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「はい、みんな席につけー。今日は転校生を紹介するぞ」
ゴールデンウィーク明けの教室で、ぶるぶると震えながら一日の始まりを待っていた時、HRでやってきた担任の北野先生がそう告げた。彼は三十代前半の男性教師だ。教科は英語で、私たちの学年ではそこそこ人気が高い。熱血ではなく、何かと気だるげな感じの言動が、中学生にはウケるからだろう。
「転校生? こんな時期に?」
誰かの疑問の声に「確かに変な時期ー」と同調する声が重なる。四月の始めならまだしも、ゴールデンウィーク明けのこの時期に転校してくるなんて珍しい。そもそも、三年生で転校生が来ること自体、あまりないのではないか。
「はいはい、静かに。確かに時期は珍しいけど、実際来てるんだから疑問に思うな。転校生くんに失礼だろ」
「“転校生くん”ってことは男子?」
「このクラス男子多くない?」
「男女比考えてよー」
クラスメイトたちのツッコミを「うるせーお前ら黙ってろ」と適当にかわしつつ、北野先生は廊下にいるであろう転校生を手招きした。
「紹介する。水島中に転校してきた羽鳥結叶くんだ。拍手」
先生の声かけと共に教室の前方の扉が開かれて中に入ってきたのは、ツンツン頭の男の子だった。前髪がすべて立っていて、綺麗におでこが見える。しかし顔立ちはかなり整っていて、目尻がきゅっと斜め上に持ち上がっている。鼻は高く、唇は薄い。ぱっと見は不良少年っぽく見えるが、端正な顔立ちに、女子のみんなが「おお」とため息を漏らすのが分かった。
切れ目の彼——羽鳥結叶は黒板に自分の名前を書き綴る。その字がびっくりするほど綺麗で、思わず彼を二度見する。「字が綺麗な男子ってポイント高くない?」と、斜め後ろの方から女子の囁き声が聞こえてきた。私もまったく同じ意見だ。だが、斜め後ろの彼女の方を振り返って同調するほどの勇気はもちろんない。
「羽鳥結叶です。こんな時期に転校してきた理由は、家の都合です。よろしくお願いします」
淡々と、必要不可欠な自己紹介のみを済ませた羽鳥くんは、さっと教室全体を見回した。彼と目が合わないように、無意識のうちに瞼を伏せる。どうせ私が彼と仲良くなることなんてない。このクラスで、私と積極的に関わろうとする人間なんていないのだから。
「羽鳥の席はあそこだなー、一番右の列の前から三番目。空いてるところあるだろ? 隣の林田は委員長だから、分からないことあったら彼に聞くといいぞ」
北野先生の指図に従い、羽鳥くんは廊下に一番近い列の三番目の席に腰を下ろした。ちょうど、私が座っている席と横の列が同じだ。彼が椅子に座る時、ふと私と目が合ったような気がして、慌てて瞳を伏せた。感じ悪いと思われたかもしれないけれど、転校生に興味津々な女子と思われる方がもっと嫌だ。まして相手は異性だし、興味を持てば、里香たちからまた嫌味を言われるかもしれない。
そう自分に言い聞かせるのだが、一時間目の英語の授業が始まってからも、二時間目、三時間目と一日が流れていく中で、転校生の彼のことが気になって仕方がなかった。
昼休みになると、案の定羽鳥くんは男女問わず、クラスメイトたちに囲まれていた。田舎の町に現れた芸能人みたいだ。私はもちろん、自らその輪の中に入ることもできず、遠くから彼らのことをそっと眺めるばかりだ。