第四話 魔法少女、魔術に出会う
異世界に転移してしまったひよりは、勇者アレリアの仲間であるセリアとガロスに保護され、魔術の話を交わしていた。
「……たぶん、異界干渉の影響で、魔力の流れに何かしら不具合が出てるのかもね。
その衣装が変身後の姿ってことで合ってる?」
不安そうに答えるひより
「は、はい……」
「……身体強化ならともかく、衣装まで変わるのか。
いや、俺は専門じゃねぇから何とも言えんが……」
「変身によって力が増すだけじゃなく、姿も変わる……それには文章のような詠唱と、儀式的な踊り……ますます興味が深まるわね」
ひよりは少し恥ずかしそうにしながらも、真剣な表情で説明を続けた。
「……変身すると、魔法の力が強くなって……怪人と戦えるようになるんです」
この世界とは異なる場所に住んでいたこと。
そこでは怪人と呼ばれる存在が突如として現れ、日常を脅かすこと。
それに対抗するため、自分たちは使い魔により
魔法少女に変身し、技名を叫ぶことで魔法を発動し戦うのだという。
「ふむ……人類を脅かす存在に対抗するため、魔術を使って立ち向かう。その行動理念は、私たちとよく似ているわね」
「ほーう、やるじゃねぇか。年の割に、しっかりしてるな」
「い、いやぁ……それほどのことは……」
照れながら言葉を濁すひよりに、セリアは穏やかな笑みを見せた。
「色々と教えてくれてありがとう。次は、私たちのことを少し話させてもらうわね」
セリアの声色が、引き締まる。
「私たちは魔王討伐隊。この世界に突如現れ、各地を侵略し続けている魔王という存在を倒すために、勇者アレリアと共に組織された、特別な部隊よ」
聞き慣れない言葉に、ひよりはきょとんと首をかしげた。
「魔王……? それに……勇者アレリア……?」
聞き慣れない言葉に、ひよりはきょとんと首をかしげた。
「アレリアはともかく、魔王の名前すら知らねぇか。こりゃずいぶん遠い土地から来たと見えるな」
「説明しようとすると……ちょっと長くなりそうね」
2人はどこから話すべきかと思考を巡らせる。
「ご、ごめんなさい……知らないことばっかりで……」
「謝る必要なんてないわ。むしろ、こっちこそごめんなさい。あなたをこんな騒動に巻き込んでしまったわけだし」
「話は戻すけど、私たちの魔術は、身体の中の魔力を大きく分けて三つの術式へ変換するの」
「滲身……これは魔力を身体に張り巡らせて肉体を強化する術。感覚も鋭くなり、治癒力も向上するわ
結界……魔力の膜を張るって思ってくれればいい。主に防御なんかに使用する
解放……魔力を攻撃に変換して放出する術式。これは戦闘魔法の基本ね」
セリア「解放については、また改めて詳しく説明するけど……ここまでで、だいたいわかったかしら?」
「……はい……」プスー……
知恵熱が出そうな顔で、ひよりはこくこくと頷いた。
「本当なら一つずつ、長期間かけて指導するものなんだけどね……」
少しだけ困ったような笑みを浮かべつつ、ひよりの学習意欲に内心では感心していた。
コンコンッ
静かな部屋にノックの音が響いた。
扉を開けたのはレストリア王国ベルナール都市部の衛兵。
「失礼します。ガロスさん、少しよろしいでしょうか……?」
「おう、なんだ? セリア、ちょっと外す。
ひより嬢ちゃんのこと、頼んだぜ」
「了解。行ってらっしゃい」
ドアが閉まり、部屋にはセリアとひよりの二人だけが残された。
「さて……まずは“色”を鑑定させてもらうわね。あなたの魔力に、どんな傾向があるか」
「色……ですか?」
「ええ。私たちの世界では、魔力は“赤・青・黄”など、放出に適した属性に……ってまぁとりあえず鑑定してからね」
そう言うと、セリアは手を軽く広げ、静かに詠唱を始める。
青白い淡い光が彼女の掌に集まり、そのままひよりの額へとそっとかざされた。
……沈黙。
「…………ふむ。色は、なしね」
「えっ……それって、悪いことなんでしょうか?」
ドキッとするひよりに優しく答える。
「いいえ、むしろ普通よ。色を持たない人の方が多いくらい。だから心配しなくて大丈夫」
「そ、そうなんですね。よかった……」
ふぅ、と胸をなでおろすひより。
「それじゃ……次は、魔力の総量を測るわね」
「は、はいっ……」
(なんか……いい結果だといいな……)
再び魔力を集中させたセリアの掌が、今度はひよりの胸元のあたりへとゆっくりと向けられる。
すると……
ぼうっ……!
