第7話 怒りのパワーで風船退治!アンガー☆ガールつばき!
日曜日。
朝の光が差し込む部屋で、アレリアは静かに目を覚ました。
時刻はすでに8時を過ぎている。
「……久しぶりに、熟睡していたな」
隣の布団からひょこっと顔を出すチュチュ。
「おはようなのだ~!」
「うむ。……ふと思ったのだが、この世界のひよりの関係者たちは大丈夫なのか?私の世界もそうだが、彼女の事をどう説明するか悩ましいが……」
アレリアの質問を軽快に答えるチュチュ。
「その点は心配無用なのだ!僕の魔法で、“ひよりは海外に留学中”ってことになってるのだ!」
「……?まぁ、大丈夫ならいいのだが……君は、ずいぶん優秀な魔物だな」
「えへへ〜それほどでも〜……でも、戦うことはできないのだ……」
「適材適所だ。戦うだけが役割ではない。落ち込むな」
すると、チュチュの胸元の装飾がピコピコと光り出す。
「……っ! 大変なのだ!怪人の出現を感知したのだ!」
直後
ドォン!
ノックもなく勢いよくドアが開かれる。
つばきが焦りながら報告。
「ごきげんよう! 怪人が現れたわよ!」
「来たか……急いで着替えるぞ!」
チュチュの胸元の光が激しく明滅する中、アレリアとチュチュは急いで準備を整えていた。
「アレリア!変身するのだ!」
「……変身? 私がか?」
「そうなのだ!変身しないと、怪人を倒してもドール化できないのだ!」
「あの願いを叶えるための素材か。了解した。それでは、変身の方法を教えてくれ」
「まずは、僕が手頃なアイテムに魔法をかけるのだ!」
「了解だ、ここでの魔術を学べるとはな」
真剣な表情でチュチュの言葉に耳を傾ける。まるで戦術講義でも受けているかのような構えだ。
「あの…怪人が出たんだけど…」
つばきのつっこみも耳を貸さず、会話続ける2人。
「そして、こう叫んで変身するのだ!」
チュチュはぴょんと跳ねながら、小さな体を大きく使ってポーズをとる。
「ミラクル・ラブリー・チェンジっ☆!」
チ「愛と希望をこの手に!
ハートきらめくピンクの光!
ラブリー☆ガールアレリア!」
真面目に聞いていた自分が馬鹿だったと言わんばかりに
冷たい目をするアレリア。
「…………ふざけているのか?」
チュチュ「ふ、ふざけてないのだ!ひよりは毎回こうして変身してたのだ…!」
「あまりにも時間のかかる強化術式。詠唱も意味不明、舞踊も要する…理解が難しいな」
「あーーーー!!もう!!」
「怪人が出たっつってんの!!変身講座してる暇ないの!!
もういい!!私が行く!!」
あまりのグダグダに我慢出来ず、激怒をするつばき。
「行くわよ、クナギ!」
「はい、つばき様」
つばきは胸元のペンダントを強く握りしめ、空に向けて高らかに叫んだ。
「変身!」
ペンダントが淡く紫に光ると、そこから燃え上がるような紫の炎が舞い上がり、つばきを包み込んだ。
怒りの感情と共鳴した炎は、瞬く間に華やかな魔法衣装へと姿を変える。
髪がふわりと広がり、空中で編み上がるように黒と紫のリボンが結ばれていく。
「闇を照らす、怒りの光!
