオニードは血に染まった剣で囲いを力付くで突破した。
「俺についてこれる奴はいるか!?来いっ!」
「レオニード!無茶するな!」
レオニードの声に、イーゴリは苦笑しながらも胸を熱くした。
この男はいつもそうだ。戦場では誰よりも前に出て、仲間を鼓舞し、そして無茶をする。
だが、だからこそ誰もが彼を信じ、第一騎士団の先鋒は常にレオニードが担うのだ。
「はっ!モタモタしていたら大将首をのがすぞ、イーゴリ!お前が号令をかけろ!」
普段は無口なレオニードが興奮し、瞳孔の開いた目で雄々しく鉾でで突撃の構えをした。
「言われなくとも貴様は死なせん!レオニードと共に第二騎士団、二番隊と三番隊は続け!」
イーゴリは愛用の銀の笛を口に当て、鋭く短い音を二度鳴らした。この笛は第二騎士団の独自の合図。短く、そして正確に。
その音は、熱狂の渦中にある第二騎士団の兵たちに、次に取るべき行動を迷いなく伝えた。
アレクサンドルも冷静に混戦する戦場を把握し、大将とおぼしき男が蛮族を奥で指揮しているのを確認した。
(今日こそ根絶やしにしてやろう。王国を荒らす汚らしいゴミどもめ)
レオニードが「行くぞ!来い!」と叫び数人の精鋭とイーゴリの合図の笛がとどろいた。
「レオニードを援護しろ!目の前の敵を殲滅せよ!逃すことは許さん!」
突き刺すようなアレクサンドルの命令が第一騎士団にひろがった。
陣はまるで意思を持っているかのように変形し、レオニードを援護する者と彼に付き従い数騎で敵の中心を切り裂きに行く者とで別れた。
その様子に、蛮族の動きもまた変わる。
重々しい盾を中心とした兵が前へ出ると、大地を轟く恐ろしい号令の野太く長い笛が響き渡った。
その音に聞き慣れない者は、皆が恐れ慄くほどの爆音である。
レオニードは顔色一つ変えなかったが、イーゴリは苦々しく顔をゆがめた。
「ちっ、面倒な…!」
「投石がくるぞっ弓もだ!」
イーゴリは即座に叫び、同時に手にした銀の笛を長く、そして震えるように吹いた。
これは第二騎士団における「散開」と「防衛」の合図。
その意味を完璧に理解している兵たちは、密集した陣形を素早く緩め、盾を構えて身を固めた。
熱狂的な士気だけでなく、指揮官との絶対的な信頼と訓練の賜物だった。
弓兵の合図とともに、天空を覆う黒い影が生まれた。
無数の矢が唸りを上げ、雨のように降り注ぐ。続いて、轟音と共に巨石が放たれ、地を震わせて落ちた。
馬が悲鳴をあげ、騎士が盾ごと叩き潰される。血と鉄と土が入り乱れ、戦場は地獄の様相を呈した。
「――構えろッ!」
レオニードの咆哮と同時に、彼に従う騎士たちは重い盾を掲げた。
頭上に並んだ盾は、荒れ狂う矢雨を受け止め、鉄を打つ乾いた音を連ねる。
だが騎士たちは一歩も止まらない。
馬の歩みを止めることは死を意味するからだ。蹄が血を蹴り、泥を巻き上げ、なお前進する。
そこへ――。
「ナターリヤ!?」
後方でアレクサンドルとともにいた守られていたはずの女騎士が己の軍馬を叩き、戦場へ飛び出した。
彼女の背後には弓兵を中心とした小隊が続く。戦場に差す一筋の光のように見えた。
「怯むな!構わず放て!」
澄んだ声が響き、次の瞬間、鋭い矢が唸りを上げて放たれる。
ナターリヤの矢は真っ直ぐに敵兵の喉を穿ち、そのまま後列の者まで貫いた。
従う弓兵たちも次々と矢を連ね、遠方から蛮族を射抜いていく。敵の盾列に綻びが生まれ、叫びと血潮が混乱を広げた。
イーゴリは、ナターリヤの行動を見て驚きつつも、その機転を即座に利用した。銀の笛を再び強く吹き鳴らし、叫ぶ。
「ナターリヤ隊に続け!投石の隙を突け!中央突破だ!」
「……レオニード!」
遠く、黒き鎧に身を包み、猛獣のごとく突き進む彼の姿。
矢雨も巨石も恐れず、ただ敵の大将首を狙い駆ける、その孤高の背中。
ナターリヤの胸が熱く焼けつき、視界がにじんだ。
それは恐怖か、畏敬か、あるいは愛か――。
彼女の矢が再び弦を離れ、戦場の喧噪を切り裂いた。
矢雨が止み、戦場の喧噪に新たな緊張が走った。
血に染まる荒野の中央――そこに、蛮族の総大将が姿を現した。
片腕を失いながらも、その巨躯は山のようにそびえ立つ。
獣の毛皮をマントとし、肩には無数の戦傷を刻み、握るは人をも砕く巨大な戦斧。
その存在は、恐怖そのものだった。
「極北の獅子――レオニード!」
総大将が咆哮する。
過去に己の片腕を斬り捨てて見せた、黒尽くめの恐ろしく強い憎き騎士…!
