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「あのさ、恵夢。病気のことなんだけど」
兄が私の目をしっかりと見据える。こういう真剣な雰囲気を纏っている時の兄は決まって病気の話をする。私が病気になる前はどちらかと言えばおちゃらけていた兄だったけれど、私が病気になってからは、兄がふざけることは少なくなった。
私、お兄ちゃんの性格まで変えてしまったんだ。
いやでもそう思い知らされて、胸にちくりと棘が刺さったみたいだった。
「うん」
病気のことだと切り出されて、胸がしゅっと縮むような心地がした。病気の話をすれば家族団欒の場が暗くなってしまう——そんな妄想が頭を支配した。
「大学で知り合った友達に、親が医者だっていうやつがいてさ。そいつのとこの病院で、恵夢の病気を研究してるらしい。話をしたら、よかったら来てみないかって言われてるんだけど……どうする?」
「夢欠症の研究……?」
「ああ。珍しい病気だから研究自体、している病院は少ないんだって言ってた。だから今回たまたま友達にそういうやつがいてすごくチャンスだと思うんだ」
思わぬところから話が飛んできて一瞬面食らう。兄の瞳は真剣そのもので、本気で提案してくれているのだと分かった。
夢欠症——それが、私が中学二年生の秋に発症した病気の名前だ。世界でも症例がほとんどなく、指折り数える程度しか認められていないらしい。もっとも、自覚症状がないだけでもう少し罹患している人は多いのではないかと言われている。
夢欠症の主な症状は、「夢を見なくなること」だ。
それだけ聞くと、夢を見ない日もあるので大したことはないと思われるだろう。実際私も病気が判明するまでは何も気にならなかった。「今日は夢見なかったな」と、その程度だ。だけど、次第に毎日頭痛がするようになったり、ぼうっとして何も考えられなくなったり、認知症患者のように記憶が飛んだりすることが増えて。慌てて両親に病院に連れて行かれて診断されたのがこの病気だった。
詳しい話も一応聞いている。
脳の機能の障害で、睡眠中にレム睡眠とノンレム睡眠の移行がうまくいかなること。
夢を見なくなることで日頃脳に溜まった情報を整理することができなくなること。
その結果、脳機能が低下し、頭痛や耳鳴り、記憶障害が始まること。
ストレスで塞ぎ込みがちになってしまうこと。
そしてやがて死に至ること——。
医者が語る話は、中学生の私には難しい内容が多かった。
けれど、「やがて死に至る」という部分だけは鮮明に輪郭を切り取られたみたいにはっきりとダイレクトに伝わってきた。