孤独も嫉妬も、私の力に変えてみせる!」
「アンガー☆つばき!!」
「まさか……実演してくれるとはな」
「ふんっ! あんた達は精々、見学でもしてなさい!」
窓際に立ち、空へと跳び上がるつばき。
その背には黒い翼のような魔力の軌跡が光を残し、クナギも後を追って優雅に浮かび上がる。
「やはり……変身すると飛べるのか。動作はともかく、応用としては興味深い」
「僕達も追うのだ! アレリア、早くーっ!」
「お、おい、待て。私はまだ……!」
チュチュに腕を引かれるようにして、アレリアも慌ててその場を飛び出す。
だが
「……寝巻きのままだったな」
「うっかりなのだ!」
町の空に舞うアンガー☆つばきの後を、寝間着姿のアレリアとチュチュが追いかけていく
ーーーー
「う〜きゃきゃきゃきゃ!今日も元気にふわふわドッカーン☆ みんなもっとテンション上げてこ〜〜っ!!」
ピエロのような顔に、カラフルな風船を体中にまとった怪人が、跳ねるように現れる。
その背後では、空へと浮かぶ風船になった人々が助けを求めていた。
「助けて〜!」「浮いちゃう〜〜っ!」
阿鼻叫喚の住宅街。その中央に、堂々とつばきが飛び降りる。
「そこまでよ!」
紫と黒のリボンが風に舞う。
「アンガー☆ガール、つばき参上! 怒りの鉄槌を喰らいなさい!」
「来たな〜魔法少女つばき〜っ! 私は怪人バルパニークだよ〜!
うきゃうきゃ!お友達は〜? 今日は一人ぼっちで〜すか〜?」
「あんたぐらい、私一人で十分なんだから!」
その少し離れた場所、植え込みの陰にしゃがむアレリアとチュチュ。
「なぜ敵味方で自己紹介し合っているのだ?これでは戦闘というより決闘ではないか」
「そ、そこはあんまり突っ込まないであげてほしいのだ……!」
アレリアは浮かぶ風船たちを見つめる。
その中には、助けを求める人々の顔が浮かんでいる。
「……それにしても、あの姿……あまりにも無惨すぎる。許せんな」
拳をぎゅっと握るその目に、静かな怒りが宿る。
「大丈夫なのだ!怪人を倒せば、その魔法は全部解ける仕組みになってるのだ!」
「ならば、なぜ先手必勝を狙わない? 一撃で倒せば被害も最小限だろう。まさか何らかの制約か条件があるのか?」
(うう…今日は一段と質問が多いのだ…!)
少し離れた戦場
「…聞こえてんのよ…! あーもう、調子狂うわねホント!」
「つばき様、怪人に集中しましょう」
「言われなくてもわかってるわよ。アンガー☆ビーム!」
叫びとともに放たれた赤黒い閃光が、一直線にバルパニークへと襲いかかる!
だが…
「きゃっきゃっきゃ〜☆ そ〜んなの当たらないよ〜〜ん!」
軽快に弾みながら攻撃をかわすバルパニーク。
「それっ!バルーンアタック〜☆」
ポンッと手から放たれた色とりどりの風船が、つばきめがけて飛んでくる。
「舐めないでちょうだい!アンガー☆マター!」
杖を一振り。
その先端から怒りの魔力が光となって拡散される!
パンッ! パンッ! パンパンッ!
飛んでくる風船が次々に弾け飛び、空中に花火のような破裂音が響き渡った。
「この程度で調子に乗らないでくれる?さっさと終わらせてあげるわ!」
赤黒いビームが宙を駆け、次々と風船を破裂させる。
しかし、バルパニークの道化のような笑みは崩れない。
「ふ〜〜ん……じゃあ、そろそろ……本気、出しちゃおっかな〜?」
ニタリと笑ったその胸元が、ガコリと開く。
中から現れたのは、シュコーシュコーと不気味に脈動する風船ポンプ。
「ま、まずいのだ!あれは……多分、怪人の必殺モードなのだ!」
「魔力の圧縮と解放……ネイヴの黄の解放に似ているな」
「バルバルバ〜〜ルンっ♪ どこまでも飛んでいけ〜〜!!」
ぶわっ!!!
一瞬にして空間が黒い風船に埋め尽くされる。
その一つひとつが不気味に膨張し、内部で何かが脈打つように鼓動を打つ。
「……ふざけないでよ!」
「アンガー☆ニードル!!」
杖を振りかざし、凝縮した無数の棘状ビームが拡散される。
だが
「ドッカ〜〜ン☆バルーンカーニバル!!!」
バルーンが一斉に爆裂。
破裂した風船が爆風となり、火花と共に逆襲してきた!