その声は戦場全体に轟き、敵味方の兵の胸を震わせた。
レオニードは応じるように馬腹を蹴り、獰猛な笑みを浮かべて前に出た。
「……来い!」
低く唸る声と共に、鋼の鉾を構える。
次の瞬間、両雄は同時に躍りかかった。
大斧と長鉾が衝突し、火花が散る。
大地を震わせる一撃ごとに、鉄と鉄が悲鳴を上げ、馬は嘶き、兵は息を呑む。
総大将の斧は山を割るように重く、レオニードの鉾は稲妻のように鋭い。
「はあああッ!」
レオニードの猛々しい叫びが、空気を裂いた。
馬と一体となり、全身の力を込めて鉾を打ち下ろす。
巨漢の総大将は斧で受け、体をよじり、片腕の不利をものともせず押し返す。
互いの武器が何度も交錯し、土煙と血飛沫が舞い上がった。
――その一騎打ちを、ナターリヤは矢を番えながら見つめていた。
(レオニード……どうか……!)
心は彼の傍で戦いたいと叫びながらも、彼女は矢を放ち続けた。
自らの矢で彼の背を護る。それが今の自分にできる戦いだと、誰よりも理解しているから。
戦場の喧噪が遠のき、ただ両雄のぶつかり合う轟音だけが響いていた。
レオニードは幾度も鉾を振り下ろし、総大将は斧で受け、片腕であることを感じさせぬ膂力で押し返す。
金属がぶつかる衝撃で馬が嘶き、地を蹴る蹄が砂塵を巻き上げた。
「極北の獅子……貴様を屠れば、王国など恐るるに足らんッ!」
総大将の斧が振り下ろされ、大地が裂ける。
レオニードは身体を捻りかわすと、獣のような雄叫びをあげて鉾を突き立てた。
一方その頃、戦場を冷静に見渡すアレクサンドルの目が鋭く光る。
「……今だ。全軍、右翼を引け!」
彼の指示に応じ、騎士団の陣形が素早く組み替えられる。
「左翼、弓兵を前へ!狙うは敵の中央!」
イーゴリの笛が鋭く鳴り響き、合図と共に矢の雨が降り注いだ。イーゴリは自らも剣を抜き、部下を鼓舞するように叫ぶ。
「怯むな!奴らの動揺を突け!我らの栄光を刻むのだ!」
守りを失った蛮族の側面に、隠されていた騎兵の隊列が一斉に突撃する。
「突撃せよ!殲滅だ!」
アレクサンドルの号令が轟き、第一騎士団は槍を構えて蛮族の胸を貫いた。
巧妙に仕組まれた包囲と連携に、敵軍はたちまち混乱と恐怖に陥る。
「我らが王国の地を荒らすことは、二度と許さぬ!」
ナターリヤが叫び、弓を次々と放つ。彼女の矢は逃げ惑う蛮族の背を正確に射抜いた。
巨斧はもはや振るう力を失い、片膝をついた総大将は血に濡れた口を開いた。
「……極北の獅子よ……我らの怨念は……必ず、貴様を呑み込む……!」
獣のような眼に憎悪を燃やし、血泡を吐きながら最後の恨み言を吐き散らす。
レオニードは馬上から冷ややかに見下ろし、わずかに眉をひそめた。
「ならば――黙って地獄で吠えていろ」
低く呟いたその刹那、鉾が唸りを上げて振り下ろされる。
轟音のような一閃とともに、総大将の首は胴から断たれた。
血潮が大地に広がる中、レオニードは無言でその首を鉾に突き刺し、高々と掲げる。
次の瞬間、戦場を覆っていた重苦しい空気は弾け、騎士たちの雄叫びと歓声が嵐のように巻き起こった。
ナターリヤは弓を握ったままその光景を見つめ、冷静を装いつつも、胸の奥に熱い安堵を覚える。
こうして死闘は終わり、王国の騎士たちの劇的な勝利が刻まれた。