魔力の光が、先ほどとはまるで違う反応を示した。
「……っ!?」
動きが止まる。口元から、言葉が出ない。
(うそ……何、この量……!?)
「せ、セリアさん……? 私、何か……おかしいですか……?」
不安げに問いかけるひより。だがセリアはすぐには答えられなかった。
(濃い……深い……底が見えない……)
セリアの額に、じっとりと汗が滲む。
(こんな魔力、見たことがない……。比較対象として一番近いのはアレリア。でも、もしかすると……それ以上……?いや…それはあり得ない…!しかし、事実として…)
鑑定しようとすればするほど
異質な圧を感じさせる巨大な魔力の気配。
(……異界の魔術使い。だからこそ、私たちの常識は通じないとは思っていたけれど……)
想像を遥かに超えていた。
まるで底の見えない井戸を覗き込んでしまったような感覚。
圧倒される思考の隙間に、柔らかな声が入り込む。
「……あの〜……」
「っ……! あ……ごめんなさい!」
我に返り、慌てて言葉を返す。
「私、魔力……あるんですか?」
「ええ。ここの魔術を扱うくらいには、十分な魔力を持ってるわ」
(……本当に、自覚がないんだ)
「よ、良かった〜! お願いします、教えてください!」
安堵の笑顔がぱぁっと咲く。
(……今は、まだ本当のことは言えない)
(こんな膨大な魔力の持ち主だと知れたら……この子を“戦力”として扱おうとする輩が出てくる…)
(魔王討伐の戦線に、ただの少女を放り込むような真似だけは……絶対にさせない!)
「まずは、解放からやってみましょうか。魔力を外へ放ち、術式に変換する、攻撃の基礎よ」
「はいっ!」
希望に満ちた声。そこに不安や迷いはなかった。
(この子を守る……導ける限りは、私が)
ーーーー
レストリア王国の都市ベルナール
ベルナール執政官 カラム・エルディン
夕刻の帳が下り始めた頃。
執務室で、地図と報告書に囲まれた男が口を開く。
「休憩中のところ、すまない、ガロス」
「いいってことよ。どうしたんだ?」
「再討伐の件なんだが、早めに計画を固めておきたくてな」
「あぁ……そうだったな。そっちの軍の状況は?」
「……恥ずかしい話だが、一行が来る前から魔族の襲撃が頻発していてな。戦力の三分の一が削られた。本当に不甲斐ない」
「ネイヴがこの国の近辺にいる証拠だな。奴さえ倒せば、コロニーも消滅する。よし、まずは動ける奴らをまとめてくれ」
「ああ、今すぐ手配する。助かるよ」
二人が作戦図に目を落とし、次なる手を練ろうとしたその時
カンカンカンカン!!
警鐘が、重苦しい空気を切り裂いた。
兵士の怒号が廊下を駆ける。
「群生警報! 群生警報発令!」
「住民は直ちに避難を! 繰り返す、住民は地下避難路へ!」
カラムとガロスが同時に顔を上げた。
「……どうやら、話は後だな」
「まったくだ。地獄の方から来やがったらしい」
---
警報が鳴り響く、ほんの数分前——
ベルナールの宿舎の部屋、
セリアによる魔力の解放訓練。
「それじゃ、この瓶に向けて撃ってみて」
「……はい!」
(魔力は血液……酸素……そして、細胞に張り巡らせる……)
彼女の中で乱れていた魔力が、ゆっくりと、だが確実に整い始めていく。流れる息とともに、内なる魔力が均一に巡り、指先へと集まっていくのを感じる。
(魔力の息を吐くイメージ……)
「えいっ!」
シュルルルッ!
ホースのストレートのように、掌から一直線の光線が飛び出す。そして…
パリーンッ!
