2-7
「あ——」
つるりと、つま先が滑る。
手すりを掴んでいたはずなのに、うまく手に力が入らなかった。
落ちる、と思った時にはもう遅い。
私の身体は案の定階段を踏み外し、派手な音を立てて、下まで一気に滑り落ちた。
「いった……」
落ちた段数は五段ほどだったが、予想外の衝撃により、打ちつけたお尻や膝が痛い。立ち上がろうにも、うまく身体を起こすことができなくて途方に暮れていた。
このまま、ここで倒れていたら誰かが助けてくれるかな。
今日はもう教室に行かなくていいよって言ってもらえるかな。
階段から落ちて全身が痛みに包まれているというのに、そんなことばかりが頭に浮かぶ。馬鹿だな、私。助けてくれる人なんて、誰も——。
「内藤!?」
男の人の声が響く。
さっき、教室で会話をしていた彼の声だと瞬時に理解した。でもなんで? なんで授業前のこの時間に、彼がここにいるんだろう。
「おい、大丈夫かっ。落ちたのか?」
教室で話した時のスレた感じとは違う、本気で心配そうな声が降ってきた。
一瞬、彼は羽鳥結叶ではないのかもしれないと錯覚したほどだ。
「だ、大丈夫……だけど、力が入らなくて」
「それ、大丈夫じゃないだろ! とにかく保健室に行くぞ」
保健室へと言われても、立ち上がることもできないのにどうやって——疑問に思っている間に、羽鳥くんは私の身体をひょいっと持ち上げた。
「え!?」
ふわりと身体が宙に浮く。視線の先には彼の顎が見える。いわゆるお姫様抱っこをされた私は、突然のことでかなり面食らった。
「いいから行くぞ」
恥ずかしいのか、お姫様抱っこをしていることについては触れずに歩き出す羽鳥くん。
や、やだ。やめて。絶対重いし! 恥ずかしいし!
と、心の中で、私は大暴れしている。羽鳥くんはそんな私の心中を察しているのかいないのか、私とは目を合わせないようにして、前だけをじっと見つめて歩いていく。
な、なんて力持ちなの……。
見た目はそれほど筋肉があるように見えなかった彼なのに、同じ年齢の私をこんなふうにいとも簡単に持ち上げられるなんて。意外な一面を知って、胸がどきりと鳴った。