「っぐぅあっ!!」
防御が間に合わず、爆風に吹き飛ばされ地面に激突するつばき。
「つばき様ーーーっ!!」
「がっ……ぅ……っ、くそ……!」
ふらつきながら立ち上がる。だが明らかにダメージは大きい。
「あ〜〜!つばきちゃんピンチなのだ!!」
「……って、あれ?アレリアは……どこ?」
その時だった。
ゴッ──!!!
目にも留まらぬ速さで何かが駆け抜けたかと思うと、
「きゃっきゃっ楽しくなってき……オグォッッ!?」
ドゴォッッ!!!
強烈な正拳突きがバルパニークの腹部に炸裂。
巨体が空を舞い、100メートル近く先のビルの壁面にめり込んだ!
バ「ギャッッッ!!」
「……それ以上、好き勝手はさせんぞ。怪人め」
寝巻き姿のまま堂々と立ち尽くすアレリア。
瞳には、静かな怒りが宿っている。
(……は、腹パンで……果てのビルまでぶっ飛ばした……なにこの人、やっぱり怖……)
「つばき、助太刀するぞ」
「……っいらないわ。私は……一人でやれる……!」
「無理はするな。休んでいていい」
「ここで引いてたら……アンガー☆ガール失格よ……!」
ギリ、と歯を食いしばり、つばきの体から赤黒い魔力が噴き出す。
「もう今日はイライラしてばっかり……」
「どいつもこいつも……もうーーーーッ!!」
怒りの咆哮と共に、魔力がさらに増幅。
「魔力が上昇した……?」
「つ、つばき様は……怒れば怒るほど力が増すのでございます!ここ危険ですぞ!離れて!」
めり込んだ壁から、ボロボロになったバルパニークがよろけて出てくる。
「クソッ……アイツ誰だ?……ん?……」
「ぶっ飛ばしてやるわよッ!!」
「アングリーーー!!ビーーーーーム!!」
杖の先から解き放たれたのは、先ほどとは比にならない、
太く、密度の高い、怒りのエネルギーを凝縮した光線!
「ぎゃーーー!!ウソだーー!!」
直撃。
爆音と共に、バルパニークの姿が光に呑まれ、霧散する。
「……勝利でございます」
「つばきちゃん、やったのだ!」
怪人が消滅すると同時に、街を覆っていた無数の黒いバルーンがシュルシュルと音を立ててしぼんでいく。
──パァンッ。
軽い破裂音とともに、風船にされていた人々が次々と元の姿へ戻っていく。
「ありがとう〜!アンガー☆ガール〜〜!」「助かった〜!」
歓声と拍手が街に広がり、つばきが少し得意げに胸を張る。
アレリアは、そんな様子を静かに見守りながら、ひとつ深く息を吐いた。
「……本当に戻ったのだな。良かった」
「ほっほっほ! ま、当然よ。あ〜〜……スッキリした〜!」
「怒りにより魔力を上昇させるなど、かなり高度な魔術だ。君はとても強い魔術使いなんだな」
その素直な称賛に、つばきは思わず目を逸らす。
「あ、あったりまえでしょ!? これくらいできなきゃ魔法少女やってられないわよっ!」
頬をほんのり赤らめながら、つばきはポケットから何かを取り出す。
「それと……はい、これ」
「……これは、人形? さっきの怪人のような……」
「やったのだーっ!つばきちゃん、ありがとうなのだ!これで……56体目なのだっ!」
「……本当に、よろしいのですか? つばき様……」
「別にいいでしょ!ひよりにはさっさと願い叶えて帰ってもらわないと困るのよ!このままだと私の方が強いって証明できないじゃない!」
「……ふふ、頼もしいな」
「っ!?」
一瞬、思考が止まる。
(わ……笑った……!?笑うんだ……なに今のちょっとドキッとしたんだけど……!)
こうしてまたひとつ、トーキョーの街は怪人の脅威から救われた。
怒りを力に変える少女と、異界から来た勇者。
異なる世界の絆は、今日も確かに芽吹いていた。