見事に標的の瓶を撃ち抜いた。
「おおっ、当たった! 貴方、随分感覚がいい方よ。さすが“魔法少女”ってところね」
「ありがとうございます……うぅ、でもちょっと恥ずかしいです……」
顔を赤らめながら俯くひよりに、セリアはやわらかく微笑んだ。
「それじゃ、次は出力を少し上げてみましょうか。さっきの魔力の息を解釈を大きく……」
カンカンカンカンッ!!
突然の警報音が建物内に響き渡った。
「ひ、ひぃっ!? なにこれ!?」
「………休ませてくれたって、いいじゃないのに」
外からは緊迫した声が聞こえてくる。
「群生警報!」「住民は今すぐに避難を!」
「……セリアさん……これ……!」
「ひより、今すぐ避難しなさい。わからないことがあれば、近くの憲兵に聞けば教えてくれるわ」
「えっ……? は、はい!」
「あ、それと」
棚から取り出した一着のフード付きの羽織りを差し出す。
「その格好じゃ目立つから。これは私のお古だけど、しばらくはこれで我慢して。後で、もっと動きやすい服を用意してあげるから」
受け取ったそれは、光を柔らかく弾く、シルクのように上品な生地だった。
ひよりは急いでそれを羽織り、深くフードをかぶる。長めの裾が身体を覆い、顔も自然と隠れる形になる。
(……このまま、逃げるだけでいいのかな……)
彼女の胸に、わずかな迷いと不安がよぎっていた。
【ベルナール軍 地上指揮所】
「とりあえず、状況を説明してくれ」
門衛ウーリスが、地図を広げながら答える。
「大きく分けて、4箇所からの群生による襲撃です。確認できたのは、通常個体、赤属性持ち、そして大型も」
「4箇所か…よりによって、こんな時に…
ネイヴがいないだけ、まだましか?」
ガロスは顎に手を当て、地図を睨みながら思考を巡らせる。そこへ、駆け込むようにセリアが現れた。
「ガロス!」
「おう、来たか。あとはコーだけだな。アイツ、ちゃんと帰ってきてるのか?」
「さあね、あの能天気野郎……どこをフラついてるのかしら……」
「……誰が能天気だ。戦場で気を抜いたことは1度もない」
「——っ!? え、いつの間に!?」
コーが、背後の影から静かに現れた。既に戦装束に身を包み、表情も強く戦意を感じられる。
「今、来たところだ」
「とにかく、これで全員そろった。
……よし、状況は悪いがさっさと対処していくぞ」
地図を指でなぞりながら言う。
「1人1箇所。雑な作戦だが、いけるか?」
「問題ない」
「私も大丈夫よ」
「決まりだ。ウーリス、できるだけ規模の小さい箇所にレストリア軍を集中させてくれ。俺たちは各箇所を個別に受け持つ」
あまりの大胆な作戦に動揺するウーリス
(前衛を、1人で…?)
「こちらはこぼれた小物を討つ術師や兵士で構わん。
それと回復詠唱ができる者がいれば、一人ずつに付けてくれたら助かる。できるか?」
「……了解、すぐに手配します」
地鳴りのような咆哮が遠くから響き、空気が緊張に包まれる。
「ガロスさん……その……すみません!」
「ん? どうした?」
ウーリスは一行があまりにも何事もなかったかのように振る舞っており、その光景の中に肝心な存在がいないことに
疑問が胸の奥にざらつくように広がった。
「アレリア様の姿が、どこにも見当たらないのですが……」
ガロスの表情が一瞬だけ曇るが、すぐにいつもの調子に戻る。
「……アレリアなら、極秘の別任務だ。すまんが、それ以上は言えねぇ。今は戦に集中してくれ」
「うっ……わかりました!」
(極秘任務……こんなときに? 本当に?)
ウーリスが困惑を隠しきれないまま去っていき、勇者一行は戦闘準備に入る。
「まずいんじゃないの? アレリア不在って、そろそろ隠しきれなくなるわよ」
「それはそれで後で考える。今は、優先すべきことがあるだろう」
「それも重要だが……先ほどの少女、無事なのか?」
「大丈夫よ、ちゃんと避難させたわ。貴方と違って、ちゃんと面倒を見るから安心して」
「…………そうか」
セリアの皮肉に、コーは口をつぐんだままうなずく。
「さて。各自、配置についてくれ。ここからが本番だ」
戦の気配が、空気を張り詰めさせていく。